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斜陽の十二星

 くだらない……頭痛がする。

 シオン・ハーディングは陰鬱な気分で自分のこめかみに指先を当てる。

 今日も一族の会合……という名の醜い罵り合いだ。


 シオンは十二煌星(トゥエルブ)天車星(ホイール)」のハーディング本家の娘である。

 若干17歳だが大人びていて落ち着きがある。その傾向はここ二か月ほどでさらに強まった。

 ストレートの黒髪に可憐というよりかは凛々しい顔立ち。


「……ともかくッッ!! ロードフェルド様に謝罪して御許しを請うしかあるまい!!! 他にどうしろというのだ!!!」


「そのような事をした所で更なるご不興を買うだけだ!!! まずはそれぞれ懇意にしている他家の者に働きかけて外堀を埋めてもらうのだ!!!」


 現在シオンの目の前ではハーディング家に属する二等星、三等星の家格の家長たちが集まり声を荒げて議論をしている。

 兄、オーガスタス亡き後、彼らがこのように騒いで家を迷走させてしまった。

 自分(シオン)の制止を振り切ってロードフェルド派からの離脱とクライス派への加入を決めてしまったのだ。

 その後クライス王子は事故死。

 王位継承者はロードフェルド王子に決まった。


 ロードフェルド王子は自らの派閥の勝利後、貢献した支援者を取り立てたが支援者でない者を殊更に下げる人事も行わなかった。格差を広げて分断が進むことを避けたかったのだと言われている。

 ハーディングの一族はロードフェルドの派閥を離脱する際に彼から与えられていた役職に辞表を出してしまっており、結果としてこの継承戦で十二星の家の中で唯一といっていい敗者の家となった。

