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君の聖なる剣

 迫る死の悪意……ジューダス。

 迎え撃つイクサリアは愛用の細身の長剣を異形に向ける。


「……ハッ!!!」


 鋭く呼気を吐いて剣を振るうイクサリア。

 彼女が普段から持ち歩く剣は飾りではない。

 イクサリア・ファム・フォルディノスは才能の怪物だ。

 何にでも興味を持ち、手を出したものは大体人並み以上に習得する。


 その達人クラスの剣の一閃が……。


「!!!??」


 虚しくジューダスの身体を通り抜けた。

 実体がないのか……透過したのだ。

 そのまま黒い異形は剣を持つイクサリアの右手を通り抜けていく。


「うっ……!」


 歯を食いしばって呻き、イクサリアは剣を床に落とした。

 ジューダスが通り抜けていった右手に強い寒気と痺れを感じる。


(こちらからは触れられない。なのにあっちは触れた部分の生命力を削り取っていくのか……)


幽亡星(ファントム)』のジューダスは悪霊を使役し人の生命力を吸収して自らのエネルギーにする魔術を長年にわたって使い続け、遂には自らも半ば悪霊と化してしまっていた。

 物理的なダメージをほぼ受けない半霊体の身体になっており、聖なる場所やもの、そして日光を忌み嫌う。

 更には見た目や声にも魔術的な効果を持ち、彼を見て声を聞く者を知らず知らずのうちに自死へと誘うのだ。


 自在に飛翔し襲い掛かってくる黒い死の使い。

 身をかわせばそのままジューダスは壁に向かって突っ込んでいき、それを透過し隣の部屋に消えた。


(上下左右お構いなしか……!!)


 床も壁も天井も……すべてを自由に通り抜けるジューダス。

 こちらはそういうわけにはいかない。


 どこだ……どこから来る。


 静まり返った廊下に無数の縊死体から聞こえるわずかなギシギシというロープの軋む音だけが響く。


(!!! 下か……!!!)


 ジューダスはイクサリアの真下の床から現れた。

 間一髪それを察知し背後に飛ぶ王女。


「ぐぅ……っ!!」


 しかし悪霊はイクサリアの左足に触れそこを通過していった。

 着地した王女が顔を歪めてよろめく。

 ……左足の感触がない。


 一時的なものなのか、ずっとなのか……それはわからないが右手と左足を潰されてしまった。

 片足ではもう次の奴の攻撃はかわせない。

 ジューダスの言うとおりに捕食されて養分にされてしまうのか……。


 だが、彼女は常人ではない。

 風を操り風と共に歩む者……風の王女イクサリア。


 再び迫る黒い悪意の影を素早く回避した王女。

 動かない左足は風に乗せている。


「さて今度はこちらの番だ! 奈落の底へお帰り、悪しきものよ!」


 凄まじい風が吹き荒れる。

 イクサリアの風は移動の為だけのものではない。

 攻撃に使用すれば強力な真空波を生み出し敵を両断する。


 ……だが、それもまた物理現象。


「………………」


 無数の真空波に晒されながらもジューダスがダメージを受けた様子はない。

 そしてそれを嘲笑うかのように海藻のようにゆらゆらと身体を揺らしている。


(まだだ……!!)


 動く左の拳を握りしめるイクサリア。


(私の風はこんなものじゃない……!!!)


