黄昏の会
「『黄昏の会』? なんです? それ」
怪訝そうな顔のアムリタ。
とっくにラーメンは食べ終わった彼女は今追加で注文したレバニラ炒めと春巻きを食べている。
「何って言われたって、私だってそういう集まりがあるんだとしか言いようがないって。関わり持つようになってから短いんだから、こっちも」
アムリタと同じものを食べているメビウスフェレス。
彼女は今罰ゲームでアムリタに情報を喋っているところである。
「集まって悪いこと考えてるそうゆうグループがあんの。って言ってもさ、そんな団結してる感じでもなくて個々に好き勝手やってるみたいね。たまにボス連中が集まって情報共有と報告会みたいなのやってる」
「なんだかふんわりとしすぎてますね。……クリス、カニチャーハンと餃子追加でお願いします」
厨房に向けて手を振るとクリストファーが肯く。
メビウスも「同じやつこっちにも」と言って手を振っている。
周囲の他の食事客が「まだ食うの!?」みたいな顔で二人を見ている。
「メビウスさんは、その黄昏のトワイライトの誰と関りがあるんです?」
「オイなんか頭痛が痛いみたいな名前になっちゃってますよ。……ダぁメよ、流石にそれは言えないって。今の私の居候先だわよ。追い出されちゃうでしょ~が」
そこへ運ばれてくる追加メニュー。
二人の会話がいったん途切れる。
(なんとなく嘘は言ってない気はするけど、そもそも核心的な部分に触れられないのと彼女自身よく知らないっていうのであんまり有力な情報が得られないわね)
あれこれ考えながら食べているアムリタ。
食事の勢いと速度は最初に店に入ってきた時とまったく変わっていない。
「……あ、そーいや何かそこのメンバーの一人が飲むと怪物に変身できるようになる薬を売ってるみたい」
「!!」
餃子を咀嚼中のアムリタが目を見開く。
ここへきて初めて自分の抱えている案件とこの情報が繋がった。
「誰です? 何ていう人?」
「名前は知らな~い。皆からは『教授』って呼ばれてたっけかな」
教授……ニックネームの可能性もある。
それを職業とする人物なのかはまだわからない。
とにかく、影も形もなかった薬の売人のようやく手に入った手掛かりである。
その後も更に追加で何皿かを平らげて二人は店を出た。
「……まあ、今日のところは見逃しますけど、できればもう悪事に首突っ込むのはやめてくださいよ。私メビウスさんとはあんまり戦いたくないです」
口に出しながらもアムリタは自分でどうしてそう思うのかはよくわかっていない。
恩を受けたわけでもなく、親しく接してきたわけでもない彼女をだ。
「うひひひっ、嬉しいことを言ってくれちゃってんじゃ~ん。私も星神チャンの事は好きよ」
笑いながらアムリタに背を向けるメビウスフェレス。
「悪いコトはな~どうじゃろね? もうやらないかも? やっぱりやっちゃうかも?」
そうして……青い肌の女が肩越しに振り返る。
その時の彼女はアムリタがそれまで見たことない大人びた笑みを浮かべていた。
「ま、そーなったらそん時はそん時でさ、諦めて殺し合いましょう」
「………………」
一瞬……。
十代半ばくらいの容姿のメビウスフェレスが十歳近く年を取った大人の姿に見えた。
目の錯覚かと瞼を擦るアムリタ。
彼女が再び顔を上げたとき、そこにはもう誰の姿もなく……。
自分だけが無人の通りを見つめてそこに立っている状態であった。
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王都南部、『誓約剣士隊』屯所。
無骨な構えの大きな建物だ。
元々は工場だったものを買い取って内装を変えて利用している。
そんな屯所にタクシーを降りたアムリタが入っていく。
「……アムリタ様っ!!」
そこにいた数名の隊士たちがアムリタの姿を見て即座に直立の姿勢になって敬礼する。
彼らにしてみればアムリタは大ボスである。
シオンが指揮を執る治安部隊『誓約剣士隊』……初めは五十人でスタートしたこの部隊も今では百七十人ほどが所属している。
一部隊十人前後が所属する十五の部隊で構成されている剣士隊。
それぞれの部隊に隊長がいる。シオンは総隊長で自ら一番隊を指揮率いている。
黒い軍服の上に東方の陣羽織をデザインのモチーフにした紺色のロングコートを着用し腕には楽園星の紋章の刻まれた腕章を着けている。
アムリタの血を受けてとても強くなったシオンが妥協せずに鍛え上げている隊士たち。
その為、王都を守護する他の三家所属の部隊と比べても際立って戦闘力が高い。
「総隊長は警邏に出ております。間もなくお戻りになられるかと」
スキンヘッドの厳つい隊士が言う。
『三』の字の隊長章を付けている。三番隊の隊長だ。
「そう。じゃあちょっと待たせて貰うわね」
アムリタがそう言うと隊士たちの「御意」の声が唱和する。
「アムリタ様を退屈させぬように何か芸を披露するぞ!」
「押忍ッ! 自分歌わせてもらいます!!」
俄かに慌ただしくなる隊士たち。
マイクスタンドを持ってきてその前で一人が発声練習を始めている。
「……別にそこまでしろとは言ってない」
それに対し半眼になるアムリタであった。
……………。
……結局途中で連絡がいって慌てて戻ってきたらしい。
「師匠! おいでになるなら言っていただければ……!!」
