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北の都の式典

 部隊の結成報告を兼ねて一週間ぶりにロードフェルド王子を見舞う。

 彼はもうすっかり元気になっていた。傷付く前との違いは見受けられない。

 本来ならばまだまだベッドの上の人であるはずなのだが、動員できるだけの治療術師を動員したらしい。


「天勝武典まではもう後数日だからな。俺も大王(ちちうえ)の後継者としての初の遠征だ。腹の傷が痛むだなどとは言っておられん」


 天勝武典とは大王ヴォードランが国内を完全に掌握した最後の戦いの勝利を祝う戦勝式典である。

 戦いの舞台となった都市で執り行われ盛大な式典やパレードが催される。

 その間数日間は祝祭日として王国全土が休日だ。


 既に大王は式典のために王都を出発している。

 追ってロードフェルドも出立する。

 ジェイドたちのサモエド隊もそれに帯同する予定である。


「あの堅物を動かしたか。……流石だな、ジェイド」


 やはり王子は何か思うところがあって自分をミハイルに預けたようだ。

 すんなり自分と上手くいくような男ではなかった。決裂していた可能性もある。

 ……王子は自分に何かを賭けて、そして勝ったのだろうか?


「それならばもう俺も言うことはない。大人しくお前を頼って守られることにしよう」


「ああ、任せてほしい」


 決意を込めてジェイドがうなずく。


 これで彼女と……エスメレーと戦う全ての準備は整った。

 自分がこの手で殺したクライス王子の実の母親。王国の元王妃。

 そして恐らくは……自分と同じ魔術を、能力(チカラ)を持つ者。


「それとハーディング家のシオンを僕の部隊に入れた。一緒に貴方の警護に参加してもらう」


「そうか……。天車星のな」


 その報告だけで色々と察するところがあるのか、王子は物憂げに息を吐きだした。

 ジェイドが今日見舞いと称して彼の下を訪れた最大の理由はそれである。

 シオンの事を彼に報告し、王子がハーディング家についてどう考えているのかを聞いておきたかったのだ。


「あの家については俺個人としては然程悪くは思っていない。オーガスタスは俺の為によく働いてくれていたし、あの状況では俺でもクライスに流れるのもしょうがないと思ってしまう部分もあるしな」


 だが、と王子は難しい顔をする。


「俺がそう思っているとしても、では許そうというわけにはいかんのだ」


「……………」


 それは王子の言う通りだろう。

 どんな言い訳をしようとも、事情があろうともハーディング家は一番ロードフェルド王子が苦しい時に彼を見限り他の有力者になびいたのだ。

 それをすんなり許せば造反がそんなに軽いのかと……信頼を反故にする事がそんなに軽いのかという話になる。

 国内の貴族たちの頂点にいる十二の家の者として示しがつかないということだ。


「この事で家が潰れることもなかろうがな。ただ、『猛牛星(マッドブル)』のようになってしまう事はありえる」


 十二星の家には国からの支給があり、どれだけ落ちぶれようが普通に生活を続けることは可能だ。


「猛牛星」のガディウス家はかつて大王の治世の前に権力の中枢にいた家である。

 大王の権力掌握に反抗し当時の当主は討ち取られた。

 その後、大王に従順な新しい当主が据えられて家は続いているが権力の中枢からは遠ざけられたままだ。

天車星(ハーディング)」もそうなる可能性があると王子は言う。


「この件では俺はあまり力になってやれんかもしれないが……シオンの事はよろしく頼む」


 ロードフェルドの言葉に「ああ」と肯くジェイドであった。


 ────────────────────────


 王国領北部の都市、リュクセンタイアは王都に次ぐ国内第二の大都市である。

 今から三十年近く昔、追い詰められた反大王の十二煌星(トゥエルブ)……『猛牛星(マッドブル)』のガディウス家と『冥月(ヘルムーン)』の鳴江家の連合軍がこの都市に陣取った。


「そしてそこを攻めて陥としたのが大王様と我が父シーザリッド……そして鳴江の柳水様というわけだ」


 どこか誇らしげなレオルリッドだ。

 現在の『三聖(トリニティ)』の若き日の物語である。


「そんなの歴史の授業でアホほど習うのですよ。初等部学舎の子供達でも知ってるのです」


 半眼のクレアのツッコミも耳に入っていなそうだ。

 ミハイルは面白くなさそうにフンと鼻を鳴らした。

 他家の自慢話を……それも『紅獅子星』のものを聞かされるのも癪だが大王の功績を腐すわけにもいかないと言ったところか。


 ちなみにそのミハイルの頭の上にはバカでっかいたんこぶができている。

 部隊結成の届けにイクサリアの名前を記載しなかった事が露見し王女に思い切り鉄拳を落とされた跡だ。


「今更だけどさ、攻める方にも攻められる方にもどっちにも『冥月(ヘルムーン)』がいたんだな」


 マチルダが言うとレオルリッドがそうだ、と肯く。


「当時の鳴江家当主は反大王勢力だった。実質的な国の支配者だったからな。権力の座を明け渡すのは嫌だったのだろう。柳水様は若くして当主を退いて隠棲して山で暮らしていたのだが、それを大王様と我が父が自ら出向いて説得して連れ出したのだ」


「………………」


 レオルリッドの話をどこか遠くに聞きながらジェイドは鳴江柳水の事を思い出している。

 権力と距離を置いて飄々と生きる翁……そして、その正体は東方から来た魔人、柳生キリエ。


 山の庵にいたキリエはどんなつもりで大王とシーザリッドの訪問を受けたのだろうか?

