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三等星の女騎士

 レオルリッドとの悶着(トラブル)から10日ほどが経過した。

 一時騒がしかったジェイドの周辺もその頃になると大分落ち着いていた。

 各陣営からの譲れという誘いに王妃(アルディオラ)が頑として首を縦に振らなかったのもあるのだろう。


(ようやく雑音が少し減ってくれた)


 内心でそっと胸を撫でおろすジェイドであった。

 これで少しは自分の本来の目的に集中できるようになるか。


 玉座を巡る三人の王の子の闘争はあくまでも政治的なものだ。

 本人同士は勿論として、その陣営に属する者たちも直接相手を害する事は許されない。

 そうなれば王国の法によって厳格に裁かれる事になる。

 しかし、あくまでもそれは建前で……。


(少なくともクライスは……あの男は必要と感じれば手を下す)


 胸がズキンと痛んで顔をしかめるジェイド。

 少なくとも王子クライスは必要となれば自ら手を汚すことも厭わない人物だ。


 自分が……アムリタ・カトラーシャが命を落とした一件は世間的にはクライス王子を狙った襲撃の巻き添えという事になっている。

 クライス王子は理不尽な暴力により婚約者を失った悲劇の人となったのだ。

 それが、王国による公式の発表である。


「…………………」


 多くの国民が若き王子とその婚約者を襲った惨劇に涙したのだという。

 その事を考えると胸中に吐き気に似たドス黒い感情が渦巻くのを感じずにはいられない。


 ……マッチポンプにも程がある。

 あの場に襲撃者などはいなかった。

 自分を刺したのはクライス本人だと何よりもこの胸の痛みが思い出させる。


(けど、真実なんて無価値で無力だ)


 自分がアムリタだと……生きていると名乗り出て王子を糾弾しようと思ったこともある。

 でも結局そうはしなかった。

 目を覚ました時、自分(アムリタ)の葬儀はとうに終わっていた。

 自分のものではないが亡骸も埋葬されている。

 名乗り出れば自分は死者の名を騙る者として裁かれ……。


(今度こそ本当に……私は()()()()始末される)


 そうはいくものか。

 ジェイドは険しい顔で血が出るほどに強く拳を握り締める。

 二度も殺されてやるつもりはない。

 今度死ぬのは……あの男だ。


「ね。すごい怖い顔になっているよ」


「……!!」


 驚きすぎて声が出そうになった。

 見れば自分のすぐ傍らにイクサリア王女が立っている。

 いつの間に……これでも周囲の気配には気を払っていたというのに。

 足音をさせず気配も感じさせずに彼女はそこにいる。


「驚かせてしまった? ゴメンね。よく言われるんだ。猫か幽霊のようだって」


 すまなそうな表情で頭を下げる王女。

 そういう何気ない仕草の一つ一つが一々嫌味なほどに様になっている。


「いいえ。自分が鈍いだけです」


 静かに首を横に振るジェイド。

 社交辞令であり本心からの言葉ではない。

 鋭敏な自分の感覚で捉えきれない挙動……二階部分へ軽く跳躍する脚力。

 どうもこの王女にも何か秘密がありそうだ。


 ……別におかしな話でもない。

 王と十二星の血脈はかつての英雄たちの末裔。

 優れた戦士でもあり魔術師でもあった祖からの力を受け継ぐ者が今も多く存在しているのだ。

 このイクサリアにも何らかの超常の能力が継承されているのかもしれない。


「キミは私と会っている所をあまり見られたくないという話だったからこっそり会いにきたんだ」


 涼やかに笑うイクサリアの表情に思わずドキリとさせられる。

 同性の自分ですら惹き込まれるような気分になる美貌。


「……!!」


 王女が急に何かに気付いたように瞳を揺らす。

 一瞬遅れてジェイドの耳にもその複数の人物の声が……やり取りが聞こえてきた。


 あまり穏やかな調子ではない。

 何かの諍いか。

 声の聞こえてくるほうを向いてジェイドが視線をイクサリアに戻した時、既に彼女はその場にはいなかった。


「……ふざけるな! オレは何も悪いことはしていない!!」


 苛立たし気な怒鳴り声。

 ……女性の声だ。


 三人の騎士がこっちに向かって歩いてくる。

 その内の一人が女性……先ほどの怒声の主であろう。

 赤い長髪をポニーテールにした長身の女性騎士だ。

 ややツリ目気味の勝気そうな美女。

 全身のシルエットは引き締まってはいながらも女性らしい丸みとしなやかさを維持しており、そこはゴツゴツとしている男の戦士とは違っている。


「悪くない事があるか!! あんなに痛めつけておいて!!」


「そうだ!! あいつは当分治療院から出てこれないんだぞ!!」


 その赤髪の女性騎士に食って掛かっているのは金髪と銀髪の二人の男性騎士だ。

 三者とも二十代くらいだろうか。若く見える。

 口論はヒートアップする一方だ。


「ハッ……! 知ったこっちゃない。弱いクセに人を挑発するからそうなるんだよ。オレは言われた通りに稽古の相手をしてやっただけだ」


 肩をすくめ、鼻で笑う女騎士。


 ……なるほど。

 今聞こえてきたやり取りだけで事のあらましは大体わかった。

 口論から稽古と称した制裁を加えようとした相手を返り討ちにしたか。

 原因は……おそらく性別。

 この国では女性の騎士は非常に珍しい。


 どこも似たような話ばかりだな……と、ジェイドが苦笑する。


「オイ」


 声を掛けられて視線を上げてみれば自分のすぐ目の前に件の女騎士がいた。

 気が付かないうちにすぐ近くまで歩いてきていたようだ。


「何が可笑しいんだよ。お前も女が騎士やってんのを笑うクチか?」


 ジロリと剣呑な視線を向けてくる赤い髪の女騎士。

 今の苦笑を見られていて、そう解釈されたか……。


「そんなつもりはないが、そう見えたのなら済まなかったな」


 素直に頭を下げるジェイド。

 やはり揉め事の原因は性別か。


 だが、彼女の苛勝ち具合はジェイドの想像以上であり事はそれだけでは収まらなかった。


「スカしてんじゃねえよ!! どいつもこいつも……人をコケにしやがってッ!!」


 いきなり伸びてきた腕に襟首を掴まれる。

 女騎士はジェイドよりも10cm近く背が高い。

 掴みかかられるとかなりの迫力である。


(ああ、もう……面倒ばっかり次から次へと……)


