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罪を捧ぐ

 王都の倉庫街の一角に騎士たちが集まっている。

 何かが燃えているのか煙も上がっているようだ。

 事件か事故なのか……遠巻きにしている住民たちが不安げに囁きあう。


「……こんな王宮から目と鼻の先にここまで大きな本拠地を構えていたとはな」


 現場で指揮を執るミハイルが眉を潜めた。

 本来存在しないはずの広大な地下空間……そんなものが公式の記録に無く存在しているのはそれを建造させたのがクライス王子だからである。


 潜入しているアイラからのリークにより突入の為の編成や作戦立案を行っていたロードフェルド王子とミハイルであったが、突入予定時刻の半日前に現地の斥候から異変の報告があった。

 結果、彼らは予定を早め部隊を率いて現地へ急行した。


「中で火が出ているようだな。俺が行く」


「いや待て。駄目だ」


 内部へ突入しようとするレオルリッドを制止したミハイル。

 出鼻を挫かれた若獅子が不機嫌そうに眉間にしわを刻む。


「俺ならば煙に巻かれることもない。適任だろう」


「炎以外に何があるかわからんのだぞ。自分の立場を考えろ。軽々しく危険に身を晒すな」


 冷たい視線を向けられたレオルリッドがグッと詰まる。

 彼がそれ以上に己の意思を突き通さなかったのは氷の男が私情から言っているのではないとわかったからだ。


()()()には連れてってもらえないし、こっちはこっちで様子見が続いてるしでフラストレーションが溜まるな」


「仕方がないのですよ。あっちは定員があるのです。アムリタさんの事はあの二人に任せてこっちはこっちのお仕事に集中するのです」


 腕組みして消沈したように嘆息するマチルダに眼鏡の位置を直しながら諭すクレア。

 マチルダはそれでも納得はできていない様子で口を尖らせていたが……。


「集中も何もずーっと待機のままで…………って、何だ? 何かくるぞ!」


 ぞわっと肌が粟立つ感じを覚えて身構える。

 いまだ煙を吹き出し続けている地下への入り口からガサガサと何か固いものが多数這い回っているような……そんな音が聞こえてくる。


 ギシギシギシギシッ!!!!


 不快な鳴き声と共に一斉に湧き出てくるかのように地下から現れたのは異形の虫人間たち……テンガイによって怪物に姿をかえられた者たち、人蟲鬼(じんちゅうき)だ。


「なんだよコイツらッ!! おいバケモンが出てきたぞ!!」


 叫びながらもマチルダは斧槍(ハルバード)を振るう。

 だが虫人間たちは飛び退ったり伏せたりしつつ素早くそのスイングから身をかわす。


「すばしっこい奴らだな!!」


「オマケに結構硬いのですよ!! めんどくさいのです!!」


 クレアの呼び出したゴーレムがその巨大な拳で虫人間を殴打するが、装甲のような表皮を一部歪ませひび割れを生じさせながらも怪物たちは動きを鈍らせることなく再度襲い掛かってくる。

 更に虫人間は現在も増加中……地下からどんどん沸いて出てくる。


地下(した)で何が起こっている? この怪物どもは何だ?」


 自らも応戦しながら眉を顰めるミハイルだ。


 ────────────────────────────


 薄暗い石造りの通路に点々と赤い雫を落としながら男が進む。

 ……バルバロッサだ。

 彼は酷い傷を負っている。

 左胸のやや下あたりを手で押さえていてそこから血が流れ続けているのだ。


 この通路は自分しか知らない。組織の者たちにも教えていない。

 アジトから王都の地下に広がっている水路へと脱出する非常用の避難路だ。


 ……………。


 バルバロッサがアジトの異常を感知した時には既に周囲は手の施しようのない状況になっていた。

 そこかしこに火の手が上がり異形の虫の怪物が複数暴れまわっている。


「バルバロッサさん……!!」


「どうした!? 何があったんだこの有様は……」


 自分に向かって走ってきた男は目の前で肩のあたりから斜めに両断されて……。

 炎に包まれながら床に転がった。


「なんだまだまだ残ってんじゃん。そろそろ面倒くさくなってきちゃった」


 その炎の向こう側にいるのは『協会』からの助っ人のメイドで……。


(いや、違う……)


