表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
158/169

おでんはだいこん

 夜半に激しい物音がしてアムリタが飛び起きた。

 何かが割れる音、家具が倒れるような音もした。

 パジャマ姿で居間に飛び込んだ楽園星が目にしたものは……。


 明かりも付けない室内に佇む二人の女性。

 マコトとエスメレーがいる。

 エスメレーは両手に剣を持っていた。

 その刃は……血で濡れている。


「襲撃があったのね……?」


 電灯のスイッチを入れながら眉を顰めるアムリタに肯く二人。

 しかし、音がして即座に駆け付けてみればもう何もかも終わった後だとは……。


 彼女たちの足元には四体の魔獣人が転がっていた。

 それぞれ血にまみれて痙攣している。


「エスメレー様、こういうのはあちきが処理するんでお休みして頂いてて大丈夫っスよ」


 苦笑するマコトにエスメレーが儚げに微笑んで首を横に振る。


「……おうちを、守るのは、お母さんの役目だから」


 相変わらず二刀流を使うエスメレー。

 しかしその剣の技量は五年前とは違ってもう素人と呼べるものではなくなっている。

 よく彼女は誓約剣士隊(カレトヴルッフ)に交じって修練を積んでいるのだ。


『……勝てません。全然勝てませんよ。元々勝てませんでしたけど、最近ますます強さの開きを感じちゃってキツいです』


 そう言ってシオンが苦笑していたのを思い出す。


 元々が強化された肉体と二秒間先を見る魔眼の力で剣の素人ながらに他者を圧倒する力を持っていたエスメレー。

 その彼女の剣が素人でなくなったのなら……。

 実力は推して知るべしである。


「なんで我が家にヤクザが殴り込んでくるのよ」


 倒れて痙攣している魔獣人たちを見下ろして渋い顔をしているアムリタ。


「ヤクザなんスかねえ? この方々……。街で何度か見かけた同類に比べたらちょっと強かった気がするんスよね」


 軽く一体をつま先で小突いてマコトが眉を顰めている。

 自分の知っている魔獣人よりも強いと言いながらもほぼ一瞬で複数体を倒してしまっている彼女だ。


「まあ無力化はしてあるんで、あちきは明るくなったら彼らをリュアンサ様の所に運び込むっスよ」


「……ごめん、なさい。私の方は……多分、殺してしまっているわ」


 申し訳なさそうに俯くエスメレーに気にしなくていいと微笑むアムリタ。

 マコトが突出して強いのでそのような手加減が可能なだけでそもそも襲撃者も恐るべき手練れなのだ。


 四体の内、息があるのはマコトが相手をした三体でエスメレーが倒した一体は彼女のいうとおりにもう絶命していた。


 ──────────────────────────────


 王立学術院、朝。

 突然運び込まれた布を被せられた大型の何か。

 リュアンサは露骨にイヤな顔をしながら布を捲り上げてその下にいるものを見た。

 鎖と鉄枷で頑丈に拘束された傷だらけで血で汚れた異形の獣人たちがそこにいた。


「……オメーなぁ、ここは監獄でも動物園でもねーんだぞ」


「まぁまぁ、そうおっしゃらず。アムリタ様もくれぐれもよろしくお願いしますっておっしゃってたっス」


 睨むリュアンサにごまかし笑いを浮かべるマコト。


「最近街でバケモンに変身する奴らが出てるってのは聞いてるけどよォ。これがそれってワケかよ」


「そうなんスよ。是非リュアンサ様に分析して頂きたいとご主人が」


 揉み手するかのように低姿勢のマコトであったが、それに対するリュアンサは冷たく嘆息するのみだ。


「邪魔くせェ。今すぐこれ持って帰りやがれ」


「あらっ? お引き受け頂けないんスか?」


 驚く糸目メイド。

 何だかんだ言ってこの姉王女が恋人でもあるアムリタにベタ甘なのはよく知っている。

 彼女の頼みを断る事はあり得ないと思っていたのだが……。


「違ェよバァカ!! もう終わったっつってんだ!! アタシを誰だと思ってやがんだ!!」


「うへっ」


 今度こそ本当に驚愕して思わずヘンな声が出るマコト。


「終わったって……見分がっスか?」


「そうだつってんだろ。……こりゃァ呪いだぜ。そいつらは高濃度の呪詛を身体にブッ込まれちまってる」


 自分の革張りの椅子に腰を下ろすと机の引き出しから棒付きキャンディーを取り出して口に入れるリュアンサ。


「オメーも東の国から来たンなら『狐憑き』ってのは聞いた事があンだろ?」


「ええ、はい。狐の霊に取り憑かれて人が狂っちゃうあれっスよね」


 マコトのいた皇国では人が動物霊に取り憑かれて狂乱する事を『狐憑き』と呼ぶ。

 狂乱するだけでは済まずに症状が重いものは獣に変じてしまう事もあるという。


「あれも動物霊を使った呪詛だ。魂に動物の霊が混ざっちまっておかしくなる。混ざり方が深刻だと魂に引っ張られて肉体(カラダ)まで変容しちまうんだよ。肉体ってのは魂の容れもんだが、魂が強い信号を出すと影響を受けて形が変わっちまったりする事がある」


 はー、とマコトは茫然と聞き入るだけだ。

 つまり……リュアンサの言によればドウアンの薬は身体を変化させるものではなく飲んだ人間の魂をおかしくする呪いであるという事になる。

 その結果として飲んだ者は姿を変えるのだ。


「……わかるかァ? おかしくされてんのは魂の方だ。身体が変容すんのはそのついででオマケみたいなもんなんだよ。薬がどーだとか聞いてるが、それは多分薬の形をしてる強い呪詛を凝縮したもんだぜ」


