王たるものの目
王位継承の三人の候補者の内、王女リュアンサは辞退し王子クライスは命を落とした。
これによって次代の国王は長兄ロードフェルド王子に決まった。
そして本日、王宮にて国王ヴォードランから後継者をロードフェルドに指名する式典が行われた。
十二煌星の家の当主たちや宰相たちが集う厳粛な雰囲気の中式典は滞りなく進む。
「ロードフェルド・ボレア・ファルディノスを我が後継者として認める」
大王による宣言があり王宮の式典会場内に盛大な拍手が巻き起こった。
そしてそれが収まり、ロードフェルドの発言の番がくる。
『謹んでお受け致します』
そう彼が発言して式典は進行する。
「……?」
会場内にかすかに動揺の気配が発生した。
……ロードフェルドが発言しない。
そして、おもむろに王子は鎧を鳴らしながら前に向かって歩き始めた。
前方、玉座に座る父ヴォードランに向かって。
「……なッ!!?」
誰かが声を出していた。
式典の予定の中にそのような流れはない。
ロードフェルドの独断だ。
「父上」
……そして遂に、王子は座る大王の真ん前に立った。
ヴォードランは黙って息子を見上げている。
「失礼します」
そう言って王子は拳を振り上げ、大王の顔面を力一杯殴打した。
『!!!????』
一瞬にして阿鼻叫喚の様相を呈する式典会場。
怒号と悲鳴が唱和し、近衛の兵士たちがロードフェルドを取り押さえるべく動き始める。
だがそれを……大王が制した。
彼は殴られて血で汚れた口の端を拳で拭いながら片手を軽く上げる。
「構わぬ。控えよ」の意である。
「あなたが馬鹿な事を言ったせいで……何人が死んだと思っているのですかッッッ!!!!!」
雷鳴のような叫びが会場に木霊した。
水を打ったように周囲が静まり返る。
「……ロードフェルドよ」
やがて、大王が言った。
「それが王になるという事……国を統べるという事だ」
そう言うと大王は静かに目を閉じた。
「お前も玉座に座ればいずれわかる」
「……わかりませぬ!!!」
再び叫ぶとロードフェルドは王に背を向け歩き始める。
そして一度だけ足を止め肩越しに父を振り返った。
「自分は一生涯そういった事のわからぬ王になります」
そう言い残して彼は早足に式典会場から出て行ってしまう。
残された者のほとんどは困惑の渦中か茫然自失だ。
「……フッフッフ」
そんな中で、大王が笑っていた。
「フハハハハハ!!! 見たか、シーザー、あれの目付き」
すぐ側に座っている『紅獅子星』シーザリッドに向かって王はニヤリと笑って見せた。
「あれこそが王の目よ。やはり、わしのやり方は正しかったな」
満足げに笑っている大王に、困ったものだという表情で嘆息するシーザリッドであった。
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そして、半日後。
ロードフェルドの屋敷。
「……久しぶりに来てみたら、大騒ぎだな」
窓際に立っていた翡翠の髪の青年が振り返る。
……ジェイドだ。
「ああ、もうしょうがない。ついやってしまった。ずっと腹が立っていたからな」
自分でもその行いには思うところがあるのか自分の椅子に深く座ったロードフェルドも嘆息している。
今、王宮内部は王子が王を殴ったというので上へ下への大騒乱である。
「……義母上には会ってきたのか」
「ああ、辞表をお渡ししてきた」
今日のジェイドの訪問の理由はそれであった。
いつの間にか姿をくらます形になってしまっていたのでアルディオラにきちんと辞表を出しに行ったのだ。
それだけはどうしてもジェイドの姿で行わなければいけない。
彼女には世話になった。
いい加減な形で幕引きとはしたくなかったのだ。
……あの舞踏館の戦いの後、再び性別転換の魔術を使ってみた所それまでの不調が嘘のようにあっさりとアムリタはジェイドに変身する事ができた。
それからも何度も使用しているが不発は一度もない。
……まるで運命が、その戦いだけは本来の姿でやれと言っていたかのようだ。
……………。
「詳しく聞くつもりはないけど、あんたの目的はちゃんと達成できたのかい?」
辞表を受け取り、その中身を改めることもなく脇の侍従へポイと手渡ししてからアルディオラはそう尋ねてきた。
自分が何らかの目的があって王宮に入り込んだ事はお見通しだった王妃。
「はい。どうにか……」
そう言って少しだけ苦笑してジェイドは頭を下げた。
「あんたがいなくなると、また私は退屈になるね……」
物憂げに長めの息を吐くアルディオラ。
……王妃はこの日から二年後、大王に離縁を申し出て許され王宮を出ることになる。
そしてその後彼女は世界中を旅しながら自由に生きるのだった。
……………。
王妃とのやり取りを伝えるとロードフェルドは「そうか」と肯いた。
「義母上の事は俺も気にかけておこう。お強い方ゆえ、俺の助けはいらんと思うがな」
そして王子は立ち上がるとジェイドの前に立つ。
「ジェイド……いや、アムリタといえばいいのか。お前もたまには顔を出せ。弟の事で色々思うことはあると思うが、俺の前では忘れろ。俺も考えないようにする」
「うん……」
少しうつむき気味に肯くジェイド。
アムリタとロードフェルドが面会したのはクライス王子が死んだ後だ。
自分としては仲間ともども罪人となる所を彼の一声で救ってもらったようなものなので礼を言いに来たのである。
