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テーマパークに行ってみたい

 突然窓から覆面の不審者がぬるん、と異様に滑らかな動作で入ってきた。


「妹……いや、シオン・ハーディングが悲しんでいるぞ」


「……………」


 鏡が近くになかったのでその時の自分の表情を確認することはできなかったが、きっと自分は今自分史上最高に嫌な顔をしているだろう、と……そうアムリタは思った。

 屋敷の自分の部屋に黒いボロボロのロングコートに覆面の男がやってくれば礼儀として悲鳴の一つも上げたい気分ではある。


(何よコイツ急に。五年たったら妹思いのお兄ちゃんに変身したわけ? そもそもあれこれ面倒なことになったのはコイツが家の事とか全部ブン投げたせいも大きいのに……!)


 壁に寄りかかって腕組みしているうらみマスクに冷たい視線を送っているアムリタだ。


「私は弟を殺したお前を許しはしないが、妹を泣かせることもやっぱり許しはしない」


「……むぅ」


 反論し辛い。

 確かに戻ってきてから全然シオンに接する時間が取れていない自覚はある。

 何しろ彼女は週に一日くらいしか自由な時間が取れず、それ以外は離れた屯所で生活しているからである。

 その仕事も元はといえば自分が彼女に与えたものだ。

 期待を裏切るまいと彼女は頑張っているのだろう。


(確かに私だって頑張っているあの子に報いてあげたいとは思うけど……)


 何しろお互いに抱えている案件が多すぎるのだ。

 だがそれを言い訳にしてきたという一面もある。


「そんな私のポケットに何故だかこのようなものが入っている」


 うらみマスクが何かをコートのポケットから取り出した。

 なにがしかの紙片のようだが……。


「チケット?」


「そうだ。近くオープンするテーマパークのものだ。二人分ある。これにシオンを誘ってやるがいい」


 チケットを受け取り、それをまじまじと眺めてみるアムリタ。

『デイブレイク・パーク』という施設のようだが……。


「気を使ってもらってありがとう……なんだけど、テーマパークって何なの?」


 怪訝そうなアムリタ。

 初めて聞く言葉であった。


「そんなものは……私だって知りはしないッッ!」


 ビシィッ!! と大仰なポーズを付けた上で己の無知を晒す不審者仮面。


「だが聞いた話、遊戯施設らしい。二人で行ってくるのにはちょうどいいだろう」


「へえ……。うん、折角だから貴方の言うとおりにシオンと行ってみるわ」


 アムリタのその言葉にうらみマスクは彼女へ向けてグッと親指を立て、来た時と同様にスルリと窓をくぐった……かと思われたのだが窓枠に足を引っかけ、派手な音を立てて地上へと落下していった。

 物音に驚いた屋敷の従者が様子を見に行ったのだが、そこには人型の窪みがあるだけで誰の姿もなかったらしい。


 ────────────────────────────────────


 アイラを呼んで不審者から貰ったチケットを見せるアムリタ。


「それにシオンと二人で行ってこようと思うのだけど、何も知らずに行くのもなんだから予習しておきたいの。簡単でいいからどんな所なのか調べてもらえる?」


 何しろ初めていく場所である。

 マナーや仕来たりのようなものがあって知らずに当日恥をかくことになったら大変だ。


「了解よ。……? あら、この黎明社って」


 チケットを見て何かに気が付いたらしいアイラ。

 彼女は主催の社名を見ている。


「確か『黒羊星』卿(サー・ゴート)の家の会社じゃなかったかしら」


「ええっ?」


 驚くアムリタ。

 ギュスターヴの顔や佇まいを思い出す。

 あの物静かで理知的で重厚感のある男が若者が遊ぶ施設を手掛けているというのか……?


「何だか……イメージと合わないわね。博物館や図書館を建てたっていうのなら納得もできるのだけど……」


「別に家の系列の事業だからといってギュスターヴ卿が直接関わっているというわけではないでしょう」


 怪訝そうなアムリタにアイラが苦笑している。


 それもそうか、とアムリタは思った。

 自分だってアトカーシア家の関係する事業にすべて関わっているというわけではない。

 反乱軍鎮圧の褒美として下賜された銀山など管理から何からアイラに任せっきりである。


 本人の関係が薄い所であっても彼の下にそんな遊戯施設を作ろうとする部署があるのも面白い。

 アムリタはそう思っていたのだが……。


 ……………。


「ええ、あれは自分が命じて作らせたものでしてね」


 後日、王宮で顔を合わせたギュスターヴにその話をしてみた所、意外なことに彼はそう言うのだった。

 なんとデイブレイク・パークは彼の肝煎りの事業であった。

 相変わらず娘のような年齢のアムリタにも丁寧に接するギュスターヴ。


「ぺェい?」


 驚きすぎて奇声を発したアムリタ。

「はい」と「へえ」が混じっておかしくなった。


「建国から随分と月日も経ちました。このあたりで若者たちに建国王や初代十二星たちの功績を振り返ってもらう場を設けるのも現在の十二星である自分の役割かと思いましてな」


 照れるでもなく誇るでもなく相変わらず淡々とした語り口のギュスターヴ。

 とはいえ……と、彼は目を閉じる。


「堅苦しい場にしても今の若者たちは敬遠する事でしょう。遊びながらであればそのような歴史にも抵抗なく接することができるのではと思い、テーマパークの形にしたというわけです」


「す、すばらしいと思います」


 皮肉でもなく適当な相槌というわけでもなく素直にアムリタはそう思った。

 十二星と呼ばれる地位と果たすべき役割をここまで真剣かつ誠実に考えている者が他の十一人にはいるだろうか?

