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クレア、捕縛

 クライス王子の執務室には早朝からひっきりなしに人が出入りしている。

 主に報告や取次の部下たちである。

 今、彼の下には次々にお祝いの連絡や記念の品々が届いているのだ。

 送り主は大体、国内外の貴族や富豪など社会的な成功者たちである。


「当分は分刻みのスケジュールになりそうですね」


 贈答品の目録をチェックしながら言うアイラに「ああ」とクライスがうなずいた。

 品物やメッセージが届いているだけではない。

 有力者との面会の予約も十日先まで埋まっている。


「『神耀(ソル)』のカトラーシャ家と断絶してまで手に入れた切り札だ。まだまだ私の飛躍の原動力となってもらわなければな」


「……………」


 十二星「神耀」のカトラーシャ家の娘……確か、アムリタだったか。

 会った事はないが主人によって謀殺された娘だという事は知っている。

 同じ女の身として哀れと思わなくはないが……。


(それでも、この国は世界でも大分マシな方だ……)


 アイラは南の砂漠の国の出身だ。

 下級民は金で売買されるような国だった。

 力もなく金もない者は人ですらないのだ。

 人が人として扱われず、ゴミのように命を落としていく様を何度も見てきた。


(世界は残酷なもので、運命は苛烈なもの。だからこそ、運だろうと何だろうと掴み取って利用して這い上がっていくしかない。……それができなければ、沈んでいくのよ)


 アイラは幼少時から聡明であり、そこが出入りの商人の目に留まり下女としてこの国にやってくる事ができた。

 商人は祖国の有力者たちと比べれば遥かに良識的であり、彼女を一般の子供たちと同じように養い学校にも通わせてくれた。

 お陰でアイラはその優れた頭脳を遺憾なく発揮し、ついには十二星の家の養女に迎えられるまでになったのである。


「必勝の一手は打ったがここで手を休める気はない。兄も姉も抗う気すら起きないほど突き放してしまう事にしよう」


 主人の言葉に黙考をやめ肯くアイラであった。


 ────────────────────────


 王国最高の知識の殿堂……王立学術院。

 その主たる学長室を現在初めて訪問しているジェイド。


「……後生です! 後生なのですよ!! 解放してほしいのです!!!」


 そして、目の前の床にはイモムシのようにぐるぐるに縛られて転がっているクレアリース。

 ……モゾモゾ蠢いていて動作までイモムシっぽい。


「やっと素敵なカレシができたのです!! ずっと一緒にいたいと思うのは当たり前じゃないでしょうか!!!」


「……できてないだろ。ウソつくなよ」


 冷めた表情でツッコミを入れたのはマチルダだ。

 ジェイドは無言である。なんとも言えない表情で。


 要はクレア自身、自分が大して意味のない事をしている自覚はあったわけで……。

 それでも彼女がそうしていたのはジェイドと一緒にいたかったからだ。


「バァッッッカやろォ!!! それ聞いたら益々許せねェに決まってんだろうがッ!!! ボスのアタシに男っ気がねえってのに手下のテメーが勝手に幸せになってんじゃねぇよッッ!!!」


 イモムシを見下ろして叫んでいるのはスーツに白衣姿のツリ目の美女。

 ここのボスである王女リュアンサである。


(……この人がイクサとクライスのお姉さんなの?)


 母親の違いってここまで出るもの? と思うアムリタであった。

 イクサリアとリュアンサ……二人とも美人なのだがタイプがまるで違う。

 神秘的で涼やかなイクサリアと気の強さと炎のような性格が顔に出ているリュアンサ。


 つまるところ……。

 クレアが遂に無断欠勤で取っ捕まったのである。

 一緒に「捜査」をしていた所、突然現れた学術院のスタッフたちに縛り上げられて連れて行かれてしまった。

 しょうがないので保護者(ジェイド)たちも付いてきた。

 ……少しだけそのまま黙って見送るかと思ったのは彼女には内緒だ。


「……うぅ、王宮を震撼させた殺人事件を華麗に解決して、天才探偵美少女と持て囃された挙句に彼と華やかなウェディングを迎える予定だったのに」


 何だか異様に虫のいい事を言いながらクレアが床でシクシク泣いている。


「お、オメー……どこまでノーミソ少女マンガなんだよ。流石のアタシも少々ド肝を抜かれたぜ」


 言葉の通りに若干慄いているらしいリュアンサが頬を伝う冷や汗を手の甲で拭った。

 そして王女はギラリと光る眼をジェイドに向けてくる。


「オイ、テメー……随分女の趣味が悪ィな。こいつクルクルパーだぞ」


「いや、その……」


 口籠るジェイド。クルクルパーの部分を否定しきれてあげられないのが悲しい。

 きっと彼女も普段の業務では優秀なんだと思う……多分。

 でも普段の彼女を知らない。


「とにかくよォ、聞けこのアンポンタン」


 リュアンサは自分の机の天板に腰を下ろした。

 そしてスラリと長い足を組む。


「こっちもお遊びでテメーを雇ってんじゃねェんだよ。とっととハイパープロテインの研究開発に戻りやがれ」


(そんなものを研究していたのね……)


