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舞踏館の戦い

 小高い丘の上にその豪奢な館は建っている。

 夕暮れの空を背負って聳え立つ威容……舞踏館。


「なるほどなぁ、ありゃ要塞だな……」


 双眼鏡から目を離してマチルダが嘆息した。

 今から自分たち三人で……しかも三人とも女性だ……あの堅牢な館に殴り込みにいくのかと思うと悪い冗談のような気がしてくる。


「完全に日が落ちたら突入しましょう」


 そう言ってアムリタは折りたたまれた紙をガサガサと広げた。

 シャルウォートが用意してくれた舞踏館の間取り図である。


「……この赤いバッテンは何だ?」


 図形に付けられた無数の赤い×印を指さして問うマチルダ。


(トラップ)よ。どれも殺傷能力が極めて高いものばかり」


「うげッ! 中トラップまみれじゃねえかよ!!」


 アムリタの答えにマチルダが思いっきりイヤな顔をした。

 彼女の言う通り館内部には夥しい数のトラップが仕掛けられている。


「だから、結局正面突破が一番早くて安全なんだよ。わかりやすくていいじゃないか」


 何でもないことのように軽く言ってイクサリアは涼やかに笑っている。

 王女の言う通り、一階から最上階までのメインのルートと言える広い通路には一切のトラップがない。

 内部の者たちも普段はそのルートのみを利用しているのだろう。

 当然トラップはないがそこでは大勢の衛兵たちを相手にすることになる。


 館は三階建てでクライスの部屋はダンスホールのある三階にある。

 彼がここに籠った理由を考えるに、やはり彼は三階にいるだろう。


「私たちは別にあそこを攻め滅ぼしにいくわけじゃないわ。クライスを殺せばいいだけ。手早くそれだけを済ませて逃げるわよ」


 アムリタたちが立てた作戦は、まずは陽動を起こして内部の衛兵をそちらに向かわせ、その隙に館内部に突入し一気に三階を目指してクライスの命を奪うというものだ。

 シンプルだが雑とも言える。しかし、そんなものでいい。

 どうしてもこの人数と経験では最後はごり押しになる。

 とにかくスピードが勝負。

 城壁の内側にも外側にも兵舎があり時間をかければそこからどんどん敵側に兵力が追加されていく。


「凄いのを持ってきたね」


 マチルダが手にしているのは両手持ちの大きな戦鎚(ウォーハンマー)であった。

 それを見たイクサリアが感心している。


「ああ。本当は剣の方が得意なんだけどな。今日は乱戦になるだろうし途中で折っちまったらアウトだからさ。……それにこれなら相手に防がれてもその上から骨を狙える。どっか折っちまえば戦えなくなるだろ」


 そう言って彼女は自分の頭上でぶおんと音を立てて鉄槌を振り回している。


「オレは1階の階段を防衛するよ」


 マチルダが指さしたのは館内部に入ってすぐの大ホールの正面奥にある大階段。

 赤絨毯の敷かれた幅8m余りの大きな階段である。

 この大階段以外の二階への階段には全てトラップが仕掛けてある。


 マチルダはここに陣取って上階への援軍を阻むのだ。


「2階まで上がったらそこにいる者は私が相手をしよう」


 腰に下げた愛用の長剣を示してイクサリアが言う。

 黙ってうなずくアムリタ。

 二人とも軽く言っているが陽動が成功したとしても尚内部には大勢の衛兵がいるだろう。

 命を落としたとしてもおかしくはない危険な作戦だ。


 だけどそれは全員百も承知でいること。

 だからもう、アムリタは二人を信じて走るだけだ。


 ───────────────────────────


 日が落ちて周囲が闇に包まれる。

 その暗闇に乗じてアムリタたちは館の城壁のすぐ近くまでやってきた。

 陽動に使う爆薬は既にイクサリアにセットしてもらっている。


 周囲の土の色と同じ布を被せてある木箱。

 そこからケーブルが伸びていて、その先はスイッチだ。

 それで城壁の一部を爆破して衛兵たちをそちらに向かわせる。


 イクサリアからスイッチを受け取るアムリタ。

 その表情は緊張で強張っていた。


 これを押したその時が……開戦になる。

 自分たちかクライスか、どちらかが死ぬまで終わらない最後の戦いの。


 ……………。


 一方その頃。


 クレアも城壁の近くに身を潜めていた。

 アムリタたちとは別の場所である。


(は~~やれやれ。困ったものなのですよ。想像していた以上にこの辺身を隠す場所がないのです)


 大きな肩掛けカバンを下げたクレアが不安そうに周囲を見回す。


 すると……。


 ドガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!!


