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真紅の想い

 クライス王子と隣国の王女ユフィニアの婚約の発表は当然彼と対立している陣営の者たちに大きなショックを与えた。

 この一手は……王手になるのでは。

 次の王はクライス様か。

 王宮内では定まった未来であるかのように口にするものが日々増えていっていた。


「クライスめッ!! まさか……まさかこのような事を計画していたとは!!」


 ロードフェルド王子は今険しい表情で私室のソファに身を沈めている。

 継承戦の趨勢は大きくクライスの側に傾いた。

 ロードフェルドもそのことを認めないわけにはいかない。


「王子……こうなれば王子もどなたか大きなお力をお持ちの方の令嬢とご婚約を発表しなければ」


「……ダメだ」


 側近の武官の進言に硬い表情で首を横に振るロードフェルド。

 王子がこの話を拒む理由を側近は知っている。

 ……彼には想い人がいるのだ。


 しかし……。


「王子……マリアンヌ様は、二等星のお家のお方ですぞ」


「それが何だというのだ。俺の妃はマリアンヌ以外にはおらん」


 そうは言ってもロードフェルド自身その事を引け目に思っている部分がないわけではない。

 だから今現在彼女との婚約を発表できずにいるのだ。

 発表すればそれをマイナスと捉える支持者が他陣営に流れるのではないかという危惧からである。

 継承戦に勝ち、王位に就いた暁には堂々と彼女との婚約を発表しようと思っているのだが……。


「王子! 何もマリアンヌ様を諦めろと申しているわけではございません!! 一先ず有力者の娘を第一婦人として、マリアンヌ様は第二婦人となって頂けますようご説得を……!!」


「貴様ぁ!!!」


 激昂したロードフェルドが側近の襟首をつかむ。


「幼き日に花畑で手製の花の冠と指輪を交換しあって将来結婚しようと誓いあった幼馴染に妾になれと言えというのかぁッッ!!!」


「うわぁッ!!? 思ってたよりキラキラした昔話出てきた!!!??」


 突然の王子のカミングアウトになまらたまげる側近であった。


 ─────────────────────────────


 殺人事件の捜査を主導していたクレアは上司に捕まって連れ戻されてしまった。

 しかし新たな調査団メンバーのマチルダは捜査を続行しようと主張している。

 早い話が彼女もジェイドと一緒にいられる機会をふいにしたくないのであった。


(できれば戻ってほしいのだけどね……。でも彼女も正式な辞令で来ちゃってるしナシになったんで戻りますとは簡単には言えないわよね……)


 悩んだ結果、ジェイドは結局マチルダを拒絶することもできず本来の自分の仕事であった警邏を行いつつ、その合間合間で可能な範囲で捜査を行うという事で彼女を納得させた。

 それなら「無駄なことしてるなぁ」と言う罪悪感はあまり感じずに済む。


 そして……どうせ調べるのであればアルバート殺害事件ではなく、その兄であるオーガスタス殺害事件の方を調べたい。

 何故ならアルバートの方は自分とイクサリアが犯人なので調べるようなことはなにもないからだ。


 とはいえ……そもそもオーガスタス殺人事件の方も彼の所属していたロードフェルド王子の陣営による公式の捜査がされているわけで。

 事件捜査の素人二人がコソコソやってみた所で有力な情報が掘り当てられるとは思えないのであった。


「卿の死因になった、なんか金物の串みたいなやつ? それって『水蛇星』のメルキュリア家の得意技らしくてさ。メルキュリアが所属してるリュアンサ様の学術院にロードフェルド様から質問状がいったらしいぜ」


「ふむ……」


 結構真面目に調査しているマチルダ。

 悲しいことに死体探しをしていたクレアとの調査時よりも大幅に進展がある。


「それなら、自分の特技みたいので殺しておいてそのままにはしないんじゃないか」


「まー、そうだよな。そこは皆そう思っててメルキュリアに罪を擦り付けるためじゃないかって。けど、皆がそう思うだろうってのを逆手にとって本当にメルキュリアがやってんのかも、って言ってるヤツもいるみたいだな」


 ……どちらの意見にも一理ある。

 結局は何もわからないということか。


 王宮のあまり人目につかない一角で話し合っている二人は気が付いていない。

 自分たちを見ている者がいるということに。


(なんだァ? アイツらは? ロードフェルドの小僧ンとこの奴らじゃねぇぞぉ?)


 物陰から窺うのはバルトランだ。

 彼はクライス王子の命令で自分たちを追う者の動向に目を光らせている。

 その必要を感じたならば始末しろ、と……そう言われて。


(どこの手のモンだァ? なんでこっちを嗅ぎ回ってやがる。……面倒くせェ、始末するか?)


