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できない

 月光を照明にした夜の修練場。

 ……かつて、アムリタがアルバートを葬り去った場所。

 奇しくもあの日もこんな風に月の明るい夜だった。


「私が貴女を……殺す!!!」


 その場所で今、アルバートの妹のシオンが自分に殺意を向けている。


(本当に……どこまでいっても……)


 誰かの恨みで、誰かが殺しに来る。

 復讐の螺旋。


 内心でアムリタが虚しく笑っている。


 ジェイドが一歩前へ……前方のシオンへと歩き始める。

 性別転換の魔術を解く、アムリタの姿に戻る。

 ジェイドの姿で戦ったほうが強いが……。

 だけど、彼女に対してそうする事は卑怯だと躊躇われた。


「私を殺す? 貴女が? ……笑わせないで」


「ッ!!!」


 言い訳をしたってもう、どうしようもない。

 大体が言い訳などあるはずがない。

 人を殺してもいい理由なんてこの世界には存在しないのだから。


 どんなご立派な大儀があろうが人を殺せばそいつはただの人殺しで……。

 やった事を一生背負っていかなければならない。


「本当の殺し合いも知らないひよっこの貴女がね。……私は貴女よりも一つ年上なだけだけど、これまでにどのくらいの殺し合いを経験していると思っているの?」


 アムリタが冷たく笑った。


 ……もう、自分が彼女にしてやれる事はこれくらいしか残っていない。

 どちらかの命の尽きるその時まで、せいぜい悪女を演じてみよう。

 もしも生き残ったのが彼女なら、後々後悔の涙を流す事がないように。


「潜った修羅場の数が違うのよ!! かかってきなさい!! 叩き潰してあげるわ!!!」


「うわぁぁぁッッッッ!!!」


 咆哮しシオンが襲い掛かってくる。

 やはり速い。その速度は常人が目で追えるものではなく……。

 強化された足の撥条(バネ)でしかなしえないもの。


 迎撃するアムリタ。

 黙って殺されてやるわけにはいかない。

 今の自分のこの命は多くの友人や恩人のお陰でここにあるもので……。

 自分の一存で手放すことは許されないものだ。


 シオンも王国の軍人として、十二星の本家のものとしての嗜みとして格闘術を学んでいる。

 だが実戦でそれを用いるのは初めての事だろう。

 その意味で技巧にはアムリタに一日の長があるが、相手にはとにかく勢いがある。

 多少の被弾に怯むことなく向かってくる。


 なんだか酷く既視感を覚える。

 そうか……これは。

 きっとクライスと戦っていた時の自分だ。


 お互い、相手を即死させられないのはわかっている。

 致命傷からでも復活してくる特異な魔術持ち同士。

 ただ即死させるのは難しいというだけで、完全に殺害する方法はいくらでもある。


 再生が無意味なほど身体を損傷させてしまえばいいのだ。


(首を刎ねるとか……身体を焼き捨てたりとかね。あはっ、まるで本当の化け物(モンスター)だわ)


 苦笑するアムリタ。


「笑うなぁッッ!!!」


 それを見て叫んだシオン。

 彼女にはアムリタの苦笑が嘲り笑いに見えたのだろうか。


 やり取りだけを聞いているとアムリタが優勢のように思えるが、実際には追い詰められているのは彼女の方であった。


(……まずい、まずいまずいまずい。負ける。やられるわ、これ)


 徐々に追い詰められ明らかな劣勢になりつつある。

 嵐のようなシオンの攻勢に防戦一方にされているアムリタ。


「あああぁぁぁぁぁッッッ!!!!」


 ……滅多打ちだ。

 速く、そして重たい拳や蹴りの連打がガードの上からでも確実にこちらの体力を削ってくる。


 眉間が生暖かい。

 血が伝っていったのだ。

 そこだけではない、全身気が付けば血まみれにされている。

 拳の殴打だがその威力で皮膚が裂けているのだ。

 足元の床に何度も赤い斑模様が描かれる。


(しょうがないか……)


 相手の加速する打撃に何発かに一発の割合で意識が一瞬途切れる一撃が混じるようになってきた。

 これをいい箇所に受ければ自分は倒されてしまうだろう。


 殺されるわけにはいかない。その為には殺すしかない。

 だけど殺意を込めた打撃を放とうとするとどうしても脳裏を掠めていく光景がある。


『師匠ッ!!』


 サンドイッチを持ってきてくれた時の笑顔のシオン。

 自分を師匠と呼んで付き纏ってくる彼女に困ったものだと思っていたはずだが、どうやらそんな彼女が嫌いではなかったようだ。


 彼女に殺意は……持てそうにない。


「……………」


 シオンが一歩退いた。

 それは弓の弦を引き絞るのにも似た動作で……明らかに力を充填して大きな一撃を放つ為のもの。

 決める気でいる。

 次の一撃を食らえば自分は戦闘不能にされる。


 だが甘んじてそれを貰う気はない。


 その決めるつもりの一撃は自分が待っていたものでもある。

 ここから逆転するにはもう交差撃(カウンター)しかない。


 シオンの……。


 渾身の拳が来る。一直線に真っ直ぐ。

 虚空を抉って拳が襲ってくる。


 一秒間がとても長く感じる。


 そのまま受ければ正確に心臓の真上に炸裂する。

 心臓を粉砕された自分は長い昏睡に入るだろう。


 だがそれを紙一重で回避し……逆に全力を込めた拳を……。


 ……。


 あぁ、ダメだ。

 意識では……目では相手の動きを追えているのに。


(間に合わない。ダメね。身体がもう言う事を聞いてくれない……)