門前払いを受けることも覚悟していたのだが何故かこの王子は自分に親身になってくれている。
「リュアンサもイクサリアもお前に入れあげているようだからな。……俺もこれ以上もう妹たちといがみ合いたくない」
そう言って彼は苦笑していた。
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「俺は怒っているぞ」
……言葉の通りにレオルリッドは不機嫌そうであった。
「何故、あの女どもには全てを打ち明けて連れて行ったというのに俺にはそうしなかったのだ」
(仕方がないでしょ。貴方は十二星の……しかも『三聖』の息子なんだから)
アムリタは内心でそう思う。
それを言ったら襲撃の仲間に王女がいるのはどうなのかという話になるのだが、彼女はもう突然変異のような存在なのでしょうがない。
レオルリッドは王子殺しに加担させるには大物すぎる。
アムリタは復讐が望みだったのであって国の中枢に大きな混乱と分断をもたらしたかったわけではないのだ。
膨れている若獅子の前でジェイドは魔術を解除する。
本来のアムリタの姿に変わっていく。
「なんでもベラベラ自分の事情を喋ったから仲間だってわけじゃないでしょ」
アムリタはレオルの胸板をトンと軽く右拳で叩く。
「もしお互いに打ち明けていない事があったって私と貴方は親友……そうではないの?」
「むう……」
唸ったレオルは少しだけ頬を紅に染めると彼女から視線を逸らす。
「や、やめろその姿になるのは……卑怯だぞ」
「どうしてよ。こっちが本当の私なのだけど……」
挙動不審になったレオルリッドをアムリタが怪訝そうに見る。
「とにかくだ。今後同じことがあった時は必ず俺も呼べ」
「もうないわよ……。貴方私を何だと思っているの……」
そんなにホイホイ国家の重要人物を襲撃して暗殺する予定はない。
半眼になるアムリタであった。
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現在アムリタはシャルウォートの屋敷で暮らしている。
といってもずっとそのままという予定ではなく、新居は準備中だ。
「……実はね、少し前からある方と文通しているのだけど」
「うん?」
ある日の朝食の後、突然そんな事を言い出したアムリタ。
シャルウォートは怪訝そうな表情だ。
「すっかり打ち解けて仲良くなってね。来月、ランセット王国との国境線に近い街でその方とお会いする事になったのよ。そこは避暑地でその方の別荘があるの」
「…………………」
……知っている。
その街には療養所があるのだ。
彼女は幼いころ、病気だった母親の付き添いでその街にいて……。
単に静養のために家族とそこにいた自分と出会った。
半年ほどの邂逅だったが、その時の記憶は今も自分の中に強く焼き付いて残ったままだ。
心優しい少女だった。
「付き添いで貴方も一緒に来てくれない?」
そう言うとアムリタは手紙を取り出し、ヒラヒラとそれを振って見せる。
一瞬チラっと見えたのは立派な紋章。
それは紛れもなく……ランセット王家のもので……。
「ユフィニア様、貴方のことを覚えてるって……シャル」
「…………………」
ほんの少しの時間で青から赤へ目まぐるしく変化するシャルウォートの顔色。
「貴方には色々お世話になったし、少しお節介を焼かせてもらったわ。昔話に花を咲かせにいきましょうよ」
「いや、それはさ……」
困り果てた表情で天井を仰いだシャルウォート。
そう、それが理由だ。
自分が継承問題に深く関わっていた……関わらざるを得なかった理由。
アムリタと出会う前から彼の戦いは始まっていたのだ。
クライス王子がユフィニア王女に食指を伸ばしたと知った時からだ。
「ボクはただ、彼女が政治的駆け引きの道具にされて翻弄されるのが嫌だっただけだよ」
苦笑してシャルウォートはアムリタを見る。
「おっかない女の子に育ったねえ」
「……心優しいって言いなさいよ」
ジロッと睨むアムリタ。
アムリタがシャルウォートとユフィニア王女の関係に気が付いたのは偶然からだ。
最初はもしもの時にクライスの所業をぶちまけて縁談を妨害できないかという邪な意図で始まった文通だった。
高速でやり取りしたかったのでイクサリアに頼んで王家のルートで手紙を運んで貰っていた。
文通の時に自分が使った名前は『アムリタ・アトカーシア』……カトラーシャを名乗るわけにはいかないので響きの近い偽名を用意したのだ。
そして、自分は『硝子蝶星』のクラウゼヴィッツ家の分家のものだと称した所……。
そのクラウゼヴィッツの名に王女が反応したのだ。
自分の幼馴染に御本家の方がおります……と。
そして彼から聞いていた引きずっている初恋の話……どの候補者も支援していないのに何故か継承問題に深く関わっている彼の現状……そしてクライス王子への敵視、などを重ね合わせて結論に辿り着いた。
……そして、予想外に文通に王女が乗り気ですっかり仲良くなってしまった。
「あっちこっちの王女様をたらしこんでるね、君は。そういう才能あるんじゃないの?」
「私が悪事を企むと何故か王女が釣れてくるっていうヘンな法則があるのよ。私のせいじゃないわ」
そう言って肩をすくめてから紅茶のカップを優雅に口に運ぶアムリタであった。




