進め! サモエド隊
一人の女戦士が王宮の大門の前で馬を降りる。
そして番兵に許可証を掲示して中へと入っていった。
長身で赤い長髪をポニーテールに纏めている女。
やや粗野な風はありながらも凛々しい美女である。
鎧を着こんで革製の覆いに包まれた長物を背負った彼女は慣れた様子で馬を繋ぐ。
そして鎧を鳴らしながら王宮敷地内の奥へズンズンと進んでいくのだった。
「こんなにあっさりと戻ってくる事になっちまうとはなぁ。団の連中と顔合わせちまったら恥ずかしいな」
独り言ちながらも自然と頬が緩む赤毛の女戦士。
彼女の名はマチルダ・ルーク。
ジェイドが自分の部隊に参加してもらうために招集した元騎士団員である。
……………。
「おっす。来たぜ。久しぶりだな」
「マチルダ……!」
手を振るマチルダに駆け寄るジェイド。
「ありがとう、来てくれて。それと……済まなかった。折角新しい仕事を始めたばっかりだったのに」
申し訳なさそうに若干表情を陰らせたジェイドに、いいよと言う風に軽く手を振ったマチルダが笑う。
「家の両親にぶっ込まれた仕事場だよ。別にイヤな仕事じゃなかったが……何か、やっぱオレの居場所はここじゃないなって気もしてた。だからお前が気にしなくてもいいって」
それを聞いてジェイドは少しほろ苦く笑った。
彼女の両親は……娘を戦場から遠ざけたかったのだろう。
だから安全な仕事を紹介したのだ。
それを自分が血生臭い世界に呼び戻してしまった。
「……おい」
その表情に気が付いたのか、マチルダがジェイドの首に右手を回してぐいっと抱き寄せ額と額を重ね合わせた。
「前にも言ったよな? オレはお前がアムリタだとしてもジェイドだとしても、どっちにしたって大好きでいつだって一緒にいたいし、頼まれればどんな事だってしてやりたい。だからお前に呼ばれて戦える今が一番幸せなんだよ。わかってるのか?」
「わ、わかってる……つもりでは、いる」
語尾がだんだん尻すぼみになってしまうジェイド。
最近のマチルダの好意の表現は以前にも増してストレートで……。
それを真正面からぶつけられると怯んでしまう。
(私って……もしかしたら押しに弱いのかしらね)
そんな事を考えるアムリタだ。
「それならいいけどよ。オレの事で悩むのだけは絶対にやめてくれよな。オレはお前の力になれる存在でいたいんだよ。悩ませてるとか悲しいぜ」
「……わかった。僕もただマチルダと一緒に戦えることを喜ぶことにする」
二人は笑いあい、そして握り拳を持ち上げて軽く打ち合わせるのだった。
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こうして、メンバーは集まりジェイドの部隊が設立された。
隊士は隊長のジェイド、そして副隊長のミハイル。
平隊士にクレア、マチルダ、レオルリッド……そして。
王女イクサリア。
初期メンバーは以上の6人となった。
王女は後衛専門の隊士だ。
なんとしても部隊に入りたいイクサリア。
どうあっても認められないミハイル。
ずっと話が平行線な二人に折衷案が出されて双方がそれで折れたのである。
イクサリアはバックアップに専念し絶対に前に出て戦わない。
破れば一発で除隊。
そういう条件になった。
「ようやく落ち着いて前向きな話ができるな。ではまずは部隊名を決めるか。『白狼隊』がいいと思われるが……」
「待て。ジェイドの部隊だぞ。そこでお前の家が出しゃばるな」
ミハイルの言葉に不平を漏らすレオルリッド。
……ぴしゃああああああああん!!!!
二人の間に雷が落ちる。
(……だから、演出効果!)
内心で渋い顔をするアムリタ。
「我がブリッツフォーンの家の全面的な支援で立ち上げる部隊だぞ。我が家の紋章を掲げて戦うことの何がおかしいというのだ」
「それとこれとは話が別だろう。それではジェイドがお前の家に取り込まれたように人は見る」
剣呑な視線をぶつけ合わせる当主の息子たち。
レオルリッドの背後に浮かび上がった茶トラのにゃんことミハイルの背後に浮かび上がったポメラニアンも唸り合っている。
「じゃあ……サモエドはどうだ? 白いし……イヌ科だ」
ジェイドが発言すると二人が彼を見る。
僅かな間、場は沈黙した。
「いいだろう。我が家に対するリスペクトも感じられる悪くはない選択だ」
「ジェイドが言うのであればそれで構わない」
……どうにか納得した二人。
ありがとうサモエド。やはりもふもふは正義だ。
「そういう事になってしまったんだが……勝手に決めてしまってすまない」
「別にいいんじゃないのですか? チワワだろうとドラゴンだろうと実際に戦うのは私たちなのですよ。こっちはそんな細かいことは気にしていないのです」
頭を下げるジェイドに割と豪快な部分を見せるクレアである。
彼女とマチルダは男同士のいがみ合いには付き合わずに二人で駒を動かすボードゲームに興じている。
「オレもそれでいいよ。サモエド可愛いよな」
マチルダもそうさらりと流して笑うだけだ。
そして当然イクサリアに異存があるわけもなく……やはり彼女も涼やかに微笑むだけである。
そうしていれば王女も本当に麗しくも気高い天上の人という趣なのだが……中身は割と問題児なのであった。