 既に思っていた以上にダメージを受けてしまっていたようだ。

 アムリタの肉体は彼女の望んだパフォーマンスを発揮できる状態にはない。

 意識と技に肉体が付いてこない。


 回避が……間に合わない。

 食らう。


(ごめん、イクサ……それにみんな……)


 一秒の十分の一にも満たない刹那の間にアムリタは心の中で謝罪した。


(ごめんなさい、アルバート兄様、それに一族の皆……)


 同じ時、同じタイミングでシオンも心中で謝罪していた。


(やっぱり……)


 シオンの拳が……逸れる。


(私には……できないです……)


 心臓に命中するはずの拳は左に逸れていき、向かってくるアムリタの右肩をかすめ後方へ流れていった。

 そしてその必殺の一撃が外れたことで、間に合わなかったはずのアムリタのカウンターの拳がシオンに命中する。

 皮肉にもシオンが手に入れた速度と威力の乗った拳が彼女自身へと……。


「くッ…………は…………」


 血を吐きながら吹き飛ぶシオン。

 そして彼女は床に背中から落下する。


「シオン!!!!」


 アムリタが駆け出し彼女のすぐ側に膝を突いた。


「バカ!! 何をやっているの!! 当てられたはずでしょう!!!」


「……だっで……だっでぇぇぇ……」


 仰向けの彼女の目から大粒の涙が零れ落ちる。

 緊張の糸が途切れたシオンがしゃくりあげる。


「むりっ、むりでずっ……わだじには……できないでずよぅ。わだじっ、しっ、師匠がっ……師匠がだいずぎだからっ……」


 血を吐きながら彼女は泣きじゃくっている。


「師匠が、師匠が兄様の仇だとしても……無理っ、できないっ!! だって、だって師匠は……あんなに酷い目にあって、前みたいに笑えなくなって……戦い続けてきてっ」


「………………」


 何とも言えない表情で泣いているシオンを見下ろしているアムリタ。


「最近、ようやく……少しだけ前みたいに笑えるようになったのに……。イヤですっ、もう私は戦いません!! 家の事も何もかもどうでもいいですっ!! 全部いらない!! 師匠と……師匠と殺しあわなきゃいけないくらいなら……全部……」


「バカね……」


 やるせない表情で苦笑し、身を屈めるとアムリタがシオンを抱き起こした。

 そして彼女を優しく胸の中に抱き寄せる。


「本当に……バカね……」


「……ふぇぇぇえええぇぇぇええん!!!」


 泣きじゃくる彼女をいつまでも抱擁し続けるアムリタ。

 そんな二人を月光が優しく照らしていた。


 ……………。


 気がつけばいつしか東の空が白み始めている。

 夜明けだ。


「……立てる?」


 そう言って先に立ち上がったアムリタがシオンの手を引いた。


「大丈夫……だと思います。本当にスゴイですね、魔術(これ)……。最後の一発とか肋骨すごい折れてたはずなのに、もう治っちゃってる」


 立ち上がって胸の辺りを撫でているシオン。

 微妙な表情で身体のあちこちをチェックしている彼女。

 嬉しいとか驚いているとかよりも、少し薄気味悪がっているといった方がいい表情だ。


 ……その気持ちはアムリタにもよくわかる。


「便利ではあるけどいい事ばっかりではないわ。魔力をかなり消費するし、その感覚に慣れると避けたり受けたりしようっていう意識が疎かになるからヤバい一撃を貰ったりするからね」


 偉そうに先輩風を吹かせてはいるものの、その辺はシャルウォートの受け売りである。


「まだ誰か来る時間ではないけど、動けるならここを出ましょう。人に見られたくないしね」


「……はぁい」


 ぎゅっとアムリタの腕に抱き付いてくるシオン。

 そして嬉しそうに表情を綻ばせている。

 何か吹っ切れたのか……以前よりも表情が幼い気がする。

 それともこれが本来の彼女なのだろうか。


「今日だけよ。皆の前ではやらないでね」


「わかりました。皆がいる時にはやりません」


 微笑みながらシオンが肯いて……。

 寄り添い二人で一つの影を伸ばしながらで修練場を出る。


 そして、そんな二人を外で待っていた者が。

 ……待ち構えていた?

 とにかく、イクサリアがそこに立っていた。


「ケンカしているかもと思って来たのに、なんだい随分仲がいいみたいだね?」


 両手でアムリタの右腕を抱いているシオンを半眼で見ているイクサリア。

 空気が少しピリピリしている。

 おかしいないい陽気のはずなのに。真冬の夜のようだ。


「それは先ほどもう終わりました。今は仲直りしてご覧の通りのラブラブです」


 何故か勝ち誇っているシオン。

 腕を組み、手を恋人繋ぎにしている所を王女に見せ付けるように示す。


「そうか、それはよかったね。……で、とりあえずそこを代わってくれないかな、シオン。私ももう一刻も早くアムリタに接触して様々なものを摂取しなければ自分を保てなくなりそうでね」


 イクサリアが何やら怖い事を言い出した。


「イヤです」


「……よく聞こえなかったな。もう一度お願いしていいかな?」


 周囲の気温が更に下がった気がする。


(いい加減帰って眠りたいんですけど……あちこち痛いんですけど)


 思ってもそれを口に出す度胸はないアムリタ。


「だってイクサリア様、うちの兄を大聖堂に吊るしたじゃないですか。お洗濯物のように! 魚の干物のように!!!」


「なんだ、そんな事か。その件ならむしろ感謝してほしいくらいだね。あれは私が思いついた処理の方法の中でもっとも死者の尊厳を傷付けない穏便なものだったんだから」


 ……では一番酷いプランでは何をどうするつもりだったのか。

 気にはなったが聞きたくはない気もするアムリタであった。

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