屯所に駆け込んできたシオン。
息を切らしているわけでもなく汗をかいている様子もない彼女であるが、結構遠方から高速で戻ってきたのがアムリタにはなんとなくわかった。
彼女はアムリタにとって自身の身体能力の継承者である。
コンディションのようなものは言葉でなくてもある程度は感じ取れる。
「急に決めたから。ちょっと貴女と話したいことがあってね」
アムリタの前には隊士が慌てて買ってきた近所で評判の洋菓子店のチーズケーキがある。
しかしここへ来る前、クリストファーの店で暴食してきているアムリタは折角の好物にもいまいち食指が伸びないのであった。
……………。
「『黄昏の会』ですか……聞いたことがないですね」
総隊長室に移動した二人。
アムリタの話を聞いてシオンは首を傾げている。
知らないのはまあ当然であろう。彼女が掴んでいる情報はアムリタにもそのまま入ってきている。
シオンが知っているのならアムリタも知っていたはずなのだ。
「その集まりに所属してる『教授』ってやつが薬の出元って話があるのよね」
「!! じゃあ、その組織を探れば……」
意気込んで椅子から腰を浮かせかけるシオンにスッと片手を上げるアムリタ。
ちょっと待って、というようにだ。
「それなんだけど、今はまだ動かなくていいわ。……おかしいと思わない? 本当にそんな闇の組織があるとして、どうして今まで私たち誰も名前すら知らなかったのかしら」
「それは……。うーん、そうですね……」
怪訝そうな顔になるシオン。
シオンは他の各家やその部隊の責任者たちと王都を中心として活動している犯罪に関わっている、或いはその疑いがある組織の事は大体把握している。
実態は掴めていないとしても名前も聞いたことがないというのは不自然である。
「裏社会では名前を知られているって事も大きな仕事をする上で重要な要素ですからね……」
ネームバリューというやつだ。
これは裏社会に限った話ではないが。
自分たちの活動の幅を広げてスムーズに仕事を進めるために名前は知らしめておくのが常道なのだ。
「普通に探っても見つけられない気がするのよね。この情報をどう扱うのかは陛下とも相談して決めるから一先ず保留にしておいてちょうだい」
「了解です、師匠!」
今日の所はシオンがトワイライトというものを聞いたことがあるかどうかの確認だけだ。
本当にそこから例の薬が出ているとすれば嫌でもこれから相対しなければならない。
「行ったり来たりも疲れたから今日はここで寝させてもらおうかしらね」
「こんなむさくるしい所にお泊り頂かなくても近くのいいホテルに部屋を取りますよ」
シオンはそう言ってくれたがアムリタは柔らかく笑ってそれを謝辞した。
「屋根と布団があるっていうだけで私にとっては十分過ぎるわ」
「……………」
一瞬シオンはそんなにアムリタが野宿慣れしているのかと考えてしまったが、これは贅沢は必要ないと言う意味の発言である。
「わかりました。ではこの部屋をお使いください。私は長椅子で眠りますから」
「そんな事できるわけないでしょ。詰めれば十分二人で眠れるわよ、このベッド」
眉を顰めてそう言うとアムリタはシオンのベッドのぱんぱんと叩いた。
「ふっ! ふたっ!!??」
動転したシオンが真っ赤になる。
「よよよよよよ!! よろしいのでしょうか!! そのようなご褒美を!! 唐突に!!!」
「ご褒美って……。貴方の寝るスペースが狭くなっちゃうってだけの話なのに……」
苦笑するアムリタだがシオンは鼻歌を歌いながらベッドメイクを始めていて聞こえていない。
その夜、二人は寄り添って手を繋いで眠った。
眠りに落ちるまで色々な話をしながら……。
そして結局話に熱が入り過ぎて二人揃って寝坊したのだった。
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陰気な男であった。
体型はやや痩せ型の中背。
青白い顔で頬がこけている中年男。
丸い眼鏡を掛けていてその向こう側の目は細く鋭い。
黒に近いグレーで統一されたスーツにロングコート、そして中折れ帽。
彼の名はノリヒサ・ロッカク。
何代か前に東方から移住してきた家系の男だ。
「『お嬢様』が楽園星と接触しました」
そのロッカクが今前にしているのは主人である『黒羊星』ギュスターヴ。
ここは主の書斎だ。
ギュスターヴは配下の報告に軽く嘆息した。
信頼も信用もしていないが、それにしてもこうまで早く敵方と密会するとは思っていなかった。
「二人は繋がっている様子だったか?」
「残念ながらそこまでは確認が取れませんで……。件のクリストファー・緑の店です。中に入るどころか近付くだけでも困難ですよ。あの男は勘が鋭いので」
お手上げ、というようにロッカクは肩をすくめて苦笑いする。
そんな仕草にも人間らしき体温があまり感じられない。
昆虫や爬虫類のような印象の男だ。
「ただ、両者警戒し合っている様子はありますので味方同士といった雰囲気ではありませんでしたよ」
「あれは破滅型の道化だ。楽園星とは合わない性質だ。心底繋がる事はあるまい。……扱いは難しいが強力な爆弾だ。まだ手元に置いておきたい。監視は怠るな」
主人の指示に軽く頭の帽子を持ち上げて了承の意を示すロッカクであった。




