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殺すのか、救うのか

 王宮敷地内、ロードフェルド王子の館。

 今そこに王子と、そして彼の陣営の重鎮たちが集っている。


 ……集まった人数は一週間前に比べて半数近くにまで減ってしまっていた。


「最後までやれる事をやるだけだ。……今尚この場に集ってくれたお前たちには礼を言いたい」


 雄々しく堂々と宣言するロードフェルド。

 集まった者たちからは暖かい拍手が沸き起こる。


 既に敗色濃厚なロードフェルド陣営。

 決定的だったのはクライス王子の婚約発表から数日遅れて出されたロードフェルド王子の婚約発表だ。

 かたや隣の大国の王女、かたや自国の第二階級の家の娘。

 結婚により将来どちらが力を持つのか、その優劣は残酷なまでに明白であった。


「しかし、いざこうなってみてわかったが俺という男は本当に果報者だな」


 一同を見回して王子は言う。


 正直、自分の支援者はもう誰もいなくなるのではないかと不安に思っていたのだ。

 ……だが、半数は残った。

 誰もが皆、笑顔であり悲壮感を漂わせている者は一人もいない。

 今ここにいる者たちは全員、我が身や我が家の浮沈を気にして所属を乗り換えるような者ではない……本当の意味での王子の味方である。


「全てが終わったら勝敗に関わらずここにいる者たちで集まって宴を開こう。俺と妻とで精一杯のもてなしをさせてもらうぞ」


「それは楽しみでございますな」


「よーしッ! やる気が出てきたぜ!!」


 集まった貴族たちから歓声が上がる。

 この日、ロードフェルドたちは最後まで和やかな雰囲気のまま会合を終えた。


 ─────────────────────────────────


 ここ数日、王宮の空気がピリピリしている。

 誰もかれもが不安げに周囲を見回している。


 ……またも凄惨な殺人事件が起こった。

 一ヵ月半の間にこれで三件目だ。


 畏れ多くも王の住まいである王宮での惨劇であるというのに、どの事件の犯人も捕まったという報がない。

 この件に関し大王が一切沈黙を貫いているというのも不気味で人々の不安の種である。


「まったくなぁ……食べ終わってねえんだからお代わり持ってくるなよな」


 些か不謹慎な例えをするマチルダにジェイドが苦笑する。

 確かに彼女の言う通り、一件の解決も見ないままに三件目の殺人が起きてしまった。


 ただ何もわからず怒っている彼女と違い、ジェイドは一連の事件の流れの概要は把握できていた。


 シャルウォートが調べてくれた所によれば、自分を襲ってきて返り討ちでイクサリアに殺されたあの男はある十二星の家の分家の者だったらしい。

 本家は大王の即位に際して落ちぶれておりフリーランスで傭兵をしていたようだ。


(つまりは雇われ者だったという事だ……。そして、持っていた武器はリュアンサ王女の陣営の者の犯行に見せかけるためのもので、それを使ってロードフェルド陣営の重鎮を殺したという事は)


 全てのピースがピタリとハマる。

 あの男はクライスが雇ったのだろう。

 自分が襲われたのは事件の調査をしていたからか……。


 オーガスタス殺しは権力争いに絡んでの事だろうと読んでいた自分の推測はほぼ正解だったようだ。


「ちっくしょ~、やっぱそうそう物語みたいに上手くいかねえもんだな。スパッと事件を解決してやりゃあ普段オレを軽く見てる連中の鼻を明かせると思ったんだけどなぁ」


 マチルダはマチルダで単にジェイドと一緒にいたいからという理由だけで捜査をしているわけではなく、彼女なりに成功を夢見る部分はあるようだ。


「あれっきりちんちくりんも本当にまったく顔出さねえしなぁ。缶詰でも食らってんのかね?」


 ケンカ友達でもご無沙汰が続くと寂しいものか、腕組みをして首を傾げるマチルダであった。


 ───────────────────────────────


 仕事上がりに官舎へ戻る道程というものには最近あまりいい思い出がない。

 襲われたり合鍵を渡されたりだ。


「……ジェイド」


 そしてこの日もやはりジェイドは呼び止められた。


「……………………」


 もう相手が誰なのか見て確認するまでもない。

 渋々物陰に顔を出すとふわっと抱きしめられてしまう。

 ……相手はやっぱりアイラであった。


「ごめんなさい。寂しい思いをさせてしまって……ここの所、少し抜け出す時間を作るだけの余裕もないの」


(寂しくないのよ。むしろホッとしてたのよこっちは。ここ数日貴女が来なかったから)


 品のいい香水の匂いに包まれながら内心で半眼になっているアムリタ。

 というか、彼女の脳内では自分との関係がどのような事になっているのだろうか。

 その点で世界の端から端までくらいの断絶があってさっぱりわからない。


(なんか……まったく理解できないし、したくもないけど。でもこれだけ誰かを好きになれるっていうのは少しだけうらやましいわね)


 恋は盲目というが……盲目どころの騒ぎではない。

 五感全てを封じられたような状況に見えるがそれでも彼女は幸せそうだ。


(突き放せばいいじゃない。何をこんな茶番にいつまでも付き合っているの? アムリタ・カトラーシャ……こいつ、多分この先に殺さなきゃいけない女なのよ?)


