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学ぼう、モテスキル

 王女イクサリアは「王子様」こっそり呼ばれている程凛々しくも美しい女性である。

 その立ち振る舞いにも気品と余裕があり洗練されている。


「……最近、いつも一緒にいるんだね」


 その彼女が自分にそう声を掛けて微笑みかけてきた。


(イクサリア様……)


 自分とジェイドの事を言っている。

 弟子入りをしてから自分は四六時中ジェイドに張り付いているから。

 しかしシオンにはその王女の穏やかな微笑の根底にある……瞳の奥底に秘めたる感情に気が付いていた。


(邪魔だと思われている! 今この方は私を「お前は邪魔だ」という感情を込めた目で見ている!! ……なんて、なんてことなの……こんな高貴でお美しい方にこんなにも生々しくドス黒い嫉妬の感情を抱かせるなんて……)


 はぁっ、と熱っぽい吐息を吐き出して身震いしているシオン。


(やはり、やはり師匠こそが史上最強のモテ人間ッッ!! ……私は、私は確信しました!!)


 心の中でぐぐっと拳を握り締めてからシオンはイクサリアに向かって笑顔を返した。


「確かに私は師匠のお側に常に控えておりますが! その事でお二人の濃厚なラブラブっぷりを邪魔すつもりは一切まったくありませんので! お二人にはどうぞいつものようにディープなヤツをやっていただけましたら! 私の事は壁か立ち木だとでも思っていただいて!!」


「……へえ?」


 そのシオンの反応に意外そうなイクサリア。

 少し驚いてから彼女はいつもの余裕の微笑みを表情に戻す。


「少しキミの事を誤解していたかな。謝罪させてもらうね。……さあ、彼女もこう言ってくれている事だし、ジェイド」


「……何もする気はない」


 キス待ち体勢になったイクサリアにイヤそうな顔で首を横に振るジェイド。

 自分には第三者のいる所でラブシーンを演じられるだけの度胸も趣向もない。


『えぇっ!?』


 不満そうな声は二人分がハモっていた。

 存在が漏れ出してしまっている弟子である。


(余計な事言わないでよ! イクサは自分がいいと思ったらそういうの本当に気にしないんだから!)


 内心でげんなりしているアムリタ。


 ……ちなみにイクサリアは以前、自分と姉リュアンサの所謂そういった行為を見学したいと言い出して二人から怒られた事がある。


 そんな三者のやり取りを少し離れた場所から見ている王宮の騎士たち。


「……す、スゲエぜ。王女様と一等星の令嬢を従えてあんな『お前らなんかどうでもいい』みたいな態度を取れるなんてよ」


「ロードフェルド様からも信任が厚いらしい。後々重鎮になるかもな」


 ひそひそと囁き合っている騎士たち。


(ああ、もう……悪目立ちしちゃってる……。帰りたい、おうちに。地域で評判で人気の私の可愛いパン屋さん……)


 内心で遠い目をしているアムリタだ。

 ちなみにちょっと自分に都合のいい妄想が混じっている。


 ─────────────────────────────


 書類を書く手が止まる。

 フーッと鼻で息を吐くとミハイルは眼鏡を外し眉間の辺りを指先で摘まむと少し揉みこむようにする。


 彼が書類仕事をほんの僅かにでも中断する事は非常に珍しい事である。


(なんだというのだ……)


 どうにも集中が乱される。

 ふとした時に思い出される事がある。


 ……それは北の都での任務中に自分が看病をした少女のことだ。


(彼女の正体がなんであれ私には関係がない。仕事上の関係が良好であればいい。これは私が将来ロードフェルド殿下の政権で重鎮となる為のステップアップの一歩、それだけの事だ)


 自分自身に言い聞かせるように氷の男は思考する。

 いずれにせよ集中は途切れてしまった。

 何か軽く飲んで気分をリフレッシュしよう。

 そう考えた彼は執務室を出る。


「……ミハイル」


「! ……ああ」


 珍しく少しだけ驚いた様子のミハイル。


「書類仕事か? また僕に手伝える部分があれば……」


「いや、問題はない……。今の所は大丈夫だ」


 ミハイルは部隊を設立した後も以前の業務を平行して行っているのだ。

 それはそれとして……今日の彼はどういうわけか自分を見ようとしない。


(い、意識しているッ!! 意識しています!! ミハイルは師匠を直視できていません!! 明らかに意識してしまっています!! 流石……流石です師匠ッッ!! 同性のミハイルまでこんなに夢中にさせて……惑わせて……なんて魔性の美青年!!!)


 そしてそんな二人のやり取りを見ながら頬を赤らめて呼吸困難かと疑いたくなるほど息を荒げているシオンであった。


 ────────────────────────


 その日の業務を終えて官舎の私室に戻ってきたジェイド。

 彼は上着を脱いでハンガーに掛けるとフーッと重たい息を吐いた。


(なんだか……自分の本来の目的以外の所で疲れる事が多いわね)


 ため息を吐く動作が現実のジェイドとシンクロするアムリタだ。

 ただ、不愉快であるというわけではない。

 少しの戸惑いがあるだけで……。


(これで私自身の抱えている問題が何もなければ苦笑いはしつつも楽しい毎日、という事になったのでしょうけど……)


「……!」


 その時、机の上に置かれた一通の手紙に気が付いた。

 ……自分は今日は一日不在だったし、部屋の戸は施錠されていた。

 誰がこれを置いていった?


