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炎を統べる者

 ジェイドの前に二人の魔人が立ちはだかる。

 一人は東の国から来た怪僧『喜ばしきもの』テンガイ。

 そしてもう一人は息子を殺された復讐の母『哀しきもの』エスメレー。


「……わたくしは、誰にも仕えたつもりはないわ」


 どこか気だるげに、物憂げにエスメレーがそう言った。


 その時風が吹いてエスメレーの顔の前に垂れていたヴェールが捲れた。

 ……確かに王子が言っていた通りだ。

 その容貌はどう見ても二十代前半。

 長い睫毛の細長い目の……同性のアムリタから見ても息を飲むほどの美女だ。


「ほっほっほ、そうでございましたな」


 わかっています、とでもいうかのようにテンガイは何度もエスメレーに対して肯いている。


「ジェイド……!!」


 そこに駆けつけてきたレオルリッド。

 ジェイドが対峙している二人の異様な気配に彼も表情を強張らせる。

 どちらも只者ではない事は一目瞭然。

 側にいるだけで肌が痺れるような緊張感を漂わせる。


「気を付けて」


 隣に並ぶ彼の方は見ない。

 前の二人から視線は外さずに硬い表情で言うジェイド。


「多分……どっちも恐ろしく強い」


 その言葉にテンガイがまたも顔全体を使って笑った。


「わかった。俺はどっちの相手をすればいい?」


「男の方を頼む」


 僅かに迷うこともなく、即座にジェイドはそう返事をした。

 自分の相手はエスメレーだ。


 喪服の元王妃の真正面に立つジェイド。

 思っていたよりも随分と早く彼女をこの状態に持ち込むことができた。


「貴女の相手は僕だ」


「わたくしの邪魔をしたいのなら……誰であろうと容赦はしません」


 鞘からゆっくりと長剣を抜き放つエスメレー。

 鞘も黒色で柄も鍔の部分も真っ黒な剣である。鍔は翼の形をしている。


「貴方も……わたくしの罪の一つになるの?」


 剣の切っ先を向けて黒衣の元王妃は問いかける。


(罪、ね……できれば私の方はもう手元にそれを増やしたくないのだけど)


 内心でアムリタがほろ苦く笑っている。

 身構えるジェイド。

 こちらは男として体格に優れているというわけでもなく徒手空拳。

 向こうは長剣持ち。

 攻撃を入れるのはまずは懐に入らなければ……。


「ッ!!!」


 飛び出す。

 強化した両脚のバネで。

 常人ならば反応できない速度。

 ……しかし彼女は常人ではない。


 やはり反応される。

 迎撃に繰り出される長剣。

 おかしな軌跡……剣の素人が卓絶した身体能力だけを頼りにして繰り出してくる一撃。

 それは中々に厄介だ。

 時折ありえないだろうという角度から攻撃が来る。


 数手の攻防でジェイドは浅いがいくつかの傷を負った。

 ……そしてエスメレーにはまだ満足な攻撃を入れられていない。


 ……………。


「なんとなんと、これはこれは、拙僧フラれてしまいましたなぁ」


 指名を外れたテンガイがまた自分の頭をぴしゃぴしゃと叩いている。


「では仕方ありませんな。拙僧のお相手はそちらの御仁にお願いすることと致しましょうか」


「フン……」


 鼻を鳴らすレオルリッド。

 まだ彼は腰に下げた愛剣の柄に手を掛けていない。


「異国の者か。ものを知らんというのは不幸なことだ」


 右手を胸の高さに持ち上げるレオルリッド。

 その白手袋の手の中にボッと音を立てて炎が灯る。


「今からその身で味わう紅い獅子の牙の鋭さ……地獄への土産話にするんだな」


 ───────────────────────────────


 戦闘を開始したジェイドたちから離れた場所……ミハイルとシオン組の持ち場。


「み、ミハイル! 私たちはどうすれば……」


「落ち着け。まずは状況を把握することだ」


 狼狽しているシオンを冷静に諭すミハイル。


 集中する銀色の髪の男。魔術を行使するつもりなのだ。

 松明の明かりに照らし出されているミハイルの影がぐにゃりと形を変えて無数に分裂する。

 そしてバラバラに分かれた影はそれぞれが別々の方向へ地面を滑って消えていった。


「影を放った。その先での事は私はこの場で知覚できる。会話も可能だ」


(これが……『白狼星(フェンリル)』のブリッツフォーン家の魔術……)


「白狼は影を使う」……噂には聞いていたが初めて目の当たりにするその魔術にシオンが戦慄する。


都内部(なか)は……そこまで影を伸ばさなくてもよかろう。爆発か放火かはわからないが今夜炎はこの都では意味を為さん)


 城壁の側をチラリと窺って目を閉じるミハイル。


(……あの方が来ているのだからな)


