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騎士は礼をする

 アムリタが……熱を出した。

 それは非常に珍しい事である。

 最後に発熱したのはいつであったか……思い出してみれば相当幼い頃だったような気がする。

 そういった病気や怪我に対する耐性の高さも生まれの……血脈によるものなのだろうか。


 ともかく今アムリタは発熱している。

 最近は流石に短期間で肉体的にも精神的にも消耗しすぎたのか、今までの無理の付けががきたかのように。

 頭がボーッとしてフラつくので流石に仕事は休みを貰った。


「して欲しい事があればなんでも言ってくださいね。今日は私が師匠の専属メイドさんと専属看護師さんです」


 エプロン姿で張り切っているのはシオンだ。

 彼女も色々大変だったはずなのだが……異様に元気一杯である。

 何故彼女が自分の看病役をしているのか。

 後で聞いたら全員でジャンケンで勝負して勝ち取ったらしい。


 ただでさえ自分が抜けているのにもう一人仕事から抜けていいものかと思うが……。

 意外な事にミハイルがそうしろと言ったのだそうだ。


「一人にしておいてまたおかしな事になったらかなわん」


 ……だそうだ。

 反論の一つも出てこない。


「ああ、ありがとう……」


 ジェイドの姿でベッドの中にいるアムリタ。

 何があるかわからないこんな時こそ性別転換の魔術を解除するわけにはいかない。


 シオンの看病のかいもあってか、一眠りして午後になると大分体調がよくなっていた。


「シオンは……僕の記憶をどこで見たんだ? やっぱり眠っている間に?」


 話せるほどに復調したので気になっていた事を聞いてみる。


「そうですね。夢を見ているような感じで最初は少し離れた場所から師匠を眺めていたんですけど、途中から私自身が師匠になっててですね。師匠としてこれまでの事を追体験するみたいな。場面が飛び飛びでしたから、多分師匠にとって大きく印象に残っている場面を見てきたんじゃないかと思います」


 印象に残っている……か。

 そこでハッと気が付く。


「あ! じゃあ、オーガスタスの……」


「ああ、はい……見ました」


 急にどんよりとした陰のオーラを纏うシオン。


「正直何よりもそれがショックでしたね……。オーガスタス兄様があんなヘンタイみたいな格好して実は生きているとか……。アルバート兄様の事は自分なりに自分の中で消化できたと思うんですけど、そっちはまだ全然消化できてないです」


 ヘンタイ言われとる……。


「で、でも……パン屋の近所の子供には人気があるんだ……」


 自分でも意味のわからないフォローを入れるジェイドである。


「オーガスタス兄様の事はひとまず考えないようにしようと思います。家に戻る気はないみたいですし……」


 ふーっ、と重たい息を吐いてシオンが椅子に座って床を見る。


「昔はカッコよかったんですけどね。何がどうなってああなってしまったんでしょうね。やっぱり一度死にそうになったのがそこまでショックだったんでしょうか」


(いや、あれは元々ああだったのが誰に遠慮をする必要もなくなって表に出ただけじゃないかしらね)


 ……そんな風に思うが口には出さないアムリタだ。


 シオンは……ハーディング家の事は当主代行として叔父に任せることにした。

 自分に対しては当たりが強く関係は良好とは言い難い親族ではあるが、それでも彼女に言わせると「他の親族に比べれば幾分かはマシな方で」という事らしい。


「私が成人するまでという話ですけどそれまでに大きなやらかしがなければその後も続けてもらおうと思っています」


「それでいいのか? シオンは……」


 ジェイドの問いかけに苦笑しながら彼女はうなずく。


「そもそもそういう状況になってしまったからやっていただけで、私自身当主になる気はなかったですし……。だれか一人でも頼りになる親族がいれば最初からその人にお願いしていたんですけどね」


