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キソウテンガイ

 王都某所、秘密の地下倉庫。

 クライス派残党アジト。


 この組織の世話役のような立場であるバルバロッサ・ドイルは現在幹部クラスのメンバーと打ち合わせ中である。

 最初の襲撃から半月ほど。

 ロードフェルド王子に初撃で重傷を負わせたものの彼は命を取り留め療養生活に入り現在状況は膠着していた。


「向こうからの情報では王子はほぼ元通りに回復したといっていい状態だそうだ。一週間後の()()()()には必ず出てくる。そこを叩くぞ」


 煙草の煙を吐きながら一同を見回して言うバルバロッサ。


 すると……俄かにアジト入り口付近が騒がしくなる。


「……何だお前は!!」


「どうやって入って来た!!」


 怒号と誰何の声が聞こえる。


(……ああ、そういえば後援者(スポンサー)殿が一人送りつけてくると言っていたな。お目付け役か)


 空になっている缶詰に吸いかけの煙草を押し付けると仲裁の為に立ち上がるバルバロッサ。


 ……………。


「ほぉっほっほっほっほ……皆さまどうぞ初めまして。よしなに、よしなに」


 その男は地声は低いと言うのに奇妙に高い笑い声を発しながらゆったりと入って来た。


(何だコイツは? これは……『ケサ』か? 東の国の僧侶が着るという)


 バルバロッサが考えている通り、その男は東方の僧侶の格好をして現れた。

 袈裟を着て草鞋を履き、編み笠を背負い拝む手元には数珠がある。

 手には鉄製の錫杖を持っている。彼が動くと錫杖の先端にあるいくつかの鉄環がしゃらん、と涼やかな音を立てた。


 非常に長身の男だ。体格もいい……首が太い。

 そして東の坊主らしく頭は剃り上げている。

 面相は満面に笑み。ほとんど眠っているのかと思うほどに細い目を綺麗なアーチの形にして分厚い唇も三日月型。

 耳が大きく、更に耳たぶが異様に大きく長く先端が鎖骨に付きそうなほどに垂れ下がっている。


「拙僧……天涯(てんがい)と申す者。『協会』より皆様方のお手伝いをせよと申し付かりまして、まかり越した次第にございますぞ。どうぞよろしなに……ほっほっほっほ」


「テンガイさんか……よろしくな。僧侶(クレリック)なのか」


 軽く手を上げてバルバロッサが挨拶するとテンガイは大仰に肯いた。


「いかにもいかにも。奇妙な僧侶で名を天涯……これぞ正しくキソウテンガイでございまする。ほぉっほっほっほっほっほっほ」


 大きな腹を揺すって哄笑している天涯法師。

 ……しかし、周囲の者たちは無言である。


「おぉや~? 皆さま東の冗句(ジョーク)はお気に召しませんかな」


 笑いを止めて不思議そうにテンガイが周りを見回している。

 お気に召すも何も言っていることを理解している者がいないのだ。


(……チッ、協会め。胡散臭い奴を送り込んできてくれたものだ。まあ、単身お目付けに出されるくらいだから雑魚ではないのだろうがな)


 内心で舌打ちをするバルバロッサ。


 この組織を密かに援助しているバルバロッサが後援者(スポンサー)と呼ぶ『協会』と言う名の団体は王国周辺の複数の国家の元首と有力商人たちによる連合体である。

 いずれもが王国が強いと不利益を被る立場の者たちだ。

 商人は武器商人ばかり。

 大王の即位からこの地方では戦争や紛争が激減してしまった。武器が売れにくいのである。


 その『協会』が送り込んできたのがこのテンガイだ。

 単なる助っ人ではなく、こっちの活動が順調で支援に値するかどうか見極める役割を負ってやってきているはずである。


(上手くやらないとな。将来的には俺もそっちで仕事がしたいからな)


 奇妙な僧侶を横目で見つつ、密かに思いを巡らせるバルバロッサであった。


 ────────────────────────


 氷の男はやはり冷たかった。


「……駄目ですな。認めるわけには参りません」


「どうして? リーダーであるジェイドがいいと言っているんだよ?」


 ……バリッ、ボリッ、バリッ。


 凍り付く視線を向けるミハイルに対し、これもまた負けず劣らずの冷たい目で向き合うイクサリア。

 王女の言葉を聞いたミハイルはアイスビームを放つ目を今度はジェイドに向けた。


「………………」


 それを受け止め切れず、とっさにジェイドは視線を逸らしてしまった。

 いいだなんて自分は言っていない。

 駄目だと思うよ……とは言ったのだ。自分にはそこまでが限界だったのだ。


 ……バリバリ、ボリボリ。


「王子の護衛を王女が務めるなどという話は聞いたことがありません。そのような話になれば当然設立の許可が下りるはずもなく……。イクサリア様が我々の活動を妨害したいというのなら話は別ですがね」


(……すっごい正論で殴りつけた)


 これまでアムリタが考える『王宮で相手をガン詰めして泣かせている姿が一番似合う者選手権』はぶっちぎりでリュアンサがトップだったがこの男もいい勝負をするかもしれない。


「それをどうにかするのが貴方の仕事でしょう、ミハイル。同期の中でも傑出していると評判の貴方の頭蓋の中身は飾りなのかな?」


 しかりイクサリアも一歩も退く様子がない。


(……まるでこっちが悪いみたいな話にしてきた)


 流石相手の都合もルールも気にせず自分の意思を押し通す事にかけては定評のある王女である。


 ……バリバリガリゴリ!