 自分に置き換えて考えてみる。

 ジェイドとして隠棲していた所に友人たちの訪問を受けて……。


(まあ、やるかもしれないわね。嫌とは言いにくいし……)


 無意味な考察であった。

 自分はキリエではない。彼女は数百年の時を生きる超常のものだ。

 まだ二十歳にもなっていない自分がその心境を想像するのは難しい。


 鳴江柳水として過ごしている時、彼には柳生キリエ的な意識はあったのだろうか?

 ほんの数年ジェイドとして過ごした自分でもジェイドとしての自我めいたものが芽生え始めているというのに……。


 その鳴江柳水であるが、現在は行方がわからなくなってしまっている。

 クライス王子の死去の頃までは姿が見かけられたがその後ぷっつりと消息が途絶えてしまった。

 アイラに聞いたが長く住居としている山中の庵にも帰った気配がないらしい。


「……………」


 雑談に興じるサモエド隊隊士たちであるが、ただ一人シオンだけが壁際で直立不動の姿勢で黙り込んだままだ。


「そんなとこで突っ立ってないでもう少し楽にしていいんだぜ?」


 緊張した様子で立つシオンに気付いたマチルダが声を掛ける。

 それから彼女はしまった、という表情で頭を掻いた。


「あ~、いっけね。一等星様にこんな口きいたらダメだよな。ご無礼を致しまし……」


「い、いいえ! そのような事は……!!」


 慌てて声を上げるシオン。

 彼女は何度も首を横に振ってマチルダの言葉を否定する。


「私は実戦の経験もない若輩者です! 部隊員としても新参ですし!! どうか、どうか家の事は考えずに接してください!!」


「その通りだ」


 シオンの言葉にうなずいて同意を示したのはレオルリッドである。


「部隊内で身分がどうだと言い出せば円滑な運営ができまい。そもそもが平民であるジェイドの率いる部隊なのだからな。俺の事も普通に同僚として接して貰って構わん」


「………………」


 皆が無言であったが考えている事は一緒だった。

 ……最初から皆レオルリッドには一等星の者にするように接していない。

 ある意味ではそれは彼の人望のなせる業。打ち解けているのだとも言えなくもないが。


 やり取りのさ中、シオンがチラリとジェイドの方を窺う。


 その名前のように翡翠の色をした髪の毛の青年。

 この部隊をミハイルと二人で立ち上げた彼。

 平民らしいのだが、王子にも信認されており余人を挟まずに会話ができる仲なのだという。

 女性的とも言える神秘的な美形で感情表現は希薄なようだ。

 たまにほんの少しだけ笑顔を見せる。


 容姿も立ち振る舞いも、そして社会的な立ち位置のようなものも……何もかもが特殊な男だ。


(どういうお方なのだろう……。それに、王女様も……)


 視線をイクサリアに移すシオン。

 王女は微笑んでジェイドを見ている。

 今だけではない。

 いつ気が付いてもイクサリアはジェイドを見ている。

 その視線は恋と言うものを知らないシオンでもそういうものだとわかるほどの暖かみがあって……。


 そのジェイドがミハイルとの打ち合わせを終えて皆の方を向いた。


「聞いてくれ。僕たちは明日の早朝にこの王都を出発する。道中の王子の警護のローテーションを言うから……」


 彼の言葉にハッとなるシオン。

 そうだ……今は職務に集中しなければ。

 ようやく、ようやく手にした家の汚名を挽回できる機会なのだから……。


 ────────────────────────


 王都内某所、地下倉庫。

 かつては主人の理想の為に剣を取った者たちが、今は主人の怨念を掲げて剣を取る。

 テロリストと化したクライス王子のかつての部下たちのアジト。


 巨漢の坊主が上機嫌で串団子を食べてお茶を飲んでいる。


「……善き哉、善き哉」


 食べては笑う。

 笑ってはまた食べる。

 実によく食う。よく笑う。

 山と積み上げられた串団子がどんどん減っていく。


 そのテンガイを少し離れた場所からバルバロッサが観察していた。


(どこから持ち込んだんだ? あんなものを……)


 このアジトにはあんな和菓子や茶など置いていないはずだ。

 そして坊主はどこかへ出歩いた様子もない。

 懐に忍ばせていましたはあの量では通らないだろう。


(……まあいい。得体の知れない男だという事は初めからわかっている事だ)


「先生、おやつの時間を邪魔して申し訳ないがな。そろそろお出かけの時間だ」


 バルバロッサは煙草を燻らせながら坊主にゆっくりと歩み寄る。


「おお、おお、然様でございましたな。拙僧しっかりと覚えておりましたとも……ほぉっほっほっほっほっほ」


 じゃらじゃらと数珠を鳴らして拝むと、またもあの特徴的な高い笑い声を発するテンガイ。

 その声は妙に頭に響いてくる気がする。

 聞いている側としてはあまり気分はよくない。


「お祭りでございましたな。楽しみでございますなぁ。ほっほっほっほっほ」


 既に組織のメンバーたちは様々な職種の者や観光の者に扮して出発している。


(この男の格好も随分と人目を引くが……まあこの時期は外国からの見物客も多い。どうにかなるだろう)


 いそいそと旅支度を整える天涯法師を見ながら思うバルバロッサであった。



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