ともあれこうしてサモエド隊が始動する事となったのであるが……。
……………。
「……ふわぁ、おはようさん。って、何だよそりゃ」
数日後、欠伸をしつつ詰め所に入ってきたマチルダは顔を顰めた。
会議テーブルの上には大量の書類が積み上がりミハイルとクレアがそれを一枚一枚チェックしている。
「入隊の希望届なのですよ。なんかドバドバ来てるのです」
「迂闊だったな。次期十二星……それも『白狼星』と『紅獅子星』が名を連ねているとなれば深読みをする者も出てくると言うことだ」
憂鬱そうに嘆息するミハイル。
部隊の結成自体は静かに密かに行われており必要な書類を関連部署に提出しただけだ。
それだというのに……。
隊の結成と同時にまず王宮内には「ロードフェルド王子に関する極秘任務に関わる部隊が結成された」という噂が流れた。
さらにその後で「メンバーには『白狼星』と『紅獅子星』の当主の息子がいる」という噂が追加された。
その結果……。
「次期王の幹部の養成部隊だとか言われてるのです。あんまりその辺興味ない人が集まってる学術院でさえ結構噂になってるのですよ」
しょーもない、と鼻で笑っているクレア。
「王宮内のパワーバランスに敏感な者たちを刺激してしまったようだな。特にロードフェルド王子はまだご自身が即位した後の幹部たちのビジョンを明確にしていない。時流に乗ろうとして神経を尖らせていた者が大勢いたのだろう」
「へぇ~……なんだかよくわからないけど大変そうだな」
物凄い他人事の感じで長椅子に腰を下ろして新聞を広げるマチルダである。
そこへ扉が開いてジェイドが入ってきた。
「すまない。……遅くなった」
「おっす。……あれ、どうしたんだよ。何だかヘロってるな」
何やら疲れた感じのジェイド。
いつもはパリッと着こなしている軍服も何だかくたびれたようになっていた。
「すぐそこで取り囲まれてな。……何とか逃れてきた」
入隊希望者に取り囲まれていたジェイド。
……そして彼は一人ではなかった。
「ん、誰連れてきたんだ?」
黒い男物の軍服姿の、これもまた漆黒のストレートヘアの少女である。
凛とした雰囲気の美少女だ。
しかしこちらもちょっとくたびれた感じになっている。
一緒にもみくちゃにされたらしい。
「彼女に呼び止められて話をしている途中に囲まれたんだ。だから連れてきた」
(……あれは)
ミハイルだけは彼女が名乗る前から誰であるのかを理解していた。
「私は……私の名前はシオン・ハーディングです。十二星の『天車星』ハーディングの本家の娘です」
そう名乗った娘はキリッとした仕草で一礼する。
(これなのよね……。この名前を聞いてしまったから無視できなかった)
複雑な心境のアムリタだ。
ハーディング家……自分がクライス王子の側近だったアルバート・ハーディングを暗殺した事を切っ掛けにしてガタガタに傾くことになってしまった十二星の名家。
その没落が自分のせいだとは思っていないが、無関係とも思っていない。
ハーディング本家は一人残ったまだ成人していない娘が奮戦していると聞いている……それがこのシオンなのだろう。
「お願いします!! どうか私を……この部隊に入れてください!! 必ずお役に立ってみせます!!!」
シオンは必死な様子で何度も頭を下げる。
「王子のお役に立つ事で背信の汚名を雪ぐつもりかな」
「!! ……い、いいえ。はい。いえ、その」
ミハイルの冷徹な一言に動揺するシオン。
何度も深呼吸をして彼女は落ち着こうとしている。
「今は……そこまで直接的な望みがあるわけではありません。ただ、我が家はそういったものを積み重ねていくしかないんです……」
語尾に涙の気配が混じり少し震える。
(ほら、もう……。オーガスタス……ヘンな袋被って遊んでる場合じゃないって言っているのに……)
内心で頭を抱えているアムリタ。
「……だ、そうだ。どうする? 隊長殿」
「え……」
急に話を振られて驚いて顔を上げるジェイド。
「くだらぬ騒ぎにいつまでも付き合う気はないので当面新規隊士募集の予定なしと告知するつもりでいるが、一人くらいならば滑り込みで入れるのもいいだろう。お前の部隊だ。お前が決めろ」
「そうか。じゃあやってもらう」
即答するジェイドに驚いて顔を上げるシオン。
「……あっ、あ、あ、ありがどう……ございまずぅ……」
そして緊張の糸が途切れたのか彼女は本格的に泣き出してしまう。
そんなシオンをミハイルが冷静な目で見ている。
(あの様子であれば死に物狂いで働くだろう。傾こうが十二星……恩を売っておくのも悪くはない)
等と氷の男が脳内で計算していると……。
「ねえ、ミハイル。書類……私の名前がないんだが」
酷く無表情なイクサリアが入ってきた。
ひらひらと振っている書類は先日提出した部隊結成届の写しだ。
チッと舌打ちをしたミハイルが明後日の方向を向く。
「おかしいよね? 提出した書類から噂になったのなら、王女が関わっているって言われてもいいのに……そんな話がまったく聞こえてこない。妙だと思ってチェックしたら……これ」
般若のような面相でミハイルを睨むイクサリアであった。