 誰に何をされたわけでもなく、慌てて動いて自滅したのである。


 兄が生きていれば……そう思わずにはいられない。


 ハーディング家は短期間の間に当主オーガスタスとその弟アルバートを立て続けに失っている。

 先代当主である父は病床にあり現在本家の事はシオンが切り盛りしているのだ。

 ……とはいえ、若年であり尚且つ女性である彼女は家長たちからは軽視されていた。


「大体が本家がだらしがないからこの様な状況になっているのだ!!!」


 さあ、矛先がこちらへ向いた。


「勝手な事を。私が止めたのに派閥から離脱を決行したのは貴方たちでしょう」


 自らを糾弾する分家の家長に冷たい視線を向けるシオン。


「なッ、何を生意気な小娘が!! 我らが支えてやらねば本家など……」


「それがお嫌ならば好きにしてください。貴方がどれだけがなり立てようが御旗は我が家にあります」


 御旗とは十二煌星(トゥエルブ)の本家の証。

 初代から受け継がれる守護星の紋章の記された旗の事である。


 いくら落ちぶれようが十二星の本家には絶大な権限がある。

 宰相任命の投票権など国政の重要事項に関与する権限。

 そして毎月国から莫大な額の支給がある。

 本家は分家や自家に所属する者たちにこの支給金から分配するのだが勝手をすればその支給額は減らされる。最悪支給そのものを打ち切られることもある。


 結局、このシオンの冷たい迫力に押されたのか家長たちはトーンダウンし、この日の会合はそのままお開きとなった。

 結局具体的な事は何一つ決まっていない。

 ……いつもの通りだ。


 がらんと広い自分だけになった会議室でシオンは憂いの気配を漂わせてテーブルに視線を落としている。


「……オーガスタス兄様、何故私を残して死んでしまったのですか」


 その口からぽつりと震える声が漏れた。


 ────────────────────────


 ……その黒衣の男は突然に店に現れると言い放った。


「アムリタ、私は弟を殺したお前を許しはしない」


「……………」


 カウンターのアムリタがその奇妙な覆面の男を見上げる。

 何とも言えない微妙な表情の半眼で。


「……それはそれとして差し入れだ」


「…………ありがとう」


 覆面の男……うらみマスクから手渡された紙袋を受け取るアムリタ。

 中身は湯気の立つ肉まんであった。


「いつ来ても客の姿がない店だな。コーヒーを所望する」


 テーブル席に座って言ううらみマスク。


「うるさいわね。放っておいてよ。……パンを頼みなさいよ。パン屋さんなのよ、ここは」


「イヤだ。お前のパンは不味い」


 ぷいっとそっぽを向くうらみマスクにアムリタがギリギリと歯を鳴らす。


 ……………。


 注文されたコーヒーを出すとアムリタはそのまま了承も得ずにうらみマスクの正面の椅子に座った。

 そして彼の顔を見ながら肉まんを齧り始める。


「……ねえ、生きているのだからお家に帰ってあげたら? 貴方のお家、今大変みたいよ」


「そういうわけにはいかん。私は死んだはずの男だ」


 覆面を器用にずらしてコーヒーを飲むうらみマスク。

 彼の正体は実は死んだとされているハーディング家のオーガスタスなのであった。


 ……確かに、家として葬儀も終えてしまっているのにやっぱり生きていました、は何事だとは思われるだろう。香典を返して回るのも大変だ、とは半分冗談であるが。


「死んでいませんでした、は今更通らん。当主の生き死にという一大事でそのようないい加減な事をすれば家は信用を無くすだろう」


「うーん……」


 言っている事は理解はできるのだが、釈然としない気もするアムリタだ。


「お前とてカトラーシャの家に戻っていないだろう」


 ……それを言われると弱い。


 聞くところによると地方都市に移住した両親は身寄りのない娘を養女として引き取ったのだという。

 新しい生活を始めているのだ。

 そこに今更自分が顔を出して引っ掻き回したくない。

 家を離れている間に両親と血が繋がっていないとわかったら尚更そう思うようになった。


 両親の事は今でも愛している。大切に思っている。

 平穏で幸福に暮らしていて欲しいと願っている。


「気遣いには感謝しよう。……だが、私がいなくなっただけで傾いたというのであれば、それはそれまでの家だったという事だ」


 現実的と言うか冷徹というか。

 そう言って覆面の男は立ち上がると紙幣を一枚テーブルの上に置いて店を出ていった。


 すると……。


「うらみマスク! うらみマスクだ!! やったぁ!!」


「カッコいい! うらみマスク!!」


 なんだか店の前から賑やかな子供たちの声が聞こえる。


「お前たち、私のような人を恨む大人になってはいけないぞ(決め台詞)」


(……なんで貴方、近所の子供に人気があるのよ)


 肉まんをもぐもぐしつつ微妙な気分になるアムリタであった。


 ────────────────────────


 ロードフェルド王子がその日の公務を終えた時、時刻は既に月がもっとも高い位置に差し掛かろうかと言う頃になっていた。

 二人の護衛を伴った王子が屋敷への道を進んでいく。

 静かな石畳を鎧が鳴る音が通り過ぎていく。


 ……その時、月が雲に隠れた。


「……ぬ」


 王子が眉を上げる。


 自分たちの行く手を塞ぐ数名の人影。

 退路を断つように背後にも複数の気配が現れる。

 いずれもフード付きの革のマントを着た者たち。

 殺気を放ちながら全員が剣を抜いて構えていた。


「ほう、まさか本当に王宮(ここ)で俺を直接狙ってくる輩がいるとはな」


 感心したように言うロードフェルド。

 その両脇の護衛の武官が剣を抜く。


 向こうの人数はざっと……二十人ほどか。

 対するこちらは三人。

 人数の上では絶望的な差である。しかし……。


「数人は生かせ。吐かせる事がある」


「御意!!!」


 護衛の二人が抜剣し、遅れてロードフェルド自身も長剣を抜き放った。

 この人数差であっても彼らには動揺した様子はまったくない。

 ロードフェルドは国内有数の武人であり、護衛二人も彼が自ら選抜した精鋭だ。


「……どれ、お前たち腕を見てやろう。遠慮なくかかってくるがいい」


 刺客たちに向けた剣の切っ先を振って誘う仕草をするロードフェルド。


「……弟殺しの血で汚れた王子が!!!」


「クライス様の仇だッッ!!!」


 怒号を上げて刺客たちが次々に斬り掛かってくる。


(なるほど、大口を叩くだけの事はあるか。それなりの使い手ばかりだな)


 次々に向かってくる白刃を捌きながらロードフェルドは冷静に相手の実力を測っている。

 刺客たちは全員猛者と呼んでいい者たち。

 ……だがそれでも、自分の命を脅かすには力量が足りない。


(これだけの人数が王宮の深部に入り込んでいるとなると、やはり内通者を疑わねばならんか……)


 剣戟の中、そんな事を考える余裕すらある。

 結局5分かからずに王子の前に刺客たちは皆横たわって苦し気な呻き声を上げる事となった。


「こんなものか。……こちらは済んだぞ」


 そして、王子は振り返って……。


「なッ……!!?」


 その表情が凍り付いた。


 護衛の二人が倒されている。

 血の海の中に倒れている。

 背後で戦っていた自分に激しい戦闘の気配を感じさせることすらなくだ。


 見れば刺客の男たちも全員が倒れ伏していた。

 フードの男たちにやられたわけではない……? 

 だとすれば、誰が……。


 ロードフェルドが眉を顰めたその瞬間、闇の中からぬるっと染み出してきたかのように一人が進み出てきた。


(……女!!!)


 それは手に剣を持った一人の喪服の女だった。

 顔にヴェールを垂らしていて人相はわからない。

 だがその発する異様な殺気だけで、護衛の二人を倒したのはこの女だと理解するには十分すぎた。


「ロードフェルド王子……その御命、頂きます」


 落ち着いていて静かで、そして冷たい一言だった。


(これは強敵。俺も覚悟を決めてやらねばなるまい)


 武神と称えられる王子がホゥ、と本気の呼気を吐き出す。


 ……そして二人の戦いが始まった。

 ロードフェルド王子と謎の喪服の女。

 二人の剣が幾度となく打ち合わされて夜の闇に火花を散らす。


 その攻防は互角。

 両者まったく譲らず剣戟はひたすら続いていく。


(やはり強いッッ!! だが、何なのだこの奇妙な感覚は!!!)


 異様に早い。異様に重い。こちらのどんな巧みな剣撃にも対応される。

 だというのに……。


(素人か!!?? この女、剣は素人ではないのか……!!!?)


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()……それが王子の分析だ。


 強い風が吹いた。


 喪服の女のヴェールが風に流されて一瞬めくれる。


「……貴女は」


 その顔を見てロードフェルドが驚愕に凍り付いた。


 次の瞬間、その一瞬の隙を突いて喪服の女の剣が王子の胸部の装甲のわずかな隙間を縫って腹部に深く突き刺さる。

 ごぼっ、と血の塊を吐きながら地面に膝を突く王子。


「……は、義母(はは)……う……え…………」


 そして、ロードフェルドは自らの作った血溜まりの中に崩れ落ちるのだった。

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