 わずかに早まる鼓動を感じながら封を開けて中を見る。


『あなたに刺客が差し向けられます。気を付けて迎え撃ってください』


 簡潔な内容……署名はない。

 だけど自分にはこれが誰の字かわかる。


「アイラ……」


 これは、アイラの字だ。

 だけど店で留守番をしているはずの彼女がどうして……?


 ……………。


 半日ほど前。

 クライス派残党アジト。


「……なるほど、話はわかりました」


 これまでの経過の説明を受けたアイラが肯く。

 椅子代わりの木箱に腰を下ろしている彼女。


「そんなワケでな。少々行き詰っている」


 正面に座っているバルバロッサは煙草を咥えてマッチを擦った。


「そうですか? 解決法は単純でわかりやすいと思いますが」


「……! 手があるのか?」


 目を輝かせるバルバロッサ。


「先にこちらでこのジェイドという男を消してしまうんですよ。エスメレー様の不興を買うかもしれませんが、そこはどうとでも言い訳できるでしょう。その上で再度エスメレー様の暗殺の首謀者であるロードフェルド王子にぶつけられるように誘導すればいい」


「それは……そうなんだが」


 一転彼は表情を曇らせ歯切れが悪くなる。


「駒がいない。どうもこの男もかなりの手練のようだ。始末するにはこっちもかなりの強者を出さなければならん。心当たりがないわけじゃないが、そいつらはエスメレー様を怒らせるかもしれない任務はやると言わないだろう。協会が送りつけてきた二人はこういう仕事で役に立つのかわからないしな」


「何を言っているのですか。適任がいるでしょう」


 ふぅ、と嘆息してからアイラは眼鏡の位置を直し目の前のバルバロッサを直視する。


「私は貴方に行けと言っているんです。それとも今回もご自身はずっと安全な場所にいるつもりですか?」


「む……」


 唸ったバルバロッサが眉をひそめた。


 バルバロッサ・ドイルはクライス陣営でも屈指の強者で武闘派であった。

 だがあの王子の最後の戦いの時……舞踏館での戦闘時、この男は剣を取らなかった。

 最後まで様子見に徹して戦うことなく撤退した。


 それに付いては彼にも言い分はある。


「あの時は二階に幽亡星(バケモノ)が陣取ってたし、あれをどうにかできるような奴なら俺でも敵わないだろうと思ったからな」


 フーッと紫煙を吐き出してから空き缶に煙草を押し付けるバルバロッサ。


「……だが、確かにあんたの言う通りかもしれん。ここらで少しお前も身体を動かせと女神様が仰ってるのかもな。…………おいッッ!!」


 バルバロッサが少し離れた場所にいた手下を呼びつける。


「ヴォルグとフレンツェンを呼べ。仕事だと言ってな。……それと王宮の仲間に連絡を入れろ。三人送り込むから手引きしろとな」


 了解した手下が走り去っていく。

 ヴォルグとフレンツェンとはバルバロッサの両腕とも言える以前からの腹心だ。連れていくのだろう。


(よし、これでこの男を釣り出す事ができた……)


 スパイとして組織に潜入したアイラ。

 彼女が色々とこの組織の実情を調べて知ったのは、組織を実質的に動かしているのはバルバロッサであるという事だ。

 それ以外は個別の分野で優秀なメンバーは色々いても組織の運営を円滑に行える者はいない。

 バルバロッサさえどうにかできてしまえば、後は黙っていても組織は瓦解する。

 だが、それを自覚しているのかバルバロッサは以前からの用心深い性格をより強固なものとしており、中々自分で出ていこうとはしない。


 アムリタを彼と戦わせることには抵抗があるが、どちらにせよ彼女がこの組織との戦いを選択してしまっている以上避けては通れない相手だ。


(後は折を見て私も脱出しないと)


 一人になってから疲れたようにため息を付くアイラであった。


 ────────────────────────


 ジェイドを暗殺する決心を固めたバルバロッサ。

 けしかけてその状況を作り出したアイラ。

 そして警告を受けてバルバロッサを迎え撃つジェイド。


 ……その三者が想像していなかった事態が起きようとしている。


 四番目の男……名前をモーリス・アルハイムという。

 クライス王子の部下だった男で現在も騎士団員をしている。

 栗色のパーマの掛かった髪の体格のいい騎士だ。

 年齢は29歳。結婚はしていない。

「微笑のモーリス」と人から異名されるほどいつもニコニコしていて勤勉で誠実。

 彼を知る者で彼を悪く言う者は誰もいない。


 しかし彼には他者には見せていない顔があった。

 信仰心にも近い忠誠心をクライス王子に対して抱いており、それは彼が死んだ現在も些かも揺らいでいない。

 王宮に残ったのも残党の活動を支援する為で、スパイである。


 そんな彼ら王宮のスパイたちに最近与えられた指令は刺客を潜入させる援助をせよ、というものともう一つ……。

 ジェイドを見張り襲撃のタイミングを見つけ出せというものだった。


「待つ必要は無い。先に私が殺してしまえばいい。そうすればクライス様もお喜びになる。エスメレー様もお喜びになる。そうだ……それがいい。私が殺そう。私がこの手で……」


 抜き放った剣に映る顔は普段の彼と全く変わりのない微笑を浮べていた。

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