 バルトランが腰を落とし足元の地面に右手を当てた。

 すると硬い土の地面が波打ち、そこだけ沼のようになる。

 これが「猛牛星(マッドブル)」ガディウス家に伝わる魔術。

 大地に干渉しそれを操る。


 沼状になった地面からバルトランが大きな革袋を引き上げる。

 中身はボウガンだ。

 クライス王子が用意した改造した特別製のボウガンで、矢の代わりに金属製の串を射出し連射も可能な代物だ。

 バルトランはこれを使ってオーガスタスを殺害したのである。


 物陰からボウガンを構え……ジェイドたちを狙うバルトランだが……。


(……チッ、ダメだ。どっちも結構()()気配させてやがる。片方でも殺り損なったら話が一気にややこしい事になるからなァ)


 舌打ちをして武器を下すバルトラン。


「まァいい。こっちァ持久戦ならお手の物なんだよ。隙を見せるまで気長に狙うとするか」


 バルトランは殺意に冷たく目を光らせて笑った。


 ─────────────────────────────


 その日の警邏と調査を終えて官舎へと戻ろうとしたジェイド。


「……ジェイド」


 その彼を呼び止める者がいた。

 見れば物陰から誰かが手招きしている。


(……あの褐色の肌は)


 何事かと思って顔を出してみれば、やはりそこにいたのはクライス王子の参謀、鳴江アイラだ。

 ジェイドにしてみれば宿敵の参謀であり普段あまり顔を合わせたい相手ではない。


「ごめんなさいね。顔を出すのが遅くなってしまって。……色々と忙しかったの」


(まるで顔を出す約束があったみたいに言う)


 頬を赤らめてもじもじしているアイラに内心で半眼になっているアムリタ。

 何で彼女は自己紹介を交わした程度の相手に対してこんな交際して二か月目みたいな空気を出しているのだろうか。


「それと、これは今日の分のお小遣いね。ステーキでも食べてね」


(また出た札束ステーキ!! 大型肉食獣じゃあるまいし毎日そんな大量の肉を必要としてないのよこっちは!!)


 やはりそういう約束があるかのように札束をジェイドに握らせるアイラ。


「それから……これは官舎の私の部屋の鍵よ。自分のうちと思って中のものは好きにしてもらって構わないから」


(いらないわよ!! 一度会っただけの男に合鍵渡すな!! 不用心でしょう!!!)


 手を取り鍵を握らせてくるアイラに何だかよくわからない怒りで内心のアムリタが叫んでいる。


「それからね……………んっ、ブふッッッッ!!!!」


「うわぁっっ!!?? 鼻血ッッッ!!!!」


 前かがみになったかと思えば突然凄まじい勢いで鼻血を噴き出したアイラ。

 流石のジェイドもこれには思い切り驚いてのけ反った。

 一瞬で足元に真紅の血だまりが発生する。


「ごっ、ごめんなさい。つい溢れ出してしまったわ……貴方への想いが」


(別の表現方法にしてくれないかしらね……心臓に悪いのよ!!!)


 あっという間に惨劇の現場のできあがりである。

 何も知らずに通りがかった者がいれば腰を抜かすだろう。


「ふぅ……それじゃ私は行くわね。少し抜けてきたのだけどまだまだ仕事が残っているの」


 鼻血をハンカチで拭ってから懐中時計を取り出し時間を確認するアイラ。


「仕事が落ち着いたら、少しまとまった休みを貰うわ。そうしたら二人で海のある国にでものんびりバカンスに行きましょう」


 微笑んで手を振り、アイラは去って行ってしまった。

 ジェイドはそれを黙って突っ立ったままで見送る。


(行かないっての。……でもあの調子だと拉致されそうね)


 はぁ、と内心でアムリタはため息をついて……。

 それから寂しく笑う。


(ま、心配はいらないか。貴女がまとまった休みを貰えるようになる頃には私か貴女か……どちらかはこの世にいないでしょうから)


 すでに誰の姿もないアイラの去っていった方角を空虚な目で見ているジェイドであった。


 ────────────────────────────


 十二星「紅獅子星」エールヴェルツの大邸宅。

 その日、夕食の席のこと。


「父上」


 レオルリッドの言葉に父シーザリッドの食事の手が止まった。


「どうした」


「父上は……その」


 緊張で語尾が若干震える。

 知らないうちにレオルリッドは額に汗をかいていた。


 それは……親子が暗黙の了解として避けてきた話題。


「どなたか……王子を支援なされているのですか」


「……………」


 かつては迂闊に政治の話題を口に出せば若造が口を出すことではないと激しく叱責される事もあった。

 この夜も、息子がもしも単なる好奇心や、或いは自家の浮沈を考えての質問であれば父はそうしただろう。

 だが、そうではなかった。

 だからシーザリッドは息子を叱りはしなかった。


「私は、どなたも支援しておらん。する気はない。継承争いそのものに関わる気はないのだ」


 シーザリッドは静かにそう告げる。

 それはもしも王位が決まれば、その時は支援者たちよりも一段低い地位に置かれるということを意味している。


「無論新しい王が決まりその方に望まれるのなら政の手伝いはさせてもらう。だが王位が決まるまではどなたにも肩入れはしない」


 レオルリッドは黙ったままで父の言葉を聞いている。


「私が『三聖』などと呼ばれるのもあと数か月のことかもしれん。私の判断をどう思う? レオル」


 自身の政治的判断について、シーザリッドはこの日初めて息子に意見を求めた。

 レオルリッドは思う。

 半年前の自分であれば自ら権力の頂点の座を手放すなど持っての外、誰か王子を支援するべきだと迷わずに主張したことだろう。


「父上がお決めになった事なら、それでいいのだと思います」


「そうか……」


 それきり会話は途切れ、二人は静かに食事を続ける。


「お前がお友達をうちに連れてくるときはパパがパンケーキを焼いてやるからな」


 ……そしてパパは最後にちょっとだけデレた。


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