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その星は人を喰らう

 無言の時間が流れる。

 余裕の笑みの姉リュアンサ。その姉を表情なく見ている妹イクサリア。

 まるで武器を手に向き合う戦士同士のような空気。


 均衡を破ったのは妹が漏らした嘆息であった。


「……わかった。私は別に構わないよ」


「ふはッ! 話がわかるじゃねーか!! さッッッすがアタシの可愛い妹だぜ!!」


 盛り上がる姉に妹は困ったものだ、というかのように渋い表情をしている。


「……ただし、条件があるよ。ジェイドがそれをいいと言ってくれる事と、姉様が彼に本気であるという事だ」


 やや冷たい感じでイクサリアは目を細める。


「半端な気持ちで私たちに割り込んでこようとするのなら、それは許さない」


「へッ!! あッたりめーだろうがよ。ハンパはアタシも一番嫌ってる事だぜ。ガチもガチ……大ガチよ。別に第一婦人みてーのはオメーが好きにすりゃいいさ。アタシは二番目でいい。……ホラ、ちゃーんとアタシは可愛い妹の事だって考えてんだぜ?」


「第二ね……それも難しいかもしれないよ」


 ボソッとイクサリアが言うとリュアンサがストンと無表情になった。


「な、何だとォ?」


「彼の周りには女の子が沢山いるんだ。私の他にもね。勿論皆彼の事が大好きだよ。私が姉様が入ってもいいと言ったのはそういう事だよ。今更の話だからね」


 さらりと告げたイクサリアに激しくショックを受けている様子のリュアンサ。

 彼女はよろめいてテーブルの縁に手を突いた。


「……な、なんてこった。ヤロー、あんな顔して『王族の女や他の大勢の女を手中にしてやったぜ!! ゲハハハハ!!』とか笑ってやがったってえのかよ……」


「笑ってはいなかったけどね」


 どちらかと言えば悩んでいたジェイドである。

 リュアンサは衝撃の事実に黙り込んで俯いてしまった。


「これでわかったかな? 姉様も無理にこっちに割り込んでこようとしないで、素直に新しい……」


「ギィッヒヒヒヒヒヒャハハハハハハッッッッ!!!!!」


 突如として天を仰いで哄笑を始めたリュアンサ。

 イクサリアは渋い顔でカップを口へ運んだ。


「イイじゃねェかよ!! そうだオトコってなぁそんくらいじゃなきゃいけねェよなぁッッ!!!」


 ズガン! と凄い音を立てて椅子に座るリュアンサ。

 そして彼女はテーブルの上のマカロンを数個鷲掴みにすると自分の口に放り込み、バリバリと噛み砕く。


「思えばアタシの今までのオトコどもはどいつもこいつもアタシ一人ですら持て余してるようなヤツらばっかりだったぜ!! アタシはそんなオトコどもに腹を立ててちんち〇をブッ壊してきたのかもしれねェ!!!」


「いや、アレをぶっ壊してきたのは別の理由でしょ。さり気なく捏造しないで」


 自分の都合のいいように過去を改竄する姉に半眼になる妹であった。


 ────────────────────────


 ……アイラ参謀官と連絡が取れなくなった。

 官舎の部屋を捜索させたが数日前から戻った痕跡がないらしい。


(既に命はないと見るべきだな)


 声にはせずにクライス王子はそう判断する。

 彼はまさか自分の右腕が今、政敵である姉の下に匿われているとは知る由もない。


「……く、クライス様」


 側近の一人である武官が真っ青な顔で震えている。


「また……兵士が一人……」


「そうか」


 酷く怯えてしまっている側近に対し王子は無感情に対応する。


(また殺したか。……いや、()()()というべきか)


 異端の十二星(トゥエルブ)……忌まわしき『幽亡星(ファントム)』ヴォイド家のジューダス・ヴォイド。

 当主と言っていいのかはわからない。ヴォイドの家に奴以外の誰かがいるのかも不明だ。

 もうずっと昔から『幽亡星(ファントム)』と言えばジューダス、ヴォイドと言えばジューダスであった。


幽亡星(ファントム)』は人を喰う。いや、引き込んでしまうというべきだろうか。

 目にしたり、側に近付いたりするだけで()()()()に連れていかれてしまう。

 奴がこの館に来てから既に今回で4人の兵士が自ら命を断った。

 自分の剣で喉を突いたり、首を括ったり……流し場で水を満たした桶に顔を突っ込んだ状態で見つかった者もいた。


 ……必要な犠牲だ。

 そうクライスは割り切っている。

 それは織り込み済みで奴を呼んだのだ。


 そして、もう屋敷(ここ)にはいられないと王子は決断した。

 敵対勢力の者でも比較的楽に近くまで来られるこの場所では自分の身を守り切れない。

 アルバートは死に、アイラは姿を消した。

 見えざる敵の刃は確実に自分の喉元へ迫りつつある。


「『舞踏館(ダンスホール)』へと転居する。必要な準備を始めてくれ」


「……御意にございます!」


 立ち上がってそう告げる王子に側近が敬礼で応じる。


舞踏館(ダンスホール)』とは王都郊外にある昔の砦を改装した施設の事である。

 クライスはここ数年で私財を投じ使われなくなっていた砦を小劇場やダンスフロアのある一度に百人近くが宿泊できる迎賓館的な施設へ改装していたのだ。

 そして当然単に人を迎える施設へ改装したというだけではなく、いざという時は軍事拠点として使用できるように防衛機能も十分に持たせてある。


「ユフィニア王女がご訪問された際にはあそこで盛大なパーティーを催す。その下見だ」


 ……という名目である。

 万が一にもこれから王になろうという自分が何かを恐れて引きこもったなどという風聞が広まるのはまずい。


(あそこなら近付いてくる者は即座に察知できる。……そして、それをどう処理しようと外に漏れる心配もない)


