表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/169

殺意の宵闇

 十二星(トゥエルブ)の内の一つ「天車星(ホイール)」のハーディング家。

 この名家はたった半月足らずの間に当主と、その当主に何かあれば跡を継いだであろう弟のどちらも失う災禍に見舞われた。

 それから現在に至るまで残った一族で家の再建について何度も話し合いがもたれているが、当主の座と遺産と利権を醜く取り合うばかりで一向に具体的な話が決まらずにいるらしい。


「……気の毒な事だな」


 まるっきり他人事な心境でジェイドは言う。

 兄の死については知らないし弟は正当な報復だった。

 そう思っているので後に残された者がどうであるかは彼は顧みない。


「一等星サマは色々大変だよな」


 こちらもあまり気持ちが入っていないマチルダの発言。

 彼女は上位の貴族に対してあまりいい感情を持っていない。


「なんか……例の婚約発表で日和見してた十二星の家がかなりクライス様に傾いてるらしいじゃないか。だからハーディング家も家の中バラバラのままでとりあえずクライス派にだけは加わっておこうって流れらしいぜ」


「ロードフェルド様を見限るのか」


 ハーディング家はロードフェルドの陣営だった。

 それを鞍替えするのはジェイドからすれば風見鶏のようであまり印象はよくないが……。


「恥も外聞も気にしてられる状態じゃないんじゃないのか? ロードフェルド様っていえば、かなりピンチらしいしな。弟に大分リードされちまったし、その上本人は幼馴染との結婚に拘っててその相手が二等星らしいんだよ。それが相応しくないとか言われててさ」


「………………」


 マチルダの言葉に一瞬ジェイドが呆気にとられる。


「……フッ」


「オレは好きだけどな、そういう一途なのって。……あれ? なんかおかしいか?」


 不意に笑ったジェイドに不思議そうなマチルダ。


「いや……僕もいいと思う」


 思わず乾いた笑いが出てしまっていた。

 なんとも滑稽で皮肉な話だ。

 邪魔になった許嫁を容赦なく手にかけた弟は今勝利に指先を掛けており、逆に相応しくないと言われている幼馴染との純愛を貫こうとしている兄は沈んでいこうとしているのだ。


「だよな? ロードフェルド様に王様になってほしいってわけじゃないけどさ、それでも結婚の件は頑張ってほしいよな」


 そう言ってマチルダは明るく爽やかに笑った。


 ───────────────────────────


 ……この日、姉妹は珍しく二人で午後のお茶会を開いていた。

 学術院の中庭のテーブルで。


「……どォいつもこいつもよォ」


 地獄の底から響いてくるような声。

 お世辞にも上機嫌とは言えない、姉リュアンサ。

 その姉の前で涼しい顔でカップを傾けている妹イクサリア。


「婚約だナンだって景気のいいこった。ヒラヒラお花を飛ばして浮かれやがって、クソが!! オイ。……どうなんだよイクサ」


「まさか兄上様お二人に同時におめでたい話が出るとはね。喜ばしい事じゃないか」


 穏やかにほほ笑むイクサリアだったが、リュアンサは顔面がくの字になるほど歪ませて「ヘッ!」と吐き捨てた。


「ジョーダンじゃねェってんだよ。こっちにゃ浮いた話の一つもねェってのになぁ」


 姉の言葉にイクサリアの微笑みが困り眉の苦笑に変わった。


「姉様がどんな相手とも半月もたないのって、いざって時に怖がって暴れるからだろう?」


「はァ~~~!!? だ、だ、だァれがビビってるってんだよ!!! お、お、お前なァ……お前は知んねェだろうけどよッッ!! オトコの股間にはオメー、とてつもねェエグいブツがだな……」