 彼女の脳裏に蘇るある光景……それは幼き日の魔術の講義の様子であった。


 ……………。


「よろしいですかな、イクサリア様。魔術というのは、魔力を媒介として自分の望みを現実にする力のことでございます」


 様々な魔術記号が記された黒板を背にして灰色のローブに長い白い髭の老魔術師が言う。


「望み?」


「ええ。その通りでございます。『こうであってほしい』や『こうしたい』と思う願いを魔力に乗せてごらんなさいませ。イクサリア様の魔術はきっと応えてくれる事でしょう」


 幼いイクサリアは目を輝かせる。


「私の風が? 願いをかなえてくれるの?」


「然様でございます、イクサリア様。あなた様の風はきっとあなた様の願いを現実にしてくれますぞ」


 ……………。


「私の願いは……」


 風は止まない。


「あの人を脅かす全てを切り払う聖なる剣となること」


 それはさらなる強さを持って吹き荒れる。


「私の風は……その為の刃!!!」


 黒い異形の……実態を持たぬはずのその身体の一部が裂けた。


『オォオオォオオオオォォォォォッッ!!????』


 戸惑ったような声を上げて悶えるように身体をくねらせているジューダス。


『……ォォォォアァァァアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!!!』


 絶叫を上げてジューダスは猛然とイクサリアに向かって突進してきた。

 その挙動には確かに怒りと苛立ちの感情が滲んでいた。


「私とあの人の前に姿を現したことがキミの運の尽きだ!! 悍ましき邪悪よ!!」


 吹き荒れる風に左手を伸ばすとイクサリアはそれを束ねて掴み取った。

 目には見えない風が確かに彼女の手の中にある。


 その巨大な見えざる剣を向かってくる邪悪へ振り下ろす。


『ギヒィィィィィィィィィッッッッッッッッッッ!!!!!!!!』


 悲鳴を上げながら縦に裂けていくジューダス。

 左右に分かたれたそのボディは光を放ちながらその中でボロボロに崩れて消えていく。


 ……だが、悪霊はただでは滅びなかった。

 消えていきながら触手か、それとも腕か……先端の鋭く尖った蛇のようにうねるロープ状の部位を伸ばす。


「……うッ」


 その一撃をイクサリアは胸部の中央に浴びた。

 透過して背中へ抜ける触手。

 王女は闇の触手に身体を刺し貫かれる。

 肉体的なダメージは無い……だが。


「……ぐ……ッ!!」


 胸を押さえて呻く王女。

 全身にものすごい勢いで広がる寒気と痺れ。

 同時に襲ってくる強い喪失感と絶望感。


 ……自分が消える。なくなってしまう。


「あ、アムリ……タ……」


 前に向かって手を伸ばしながらイクサリアは右の膝を床に突いた。

 ぼやけていく彼女の視界には最愛の人の横顔が揺れる。


「……行かな……ければ。彼女を……迎えに……」


 そのアムリタの面影が霞んで消えていく。


「……私の……最愛の……人」


 ……そして彼女は意識を暗転させ、血を吐きながらその場に倒れ伏したのだった。


 ───────────────────────────


 三階に上がってすぐの場所に豪奢な大扉があった。

 その先はダンスルームだ。

 主人の私室はその奥を行った所にある。


 躊躇わずにアムリタは扉を開き、広い部屋へと入っていく。


「……!」


 ……そこに、その男は待っていた。

 クライス・アルヴァ・フォルディノス。

 アムリタ・カトラーシャのかつての許嫁。


 入ってきたアムリタを見て彼は一瞬訝しむように目を細める。

 それから眉間に皴を刻んで側頭部に手を当てるとフーッと重たい息を吐く。


「……そんな事がありえるのか? あの状態から殺し損なっていたと?」


 今の自分は男装で当時とは髪の色も違う。それに顔付も相当変わってしまっているだろう。

 それでもクライスはやってきたのが誰なのかわかったようだ。


「だが、君だと言うのならこれまでの全てにも合点がいくというものだ」


 そして、かつて許嫁だった二人は真正面で対峙する。


「久しぶりだね、アムリタ」


「ええ。ひさしぶり……クライス」


 いざこの時を迎えた時、果たして自分はどのような心境なのだろうかとこれまで何度もアムリタは考えてきた。

 だが実際にそうなってみると思っていた以上に自分は冷静だった。

 ただ胸の奥で殺意の冷たい炎だけが揺れている。


「危ないからと、果物の皮を剥くナイフですらも持たせてもらえなかった君が私を殺しにきたのか」


「お陰様であれから色々な経験をしたわ。色々なことも知った」


 淡々と語ってアムリタは目を閉じる。


「人を殺す経験もね」


「……………」


 クライスは小テーブルの上にあったグラスにワインを注ぐとそれを軽く呷った。


「私を恨んで殺したいという君の気持はとてもよく理解できるが……やらせてあげるわけにはいかない」


 グラスを置くと剣を手にしてクライスはフロアの中央まで歩いてくる。


 もうどうあっても殺し合いは避けられない。

 アムリタがクライスを何があろうと殺そうと決めているのと同様にクライスにとっても生きているアムリタは何があっても殺さなければならない相手だろう。


「先に行ったアルバートがあっちで待っているわ」


「アルバートか、あれも気の毒な男だった。随分私の影響を受けたが根は善良なやつだったよ」


 王子が抜き放った白刃の……その刀身がブォンと唸って光を放つ。

 クライスは光の魔術を使う。

 そして剣の腕も達人級だ。


 光輝(ひかり)の王子……それが彼の異名。


「貴方にぴったりの魔術ね……」


「ありがとう。その為に習得したよ。イメージは大事だからね」


 アムリタの皮肉をクライスは軽く笑って受け流す。


 光る剣を構えるクライス。

 腰を少し落として格闘戦の構えをとるアムリタ。


 彼女は武器の類は持ってこなかった。

 使い慣れていないし何かの時にそっちに気を取られれば逆に後れを取るかもしれない。

 それならこの二年で鍛え上げてきて頼みを置いている素手でいったほうがいい。


「……来たまえ」


 クライスがこっちの攻撃を誘っている。

 彼の構えは両手で構えた剣を中段に置いて右斜めに傾ける型のものだ。


「遠慮なくいくわよ……!!!」


 渾身の踏み込みで彼我の距離を一気にゼロにして……。

 拳を突き出し彼を狙うアムリタ。


「……!!!」


 瞬間、フロアが眩い光に包まれた。

 クライスの構えていた剣に宿った光が一気に爆発的に膨張して周囲を満たしたのである。


 視界と思考を灼く強い光。

 まともに浴びれば視界はしばらく封じられ行動は一瞬麻痺して停止する。


 そこへ王子が渾身の斬撃を放つ。


「ぬッ……!!!?」


 だが彼の表情は次の瞬間強張った。

 硬直しているはずのアムリタが自身の斬撃を回避しそのまま右側面に回り込んだのだ。


「貴方は……そうくる気がした」


 発光による目潰しを読んでいたアムリタは接近しながら目を閉じていた。

 それだけではなく光るであろうタイミングで目線を腕で隠している。

 隙を作り防御ががら空きのところを攻撃するつもりだったクライスは逆に空振りして無防備な状態である。


 王子のボディにアムリタの拳が叩き込まれる。

 右わき腹のやや上のあたり。


「ぐ……フッッ!!!」


 呻く王子。

 だが浅い……仕留められていない。


(服の下に鎖帷子を着込んでる……!!)


「修羅場を……超えてきたな」


 打撃の苦痛に顔を歪ませながらも王子は笑っていた。


「ならばこれは……どう凌ぐ!!」


 再びの発光……しかし今度は目晦ましのための光ではない。

 剣から放たれた無数の光の矢がアムリタに向けて飛来する。


「……ッ!!!」


 次の瞬間、ダンスフロアに無数の連続した爆音が轟き旧砦は鳴動するのであった。

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