 意外な業務内容であった。

 プロテインとは名前を聞いたことはあるが実際どういう効果があるものなのかは知らないアムリタだ。


「もうマッスルまみれの毎日はイヤなのです……。私は線の細い美青年がタイプなのに……」


 大きくため息をついて嘆くクレアであった。


 ────────────────────────


 そんな訳で王宮内殺人事件捜査団はあえなく解散となってしまった。

 ほんの少しだけ残念な気がしなくもないが安堵している部分の大きいジェイド。


「そういう事だからマチルダも原隊に復帰してくれ」


「おいおい、待てって。あいつがいるかいないかは別に関係ないだろ? オレたちで犯人を見つけてやろうぜ」


 自分を親指で指してニヤリと笑ったマチルダ。

 言い出しっぺが抜けちゃったのに!? とジェイドは愕然とする。


「探したって見つからない。犯人は……ここにいるんだから」


 ……不意に、彼女に向かってそう言いたくなった。

 軽く頭を振って自分の妄想を否定する。

 ほんの少しの気の迷いだ。

 イクサリアに変な事を言われたせいで少し気持ちが弱くなっているのかもしれない。


「どした……?」


 不思議そうに自分を見ているマチルダ。

 改めて見てみると彼女も凛々しい美女である。

 出で立ちや振る舞いを変えればさぞかし社交界で人気が出るのではないだろうか?


「マチルダはなんで騎士になろうと思ったんだ?」


 気が付けばそんな事を尋ねていた。


「ん~……そうだな。オレはガキの頃から剣を振るのが好きで上手かったんだよ。道場に通ってる同年代の男らの誰よりも強かったしな。それでまあ……それなら騎士を目指してみるかって。別にオレは傭兵とかでもよかったんだけどな。そっちはオヤジが泣いて止めるから」


 腰に下げた長剣を示して言うマチルダ。


 ……それはそうだろう。彼女の父親の気持ちはよくわかる。

 世間一般の傭兵のイメージとはあまりよいものではない。

 まっとうな仕事からあぶれた者の行きつく先だとかヤクザ者の集まりだとか……そういう感じだ。

 男でも親なら止められそうな話で女のマチルダが傭兵になると言い出せばそれは泣いてでも止めるだろう。


「だから、まあ……」


 何故か段々彼女の声量が落ちていく。

 目線を逸らして頬を指先で搔いているマチルダ。


「随分勝手やって心配もさせちまってるし、孫くらいは抱かせてやんなきゃなって思っててさ……」


 チラチラと横目でこちらを見ている。


騎士団(まわり)の男連中が全員ハズレってわけでもないでしょうに……なんでこっちに来ちゃったのよ)


 内心で嘆くアムリタ。

 彼女の気持ちはよくわかるだけに心苦しい。


「……おっと」


 その時、後ろから歩いてきた男と軽く肩が触れた。

 ぶつかった、というほど強くはない接触だ。


「失礼しました」


 すぐにジェイドは脇へどいて頭を下げる。

 そこに立っていたのは和服姿の背の高い老人だった。


「お」


 老人はジェイドを見ると何かに気が付いたような顔をする。


「久しぶりだなぁ」


 老人はそう言って笑うとジェイド肩を2,3回ポンポンと叩いていった。


「……は?」


 呆気に取られるジェイド。

 その間にも既に老人は歩いていってしまっている。


「知り合いか?」


「いや……」


 老人の後姿を見送りながら聞いてくるマチルダの言葉に首を横に振るジェイド。


 久しぶり? いや、そんなはずはない。

 あの老人に見覚えはない。

 大体が「ジェイド」という男はまだ誕生から二年半ほどしか経っていないのだ。

 知り合いと言えば全員がこの王宮の仕事の関係者だけ。


 だからあの老人が自分を知るはずはなく、恐らくは誰かと間違えたのだろう。

 そうは思うのだが……。


 どういうわけか、いつまでもあの老人の事が心に引っ掛かって消えないジェイドであった。


 ────────────────────────


 大王の玉座の前に和服の老人が立つ。

 約束もなしにその男は唐突に王宮にやってきた。


「来るのならば言っておかぬか。何の準備もしておらぬぞ」


 大王が彼にしては珍しく嘆息していた。

 今日は宰相もシーザリッドもこの場にはおらず、大王と近衛の兵士と従者たちのみである。


「いらねえよ。来る時うどんを喰ってきた。腹も減ってない」


 首を横に振る和服の老人……鳴江柳水。

 十二星(トゥエルブ)冥月(ヘルムーン)」鳴江家の当主。半分以上隠居状態ではあるが。

 この国の三人の支配者「三聖(トリニティ)」の一人であるとも言われている。


 王国では「紅獅子星」のシーザリッドと並んで二人だけの大王に好きにものを言える人物であった。


「最近は焼き物の方でも随分鳴らしておるようではないか。たまには茶碗の一つも送ってこぬか」


 大王が言うと柳水は顔をしかめる。

 柳水は山中の庵に窯を持っており陶器を作るのである。

 彼は陶芸家であり文筆家であり茶人でもあり俳人でもあり……割とマルチにこなすアーティストだ。


「イヤだね。お前サンに器の良し悪しなんてわからんだろ」


 物怖じしない柳水の放言っぷりに周囲の者たちはいつ大王が激怒し惨劇にならないかと真っ青になって震えている。

 しかしヴォードランはガハハと豪快に笑うだけだ。


「ほざきよるわ。……今回はしばらくいられるのか? 夜にまた顔を出せ。シーザーも呼んでおく。久しぶりに三人で呑むぞ」


 王宮に泊れ、と大王が言わないのは彼がそれを断るのがわかっているからだ。


「ん~~、まあ、気が向いたら来るわ」


 そう言って柳水は来た時同様に飄々と去って行ってしまう。


 ……この日は、珍しく大王は一日機嫌が良かった。


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