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押しかけ弟子のシオンさん

 ……青天の霹靂であった。


「師匠……ッ!!」


(……だれが?)


 思わず内心でアムリタが呟いていた。

 ジェイドは無言だ。

 いきなり自分を師匠と呼んできたのは同じサモエド隊の隊士、ハーディング家のシオンである。


「………………」


 無言のまま自分を見るジェイドにシオンは話が通じていない事を理解する。


「あっ、すいません不躾に!! 突然なのですが私師匠に弟子入りさせて頂きたいと思いまして!!!」


(……だからなんの師よ)


「………………」


 結局話はわからずにアムリタは再度内心でツッコみジェイドは無言のままである。

 そこから説明があるのかと思ったがシオンは目をキラキラさせながら直立不動の体勢でいるだけだ。

 しょうがないのでジェイドは嘆息しつつ口を開く。


「話がわからない。それに……僕は誰かに何かを教えられるような人間じゃない」


「それは大丈夫です! 見て学びますので! 師匠は普段の通りに過ごして頂ければ!!」


(なんだか最近聞いたような台詞!! 今更だけどごめんなさいミハイル……あの時の貴方はこんな気持ちだったのね!!)


 一瞬ひっぱたいてやろうかと思ってしまったアムリタだ。

 ジェイドは相変わらずの無表情だが。


「だから何を学びたいんだ。まずそこを話してくれ」


 この状況でジェイドがため息を漏らさないのはその分内心でアムリタが漏らしているからだ。


「わかりました師匠! 私が師匠から学ばせていただきたいものは……何と言いますか、人心掌握術って言えばいいんでしょうかね? いわゆるモテスキルです!!!」


「……モテスキル!?」


 これは流石にジェイド自身が声を出してしまっていた。

 人生で初めて聞く言葉が出てきた。


「何か、勘違いしているんじゃないか。僕を見ていてもそんなものが身に付くとは思えないが」


「いえいえ、とんでもないです。私は17年生きていて師匠ほどのモテスキルをお持ちの方を他に知りません。私もそのスキルを学んで全身モテ人間になれれば家の再興もしやすくなるのではないかと!!」


 全身モテ人間……そんな怪人になった覚えはないが。


(参ったなぁ……私、この子とはそこまで距離を縮めたくないのだけど)


 ハーディングの家が傾いたのは自分も無関係ではないと思っているアムリタ。

 だから再興の一助になるのならとシオンの部隊入りを許可したのだ。

 だが自分がするのはそこまでで、それ以上彼女に関わる気はなかったのに……。


「師匠は凄いですよ。王女様や一等星の跡継ぎたちを含めた大勢をあんなにメロメロにしてしまって……」


「それは誤解だ。彼らは僕を友人として接してくれているだけだろう」


 ……そこは多少嘘を付く。

 ()()()()()で自分を見ている者もいる事は事実だろう。

 ただそれはごく一部の……主に王女っぽい人のはずで……。


「またまたご謙遜を! 部隊の皆さんが師匠を見ているときの目なんて凄いんですよ。こう、ギラギラムラムラっていうか、色欲が炸裂しているみたいな感じでですね!!」


(そんな目で見られているの私!? 普通にイヤなんですけど!!?)


 内心のアムリタが頬を引き攣らせている。

 ジェイドにしたってアムリタにしたって、そんなセックスシンボル的な要素はまったくないと思うのだが……。


(大体が私の周囲の人間関係って、当初の予定とズレちゃって失敗した結果なのよね……)


 自分としてはジェイドという男を「敵は作らないながらもあまり好意的にも見られないタイプ」という感じでデザインしたはずであった。

 そこはもう失敗したという自覚はある。

 だからといって同じ状況を再現できるのかと言われればそうは思えない。


「それは人それぞれだと思う。僕を見て真似た所で同じことができるとは思えない」


「そこはそうでしょうね。私も丸々コピーしたいと思っているわけではないです。師匠を見て学んだことを自分なりに自分の中に落とし込んでいければと」


 ……冷静な所は割と冷静なシオンであった。


(まあいいわ。しばらく好きにさせておけば意味のない事をしてるって気が付くでしょう)


 もう嘆息しすぎてアムリタの内部世界は湿度が高い。

 一先ず白旗を上げてなすがままになるジェイドであった。


 ────────────────────────


 ……非常に困った事になった。


 アジトで密かに頭を抱えている男……バルバロッサ・ドイル。

 クライス派残党の幹部ながら密かに『協会』と通じて王国の弱体化を目論む男。


 天勝武典を狙ったテロは完全に失敗した。

 向こうに多少の損害を与えたものの式典は予定通りに行われ成功裏に終わっている。

 むしろ多少の事ではびくともしないという王国の堅牢っぷりをアピールされたような恰好になってしまった。

 そして最大の目的であったロードフェルド王子の暗殺にも再度失敗。


 それどころか……。


(まさか、こっちの切り札が壊れてしまうとはな)


