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学術院の悲劇

 ……かねてより疑問であった。


「何故、狂王の名は歴史に残されていない? 彼の国の名は? 目を覆うほどの悲惨な悪行とは?」


 一切は抹消されている。

 現代に生きる者に伝えられているのは、そう呼ばれていた圧政者がいて彼は革命で打倒されたという事のみだ。

 具体的な話は何も無い。

 いくつか当時の狂王の悪行を記した記録もあったが、調べてみればいずれも後世の創作であった。


 何故だ。

 残せばいいではないか、記録を。

 悪しき暴君を打倒し正しい者たちの国を作ったのだろう。

 それならば暴君の悪行を記録し後世に知らしめれば、それだけ自分たちの成し遂げた功績の輝かしさも際立つであろうに。


 記録は……残さなかったのではなく、残せなかったのではないか。


 疑念は膨らんでいった。

 暴君の独裁など実際はなかったのだろう。だから記録は無い。

 どんな些細な事であれ記録に残せば事実であったかの検証を試みる事ができる。

 そこで残っている記録が偽りであると露見すれば自分たちの主張してきた正しさが失われてしまう。

 だからこそ、初代王も十二星の祖たちも一切の記録を残さなかったのではないか。


 その疑念は日に日に胸の中で膨らみ、忘れようとしても男の脳裏に常にべっとりとへばり付き、染みこんで消えてはくれなかった。

 ……そう、全ての疑念が晴れた()()()()()()()までは。


 ──────────────────────────────────────


 ノックをして、それからメイドがアムリタの部屋に入ってくる。

 その時の彼女の、マコトの表情がどこか寂しげに見えたのは自分の錯覚だったのだろうか。


「……ご主人、例の『黄昏の会(トワイライト)』の事、調べが付いたっスよ」


 驚いてアムリタが座っていた椅子から立ち上がった。


黄昏の会(トワイライト)』……例の獣化呪詛の薬を売り捌いている『教授(プロフェッサー)』と呼ばれる男が所属しているとされる正体不明の組織。

 その情報をメビウスフェレスから得たアムリタは密かにマコトに調査を依頼していたのだ。

 情報が事実であれば彼女にとっても関係の深い話である。


 王や他の十二星たちにはまだこの話はしていない。

 王に告げるという事は少なくとも十二星には情報が共有されるという事である。

 誰も聞いた事が無いこの組織の名をアムリタが知ったという事をどこまで知らせていいものか、その判断が付きかねた。

 なので彼女は信頼するマコトだけに調査を頼んで王へは報告していなかったのだ。


「凄いわね。どうやって組織の存在を突き止めたの?」


「元々ドウアンのバックにはかなりの大物が付いてるんじゃないかとは疑ってたんス。調べても調べても中々尻尾を掴めなかったっスからね。表社会にも裏社会にも大きな影響力を持つ誰かが隠匿に力を貸してるんじゃないかって」


 トワイライトが有力者の集まりと仮定してマコトは調査を行った。

 手始めに王都の重要施設を定期的に利用している正体不明のグループがないかと……。

 条件に当てはまる会合があれば出席者の調査を行い、無関係であればリストから外す。

 その地道な調査を続けて彼女は一つの会合を探し当てた。


「ロイヤルアルバトロスホテルの会議室を三ヶ月に一度借りてるグループがあったんスよ。政財界の懇親会って名目なんスけど出席者は全員偽名で。それで、その集まりを調べてわかったのが……」


 驚くべき事にその秘密の会合のメンバーそれはいずれも王都を中心として活動する犯罪組織のボスばかりだったのである。

 いずれもかなりの戦力を有する裏社会の有力組織ばかりだ。


「えっ? それじゃ犯罪組織の巨大連合ってことなの? それなら名前がまったく知られてないのはおかしいと思うのだけど……」


「ここからが話の味噌っスよ。『黄昏の会』の存在はメンバーであるボスたちの組織のメンバーすら知らされてないんス。完全にボスだけってのも難しいと思うんでボスと極少数の側近のみに知らされてる組織って事になるんスかね」


 ……なるほど、それならば組織の存在が知られていないというのも肯ける話だ。

 つまり所属しているボスの配下の組織のメンバーは自分たちがそんな連合の一員であることも知らずに組織の活動に従事しているということか。


「なんだかよくわからない話ね。どうして仲間にまで存在を伏せているのかしら。名前を知らしめた方が活動もしやすいんじゃないの?」


「そこがよくわかんないんスよね。この会の目的っていうか、集まってる理由がわかればその辺も見えてくると思うんスけど、現時点ではまだそこは不明でして」


 自分の組織の手下たちにまで秘密にしてボスたちが集まって何を企むのか。

 謎の組織が実在する事を調べ上げた結果新たな謎が発生してしまった。


「それで……現時点で調べが付いてる黄昏の会のメンバーっス」


 あの表情(かお)だ。

 始めに部屋に入ってきた時のどこか寂しげなマコトの表情。


 二つ折りの紙片を受け取り広げて見るアムリタ。

 並んだ著名人の名前の一つ。

 そこで……彼女の視線は止まった。


「……………」


 顔色を失う楽園星。

 彼女は崩れ落ちるように再び自分の椅子に腰を下ろして右手で頭を抱えた。


「間違いないのね……?」


 マコトのことは信頼しているが、それでも確認を取らずにはいられない。


「そうおっしゃると思って念入りに調べたっス。残念ですが……」


 メンバーリストの中にあった名前の一つ。

 ギュスターヴ・デュ・バエル……自分と同じ新しい十二星の一人。

 静謐で重厚感のある黒ローブの男の顔を思い出す。

 彼のことは十二星に選ばれるまでは自分は知らなかったが、ロードフェルド王によれば勤勉で有能な人物であり大王の信頼も厚い人物であるという事である。


 そのギュスターヴが……彼が、黄昏の会のメンバーだとは。


「どうしてだろう。そんな人には見えなかったけど……」


「ギュスターヴ卿が会のメンバーに加わったのは大体五年前くらいっスね。あちきらが帝国に行って割とすぐの頃っス。この会自体はもう十年以上前からあるみたいで一番新しいメンバーっスね」