 不意に気が付いたバルバロッサ。

 協会から送り込まれてくるはずの男は自分も顔見知りで……。

 あんな得体のしれない坊主やメイドではなかったはず。


 何故かこの瞬間まで連中の言うことを信じ込んでいてまったく疑問を持たなかった。


「ほっほっほ、まあこのくらいやればよろしかろう。我らを追ってこようなどと考える御方はもうおられますまい」


「……んじゃ、アイツで最後にするか」


 そう言ってエウロペアは自分を指さして……。

 次の瞬間に虚空を走った赤い光が左胸を貫いていった。


 ……………。


「……くそッ……何で、どうしてこんな事になった……」


 片手で石壁に触れながら、もう片手で胸の傷を押さえながら進むバルバロッサ。

 すでに走ることもできなくなっている彼。


「ぐ……ッ」


 遂に足がもつれ彼は通路に倒れこんだ。

 それでもなんとか上体を起こし壁にもたれ掛かる。

 背を付けたときにベシャッと水音がした。

 流れ出ている血の付いた音だ。


「……………」


 震える手でポケットから煙草を出して咥える。

 だがマッチを擦ろうとしてそれが出来ずに床に落とす。


 ……すると、誰かが自分の脇に屈みこんで落としたマッチを拾い上げた。


 アイラだ。

 鳴江アイラが自分しか知らないはずの通路にいる。

 そして彼女は拾ったマッチを擦って火をつけた。


「……あんたか?」


「………………」


 バルバロッサの問いに彼女は沈黙する。

 それはイエスと同義だ。


「これだから……頭の切れる女というのは始末に……悪い……」


 アイラの火を受けて煙草を美味そうに吹かしてからバルバロッサは苦笑する。

 それから彼は紫煙を吐き出し、虚空に漂うその煙を見上げた。


「美味い話っていうのは……ないもんだ……な……」


 彼の口から吸いかけの煙草が落ちて……。

 そしてバルバロッサ・ドイルの瞳は濁って何も映さなくなった。


 アイラは沈黙したまま彼の落とした煙草の火の始末をすると僅かな時間黙禱してからその場を後にするのだった。


 ─────────────────────────────


 空には薄い灰色の雲がたなびいている。

 太陽はたまに顔を出すくらいだ。


「残念ながらあまりピクニックに適した天候ではないね」


「……だけど、()()()()ならこのくらいがいい」


 イクサリアの言葉に物騒な返事をするジェイド。

 王女は「そうだね」と微笑んだ。


 明るい日差しの下で血を流しあうよりも少し暗い方がいい。


義母(エスメレー)様の事だって私に任せてくれればいいのに。キミが自分でやらなくたって私が殺してくるよ」


「そういうわけにはいかない」


 それは……人任せにしてはいけない事だ。


「なんでイクサリア様はそんなに殺人が好きなんですか。うちの兄を洗濯物みたいに吊るすし……」


 二人のやり取りを聞いていたシオンが若干引いている。


「それは誤解だね。私だって人並みに殺人という行為を忌諱してはいるよ」


「そうですか? 何だか以前からずっと乗り気なような……」


 半信半疑といった様子のシオン。

 彼女はアムリタの記憶の一部を共有しているのでバルトランを殺して恍惚としていた時の様子も知っているのだ。


「例えばだけど、アムリタの為に美味しい料理を作ってあげられる人はこの都に結構いると思うんだ」


「はい……?」


 突然のイクサリアの言葉に首を傾げるシオン。

 ジェイドも怪訝そうな表情になる。


「ところが、これがアムリタの為に殺人の罪を犯せる人となればその数は一気に激減するよね? 相手が強敵であるのなら更に絞られる」


 歌うように言葉を紡ぐイクサリア。

 こういう所は本当に絵になる王女だ。

 ……喋ってる内容はグロいのに。


「私はそういった彼女の為の特別な存在であるという事にたまらなく幸福感を覚えるんだよ」


「………………」


 絶句してしまったシオン。


「これが私が殺人をなんとも思わない異常者であるなら幸せだとは思えない。当たり前のことを平然とやっただけで何も彼女に捧げられていないのだからね。私が殺人を忌諱して手を汚した自分を嘆くからこそ……その罪深さを恐れるからこそ愛の深さの証明になるんだよ」


「僕への愛情の指標に殺人件数を持ち出すのはやめてくれないか」


 流石にげっそりした表情になるジェイド。


「……だって、キミが殺したい人とキミを殺したい人は尽きないからね」


「ぐっ……」


 微笑んでいるイクサリアと表情を歪めて呻いたジェイド。

 まったくもって彼女の言う通りで反論のしようがない。


 思えば自分の……アムリタの人生には死が纏わりつき過ぎている。

 死から始まったような物語だ。

 どこまでいっても死、死、死。

 屍ばかりが続く旅路。


 ……だからそれをどこかで断ち切らなくては。


「見えてきましたね……」


 シオンの言葉に顔を上げるジェイド。

 前方……小高い丘の上に目的地である舞踏館が見えてきた。

 半年前は美しく荘厳な建物であったそこは現在はあの日に損壊した箇所がそのままの無残な姿を晒している。


 再建の話はあるそうだが今のところはまだ手が付けられていない。

 半分ほどが焼け落ちてしまっている三階もそのままだ。


 半壊した城門の前で誰かが待っている。

 一人は地べたに胡坐をかいている巨漢の法師。

 もう一人は崩れかけた城門の上に腰を下ろしているメイド。


「あいつ……」


 一人は見覚えがあった。

 エスメレーと一緒に襲撃を仕掛けてきた東方の僧侶だ。

 だがあの男はレオルリッドと戦って炎の中に消えたと聞いているが……。


「おいでになりましたなぁ、皆様。ほっほっほっほ」


 立ち上がるテンガイ。

 相変わらずあの夜のように不気味な僧侶の顔には満面の笑み。


「一瞥以来でございます、ジェイド様。他の方々は初めましてですな。拙僧……喜怒哀楽の『()』の座を拝命しておりまするテンガイと申すもの。『喜ばしきもの』テンガイ……よしなに」


 数珠を鳴らして拝みながら天涯法師が頭を下げる。


 すると城壁の上でメイドが仁王立ちになる。


「ウチは喜怒哀楽の『()』!! 『憤怒せしもの』エウロペア!!!」


 叫んで名乗りを上げ、獰猛にニヤリと笑ったエウロペア。


「こっから先に進んでいいのはそこの男だけだッ! 後の二人は残りなさい!!」


「ただ黙って待っているというのも芸がございませんですから……ここは一つ拙僧らと力比べと参りましょうぞ」


 不気味なオーラを立ち昇らせる『喜』と『怒』の二人。

 イクサリアがくすっと笑ってシオンを見る。


「……ほら、黙っていても向こうから来たよ。自分の命を大事にできない人が」


「そうですね」


 ふぅ、と嘆息してからシオンが構えをとる。


「イクサリア様の真似をする気はないんですけど、私も覚悟は終えていますから……。私も自分の手を汚して、その罪を愛の証としてあなたに捧げます……師匠」


 冷たい光を放つ目で前方の二人を見て長い息を吐くシオンであった。

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