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褐色の参謀官

 王国宰相は今年で60歳になる。

 酷く痩せていて、オマケにデフォルトの表情がなんとも力なく不安げだ。

 そして実際に彼は心配性で神経質なのであった。


 宰相は今玉座を前に深く頭を垂れている。

 そこに座るものは勿論大王であるヴォードラン。

 あらゆる意味でこの国で最強の存在であった。

 元より巨体の偉丈夫ではあるが、彼の放つオーラはまるで大山のようである。


「……で、で、ですから……とうとう十二星の当主にまで犠牲者が出てしまいました。犯人の捜索と事件の捜査のご許可を……ど、どうか……大王様」


「必要ない」


 震える声で嘆願する宰相。

 だがヴォードランはそれを一言で切り捨てる。


「大王様ぁ……!?」


「探したい者は勝手に探す。わしらが何か動く必要はない。やらせておけばいいのだ」


 大王の低い声はそれを聞くものの腹の底を痺れさせるかのような重厚な圧がある。


「ようやく面白くなってきおったわ。戦争(いくさ)はこうでなくてはな。……そうだろう? シーザー」


 大王の左隣に、これもまた玉座と見まごうばかりの豪奢な椅子に座っている男。

紅獅子星(クリムゾンレオ)」のシーザリッド・エールヴェルツ。


「不謹慎な話題で私の同意を得ようとするのはやめてくれないか」


 困ったものだ、というかのように嘆息するシーザリッド。


「重ねて言うが私は賛同はしていないぞ。このようなやり方。……子供たちを競わせるにしても、もっと他にいくらでもやりようはあったはずだ」


「フハハハ!! 相変わらず連れないやつだ」


 眉をひそめて苦言を呈するシーザリッド。

 だが大王はそんな彼に楽し気に笑ってみせる。

 この二人は盟友である。

 共にこの国を支配する大王とその両翼……「三聖(トリニティ)」と称される者たちだ。


「試されているのは我が子らだけではない。十二星(トゥエルブ)の者たちもだ。真価を問われておる。この国の次代を担っていけるだけの器であるのかどうかをな」


 不敵に片方の口の端を上げる大王を憂うかのように見るシーザリッド。


「今ではわしの周りはわしの顔色を窺うことしかできん者たちばかりになってしまった。お前の小言も心地よいわ」


柳水(リュウスイ)は人の多い場所は好まないからな……」


 この時二人が同時に思い浮かべていたのは三聖の最後の一人。


冥月(ヘルムーン)」の鳴江家当主……鳴江柳水。

 彼はもう何年も王宮には寄り付かず、王都近郊の山の中腹に庵を開いてそこで一人で暮らしている。

 三聖の一人とされているが、彼自身は自分がそのような立場であるという事を納得はしないだろう。

 権力を煙たがり距離を置きたい男なのだ。

 現在は食器や花瓶を焼いたり小説を書いたりしているらしい。


 数十年前に王位に就いたヴォードランが王国を掌握するためにまず最初にしたことが当時から既に隠棲していた柳水を引っ張り出してきて表舞台に復帰させた事だ。

 三人の中では最年長であり兄貴的な立ち位置の男だった。


「気まぐれな男よ。そのうちまたフラッと顔を出すだろう」


 そう言って大王は目を閉じて深く息を吐いた。


 ───────────────────────────


 王立学術院のエリート(自称)クレアリース・カーレオン女史はお怒りであった。


「……ホラもう、言わないことじゃないのです。私を大聖堂に入れてくれないせいで次の犠牲者が出てしまいましたよ」


「そうなのかなあ」


 腑に落ちない様子のジェイド。

 クレアが大聖堂に入れるか入れないかとはそこまで重要なイベントだったのか。

 人の生き死にが関わるほどの。


「でも、このまま犠牲者が増え続ければ今更大聖堂なんてどうでもよくなって入れてもらえるようになるかもしれませんね」


 ……何やら恐ろしいことを言い出した。

 一体彼女は何人の屍を踏み越えて大聖堂に侵入するつもりなのだろう。


「では、今日はその辺で新しく死んでる人がいないか探しに行くとしましょうか」


 遂に彼女の目的は新たな死者探しになってしまった。

 ちょっと探したくらいで死体が見つかる王宮は世紀末が過ぎる。


 ……だが、ジェイドはツッコまなかった。

 それどころか見つかるはずのない死体探しに若干乗り気であった。

 何故なら彼にとってみれば捜査が迷走すればするほど助かるのだから。


(このまま毎日ワケわかんない事ばっかりしてたらその内彼女も諦めてくれるでしょう……)


 内心でアムリタはそう考えている。

 あるいは先にキレた学術院の人たちが連れ戻しに来てくれるかもしれない。


 そんな植込みの影を覗いたり庭石をひっくり返したりしている二人を遠くから見ている者がいた。


 褐色の肌のクールビューティー。クライス王子の参謀、鳴江アイラだ。


「彼らは何をしているのですか?」


「はっ。昆虫採集……ですかね」


 アイラに問われて隣の王子配下の衛兵が自信なさそうに返答した。

 それに対して彼女は眉を顰め、首を横に振る。


「学術院では奇妙な研究をしている人も多いと聞いているけど……」


 そうこうしている内にその奇妙な二人は何かを探しながら段々近付いてきた。


「う~ん……見つからないですね」


「焦るな。気長に探そう」


 真面目にやっていないので適当に励ましているジェイド。

 それを黙って見ているアイラと衛兵。

 クレアが二人に気づいて直立の姿勢になり礼をする。

 アイラは一等星の証である月の紋章を身に着けているからだ。


(「冥月(ヘルムーン)」……ええと、なんだったかしら。確か東方から来たおうちよね)


