わたしの親友
自分が友人だと思っている二人、マチルダとクレアリースにジェイドの正体が自分であった事を打ち明けたアムリタ。
そして、その事で未だに茫然自失状態の二人。
「今まで本当にありがとう。二人といられた時間は幸せだった。お詫びをしたかったのともう一つ、その感謝を貴女たちに伝えたかった」
「……オイ、待て。待てよ」
酷く寝起きが悪い時のような表情をしながらマチルダが顔を上げた。
「何を勝手にバイバイみたいな空気にしてんだよ。……お前、これからクライス王子を殺しにいくんだよな?」
「ええ。そのつもりよ。今の私はその為に生きているから」
そこまで全てをアムリタは二人に打ち明けていた。
自分が復讐者で殺人者である事も含めた全てを。
彼女たちがこの後で誰かにそれを通報したとしても、それは構わないと思っている。
……むしろ、そうするべきだとも。
それはそれとして今から通報が行った所で、この荒唐無稽の話を彼女たちの上司が受け入れて事態が動き出すころには全ては終わっているはずだと言う邪な計算もないわけではない。
「んがぁッ!」
するとマチルダは血が出るんじゃないかと心配になるくらい乱暴に自分の頭を掻いた。
「……よし!!! それ、オレも手伝ってやる。一緒に行くよ」
「はぁ……!!?」
思わず大きな声が出てしまったアムリタ。
「いえ、私……クライスを殺しに行くって言っているのだけど……」
自国の王子を……しかも次代王になろうという男を殺す。
歴史の教科書に載るような大罪を犯しに行くと言っているのだ。
それを手伝うと言われても喜ぶ前に困惑する。
「わかってるよ。とんでもねえ話だよな……。正直言うが今足が震えてる」
そう言ってマチルダは自分の腿軽く手で擦った。
「けどさ、エライ人の言ってる事や考えてる事が必ず正しいってわけじゃないんだって、オレに教えてくれたのはジェイド……アムリタだから。だからオレは自分が正しいと思えることをやりたい」
「マチルダ……」
アムリタは茫然としている。
そんな彼女にマチルダはちょっと疲れた感じの表情で笑った。
「人を殺すのが正しいのかよって話だけどな。……けどさ、いくら王子様だからって、次の王様になる人だからってよ……そんな風に誰かを踏み躙っていいはずがない。それだけは絶対に間違ってる」
どこか自分自身に言い聞かせているかのようにマチルダが言う。
「お前の怒りも憎しみも……正しいよ。オレはそう思う。このまま黙って見送ったらオレは多分この先ずっとそれを後悔する事になると思う。だから……一緒に行くよ」
「マチルダ!!!」
マチルダの胸に飛び込むアムリタ。
大粒の涙を零す彼女の背にマチルダが優しく手を回した。
(……あ~あ、もう、まさか女の子だったとはな。オレ何か完全に道を踏み外したかも。でもまあ……それでもいいかな……)
腕の中の温もりに鼓動の高まりを感じるマチルダであった。
……そして、そんな抱擁する二人を前にしてクレアがハッと我に返る。
「……や、いや、無理」
こちらを向いたまま、震えながら後ろに下がる彼女。
「そ、そ、そんなの、抱えきれないのです。そんな……そんな話……」
そして彼女はバッと身を翻すと倉庫を飛び出していってしまう。
「私は何も聞いてない!! 何も知らないのですよ……!!!」
走り去ってしまった彼女にアムリタとマチルダが顔を見合わせると、どこか寂し気に笑い合った。
……これでよかったのだ。
本来あるべき所にあるべきものが収まっただけ。
……………。
倉庫からちょっと離れた物陰にクレアが身を潜めている。
(……な~んて、そんなやわらかメンタルしてないのですよ)
きしし、と歯を見せて丸メガネは邪悪に笑っている。
「あのデカ女は相変わらずなーんにもわかってないのです。こういうのはですね、一旦離れていったと思わせておいて土壇場の大ピンチで華麗に助けに現れるのですよ。するとアーラ不思議、一度落ちてる分の反動で好感度爆上がり。ふっふっふ、これぞ知将の策なのです」
ほくそ笑みながらクレアは今ジェイドとアムリタの事を交互に思い出している。
(直近の2年以上もジェイドさんとして過ごしていたのならもう半分男性と言っても過言ではないのですよ。ジェイドさんの時はステキな彼氏でアムリタさんの時はステキな親友なのです。一粒で二度美味しい関係性というわけですね。今は調子悪くて変身できないそうですが、それもこの天才が力を貸せば回復できるでしょう)
グッと拳を握り締めてクレアは気合を入れた。
「そうと決まればこうしているわけにはいかないのですよ。天才のバトルは準備に時間が掛かるのです」
パタパタと靴音を響かせ走っていくクレアであった。
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アムリタが倉庫で二人に自分の秘密を打ち明けていたのと同じころ、イクサリアは姉リュアンサを伴ってある場所を訪問していた。
「まさかお前たち二人が連れ立ってやってくるとはな。こんな時ではあるが、歓迎するぞ」