 ……………。


 大王が笑っている。

 腕組みをして状況を見定める彼は楽しげだ。


「……フッフッフッフ」


「こんな時に楽しそうにするな。事件だぞ」


 笑う大王に嘆息している『紅獅子星(クリムゾンレオ)』の当主シーザリッド。

 彼らとその側近たちは混乱の中わざわざ宿泊施設を出て市街へと出てきていた。


「王たるわしが慌てふためいたり涙しておるよりはよかろう。笑っているくらいがよいのだ」


 あくまでも悠然とした態度を崩さない大王だ。


「それに笑みの一つも出てこようというもの。久しぶりにお前の(わざ)を見るが……やはり見事よ。その一言に尽きるわ」


 自分の数歩前を行くシーザリッドの後ろ姿にニヤリと笑った大王。

 先ほどまで大通りに広がりつつあった炎は今はもうない。


 先ほど大通りの数か所で爆発が発生し、火の手が上がった。

 バルバロッサたちが陽動のために仕掛けた爆薬が各所で爆発したのである。

 同時に上がった火の手……それが一番激しいと報告を受けた区画に大王たちがやってきた。


 当初の混乱も今はもう収まりつつある。


 炎は……消失してしまった。

 消火活動などしていないのにだ。


 ただ、彼が来て彼が炎に消えよと命じた。

 ただのそれだけである。


「炎を統べる者、赤い世界の覇者よ……シーザリッド・エールヴェルツ、大義である」


 無二の腹心の姿に満足げにうなずく大王であった。


 ─────────────────────────


 夜気を切り裂く無数の赤い矢が虚空を駆けていく。


「おぉっ!? なんと!!??」


 自身に迫る炎の矢を必死に回避するテンガイ。

 巨体にしては驚くほど動きが速い。


「今度は拙僧から参りまするぞ……!」


 そう言うとテンガイは自分の足元に持っていた金属製の錫杖を投げ捨てた。

 何事だ、とレオルリッドが眉を顰めると錫杖がぐにゃっとうねって蛇に変わる。

 蛇は鎌首をもたげ、シャーッと鋭い声を発すると蛇行してレオルリッドに迫った。


「チッ……妖術を!!」


 足元から迫る蛇を炎を生み出し薙ぎ払う。

 するとあっさり蛇は錫杖に戻り、くるくると回転しながら飛んでいってテンガイの手に戻った。


「ならばこれはいかがですかな?」


 次に怪僧は手にした数珠を放ってきた。

 それは空中で無数の珠に分裂し、その珠の一つ一つが蜂に姿を変える。

 羽音を響かせ飛来する蜂の群れ。

 だがそれもレオルリッドは紅蓮の炎を放ち焼き払った。


「いい加減にしろ。やる気がないならさっさと降伏したらどうだ」


「ほっほっほっほ。なんのなんの……まだまだ勝負はここからでございますぞ」


 苛立たし気なレオルリッドに対し、笑ったテンガイは片膝を地に突いて屈むと右手を地面に押し当て……。


「……!!!」


 瞬間、レオルリッドの体がガクンと傾く。

 そしてそのまま斜め下方向へと流され始めた。


 突如として足元の地面が巨大なすり鉢状に抉れ、その中心……一番深い部分に向かって砂が流れ始めたのである。


(これはまさか……ッッ!!)


 若獅子の背筋を走った寒気にも似た嫌な予感が的中する。

 流砂の中心部分に砂をまき散らしながら突き出たもの……それは巨大なノコギリ状の大顎である。

 怪僧は今度は地面の一部を巨大なアリジゴクとその巣に変えたのか。


(炎を……うおッッ!!!??)


 流砂に足を取られて魔術のための集中が乱される。

 しかもテンガイの攻撃はそれだけでは終わらない。

 錫杖を投げ捨てるとなんと自らも流砂の中に飛び込んでくる。


 ずざざざ、と砂を散らしてレオルリッドと同じ位置まで滑り降りてくるテンガイ。


「!!!!」


「さあさあ、これはどう凌がれますかな、お若い御方ッッ!!!」


 掴みかかってくるテンガイ、それを受け止めるレオルリッド。

 両者力比べのような体勢になる。

 そうしている間にも巨大アリジゴクの顎に向かって流されていく二人。


「相打ち狙いか!? 貴様ッッ!!!」


「ほっほっほっほ!! はてさて行きつく先は天国か地獄か……乞うご期待でございまする!!!」


 ガキンガキンと噛み合わされる巨大な顎の迫る中、更なる圧を掛けてくるテンガイであった。


 ……………。


 ぽつりぽつりと地面に赤い斑点が増えていく。

 ジェイドの傷から滴る血だ。


(……おかしい!! どういう事……?)


 表面上冷静なジェイドだったが、その内心ではアムリタが焦りを感じ始めている。


 眼前にはエスメレー。

 ジェイドの血で汚れた剣を手にした暗黒の修道女。


 彼女は未だ無傷で、そして酷く冷めた目で目の前の青年を見ている。

 彼女は戦闘の素人。剣の素人。

 それは体捌きを見ていてもよくわかる。


 対する自分も決して熟練の達人というわけではないが、それでも一年半に渡って血を吐くような修練を積んできた身だ。

 互いにその身に用いている強化の魔術が互角の強度ならばその差は明確に出るはずなのに……。


(当たらない……ッ!!)


 どういうわけか全ての攻撃を完全に回避されてしまうのだ。

 拳打も蹴撃もかすらせる事も出来ない。

 逆に相手の攻撃は想定以上に貰ってしまっている。

 回避できた、と思った攻撃がジェイドに少しずつ傷を増やしている。


 深手はないが……小さな傷でもこれ以上増やし続けるのはまずい。

 動作に支障が出てくるようなら回復に魔力を回さなければならなくなる。

 そうなれば消耗が激しい。


「貴方は……」


 静かな声でエスメレーが言う。


「わたくしとよく似た能力(チカラ)を使うのですね」


「………………」


 彼女を倒して、それから話をする予定だったのに。

 考えていたよりもずっと強敵だ。


「それなのに……貴方の攻撃だけが私には当たらない。さぞ不思議でしょうね……」


 内心を言い当てられたジェイドが僅かに眉を顰めた。


「貴方の攻撃が当たらないのは、わたくしは貴方にはない能力を持っているから」


 エスメレーは自分の右目を指差す。


「『未来視』……わたくしには2秒後の世界が見えているのです」


 そう……静かに告げてエスメレーは目を閉じた。


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