 男騎士二人は黙って事の成り行きを見守っている。

 いや、楽しんでいるようにも見える。

 口論の相手が問題でも起こせばいいと思っているのか。


「……………」


 ジェイドの表情は変化しない。冷静な目で目の前の女騎士を見ている。

 そして自分の襟首を掴んでいる彼女の手首を逆に掴み返すとフッと鋭く呼気を吐く。


「え……?」


 次の瞬間、女騎士は空中で綺麗な円を描いて背中から廊下に落下した。

 力んでいる相手の力を利用し足を払って投げたのだ。

 落ちる瞬間若干上に引き上げるように力を入れて威力を殺しているので大したダメージはないはずだ。


「気持ちはわかるが、いつもそんな反応をしていたらそのうちお前も潰れるぞ」


 静かに諭す。

 半分は自分自身に言い聞かせているような気分で。


「本当の強者は必要な時にきちんと加減ができる者だ。あたりかまわず叩き付けるだけの強さはいつか自分にも跳ね返ってくる」


「………………」


 掴んだままの腕をゆっくりと引いて彼女を立ち上がらせる。

 女騎士はどこかボーっと自分を見ている。

 ショックで呆気にとられているのか。


「お前の強さは見るべき人はちゃんと見ている」


「……あ、ああ」


 最後の一言はそうであってほしいという祈りにも似たものだったが、女騎士はしっかりうなずいて応えてくれた。

 どうやら興奮状態は脱してくれたようだ。


「オレはマチルダ・ルークだ。お前の名前は……?」


 急にしおらしくなったマチルダ。


「ジェイド・レン。平民だ。関わってもいい事はないぞ」


「へへ、オレだって三等星だよ。大した違いはないさ」


 三等星とは貴族の等級のことだ。

 この国の貴族は一等星から三段階で身分が分けられている。

 三等星は下級貴族だ。

 とはいえ、それでも平民と三等星の貴族には大きな身分の隔たりがある。

 彼女の言いようは些か大らかすぎる。


「悪かったな。ちょっとイライラしててよ。三等星でしかも女だと色々あってさ」


 黙ってうなずくジェイド。

 その色々は察して余りある。


 またな、と機嫌よく手を振ってマチルダは去っていった。

 それから少し遅れて二人の男の騎士も舌打ちをしつつ立ち去っていく。


「凄いじゃないか。鮮やかに場を収めてみせたね」


 ……今度はもう驚かない。

 急に話しかけられるジェイド。

 見ればまたいつの間にかイクサリアがすぐ隣にいる。


「誰かの受け売りです。それっぽい事を言っただけです」


「そうだとしても適切な言葉だったよ。今の彼女にとって一番必要なものだったんじゃないかな」


 姿を消してもどこかで成り行きを見守っていたのか。

 そっけないジェイドにイクサリアは微笑んでいる。


「ところで、その口調はもうやめにしてくれないか。お友達に対するものじゃない」


 また無茶をいう……とジェイドはやや困り顔になる。


「キミの希望を聞いてこうして密かに会ってるんだ。誰も見ていないのに畏まったってしょうがないだろう?」


 確かに……本来であれば自分などいくらでも命令して言いなりにできる立場の人物だ。

 それがここまでこっちに譲歩してくれているのだから、話し方くらいは希望通りにするべきか。


「わかったよ。イクサリア様がそれでいいのなら」


「様もダメだ。イクサって呼んでくれ。親しい人にしか許していない呼び名だよ」


 思いのほか真剣な様子でイクサリアが詰め寄ってくる。

 ふう、と小さく嘆息するジェイド。


「わかったよ、イクサ」


「うんうん、それだよそれ。二人の仲が一層親密になったような気がするね」


 王女は満足げにうなずいている。


 なんというか……黙っていれば神秘的な美女なのに。

 どうにも変わったところがある王女だ。


 ……さておき、いつまでもここで話し込んでいるわけにもいかない。


「イクサ、僕はそろそろ戻……」


 言葉が……途切れた。


 向かい合うイクサリアの肩越しに、中庭を挟んだ向こう側の渡り廊下を進む一団が目に入った為だ。

 ヒュッと息を吸い込み、ジェイドは硬直する。


 数名の従者を従えて集団の中央を歩く長身の男。

 ブロンドを品よく撫で付けた柔和で穏やかな表情の美男子。

 自分が知る頃の彼と比べて少しだけまた大人びただろうか……。


(クライス……ッッッ!!!)


 内心の激情とは裏腹にジェイドは無表情だ。

 この瞬間の事はこれまで何度も脳内でシミュレーションしてきた。

 容易く思いを顔に出したりはしない。


 三番目の王子……クライス・アルヴァ・フォルディノス。

 通称、光の王子。

 誠実さと仁愛の象徴のように巷では言われている男。


 そして。

 ……婚約者だった自分を、背後から刺殺した男だ。


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