 もっともバルバロッサにとってダメージが大きかったのはこの一件の後のエスメレーの変心だ。

 彼女は自身の狙いを当初のロードフェルドから別の男に変えると言い出したのである。

 ……それも聞いたことのないような男にだ。

 どうもエスメレーはその男がクライス王子暗殺の実行犯だと思っているらしい。


 そんなものは嘘に決まっている。

 ロードフェルド王子の命令でそう言えという指示が出ているのだろう。

 目的は当然暗殺の標的を王子からその男に変える事だ。


 そう思ってその男の事を詳しく調べさせた。


 名前はジェイド・レン。平民の男だ。

 だが……そこから先の事がほとんどわからない。

 つい最近まで民間にいたらしい。

 両親とは死別、他に身寄りもなく天涯孤独。

 現住所は空き地になっておりもう随分長い間そこで人が暮らした形跡はない。

 ……どこからどう見ても偽造された個人情報だ。


 ありえない、と奴のウソを暴いてやるつもりの調査だったが出てくる情報が一々「もしかしたら」というレベルのものばかり。

 本当にこの男が暗殺の実行犯なのかもしれないとバルバロッサ自身が思い始めている。


「だが真実(そんなこと)はどうでもいいんだよ」


 バルバロッサがドカッと苛立たし気に足元の木箱を蹴る。


 自分以外のメンバーの大半はエスメレーに心酔してしまっている。

 彼女が暗殺の標的を変更した事に何の疑問の異論も持たない。

 こんな誰も知らない男を殺した所でバルバロッサの本当の目的には何の寄与もしないというのに……。


(モタモタやってたら『協会』の連中にも見限られるかもしれん。どうするか)


 眉間に皺を刻んだバルバロッサが考え込んでいると……。


「バルバロッサさん、ちょっと……」


 メンバーの一人が入ってくるとバルバロッサに何かを耳打ちする。


「ほぉ……」


 それを聞いたバルバロッサはニヤリと笑みを浮かべた。


 ……………。


 10分後、バルバロッサはアジトにある人物を招き入れていた。


「よくここがわかったな」


「以前の同僚が大勢いるのですから、その気になれば調べる方法はいくらでも……」


 今彼が向き合っているのは褐色の肌の若い女……鳴江アイラだ。


「あんたは絶対にこっち側に来てくれると思っていたぜ。わざわざ訪ねてきてくれたって事はそういう意味でいいんだよな?」


「復讐は私欲と私怨。この組織の活動が死んだあの方のためになるものではないという意見に変わりはありませんが」


 アイラは眼鏡の位置を直し、そのレンズの奥の怜悧な瞳にバルバロッサを映す。


「ただ……貴方の言っていた『いい目を見る』方法については興味があります」


 バルバロッサは満足げにうなずく。


「そうだ、そういう現実的な話ができる仲間が欲しかったんだよ。ここの連中はどうにも……夢見がちでね」


 彼がこの時もう少し冷静であったなら、突然のアイラの来訪に少し違和感を持つ余裕もあったかもしれない。

 だがこの時の彼は状況が思うように進まずに焦っていた。


 二人が声を抑えて話し合っていると俄かに通路の向こう側から賑やかな声が近付いてくる。


 ずんずんと足音も荒く歩いてくるののは……メイド? メイドの少女である。


 黒いロングスカートに白いエプロン、そして白いヘッドドレス。

 シックでオーソドックスなメイドの装束。

 薄桃がかった銀色の長い髪をツインテールに纏めている、猫目で勝ち気そうな美少女だ。


「イライラする……ムカ付く!! テンガイ(おまえ)が雑魚でハゲなせいでなんでウチまで駆り出されなきゃなんないのよ!!! 週末はのんびりショッピングを楽しむ予定だったのに!!!」


「おぉ、おぉ、どうぞお気をお鎮め下さいませ『()』のお方……。拙僧が不覚を取った事に言い訳のしようもなく……慙愧にたえぬ思いでございますぞ、ほっほっほっほ」


 そのメイドの少女の後ろからは巨漢の僧侶が身を縮める様にして付いてきている。

 負傷しているらしく僧侶の身体のあちこちには巻かれた包帯や絆創膏が見える。


「申し訳ないと思ってんなら笑うなっつーの!!! お前の笑い方は何かハラ立つんだって!!!」


 最後までキレ散らかしながらメイドの少女は足音も荒く歩き去っていき、その後ろの僧侶は笑いながら去っていった。


「……何なのですか? あれは」


 騒々しい声が去っていく通路の向こう側。

 そちらを半眼で見ているアイラ。


「あれは……まあ気にしないでくれ。スポンサー殿が送り付けてきた助っ人兼お目付け役ってところだ。デカい方がこの前エールヴェルツの所の若僧とやりあって痛い目を見せられてな。そうしたら追加でもう一人来た」


「ふうん……」


 呟いた彼女の目は酷く冷たく、そして冴えた光を湛えていた。


 ────────────────────────


「お疲れ様です! 師匠! タオルとお飲み物です!!」


「あ、ああ……」


 詰所から出てきた所でシオンに捕まったジェイド。

 ただ中でミハイルと部隊の事で打ち合わせをしてきただけなのだが……。

 タイルと飲み物を受け取ってみたもののどうすればいいのかがわからない。

 ……別に喉も渇いていないし。


 そこに続いて出てきたミハイルが二人を見る。

 氷の男はそのコンビに怪訝そうに眉を顰めた。


「何の真似だ? それは」


「知らない。彼女に聞いてくれ……」


 タオルでかいてもいない汗を拭く仕草をしながら嘆息しているジェイド。


「弟子にしてもらったんです! 師匠みたいに皆にHな目で見てもらえるように!!」


(……割と最悪の説明!!!)


 内心で表情を凍て付かせているアムリタだ。


「そうか……せいぜい頑張る事だな」


 じりじりと離れていくミハイル。


(ああ! 距離を取られた!!!)


 逃げていくミハイルに非難のまなざしを向けるジェイドであった。

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