「な、なるほど。それじゃあ解毒? じゃないっスね解呪? とか防いだりする方法もおわかりになるっスかね?」


 マコトが問うとリュアンサは渋い顔で腕組みをした。


「……アタシは魔術医療も呪詛も専門外だからなァ。まあ……やってはみるがよ。そっちはあんまし期待すんなよな」


 後ろ頭を掻きつつ面倒くさそうに言うリュアンサであった。


 ─────────────────────────────────────


 セントラルアカデミーは王都で最大にして最高位の学府である。

 国内外から知のエリートたちが集っている。


 そのアカデミーの三階の廊下を足早に進むステッキを突いた腰の曲がった老人。

 三角に尖った鼻の厳めしい面構えの痩せた男だ。

 彼の名はアイザック・デュモン。

 このアカデミーで犯罪史を研究する教授である。


 彼は自分の研究室に入ると扉を乱暴に閉めて施錠する。

 そして険しい表情で虚空に向けてステッキを突き付けた。


「……ドウアン! ドウアン、いるのだろう」


『騒々しいのぉ。何事でおじゃるか』


 忌まわしい低い声が聞こえて虚空に青い肌の異形の男が姿を現す。

 その悪魔じみた姿の男を見てアイザックは憎々し気に表情を歪める。


「余計な事をしてくれおったな。『楽園星』の娘の所に刺客を送ったであろう」


 糾弾する教授だが、ドウアンはそんな事かとでもいうかのように軽く鼻で笑った。


「ああ、その事でおじゃるか……。あれは刺客などという御大層なものではおじゃらぬわ。新型が出来上がったので試用してみただけの事よ」


「バカな真似を……! そのお陰で被検体が生きたままリュアンサ王女の手に渡ってしまったぞ。彼女はこの国でも有数の天才だ。お前の薬に対するなにがしかの対応策を考え出してしまうかもしれん」


 語気を強める教授。

 ドウアンも煩わし気に少し眉を顰めた。


「……フン、ならばその女を殺してくればよい。麻呂が出向く故そう唾を飛ばして興奮するでないわ」


「駄目だ! 余計な事はするな。王宮(あそこ)は奴らの巣だぞ、襲撃者に対するどのような備えがあるかわからん。それはこちらでどうにかする。お前は自重しろ。それを言いにきただけだ!」


 忌々し気に眉間に皺を刻むアイザック。


「老いぼれめが、偉そうに……」


 自分以外誰もいなくなった研究室で苦々しく呟くドウアンであった。


 ……………。


 ドウアンは……どうにも浅慮な部分がある。

 それを苦々しく思っている教授だ。

 以前過信と増長で痛い目を見て死の淵を彷徨い今の姿になったと聞いているが、その悪い癖は改まっていない。

 むしろかつてより大幅に力が増している今、その傾向は強まってすらいるようだ。


(扱いが面倒な男だが、()()()()にはあやつの力も必要だ。どうにか暴走させぬように上手く誘導するしかあるまい)


 取り扱いを誤ればこちらにも大きな災いをもたらす劇薬である。

 だがドウアンの作り出す『魔薬』は無二のものだ。


(『黄昏の日(トワイライトデイ)』計画の為にな……)


 腰の曲がった老人とは思えぬ速足で廊下を進みながら冷たく目を光らせるアイザック教授であった。


 ──────────────────────────────────


 小洒落た内装の店内には落ち着いたジャズの演奏が流れている。

 大きな通りからは一本入ったところにあるこの隠れ家的なバーは外に看板も出していない。

 それでも日々常連が席を埋め、皆思い思いにグラスを傾けている。


 カウンターに立つのはやたらとデカいセイウチ。

 マダム・アマデウスだ。


「……マダム、聞いてくださいよ。師匠と過ごす時間が全然取れないんです。折角帰ってきてくれたのに」


 カウンター席に座っているシオンが嘆いている。

 今日は彼女は非番なのだ。

 しかし、アムリタが忙しくしており会いに行けなかった。


「帝国からとんでもない美人を連れてきちゃうし……。案の定あの方も師匠といい仲だっていうし、私の師匠がどんどん遠くにいっちゃいますよ……ううう」


 涙目でグラスをグイッと呷るシオンだ。


「あらあら、今日は悪いお酒ね。でもそれでいいのよ、シオン。女一人生きていれば時には愚痴と涙でグラスを空にしたい夜だってあるわ」


 そんな彼女の前でマダムは静かにグラスを磨いている。


 するとシオンの前にスーッとグラスが滑ってくる。

 白っぽい薄茶色の液体が満たされたグラスだ。


「あちらの紳士からでございます」


 バーデンダーが示した席にはえらく雑なタッチでガイコツが描かれた怪しい革袋を被った男がいる。

 ……うらみマスクだ。


 その覆面の怪人物を睨みつつグイッと一息に呷るシオン。

 ……コーヒー牛乳だ。


 自分が一人で飲もうとすると大体この覆面男がいつの間にか同じ店内にいるのである。

 見張られているようで気分がよくない。

 向こうは向こうでこっちが心配なのだろうが……。

 というかよく店がこんなのを中に入れる気になるものだ。


 うらみマスクは覆面をずらしておでんを食べている。

 大根、たまご、はんぺん、ちくわ……どれもつゆが染みていて美味しそうだ。

 見ているとこっちまでお腹が空いてくる。


「……このお店っておでんも出してるんですね」


 何とも言えない気分で呟くシオンであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