 とするのならば、彼は十二星に選ばれた時には既に黄昏の会のメンバーだったという事か。


「ギュスターヴ卿も例の薬の売買に関わっているの?」


「や、それはまだちょっとわかってないっスね。今の所そういう情報は出てきてないっス。って言うかですね……この会ってなんだかよくわかんないんスよね。三ヶ月に一度集まってはいるんスけど、参加者の率いてる組織が連動して動いてる様子もないっスし……」


 集まっている理由がわからない……先ほどもマコトはそう言った。


「『教授(プロフェッサー)』っていうのは、そのリストのアイザック教授のことで間違いないと思うっス。正真正銘の王立中央アカデミーの教授ですし」


 アイザック・デュモン、71歳。

 この老人がドウアンと組んで呪いの薬を王都にばら撒いている黒幕か。


「そのお爺さんも五年前にメンバーに加わってるんスよね。ギュスターヴ卿の二ヶ月前っス」


「………………」


 極めて近い時期に会に加わっている二人。

 それは偶然なのだろうか?


「そういえばリュアンサにお願いしてある呪いの薬の解析ってどうなってるかしら。頼むだけ頼んでおいて顔も出していないし、後でちょっと行ってきましょう」


「あの方はホンモノの大天才っスからね。今頃解呪の薬とかもう完成させてくれてるかもしれないっスね」


 アムリタの言葉に微笑するマコトであった。


 ──────────────────────────────────


 ドウアンが精製した魔薬は肉体ではなく魂を変容させてしまう呪詛の塊であった。

 魂が変化した事で結果として魂に引きずられて肉体も変化してしまうのである。


 呪詛を帯びてしまった者を元に戻したり、そもそもが呪詛を防ぐ方法はあるのだろうか?

 それを託されたリュアンサは今日もデスクに向かってノートに色々と書き付けたり、頭を掻き毟ったりしている。


「クソッタレ! どーにもわからねェ!! だからノロイだなんだってのはアタシの専門外なんだよ!!」


 苛立たしげに叫ぶ姉王女。


 ……すると、院長室にふわりと風が入った。


「あァん……?」


 おかしい。

 窓は閉めているはず。施錠もしてある。


「チッ。……誰なんだよ、テメー」


 いつの間にか窓は開いていて、部屋には男がいた。

 濃い灰色の帽子とコートの男だ。


「こんばんは、王女様。流石にこの季節は日が落ちると冷えますな」


 抑揚の無い声でそう挨拶すると男は中折れ帽を軽く持ち上げて会釈する。

 ……デュ・バエル家に仕える諜報員、ロッカクである。


「……………………」


 何と言う冷たい目だ。吹き込んでくる寒風よりも寒々しい雰囲気をこの男は身に纏っている。

 瞳孔の小さな細く鋭い三白眼からは感情というものがまるで感じられない。

 まるで爬虫類か昆虫を相手にしているようだ。

 いつもの悪口雑言もなく静かに……リュアンサは自分のデスクの引き出しを相手には見えないはずの角度で少しずつ開いていく。


 そこには黒光りする鉄の塊が……拳銃が入っていた。


「コーヒーくらいなら淹れてやらねェでもねえよ。飲んだら大人しく帰りやがれ」


 ニヤリと不敵に笑うリュアンサ。


「そうしたいのは山々なのですが、生憎と仕事がありまして。世知辛い事ですよ」


 ロッカクが薄く笑う。

 その笑みからも体温のようなものはまったく感じられない。


「……それじゃァ、ご馳走してやるモンが変わっちまうな」


 言いながら……。

 リュアンサが拳銃を構えた。


 パンパンと乾いた破裂音のようなものが数発響き渡り、ロッカクの姿が消えた。


 ……沈黙。


 院長室には火薬の匂いが漂っている。


「……ふーっ、やれやれ。噂通りのじゃじゃ馬だ」


 這うように体勢を低くしていたロッカクが立ち上がる。

 銃撃をこの男は身を低くして回避していたのである。


()()()()()は確かに。では、私はこれで失礼しますよ」


 そう言って再びロッカクは帽子を軽く持ち上げ軽く会釈をすると音も無く開いた窓から消えていった。


 一人残されたリュアンサ。

 その胸に……二本の鋭いクナイが深々と突き刺さっている。

 銃弾をかわしつつロッカクが放ったものだ。


「……チッ……クショーが……ッ」


 ごぼっ、と大きな血の塊を吐き散らすリュアンサ。

 院長室のカーペットに大きな赤黒い染みができる。


「イクサ……イクサ……リアっ」


 倒れるリュアンサ。

 その視界が急速に闇に閉ざされていく。


「……アムリタ……を……頼む……ぜ」


 その一言を最後にリュアンサの心臓は鼓動を止めた。

 そして沈黙の舞い降りた院長室に窓からの風が吹き込み、デスクの上の書類を散らしたのだった。


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