……それは、兄ロードフェルドの屋敷である。
突然の妹二人の訪問。しかも片方は王位を巡る争いの対立候補だ。
ロードフェルドは驚きながらもそれほど二人のことを煙たがっている様子はない。
すっかり弟に水をあけられた者同士、ここから組んで巻き返す算段でもあるのか? と訪問の意図を予想している。
「久しぶりに兄妹三人で食事にするか。食べたいものがあれば用意させるぞ」
「メシはいいんだがよォ。ちっと、その前にイクサリアの話を聞いてやってくれよ、ロード兄ィ」
リュアンサの言葉にロードフェルドが驚く。
彼としてはメインの訪問客はリュアンサでありイクサリアはその付き添いであると思っていたが、その逆であったようだ。
「お前が俺に何か用があったのか、イクサリアよ」
「うん。今日は兄上様にお願いがあってきたんだ」
穏やかに、しかしはっきりと言ってイクサリアは肯いた。
その所作からは彼女の静かだが強い決意が感じられる。
イクサリアとは……こんな娘であったかと兄は心中で少し驚いていた。
自分にとってのイクサリアとは飄々とどこか浮世離れしていて全てを煙に巻くように振る舞う娘であった。
人を不快にするわけではないが他者に己の本心を悟らせずにいつもどこか遠くを見ているような。
妹の縁談が壊れた時を思い出す。
イクサリアは粛々と、淡々と縁談を受け入れているようで、実は自ら人を手配し婚約者の普段、日常の振る舞いを調べさせていた。誰を使ったのか、彼女がどこにそんな人脈を持っていたのかは今をもってしてもわかっていない。
彼女の婚約者は身分、容姿、能力全てにおいて問題のない人物であるが素行はよくなかった。
市井で女たちと遊び何人もの相手を孕ませており堕胎させた相手もいれば婚外子もいた。
イクサリアは自分と結婚するつもりならその相手との関係をきちんと清算し禍根を残さないようにと相手に要求を出したのである。
「結婚するのに誰かが悲しんでいたり恨んでいたりしたら嫌じゃないか。だから私はそういう事がないようにケジメをつけてくれと要求しただけだよ」
その事について後日妹はそう語っている。
……結局、相手から断りの連絡があり婚約は破談となった。
重鎮たちは皆渋い顔をしていたが大王は何も言わなかった。
そうして、妹はそんな事があっても一切気にする様子もなく普段の通りに過ごしていた。
その妹が今自分に何かを要求しようとしている。
言い知れぬ緊張感を感じるロードフェルド。
「少し長い話になるんだ。……ちゃんと聞いていてね、兄上様」
そう前置きして彼女は話し始める。
……………。
気が付けば空は茜色になっていた。
「……………」
座るロードフェルドは僅かに呼吸を乱し滝のような汗をかいている。
「……そ、それを……それをお前は、俺にやれというのか」
「お願いしているんだ、兄上様。私には貴方に何かを強制できるような力はないよ。だからただこうして頭を下げることしかできない」
喘ぐように言う兄に落ち着いたまま頭を下げる妹。
「聞き入れてくれるのかそうでないのか、兄上様がいいように決めてほしい。お話を聞いてくれてありがとう」
「……ま、待て!! イクサリア!!」
立ち去りかけたイクサリアをロードフェルドが呼び止める。
「何故、どうしてお前がそこまでしなくてはいけないんだ。クライスとカトラーシャの娘の問題ではないか、これは……」
「愛しているんだ」
迷わずに彼女はそう答える。
「あの人が生きようとしているんだよ、兄上様。だから私もその為に自分のできることをする」
そう言い残し今度こそ振り返らずにイクサリアは退出していった。
部屋にはロードフェルドとリュアンサの二人が残される。
「お前も……お前もイクサリアたちの味方をするのか、リュアンサ」
「別にィ、その件に関しちゃアタシはどっちの味方でもねェよ。ただなァ、クライスはこの勝負から逃げちゃいけねェ。最初にラインを超えたのはアイツだからよ。それがスジで、それがケジメだ」
語るリュアンサの表情はやるせなさからか、若干渋い。
「場末のチンピラじゃねェんだ! 国を背負って人の上に立とうってヤツがそのスジ違えていいわきゃねえんだよ!! ……やったんなら結果は受け入れねェとな」
声を荒げるリュアンサにロードフェルドはビクンと肩を震わせた。
「兄ィ、アタシからも一つ提案がある。兄ィがイクサの頼みを聞き入れてアイツらを掬い上げてくれんならアタシは今回は退いてやるよ。玉座には兄ィが座んな」
「……!!」
その代わりだ、とリュアサンは言葉を続ける。
「もしアイツら見捨てて死なすんならアタシはアンタとどっちか死ぬまで玉座を掛けて戦うぞ」
「……………」
絶句するロードフェルド。
やがて彼の双眸から大粒の涙が零れ落ちる。
「俺に……俺に、弟が死ぬのを黙って見ていろと……そう言うのか……」
そう言うと彼はガクッと下を向いて涙を零し続ける。
「アンタのそういうバリバリの武闘派気取ってるクセに、根っこが甘ちゃんのとこは嫌いじゃなかったぜ……お兄ちゃん」
咽び泣く兄の肩に優しく手を置いて言うリュアンサであった。