 ……そして「喰われた」者の後始末も楽だ。

 冷たい光を湛えた瞳を細め、そう考えるクライス。


『……オオオォォォォォォォォォォォォォ』


 そして今日もクライスの館の廊下には鳴き声とも巻いた風の音とも付かない低い音が響き渡っている。


 ────────────────────────────────


 慌しく荷馬車が王宮の中を通過していく。それもかなりの台数だ。

 ここ数日、そんな状況が続いている。

 その理由も王宮内には布告されており皆が知るところであった。


「あのでっけー建物にお引越しねえ。王様になったらまたこっちの生活になるのにそこまでする必要あんのかね?」


 ガラガラと車輪を鳴らして通り過ぎていく馬車を見送るマチルダは懐疑的な様子だ。

舞踏館(ダンスホール)』、クライス勢力下の旧砦。

 彼が自由にできる重要拠点の一つであり、アムリタとしてもそこに王子が入る事は想定の内であった。

 間取りまで全て頭の中に入っている。


 どうやら相手は殻に篭る事にしたらしい。

 陣営の頭脳であったアイラを失った事が相当に効いたのだろうか。


 ……非常に望ましい展開になった。

 思わず口元が勝手に酷薄な笑みを形作ろうとするのをジェイドは注意して抑えこまなければいけなかった。


 わざわざ王宮から離れてくれた。自分の手勢だけを連れて。

 あの場所であれば自分だって思うがままにできる。

 遭遇する者は誰であれ一切手加減の必要の無い者だ。


 物語の終わりが近い。

 ……それを感じる。


(『舞踏館(ダンスホール)』だなんて、気が利いているじゃない。踊りましょう、クライス。貴方と私でどちらかの命が尽きるまで……真っ赤に染まったダンスを踊りましょう)


 ………………。


 上機嫌が過ぎて鼻歌が出てきそうになる。

 それほど浮かれてジェイドは官舎の自分の部屋に戻ってきた。


 今日はベッドで何時クライスの旧砦に襲撃を仕掛けるのか、そのスケジュールでも考えるとしようか。


「……えっ?」


 思わず声が漏れていた。


 部屋の姿見に映っているのは……軍服姿のアムリタである。


「な……ッ!? どうして!!?? いつ魔術が解けてしまったの……!!??」


 青ざめた顔で慌てるアムリタ。

 いつの間にか、姿がジェイドから本来のアムリタのものに変わってしまっている。

 道理で先ほどから妙に服をぶかぶかに感じると思った。


(勝手に解けるはずがない!! 眠ろうが意識を失おうが魔力が尽きない限りは性別転換の魔術は解除されないはずなのに……!!!!)


 魔力は十分に身体に満ちている。

 術が維持できなくなった可能性はまったくないのだ。

 だとすれば自分が意識して術を解除しない限りは絶対に解けないはずなのに。


 いつから……?

 まさか官舎に入る前から?

 女の姿で男性用官舎に入ってきた所を誰かに見られでもしていたら一大事だ。


 とにかく姿を戻さなくては。

 魔術の行使の為に意識を集中するアムリタ。


「…………そん、な」


 愕然とする。

 思わず漏れ出た声は若干震えている。


 術が発動しない。

 ……男の姿(ジェイド)になれない。


 そんな事はこの魔術を習得してから二年余り、一度もなかった。

 何百何千と繰り返してきた術だ。

 完全にものにしてからは不発した事など一度も無い。


 試しに肉体強化の魔術を使ってみる。

 そちらはまったく問題はなくすぐに術は発動した。

 全身に漲る力が充填され、感覚は研ぎ澄まされていく。


 性別転換の魔術だけが使えない。発動しない。


「どうしてッ! お願い……変わって! 変わってよ!!」


 半ば悲鳴のようになっている声を上げながら何度も魔術を行使するアムリタ。

 しかしそんな必死な彼女を嘲笑うかのように彼女の姿はまったく変化しない。


 あと少しなのだ。

 もう少しなのだ。

 全てが終わるその時まで……どうにかしてジェイドにならなければ戦い抜けない。

 自分の戦闘能力は大部分がジェイドの姿でいる時に特化したものなのだから。


「………………………………」


 呆然としたアムリタがよろめきながら後ろに下がり、そこにあったベッドにぶつかるとそのまま崩れ落ちるかのように腰を下ろした。


 ………………。


 それから、どれくらいの時間が流れただろう。

 月は高く上っている。

 明かりのない部屋を青白く照らし出している。


 そこへ窓が開いて暗幕を被った人影が部屋へ滑り込むように入ってきた。


「こんばんは。眠っているのかと思ったよ。……明かりも付けずにどうしたんだい?」


 そう言ってイクサリアは被っていた暗幕を下ろし、ベッドに座っているアムリタを見る。


「おや? 珍しいね」


 イクサリアが求めたのでなければアムリタの姿でいる事はほとんどない彼女。

 不思議そうに問う王女を虚ろな瞳でアムリタが見上げる。


「……イクサ……私、どうしたらいいの……?」


 震える声で言うアムリタ。

 ただ事ではない事を感じ取ったイクサリアが彼女に身を寄せる。


「…………私、男の姿(ジェイド)になれなくなってしまった」


 イクサリアに抱きしめられながら掠れた声で呟き、涙を零すアムリタであった。

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