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ジェイド、面会謝絶

 天勝武典を狙ったクライス派残党によるテロ行為は幸いにして大きな被害を出す事はなかった。

 だが必死の捜査にも関わらず、この件で捕まったテロリストは少数の末端の工作員のみ。

 上位のメンバー……幹部クラスは誰も捕らえられてはいない。


 ……そしてその夜にあった城壁外周野営地での二人の腕の立つ襲撃者による戦闘は記録に残されることはなかった。


 ……………。


 破壊工作により一時は開催が危ぶまれた式典であったが大王の「構わないからやれ」という一言で予定通りに開催される事になった。


 リュクセンタイア城壁外周、サモエド隊臨時詰め所。

 そこに今ジェイドを除く隊士が全員集まっている。


「式典開始後の警護の流れはそこにある通りだ。……質問は?」


 資料を手にして隊士たちを見回すミハイル。

 隊長であるジェイドが不在なので今は彼が隊の指揮を執っている。


「……ジェイドは大丈夫なのか?」


 不安げなレオルリッドの声は暗い。


 あの襲撃の夜から二日が経っているがジェイドは皆の前に姿を見せていない。

 それに付いてはミハイルが皆に「敵の襲撃で深手を負って療養中。命に別状はないが現在意識は戻っておらず面会謝絶」だと伝えられている。


「問題はない。回復に向かっていると言った通りだ」


「……でも、どこにいるのかも教えてもらえないなんておかしいんじゃないかな?」


 そんな副長に露骨に不信の目を向けているのはイクサリアである。

 ミハイルは皆にジェイドがどこで治療を受けているのかは「教えられない」としている。


「それを告げれば勝手に会いにいく者がいるからですよ、イクサリア様」


 イクサリアのジト目にアイスビームで対抗するミハイル。


「今は任務に集中してもらわなければならん。都市内での警護は外での警護よりも何倍も難しい。我々は彼のいない状態でそれを成し遂げなければいけないのだ」


 パシン、とミハイルは手にした資料の束を手の甲で軽く叩く。


「我々の評価が今まだ意識が戻っていない彼の評価でもある。隊長が安心して戻ってこれるようにまずは仕事で結果を出してもらう。……彼を見舞うのはそれからの話だ」


 一同を見回して厳粛に告げるミハイルであった。


 ──────────────────────────────


 …………………。

 ……………。

 ………。


 ……ゆっくりとまどろみの中から意識が覚醒していく。

 ぼんやりとしていた視界がはっきりとした像を結んでいく。

 ベッドの中でもぞもぞと身じろぎするアムリタ。


(ええと……私はどうなったんだっけ……)


 まだ少し頭がボーッとしているようだ。

 その思考も徐々に鮮明になる。


(そうだ。私はエスメレー元王妃と戦って……彼女を逃がしてしまって……)


 そして彼女の手で瀕死の重傷を負わされ回復のための眠りに入った。


「……脇腹。よし、完璧」


 ベッドの中で傷のあった場所に手を触れてみる。

 傷跡の感触すらない。痛みもない。

 我ながら怪物じみた回復力である。


(ここはどこかしら。……宿舎のどこか一室ね。レオが運び込んでくれたのでしょうけど)


 自分の泊まっていた部屋ではないが似た部屋だ。

 ベッドの上で上半身を起こすアムリタ。

 ここはレオルリッドの部屋であろうか、男物の衣服がハンガーに掛かっている。


(あ、服……着替えさせてくれてる。それに身体も綺麗にしてくれたみたい)


 見れば今自分は男物の上着を着せられている。

 身体も小奇麗にされている。拭いてくれたのだろうか。


(泥と血で汚れたまま寝かせておくわけにはいかないわよね……。申し訳ない事をしてしまったわ)


 今更身体を見られたことでどうだという気はないが、その事で彼が何かを意識してしまって今後二人の空気が気まずいことになったら……そう考えて苦笑するアムリタだ。


 そこに部屋の戸が開き、誰かが入ってきた。


「……ごめんなさい、レオ。何だか色々と手間を取らせてしまったみたい…………」


「……………」


 入ってきたのはミハイルであった。

 両者の視線が交差してアムリタの苦笑が引き攣った。


「で……………」


「別になんという事もない。レオルリッドでないのは申し訳ないがな」


 落ち着いた声でそう言いながら机の上に手にしていた書類を置くミハイルであった。


 ……………。


 一度退出していったと思ったミハイルが戻ってきた。

 手にしたトレイの上にはパンとスープとホットミルクの入ったマグカップが乗っている。


「まずは何か腹に入れろ」


「……あ、ありがとう……ございます……」


 遠慮がちにトレイを受け取るアムリタ。

 正直空腹を感じているので食事はありがたい。

 が……。


(ま、まさか……ミハイルだったなんて……)