 アイラは宿敵クライスの参謀であり、このまま自分が復讐を続行すれば高確率で自分の前にたちはだかるであろう存在だ。

 そして、そうなれば自分は容赦なく彼女を殺す。


 ……結局、ジェイドは何も言う事ができず。

 しばらく抱擁してから満足げに熱っぽい吐息を吐いてアイラは身を離した。


「これでまた頑張れそうよ。貴方も身体に気をつけてお仕事を頑張ってね」


「あぁ……」


 自分に向けて愛情を込めて優しく微笑むアイラに言いようの無い苦い気分で空返事をするジェイド。


 そしてアイラは名残惜しそうにこちらを振り返りながら立ち去って行こうとして……。


「……あっ!」


 急に声を上げて首筋を手で押さえた。

 飛来した何かがそこに命中したようで……。


「!!!」


 はっきりと見えた。彼女の細い指の間に突き立つ何か細い棒状のもの。

 尻の部分に鳥の羽が植えてある。

 それが吹き矢であることをジェイドは知らなかったが、何らかの凶器で彼女が襲撃されたのだという事は理解できた。


 アイラは地面に膝を突きながら必死にジェイドを振り返る。


「……離れなさい!! 私から!!!」


 そして血を吐きながら必死にそれだけを叫ぶと地面に倒れた。

 ジェイドはアイラに向けて走り出す。


(襲われた!? どうして!? 放っておけばいい!! 駆けつけて何をする気なの!!??)


 混乱して思考がぐちゃぐちゃだ。

 今自分がするべき最優先の行動は距離を取って自分の身の安全を確保する事のはずだ。

 だというのに現実に自分がしている事はその真逆。


 そんな彼に向かって横合いから飛び出してきた者がいる。

 鋭く速い……身のこなしでかなりの使い手である事は明白。


 体格の良い男だ。

 日焼けした肌の精悍な顔付きの男。

 着ている装束は獣の革や毛を使ったものであり露出部分が多い。

 そして頭部にはイヌ科の動物のそれに似た三角に尖った耳。


(……半獣人!!!)


「悪鬼くらいすノ手下メッッ!!! 一族ノ恨ミ、思イ知ルガイイ!!!」


「……!!!!」


 全身が雷で打たれたように震える。

 クライス、恨み……自分と完全に重なり合う動機。

 半獣人の男は倒れたアイラにとどめを刺そうとしているようだ。

 手した湾曲した刃のナイフを振り上げる。


 そこからは全てがスローモーションのように緩慢で……。

 思考は完全に消えて意識は白に染まる。


 何を命じたわけでもないはずの己の身体が……まるでそうある事が自然であるかのように勝手に動いていた。


 二人の間に割り込む。

 半獣人の戦士は即座に標的を自分に変えて刃を振るう。


 その全てを紙一重でかわす。

 そうして伸びた相手の腕の内側に……懐に入り込む。


「ウオオオオォォォォッッッッッ!!!??」


 自身の想定を遥かに超えるジェイドの動きに驚愕した獣の戦士が叫んだ。

 その胴体に渾身の拳打を叩き込む。

 捻りこむかのような回転を加えられた拳が真っ直ぐ胴体に炸裂してめり込む。


「グッッハ……ッッ!!!」


 血を吐きながら戦士は吹き飛び、植え込みの向こう側へ落下した。

 拳には骨を砕いた感触があった。

 だがジェイドは倒した相手の戦闘不能を確認している余裕は無い。


 すぐに倒れている意識が無いアイラを抱き上げると猛然と走り出す。

 あんな小さな吹き矢で、今彼女は意識が無く呼吸はどんどん小さく荒くなっていっている。

 毒矢だ。矢には毒が塗られていたのだ。


「僕は……僕は何をしているんだ……」


 乱れた思考のまま、掠れた声で彼は呟く。

 腕の中には怨敵の参謀である女。

 刻一刻と死が迫っている彼女。

 自分が放置すれば間違いなくそうなる。


 ……なのに今、自分は彼女を抱いて走っている。

 迷わず一直線にある場所へと向かっている。

 自分と同じ動機で動いていた者を倒して、標的の味方である女を助けようと足掻いている。


 王立学術院。

 広大な王宮の敷地内にある無数の建物の中でも一際大きな施設の一つ。


 前回、連行されるクレアに同行してここを訪れたのは正解だった。

 正面から入ってまともに取り次いで貰ったのでは到底間に合わない。

 アイラを抱いたまま跳躍するジェイド。

 高い塀を乗り越えて敷地内に侵入し、そのまま建物の外周を走り始める。


 目的地は中庭だ。

 覚えている。前に来た時のあの部屋の窓からの景色。

 ……()()()は中庭に面しているはずだ。


 ………………。


 リュアンサ・リューグ・フォルディノス。

 学術院の学長にして天才と称される王女。

 彼女は今日も分厚い論文の束と格闘している最中である。


 すると、やおら彼女の背後の窓を外からバンバンと叩く者がいる。


「……あァァん!!?? 何なんだうるッッッせーなぁ!!! 体長3m45cmのショウリョウバッタでも出やがったのかコノヤローッッッ!!!!」


 悪鬼の形相でガバッと振り返ったリュアンサ。

 そこには必死に窓を叩いているジェイドがいる。


「あン……? テメーは確か……」


 スカポンタンの部下が連れてきたオトコだったな……と思い出しているリュアンサ。

 中庭に面したドアを開錠すると誰かを抱きかかえてジェイドが駆け込んできた。


「リュアンサ様……!! お願いです、どうか……彼女を助けてください!! 毒にやられて……!!」


 必死のジェイド、腕の中には上位士官の軍服姿の褐色の肌の女性。

 ……なるほど、相当に状態は悪そうだ。


(コイツ、あれじゃねーか。クライスんトコの……鳴江の家の養女)


 流石にチラリと一瞥しただけでアイラが何者か判別するリュアンサ。


「面倒ごと持ち込みやがって……アタシを動かすのは高くつくぜ? 覚悟しとけよなァ」


 嘆息しつつ面倒そうに後ろ頭を掻く王女であった。

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