「……ちょっと待て。……クレアリース・カーレオン、煎餅の音がうるさい」


 そこで耐えられなくなったのか遂にミハイルが突っ込んだ。


「失礼。あまりにもどうでもいい話をしているので手持ち無沙汰だったのですよ」


 口の中の煎餅をごっくんと飲み込んでからクレアは肩をすくめた。

 畏れ多くも王女と十二星の当主の息子に対してこの物言い。

 クレアもすっかり図太くなってしまった。……いい事でもないだろうが。


「クレア! 貴女も私の援護をしてよ!! 彼に抱かれた女同士、仲間じゃないか!!」


「ところがどっこい抱かれてないのですよ。毎回気張って履いた勝負下着が空ぶっているのですよ。後ですね、大体の場合『彼に抱かれた女同士』というのは共闘するより敵対するものなのです」


 半眼になるクレア。ぶう、と膨れるイクサリア。

 ついでに言うとイクサリアの言う「彼に抱かれた」も御幣であって彼女はジェイドの姿のアムリタと致した事はない。


 しかしそんな事情など露知らぬミハイルはまたもアイスビームをジェイドに向けて、ジェイドはそれを受け止め切れずに目を逸らす。


(……おかしいわね。出だし順調だったはずなのに)


 内心でアムリタが首を傾げている。

 たった半日で内紛である。


 そこへ庁舎の扉が開き、勢いよく新たな挑戦者(チャレンジャー)が突入してきた。

 それはこの場を収めてくれる救世主なのか、それとも更なる混沌(カオス)の使者なのか……。


「聞いたぞ、ジェイド!! お前は自分の部隊のメンバーを募集しているそうだな!! 約束通り今度こそ俺がお前の力になろう!!」


 あ、ダメそうだ……と。

 瞬間的にジェイドはそう思った。

 目を輝かせて突入してきたブロンドの雄々しき美丈夫を見てだ。


 ……ちょっとカオス寄りだ。


「ほぉ? これはこれは……」


 氷の男の極低温の視線はとりあえず自分からは外れてくれた。

 その事にほっと胸を撫でおろすジェイド。

 アイスビームの新たな標的は当然新たなる闖入者……レオルリッドだ。


「畏れ多くも『三聖』様のご子息である君が、()()ジェイドの部隊に入りたいと……()()指揮下に入りたいのだと、そう解釈してよろしいか? 今の発言は」


「………………」


 黙り込んでしまったレオルリッド。


(ちょっと、また揉め事なの? 一つ目が片付いてからにしてくれないかしらね……)


 内心のアムリタがため息をついている。


紅獅子星(クリムゾンレオ)』当主の息子レオルリッドと『白狼星(フェンリル)』当主の息子ミハイル……この二人が犬猿の仲である事など誰に説明されなくても先日の邂逅を見ただけで嫌というほどよく理解できた。


 そして今正に白狼星が煽っている。

 次の瞬間にはレオルリッドの延髄切りが彼に炸裂してもおかしくはない。


 だが……。


「ああ、そう取ってもらって構わん。俺を入れてくれ……お前たちの部隊に」


 そう言ってレオルリッドが頭を下げた。


「……!!」


 明らかに虚を突かれた表情で今度はミハイルが言葉を失う。

 珍しい彼の表情を見た。

 それだけに今の状況の異常性が当事者たち以外にも伝わった。


(信じられん……あの傲慢な男が私に頭を下げただと?)


 少し前までの彼であれば絶対にあり得ないことだ。

 それが確かな実力に裏打ちされたものであるとはいえ、自尊心(プライド)の高いこの男が……。


「どうかな? ミハイル。ここは彼の男気を汲んで大人しく私と彼を所属させた方がキミの株も下がらないんじゃないかな?」


 ……そしてイクサリアはどさくさに紛れて自分と彼を抱き合わせで入隊させようとしている。


 ミハイルは眉間に人差し指と中指を当ててフーッと息を吐きだす。


「いいだろう。そうまで言うのならどれ程やれるのかを見せてもらおうか……『紅獅子星』。イクサリア様は駄目です」


 イクサリアが般若のような面相になった。


 ────────────────────


 その日の会合は終わり解散となった。

 イクサリアは不機嫌なまま帰っていった。

 ミハイルの帰りの夜道がやや心配なジェイドである。


 そうして今、ジェイドはレオルリッドと二人で官舎への道を歩いている。

 といってもレオの屋敷はこちらの方角ではないのだが……。


「正直驚いたよ。貴方が駆けつけてくれるとはな」


「あ、ああ……」


 何故だか歯切れのよくないレオルリッド。

 どこか心ここにあらずといった風である。


「でも嬉しいよ。頼りにさせてもらう」


「ああ……。そ、その、だな……ジェイド……」


 何かを言いかけているレオルリッドの方をジェイドが見る。

 顔が赤く見えるのはどうも夕焼けのせいではなさそうだ。

 様子がおかしいのは……風邪か? 体調不良なのかと彼は訝しんだ。


「お、俺の……俺のだな……その、よかったら……なのだが……」


「え? どうした?」


 いよいよもって彼の様子がおかしい。

 立ち止まってカタカタと揺れている。


「俺のべっ、べっ、べ……」


(……ええい、何をうろたえるレオルリッド!! それでもお前は三聖シーザリッドの息子なのかッッ!!!)


 内心で己を叱咤し奮い立たせるエールヴェルツの若獅子。


「俺の!!! 俺の別居ッッッ……!!!!」


「……いや、まず、同居をした覚えがないのだが」


 謎の気迫で叫ぶレオルリッドに呆然と返事をするジェイドであった。

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