 落ちる直前は色々とギリギリの状態だったので勘違いしてしまった。

 ……とはいえ、あの場に駆け付けてくれたのがミハイルだった以上は結果は変わらない。

 あの場で認識できていたとしても同じことを頼んだだけだろう。

 むしろミハイル相手だと思っていたら混乱して必要なことすら伝えきれず意識が途切れ、もっと状況が悪化していた可能性もある。

 勘違いしたまま頼み事だけできてよかったのかもしれない。


 ミハイルはアムリタがベットの上で食事をしている間、まるで彼女などいないかのように机に向かって書類の確認作業をしていた。


「本来私は人の素性(プライベート)などに興味を持たないが……」


 アムリタが食事を終えたのを見計らって、彼が書類作業の間だけ掛けている眼鏡を外して話し始める。


「流石にこれはそういった範疇を超えている。話を聞かせてもらうぞ」


「そうね……」


 はふ、と色々複雑な感情の混ざり合った息を吐いたアムリタ。

 流石にここまでしてくれたミハイルに尚も自分の正体を伏せるのは不義理に過ぎる。


「アムリタだったな。その名には聞き覚えがある」


 落ちる前に名前まで名乗ってしまっていたらしいし……。


「少し長い話になるわ。……それに、聞いたら貴方は後悔するかも」


「それはこちらで判断することだ。お前は話すだけでいい」


 ベッドの脇に机の椅子を持ってきてそこに腰を下ろすミハイルであった。


 ……そして、アムリタは彼に語った。

 自分の正体と、これまでにあった様々な出来事を。


 ……………。


「話はわかった」


「すんなり信じてくれるの……?」


 聞き終えてもまったく普段と様子が変わらないミハイルにアムリタが眉をひそめる。

 自分で話をしておいてなんだが相当に荒唐無稽な話である。


「私は実際にお前が姿を変えるところを見ているし、ロードフェルド王子のクライス王子に対する所業には疑問があった。お前の話が事実とすればその違和感が解消される」


「そう。こちらは王子殺しと非難される覚悟で話したのだけど」


 若干気が抜けてため息をつくアムリタ。


「道義的は話はさておくが、社会的法的にはお前の行いはロードフェルド王子が自分の主導によるものとして引き受けて下さった時点で問題はなくなった。私がどうこう言う話ではない」


「……………」


 ルール上は問題なくなったのでノーカン、というわけである。

 権力者、社会的立場が上のもの程こういったドライな考え方をする事をアムリタも今は知っている。

 憎い、許せないでクライスを暗殺するところまでいった自分とは異なる考え方ではあるが……お咎め無しと言っているのでその齟齬をわざわざ主張する気はない。


「迷惑をかけてしまったわね。……ジェイドに戻って仕事に復帰するから」


「待て」


 ベッドから出ようとしたアムリタをミハイルが止めた。


「私は医者ではないが、今のお前を職務に復帰させるべきではないという事くらいはわかる。まだ休んでいろ」


 一瞬呆気に取られてぽかんとした表情になるアムリタ。

 それから彼女はくすっと苦笑した。

 正直その申し出はありがたい。体調は問題なさそうだが大きく失う事になった魔力がまだ戻り切っていない。


「優しいのね。いつもそうだといいのだけど」


「私は常に最善だと思う行動を取るだけだ。どう受け取るかは勝手にしろ」


 ふん、と鼻を鳴らして目を閉じるミハイルであった。


 ────────────────────────


 所々に先日のテロの跡の残る若干痛々しい状況で大王の意向の通りに祭典は一切スケジュールを変更する事無く開催された。

 数日間の期間中、心配されていた再度のテロも起こらず今年の祭典も盛況のうちに幕を閉じる事となる。


 式典後にアムリタはジェイドに戻って部隊に合流。

 帰路の護衛任務も終えて王都へと戻ってきている。


「……………」


 ジェイドは……浮かない表情だ。

 今回の任務は自分としては失敗だった。

 エスメレー元王妃と遭遇したのに彼女を逃がしてしまった。

 その件はロードフェルド王子だけは報告してある。


 ……………。


「そうか……見間違いであってくれればと願っていたがな」


 沈痛な表情で重たい息を吐き出す王子。

 かつての義理の母が異母兄弟を殺されたという恨みで自分を狙っているというのだ。彼の気持ちが沈むのもしょうがない。

 若返っていたことと強さについては詳細な説明はしていない。


 今の所は相手方に元王妃がいるという話は王子の所でストップしているようだ。

 王家の醜聞なのでそう公にできる話ではない。


 大王にも報告がいっていないらしい。

 とはいえ、たとえ報告したとしても大王の彼女への興味はとっくの昔に消え失せている。

 単なる息子が排除するべき障害の一つとしか認識しないだろう、というのが王子の意見だ。


「お前も酷い傷を負ったという話だが……。死ぬんじゃないぞ。リュアンサとイクサリアが悲しむし、俺もお前を失えば相当に堪える」


 そう言って苦笑する王子であった。


 ……………。


(……それにしてもまさかエスメレー元王妃があそこまで強いなんて)


 目下の最大の悩みはそれであった。

 苦戦はするであろうがそれでも勝てると思っていた。

 しかしその目算は脆くも崩れ去った。


 自身と同等の肉体強化の魔術に未来視を併せ持った彼女はジェイドよりも強い。

 今回は隙を突くような形で大きなダメージを与える事に成功しているが同じ手は次は通じないだろう。


(修行……って言っても短期間でそんなに強くなれるものじゃないし……)


 自分の格闘術の師は『硝子蝶星(スワローテイル)』シャルウォートである。

 あのヘラヘラとした道化は中々に食えない男で明らかに相手の殺傷を目的とした武術を高いレベルで習得しているのだ。

 東方の武術を西方の軍事国家が軍隊格闘術としてアレンジしたものであるらしい。

 彼がこれを使う理由は「この国では知ってる者が少ないので対応されにくいから」だそうだ。

 その彼の習得理由はそのまま自分の現在の相手に対する戦闘の優位性になっている。


(どっちにしたってもう、相手の方が自分よりも強いみたいだから降りますとも言えないのよね)


 元王妃の目はこちらに向けた。

 次は彼女は自分を狙って現れる可能性が大きい。


 ないものねだりをしてもしょうがない。

 今手元にある札で戦うしかないのだ。

 ……覚悟を決めて拳を握るジェイドであった。

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