 ブッと飲みかけの紅茶を吹いた後で目を白黒させ大慌てでまくしたてるリュアンサ。


「そうは言っても治療で何度も見ているはずじゃないか」


「バァカ!! オメー全然違うんだよ平常時と臨戦態勢なってる時とで!!! アレん時のアレはもうそりゃァアレでアレな事んなってんだよ!!!」


 リュアンサは必死である。

 彼女はゼスチャーでアレのアレな感じを表現しようとしていた。


「あんなオメー……ビッキビキでナマナマしいナマモノ見せられたら、そりゃァアタシの防衛本能だって働いちまうってモンだろォがよ……」


「……やれやれ。そう言って姉様はこれまで何人の殿方を性別を超越せし者に転生させてきたのかな?」


 今までリュアンサと交際してきた男たちは全員彼女にアレにアレな一撃を食らってオネェ・ザ・ワールドに旅立っていったきり戻ってこなかったのだ。


「ヘッ! う、うっせーなァ! 大体がオメーだってアタシと同じで未だに乙女の最後の砦を守り続けてる身じゃねェかよ」


「……………」


 イクサリアはただ微笑んでいる。

 頬をわずかに染めて……余裕の微笑みだ。

 姉を見るその視線からは慈愛の感情すら感じられる。


「……はァ?」


 それを見る姉の表情がポカンと素になった。


「マジで……………?」


 イクサリアがゆっくりと、しかしはっきりと肯く。

 自分はもうその「先」にいるのだと……残酷に姉に告知する。


「ンッッッガァァァァッッッッッッ……!!!! 縁談ブッ壊して帰ってきたテメーがどこのどなたとそんなんなってんだよッッ!!! (アタシ)を差し置いてぇッッ!!!」


 絶叫してバリバリと頭を掻きむしっているリュアンサ。


「愛はね……素晴らしいんだよ、姉様」


 斜め上を見上げるように、うっとりと夢見るように言うイクサリア。


「姉様にも早くその素晴らしさを知ってほしいな」


「ギィィィィィィッッッ……!! やァめろやめろッッ!! 上からモノ言うんじゃねェッッ!!!」


 ギリギリと歯を鳴らしながら椅子ごと後ろにひっくり返るリュアンサであった。


 ───────────────────────────────


 今日もまた日が落ちて空は茜色に染まる。

 黄昏の迫る中、ジェイドは業務を終えマチルダとも別れて官舎へと向かっていた。

 なんという事もない。

 いつもの帰路……そのはずだった。


「……ッ」


 突然、彼がわずかに仰け反った。

 同時に感じる左の肩の後ろ側に激痛、そして灼熱。


「…………!!!!」


 ジェイドの右肩の後ろには鈍色に光る金属製の串が突き刺さっている。

 それを見て確認するよりも早く彼は自分が攻撃を受けたことを理解する。


 ほぼ自動的(オート)といってよい程即座にジェイドは己の全身に強化の魔術を発動して行き渡らせた。

 この二年近く必死に修練を繰り返して得たのがこの反応である。

 彼は攻撃を受けたと判断すると同時に自分に強化を使う。

 そういう反射行動を徹底的に己に叩き込んである。


 常人が目で追えない速度で振り返る。

 その最中、身体を半分捻った所で二発目の串が左の二の腕に命中した。

 上体が横を向いていなければ背中に当たっていたはずの一発だった。


 ……これで、被弾は二発。


 振り返った先で強化された視界は未だ空中にある四発の串を捉える。

 いずれも僅かなタイミングの差で全てこちらへ飛んできている。


「うおおおおッッッ……!!!」


 咆哮し空中の串を手で払って弾き飛ばした。


「……何ぃッッ!!!??」


 その事に驚愕したのは物陰に潜み、彼を背後から狙撃したバルトランである。

 彼が放った改造ボウガンからの六射。

 連射機構で射出される最初の一発から六発目までは二秒足らず。

 だというのに標的の男は一発目が命中した直後に振り返って反応したのだ。


 ……常人に可能な動きではない。


「なんだアイツはァッ!!!?? バケモンかあ!!!??」


 背後からの狙撃でも殺せなかった。

 正面を向いた今は尚更だろう……改造ボウガンはもう使えない。

 ボウガンを投げ捨て、バルトランは腰の剣を抜いた。

 近接戦闘を挑むしかないか……。


 剣を構え彼が駆け出そうとしたその時。


『何をしているのかな?』


「…………!!」


 声は自分の真上から聞こえた。

 硬く、そして冷たい女の声だ。

 それを耳にした瞬間、歴戦の魔戦士は理解してしまった事がある。


(あぁ、俺ァ……今日、ここで死ぬんだ)


 理屈ではなく、本能で……魂でというべきであろうか。

 そう悟る。

 これまで数多の死を自らの手で与え続けてきた男だからこその死への理解が、遂に自分にもそれが訪れて不可避であるのだと教えている。


 バルトランの頭には今、真上から剣の切っ先が突き付けられている。

 地面に垂直に立てられた細身の刃の直剣である。

 その剣の上にはイクサリアが虚空に直立の姿勢で浮いている。

 彼女は両方の足の先を揃えて剣の柄を挟んでいて、爪先を剣の鍔に置いている。

 一見すると空に浮く剣の上に立っているようだ。


 空中で静止したままチラリとジェイドの方を見たイクサリア。

 既に空は濃い紫色。

 闇が満ちていく周囲でも彼女にはジェイドが足元に滴らせている赤い色が鮮やかに見て取れた。


「……やってはいけないことをやったね」


 その赤色が……殺意の引き金。


 最後まで静かに冷たく言い放つと、ストンと彼女は30cmほど垂直に落下した。

 彼女の足の下の剣はバルトランの頭蓋を縦に貫通する。


「がッ……ブぇッッ……………!!」


 顎の下から血で濡れた剣の切っ先を生やし、バルトランの眼球がぐるんと裏返る。

 そのまま彼はフラフラと数歩前に歩いてからドサッと地面に両膝を突いた。

 最期の瞬間、彼は一人の少女の姿を脳裏に浮かべていた。


(ルシオラ……俺の……むす……め)


 一人娘の幻影を見ながら男の意識は深淵に沈む。


 ……魔戦士バルトラン・ガディウスの最期だった。


「……ジェイド」


 音もなく地面に降り立ったイクサリアがジェイドに駆け寄る。

 先程までの冷たい殺意の無表情ではない。彼女は今にも泣きだしそうな不安げな表情をしている。

 そんな王女にジェイドは殊更ゆっくりと首を横に振った。

 心配はいらない、とそう視線で語って。


 ……そして、自分たちには呑気に無事を確認しあっているような余裕はない。


 動く右手でイクサリアの肩を軽く掴んだジェイド。


「イクサ……頼む。奴の死体を始末してきてくれ。ここで騒ぎになるのはまずい」


「わかった」


 すぐにジェイドの意図を察してイクサリアがうなずく。

 彼女は近くに落ちていた自分が来る時に使ったものであろう暗幕を拾い上げるとそれをバルトランの死体に被せそれを風で浮かび上がらせた。


「……待っていてね。すぐに戻るから」


 最後に振り返ってそう言うと王女は宵闇の空へと暗幕と共に飛び去って行くのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