 ……少なくとも自分はまったくダメだ。

 正直辞めろと言われれば辞めればいいくらいにしか考えていなかった。

 何か仕事を与えられればそこは全力で遂行するアムリタであるが……。


「それにしても、チケットですか。そのようなものをご用意されずとも入り口でお名乗り頂ければ後は係りの者に園内をご案内させますが……」


「それではギュスターヴ卿の作ろうとしたものに本当の意味で触れることができません。一王都民として楽しんでこようと思います」


 黒羊星の申し出を柔らかく辞退するアムリタ。

 彼の言うとおりにすればすべての施設を待ち時間なしで楽しむことができるだろう。

 そういう気遣いからの申し出なのだろうが、それを自分は望んでいない。

 特権をひけらかしにいくわけではないし、お付きの者に常について回られれば二人で休日を過ごすという企画が台無しだ。


「そこまで我が意を汲んで頂けるとは、恐縮の至りですな」


 静かに目を閉じ、そう言って頭を下げるギュスターヴであった。


 ─────────────────────────────────────


 週末にシオンが屋敷に戻ってきたのでアムリタは早速遊びに行く話を持ち掛けてみた。

 話を聞いてシオンは一瞬呆気にとられて硬直して……。


「いぎまずッッッッ!!!!!」


「……きゃぁぁぁ!!!!」


 バシュッ!! と音を立てて飛び散る色々な汁。

 号泣するシオンが顔面からまき散らしたものだ。

 一瞬顔面が破裂したように錯覚したアムリタは結構真剣に悲鳴を上げた。


「驚いたわ。人間の顔ってあんなに一気に水分を噴出できるものなのね……」


 ハンカチで周囲を拭いながらアムリタは冷や汗をかいている。

 そもそも号泣とはああも一瞬で成立するものなのか。

 スタートからトップスピードに至るまでが早すぎる。


「ありがとうございますっ……! 師匠と二人でお休みのお出かけなんて一生妄想だけで現実にはありえないものだと思っていました……!!」


 感涙に咽び未だにダバダバと顔面から液体を噴出しているシオン。

 どこから出てる何の汁なのかも、もうよくわからない……怖い。

 とりあえず喜んでくれているのは間違いなさそうだ。

 ちょっとその喜び方が尋常ではないので軽く怖さを感じてしまっているアムリタではある。


(あちゃ~……一緒に遊びに行くっていうだけでこんなに喜ぶなんて……。もう少しシオンと二人でいる時間を作るべきだったかしら)


 顧みて反省するアムリタ。


 ……ともあれ、こうして二人は休みを合わせてデートに行くことになった。


 ……………。


(こういう機会はあまりないから可愛い服を着ていきたいわね。買いにいこうかしら)


 翌日、アムリタは昼過ぎに街にいた。

 服を新調するためである。

 そうして彼女は今更ながらに気付く。


「そういえば、私……自分で服って買った事ないわ」


 二十代前半の乙女としては結構深刻な事態ではあるまいか。

 これまでの自分の人生、着るものは常に誰かが選んで用意してくれていた。


「普通の女の子らしい事はいくつか飛ばしてきてしまっているからね……」


 復讐を終えて人並みの人生を取り戻してからも自分の服を用意してくれていたのは身の回りの家族や友人たちだ。

 というか頻繁に新しい服が自動で届くのでその方面で不自由を感じたことがない。

 アイラにせよ、エスメレーにせよ、イクサリアにせよ自分の選んだ服をアムリタに着せることが一種の趣味のようになっておりとにかく新しい服をすぐに買ってきてくれるのである。


「それはそれで幸福なのだけど、たまには自分で選んだ格好もしてみたいわね」


 通りに面したウィンドウを眺めつつ一人で歩くアムリタ。

 こういう時は『楽園星』として自分の顔が人に知られていないことがありがたい。


 いや、待て……。


 ふとアムリタは足を止める。

 突然ものすごい不安感に襲われた。


 これまでに自分は料理と車の運転と、他の者が割合楽にこなしているように見える事柄で落第している身である。

 これがもし、着るもののセンスでも同じことになったとしたら……。


 自分は自信満々で、他者から見ればとんでもなく珍妙な恰好をしていたら……。


(パークに現れた私を見て皆がパニックに陥ったら? 追い出されちゃう? いえ、それどころか討伐隊が編成されてしまうかも……)


 さすがに考えすぎとは自分でも思うが、だれかもう一人客観的に自分の選んだ服を判定してくれる者を連れてくるべきだったと後悔するアムリタ。


 そんな彼女が前から来た二人組と行き会って足を止めた。


「あ」


「んっ?」


 それは揃ってソフトクリームを食べているいつものメイド服のエウロペアと制服姿のエリーゼであった。



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