 先代の当主、病床の父親にも相談してそれでよいと言ってもらったのだそうだ。


「それに……」


 彼女が俯いて床を見る。


「私にはもう当主をする資格はないです。兄を殺した貴女を許してしまったから。その罪を一緒に背負っていこうって決めてしまったから。共犯です、私も」


「シオン……」


 掛け布団を握る手にぎゅっと力が入る。


「後悔……しないか?」


「はい。……だって、誰かがどこかで止まらないと、ずっと続いちゃうじゃないですか」


 その言葉にはっとさせられる。


 ……誰かがどこかで止まらなければ、ずっと続いてしまう。

 復讐の連鎖がどこまでも。


「ありがとう」


「え?」


 突然礼を言われてシオンが呆気に取られる。


「シオンのお陰で覚悟が決まった。……エスメレーを倒す。彼女を止めなければ」


 自分が生み出してしまった復讐鬼。

 怨念の聖母エスメレー。

 戦うつもりなのはずっと変わらない。

 今シオンのお陰で戦ってどうしたいのか……その覚悟が決まった。


 いつの間にかシオンがベッドのすぐ脇まで来て、そこに立ってジェイドを見下ろしている。


「ちょっと……アムリタさんになってもらってもいいでしょうか?」


「? ああ、構わないが……」


 ジェイドは性別転換の魔術を解除しアムリタの姿に戻る。


「戻したけど……何?」


「ありがとうございます。……では、失礼します」


 屈みこんで……唇を重ねるシオン。

 突然の事にアムリタ面食らって絶句する。


「ふぅ……これ、私のファーストキスです」


「ちょっ、ちょっと、アムリタ(こっち)にするの? それを……」


 真っ赤になってはにかむシオンに、やはり顔を赤くして狼狽しているアムリタ。


「はい。どちらの姿でも師匠は師匠だと思っていますけど、やっぱり初めてはアムリタさんがいいなって」


 そう言うとシオンは片膝を床に突いて臣下の礼の姿勢を取る。


「これからは私が貴女の騎士の一人になります。最愛の貴女に……純潔を捧げて」


「やめてよもう、熱が上がっちゃう……」


 そう言ってアムリタはベッドに潜り真っ赤な顔を掛け布団で隠した。


『ちょっと声を掛け辛い空気の所申し訳ないのだけど……』


「!! アイラ!?」


 突然聞こえたアイラの声にがばっとベッドの上で跳ね起きるアムリタ。

 見れば机の上に水でできた蛇がとぐろを巻いている。


『時間が無いので手短に話すわね。まずは勝手にお店を空けてごめんなさい。信頼できる人に店番は任せてあるから……』


「そんなのどうだっていいわよ。危ない事してない……?」


 机の所まで歩いていって心配そうに蛇を覗き込むアムリタ。


『今の所は大丈夫。聞いて、アムリタ。エスメレー元王妃と二人だけで話ができる立場になれたの。……今なら彼女を誘い出せるわ。ジェイドの名前で誘い出せば彼女は絶対に乗ってくる』


「……!!」


 息を飲むアムリタ。

 なんというタイミングの良さか……。

 彼女と戦う決意を新たにした所で。


『合わせて彼らのアジトの場所を伝えるから、誘い出したタイミングでそっちにも人を突入させてほしいの。人数は……』


 アイラからの情報をシオンがメモに書き留めている。

 アムリタは考えて日時と条件を指定し、それをアイラに伝えた。

 互いに付き添いは二人までで、明日の正午に。


『場所は……?』


「場所はあそこ以外にないわ。私とクライスの因縁の場所よ……」


 今でも目を閉じればあの日の炎と、あの日の真っ赤な血溜まりを鮮明に思い出すことができる。

 自分が呪われた運命に一区切りを付けることのできたあの旧砦。


『わかったわ。舞踏館跡地ね』


 流石に即座に察したアイラがそう答えるとアムリタはうなずいた。


 ────────────────────────


 ジェイドからの条件は即座にアイラの魔術を通じて彼女の口からエスメレーに伝えられた。


「……わかったわ。それでいい」


 どこか気だるげに、静かに肯くエスメレー。

 そして、喪服の女がゆらりと音もなく立ち上がる。


「……ん? 何すんの?」


 机の上に肘を突いて、その手の上に顎を乗せて退屈そうにしていたツインテールのメイドの少女が顔を上げる。


「ここはもういいわ。引き払うから付いてきて頂戴……テンガイ、エウロペア」


「ほっほっほ。然様でございますか。名残惜しゅうございますなぁ」


 座っていた巨漢の法師がどっこいせと立ち上がる。


「他に誰か連れて行ったら話が無しになってしまうわ。付いてくる者がいたら始末して」


 二人の方を見もせず指示を出すエスメレー。


「そんなら、最初から皆殺しにしてから行けば気にしなくてよくなるじゃん。ウチ、冴えてるじゃんね!」


「ほっほっほっほ、妙案でございますなぁ」


 そこで初めてチラリと横目でエスメレーは二人を見た。

 何の感情もない瞳に『喜』と『怒』を映した『哀』の女。


「……好きになさい」


 それだけ言い残すとフロアを出て行ってしまうエスメレー。


「え、エスメレー様!?」


「どちらに……!!?」


 慌ててその後を追おうとする組織のメンバーたち。

 だがその前に仁王立ちのメイドが立ち塞がる。

 少女はギラリと光る犬歯を覗かせ獰猛に笑う。


「ほらほらァ、アンタたちはもう用済みなんだってさ!!」


 かざした右手に人差し指を立てるエウロペア。

 するとその指先から細いリボン状の赤い光が放たれる。

 光は空中でうねって軌道を変化させ、鞭のようにしなりながら組織の者たちを切り刻んだ。


「ギャァァァッッッ!!!!」


 断末魔の絶叫が重なって響き渡る。

 凄まじい切れ味の光だ。

 鎧を着た男たちが簡単に真っ二つになる。

 両断された死体は赤い炎を上げている。


「アッハッハッハ!! どう? ウチの『竜の爪(ドラゴンクロウ)』は!! カッコいいでしょ!! やっぱウチが最強じゃんね!!!」


 舞い踊る死の赤い光の中で哄笑するエウロペア。

 彼女の使う魔術……超高熱の赤い光のカッター『竜の爪(ドラゴンクロウ)』。


 その光景に怯えて逃げようとする組織の男の肩にテンガイが手を置いた。

 頬を引き攣らせる男に満面の笑みを向ける怪僧。


「拙僧のお手伝いをお願いできますかなぁ?」


「……あっ、ちょっ……何……俺の、俺の身体っ……あガぁッがががぁギびビビビィィぃぃぃ……」


 テンガイが触れた男の身体が歪んで軋みながら変容していく。

 青黒い色をして頭部に触角と発達したアゴを持つ、人と虫を合わせたような醜悪で悍ましい生き物へと。


「さあ人蟲鬼(じんちゅうき)……お食事の時間ですぞ。腹一杯召し上がりませぃ、ほっほっほっほ」


 蟲人が先ほどまで仲間だったはずの者たちに襲い掛かりバリバリと食らい始めた。

 そちらの方でも絶望と恐怖の悲鳴が上がり始める。


 ほんの数分でアジトは阿鼻叫喚の地獄と化した。


(……こちらに人を回してもらう必要はなかったかもね。それにしても酷い)


 惨劇に顔をしかめつつ身を隠すアイラであった。



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