 咄嗟に「鳴江」の名字が思い出せないジェイドもクレアに続いて敬礼する。

 鳴江の家は特殊で、アムリタが物心ついたころには既に権力の世界とは距離を置いていたため他の十二星と違いあまり名前が広まっていないのだ。


 そんな彼をアイラは黙って見ている。

 非常に強い視線だ。怒り? ではなさそうだが……。

 褐色の肌の美女に冷たい視線で射抜かれ流石のジェイドもやや怯んだ。


「貴方、名前と所属は?」


「ジェイド・レンです。平民の出で……アルディオラ妃殿下の直属であります」


 名乗っても彼女の雰囲気が和らぐわけではない。

 相変わらず鋭い視線を注がれたままだ。


 その時、アイラは鉄の無表情の下で……。


(ちょっっっ……と、何よ彼ッ!! ど真ん中なんですけど……!! ああッ、ダメ、鼻血出る……!!! 影のある美少年ッッ!!! つぁぁッッッ!!! 嫁ぎたい……嫁ぎたいわ!!! 今すぐに彼の子を3人くらい出産したいッッッ!!!!)


 人知れず大フィーバーしていた。


「アイラ様……?」


 硬直して動かなくなってしまった上司に不安になった衛兵が声をかけた。

 そこでようやく彼女は夢から覚めたかのようにハァーッと熱っぽい吐息を吐き出した。


「ありがとう。私……幸せになるわね」


「アイラ様!!?」


 唐突にバグってしまったアイラに衛兵はうろたえていた。


(!!!! 思い出した!! 鳴江アイラ!! クライスのところの参謀官じゃないのよ!!!)


 一方でアムリタはアムリタで衛兵の口にした「アイラ」の名前に激しく動揺している。

 すぐに思い出せなかったのはアイラがアムリタの死後(表向きの)に昇格して参謀官になった女だからだ。自分が殺された当時は高い地位にはいない一仕官だった。


「そう、ジェイドね……覚えておきましょう。私は十二星鳴江家のアイラ。クライス殿下の参謀官よ」


「はい……」


 硬い表情でうなずくジェイド。

 この女は……自分が殺そうと狙っている相手のブレインなのだ。


「つまり、貴方を一生養っていけるだけの財力と地位のある女ということ」


「アイラ様!!??」


 まだバグっている。衛兵はもう泣きそうだ。


「とりあえずこれはお小遣いよ。ステーキでも食べてね」


(また札束が出た!!! なんでどいつもこいつも札束でステーキなのよ!!!)


 強引にジェイドの手を取り、そこに帯のついた札束を握らせるとウィンクを一つ残してアイラは颯爽と去っていった。

 そして姿が見えなくなったと思ったらそちらの方からドボーンという盛大な水音と「アイラ様!!?」という衛兵の絶叫が聞こえてきた。

 ……どうも曲がった先で堀に落ちたらしい。よほど上の空で歩いていたのだろうか。


「何なんですかね。上流階級の皆さんの間では今相手に札束ぶつけてステーキを奢るのが流行っているのでしょうか?」


「それはわからないが……」


 不可思議なものを見た、というように眉をひそめてアイラたちの去っていった方角を見ているクレア。

 一方のジェイドは怨敵の参謀から受け取った札束を見て複雑な表情を浮かべていた。


「まあこの前のお金は全部受け取らずにお返ししてしまったのだし、今度こそそれで本当にお肉を食べるのですよ。ステキなセンパイのお姉さんに奢る分くらいはあるでしょう」


「……そうだな。食事にしようか」


 誰から出たものであれ、お金はお金だ。

 今更彼女を追いかけて突っ返す気にもなれないしルーツを辿れば宿敵の懐から出ているであろう給金(クライスが出しているわけではないが)……つまりこれは一種の兵糧攻めと言えなくもないのではないか。


(いや、言えないでしょ)


 自分の考えに脳内でツッコんでため息をつくジェイドであった。


「お~い、いたいた。ヘヘッ、探したぜ」


 そこに手を振ってやってきた大柄な赤髪の美女……マチルダだ。

 彼女が顔を出すことは珍しいことではないものの、今日はいつもの休憩時間ではない。


「仕事はどうしたんだ?」


 ジェイドが尋ねると女騎士はフフンと自慢げに胸を反らす。


「聞いて驚けよ。オレもお前らの仕事のアシストをする許可が下りたんだよ。これからはオレも事件の捜査を手伝ってやるからな!」


「はァ~~~~~???? 何なのですかそれは! 間に合っているのです!! ハウス!!!」


 一転興奮状態になるクレア。

 しかしマチルダはそんな彼女に意地の悪い笑みを見せる。


「残念でしたぁ~~。これは正式な辞令だからもうひっくり返せないぜ」


 どうも彼女はそういう希望で申請を出していて、それが通ったという話らしい。

 まあ騎士団の内情はわからないが、ちょっとだけ「それ体よく厄介払いされたのでは?」と思わなくもないジェイドだ。


 クレアは「んぎぎぎぎぎ」と奥歯をギリギリ鳴らしてマチルダをにらんでいる。

 しかしマチルダは涼しい顔である。


「……せっかく手伝ってくれるというのだから頼むとしよう。じゃあマチルダ、その辺に死体が落ちてないか探してくれ」


「死体!!!??」


 ジェイドの言葉に目を見開いて硬直するマチルダであった。



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