 突如として周囲がオレンジ色の光に包まれ、爆音が轟き熱風が薙いでいく。

 クレアのすぐ側の城壁で大爆発が起こったのだ。


「んぎゃあああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!!!」


 ついでに彼女の上げた悲鳴も夜空に轟いた。

 チカチカと明滅する視界にぐわんぐわんと鳴っている耳の奥。

 ヘロヘロになったクレアが揺れているとすぐに周囲に鎧の鳴る音が聞こえ始める。


「何事だ!!」


「すぐに火を消せッッ!!!」


 交錯する怒号、慌ただし気な大勢の足音。

 クレアがまずいと思った時にはすでに彼女は見つかっていた。


「あいつかッッ!!!」


「捕えろ!! 殺しても構わん!!!」


 殺気だった衛兵たちが一斉に自分に向かって走ってくる。


「どわぁぁぁぁッッ!!! 最悪なのです!!! 今日の占いには爆発と人海戦術に注意とか出てなかったのですよ!!!」


 必死に逃げ出すクレア。

 その彼女を追って衛兵たちが走っていく。


 ……………。


「なんか、ついでに悲しげな豚の鳴き声みたいなの聞こえなかったか?」


 怪訝そうな顔でマチルダが周囲を見回している。

 爆発を確認し、そちらに衛兵が向かったのも確認した三人。

 ……いよいよ突入だ。


 分厚い城門は閉ざされたままだが関係がない。

 イクサリアの風で城壁を一気に乗り越えるのだ。

 アムリタたちが肯きあっていると……。


「……ヘルプッッ!! お助けなのですよ!!! 王国最高の頭脳が失われそうなピンチなのです……!!!」


「!!!」


 小柄な誰かがこちらへ向かって走ってくる。

 その後ろに多数の衛兵たちを従えて。


 三人とも迷わず飛び出す。それぞれの武器を手にしながら。

 そしてクレアを追う衛兵たちを横合いから強襲すると瞬く間に彼らを打ち倒す。


 ……………。


「まったく……爆発させるならもうちょっと場所を考えるのです!! 危うく私が爆心地なのですよ!!!」


 何故か助けられておいてちょっとキレ気味のクレア。

 彼女は頭から蒸気を吹き出しながら地団太を踏んでいる。


「お前……」


 その小柄なメガネの彼女をいきなりマチルダがガバッと両手で持ち上げた。

 突然のことにクレアは顔を引き攣らせる。


「ぎゃあああ何です何なのですか!!!??」


「お前なぁ!! 来るなら来るって最初から言えよなぁ!! ……気を揉ませやがって!! あはははははは!!」


 クレアを高い高いするように持ち上げて笑っているマチルダ。

 その赤い髪の女騎士の目尻には涙の雫があった。

 そんなマチルダに思わずクレアが苦笑する。


「まったく……私の予定では感涙するのは貴女ではなかったのですよ。今日は何から何まで思うようにいかないのです……」


 ……………。


 ふわりと浮き上がった四人の体。

 初体験であるマチルダとクレアの二人は緊張と恐怖から声を出さないようにするので必死である。

 6m近くある城壁をそのまま乗り越え、内部に着地するアムリタたち。


 アムリタが鋭く周囲を見回す。

 陽動が効いているのか本館外周に衛兵の姿はない。


「何かな?」


 クレアの視線に気が付くイクサリア。

 彼女は何かを訴えかけるような……痛みに耐えているような、そんな顔で王女を見ている。


「そのですね、あの、本当に……差し出がましいと思うのですけど。貴女は……貴女だけは行かないほうが……」


 ああ、とイクサリアはクレアの言いたいことを察する。


「……そうだね、兄だ」


 自分が兄を殺す一団に加わっているのだと肯定する。

 これはイクサリアにとっては実の兄を……肉親の命を奪うための戦いだ。


 それは許されざる所業。

 踏み止まれと言っているのだ、彼女は。


「ありがとう。でもね、私はもう決めてしまったんだ。それがどれだけ罪深くても、呪われていても」


「………………」


 絶句しているクレア。

 王女がそこまでする理由は……。


「愛してしまったから……彼女のために生きると決めたんだ」


 その視線の先には、アムリタ。


「彼女の戦いが私の戦い。彼女の罪が私の罪だよ」


 イクサリアの言葉に微笑むアムリタ。


(……うぅ、滅茶苦茶強敵なのですよ。ちょっと笑えてくるくらい顔がいいし。私たちだけじゃなくてこんな人まで夢中にさせちゃうとか、アムリタさんもおかしなフェロモンでも出してるんじゃないですかね)


 圧倒されて慄いているクレアであった。


 ……………。


 頑丈で重厚な木製の扉が轟音と共に吹き飛んだ。

 正面玄関を破り、ついにアムリタたちは館の内部に足を踏み入れる。


「敵襲だ!!!」


「迎え撃てッッ!!!」


 想定通りに中にいた衛兵たちが向かってくる。

 いずれもクライスが選別した精鋭の兵士たちだ。

 だがその腕利きたちも今のアムリタたちを留める壁とはなりえない。

 彼らは順に撃破されて大ホールに転がり呻き声を上げる事となった。


「それじゃ、しっかりやれよな……っていうのも物騒か。とにかく、悔いがないようにさ」


 大ホール奥の大階段の途中で足を止めるマチルダ。


「……ええ」


 声が震える。

 泣くな、と自分を叱咤するアムリタ。

 今の自分には泣いている余裕なんてない。


「『私をブッ殺しといて他の女に乗り換えようとか、そうは問屋が卸さねー!!』とか王子様に言ってやるといいのですよ」


 マチルダに並ぶクレア。

 彼女もここを防衛してくれるようだ。

 今後外からどんどん雪崩れ込んでくることを予想するとそれが一番助かる。


「二人ともまた後で……!!」


 後ろ髪をひかれる思いを断ち切って背を向けて走り出すアムリタ。

 二人に向かって軽く手を上げてからそれに続くイクサリア。


「ああ、また後でな」


「いってらっしゃいなのです」


 見送って手を振る二人。

 その時正面入り口から新たな衛兵の一団が突入してくる。


「……おっと、おいでなすった。んじゃ暴れるとするか」


「辛くなったらこのエリートに泣いて助けを求めるといいのですよ。手が空いてたら助けてあげないこともないのです」


 そしてマチルダとクレアはお互いにジロッと剣呑な視線を交差させてからどちらも不敵に笑ったのだった。

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