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星神 VS 戯神

 複数のスーツ姿の職員たちが集まり、自分に向かって深々と頭を下げている。


「大変……大変申し訳ないのですが」


 代表らしい先頭の初老の男性が苦渋の満ちた表情で必死に告げる。


「いくら金銭でご弁済頂きましても、もう教習車の手配が追い付きません……! どうか楽園星様は現在の数十倍の強度を持つ自動車が開発されるまでは練習をお控え頂きたく……!!」


「そ、そうですね。私も……ちょっとだけ、向いてないのかな~って思い始めてた所で……」


 青い顔に引き攣った口元で辛うじて笑みらしきものを形作るアムリタ。

 その彼女の背後では夥しい数の廃車の山が空に向かって虚しく黒煙を上げているのだった。


 ……………。


「思うのだけど……」


「?」


 教習所からの帰りの車の中で運転席のアイラが急に口を開いた。


「あなたは特殊な血に生まれついているじゃない。義父(ちち)……いえ、キリエ様っていうべきかしらね。キリエ様から受け継いだ大魔女の血を継承してあなたは人よりも強化されている肉体を持っている」


「ええ、そうみたいだけど……」


 助手席のアムリタはやや怪訝そうな表情だ。


「だからお料理の時みたいに細かい調整が必要な作業は苦手なんじゃないかしら。上手く出力の調整ができていない、みたいにね」


「そんな人間社会に紛れ込んじゃった哀しきモンスターみたいな存在なの!? 私!!??」


 裏返った声で悲鳴を上げるアムリタであった。


 ───────────────────────────────


 十二星(トゥエルブ)黒羊星(ゴート)』デュ・バエル家屋敷。

 当主ギュスターヴが十二星に選ばれたのは近年の事であるが、元々財務局の優秀な局長であった彼の屋敷は十二星のものといっても差支えがない程に豪奢なものだった。


 広い居間の大きなテーブルでショートケーキを食べているメビウスフェレス。

 そこへギュスターヴが入ってくる。


「やっほ、頂いてマース」


 自分に向かって苺を突き刺したフォークを振っている青い肌の女をチラリと一瞥してギュスターヴは少し離れた椅子に腰を下ろした。


「おいっし~ぃ。王国は帝国に比べて文明はめっちゃくちゃ遅れてるけどスイーツの味だけは互角かチョイ上だよね~。これは誇るべき事ですよ、ウンウン」


 ケーキを食べてご満悦のメビウスフェレス。

 取り出した手帳で何事かを確認していたギュスターヴが視線を上げて彼女を見る。


「……お前は帝国にはどれくらいいた?」


「んあ? ……そーねぇ、千年超えてんのは間違いないけど細かいトコまでは覚えてないな~。過去なんてどーでもいいじゃん~。未来を見ていこーぜ! 未来!」


 おどけて笑って肩をすくめるメビウスフェレスだが、無表情のギュスターヴは静かに首を横に振った。

 この男は感情表現が極めて希薄だ。

 数十年の付き合いのある者でもほとんどが怒った所も笑った所も見たことがないという。

 たまに笑みらしきものを浮かべる時も口元をわずかに動かすだけで目はいつものまま。


「そういうわけにもいかん。全ては積み重ねだ。過去があるから現在(いま)がある」


 その表情のない男が静かに言う。


「わかんないなぁ、そーゆーのは。私はその場の勢いとノリで生きてっからね~」


 対照的に真顔を滅多に見せないのがこのメビウスフェレスだ。


「まだ聞きたいことあんの? 大体喋ったと思うけどね。……にしても細かいよねぇギューたん。よくもまぁそんなに細かく質問する項目用意してくるもんだよ」


 はっ、と青い肌の女は呆れ顔で笑っている。


「仲良しの会の皆に早速教えてやれば?」


「その必要はない。連中には一定の間隔を空けて情報を小出しにしてやればいい」


 ギュスターヴにとってみれば『黄昏の会(トワイライト)』のメンバーたちは目的を同じくする同志ではあるが仲間でも友人でもない。

 必要に応じて金と人を出させる為の結びつきである。

 その為には退屈させないように適度な情報を与えて楽しませておく必要がある。

 機嫌さえよければ良ければ連中はいくらでも気持ちよく金を出す。


「皆が皆それぞれの分野で頂に登り詰めて金も暇も持て余した挙句に、遂には自国の崩壊などというものに究極のエンターテイメントを見出した狂人どもだ」


「あ~ンら、辛辣ですこと」


 非難するような事を口にしつつも表情はどうでもよさそうなメビウスフェレスだ。


 ──────────────────────────────────


 エリーゼ・エールヴェルツにとって友人であり彼女にしてみれば頼れる姉のような存在であるエウロペア。

 エリーゼはエウロペアの自分は探偵社の有能なエージェントだ、という言葉を真に受けている。

 メイドの格好をしているのはきっとカモフラージュのためなのだろう。


 エウロペアにしてみればいつもの自慢話だった「自分に負けない」という言葉はエリーゼにとっては激励となった。

 彼女は変わった。

 人を避けることは止めて堂々と振舞うようになった。

 思ったことは口にするようにした。態度にも出すようにした。


 結果としてほんの一週間ほどで彼女の学校生活は一変した。

 友達が増えたし、いじめられる事もなくなった。

 元々エリーゼをいじめていたグループがエウロペアの事をエールヴェルツ家のメイドと勘違いしており未だに怯えているというのもある。


 ……………。


 そんなある日、養祖父に言われてエリーゼはできたばかりの友人たちをエールヴェルツの屋敷へ連れてきた。


「ただいま、おじい様。連れてきました」


「ああ、おかえりエリー。皆もよく来てくれたね」


 やってきた制服姿のエリーゼたちを笑顔で出迎えたシーザリッド。

 何故か彼はエプロン姿である。


「こ、ここここ……この度は御招きいただきまして」


 招かれたエリーゼの友人たちはガチガチに緊張して震えている。

 何故なら今彼女たちが目の前にしている男は引退して間もないとはいえ『三聖(トリニティ)』の一人。

 王国の頂点にいた三人の支配者の一人なのだから。


「皆が来ると言うのでパンケーキを焼いていたんだ。今出すから手を洗ってきなさい」


「はい、おじい様」


 肯いて未だ緊張で動きがぎくしゃくしている友人たちを伴って屋敷へ入るエリーゼであった。


 ─────────────────────────────────


 努力でも精神(こころ)でもどうにもならない事はあるものだ。

 まさか料理以外のことでそれを思い知らされる日が来るとは思ってもいなかったアムリタ。


 彼女は今日珍しく一人で街にいた。

 特にこれといった用事もなくである。

 本来ならばこの時間帯は運転の教習を受けているはずだったが……教習場はもう出禁にされてしまったので予定が空いてしまったのだ。

 屋敷にいてアイラやエスメレーに同情の言葉をかけられるのも辛い。

 そういう訳であてもなく街へと出たアムリタであった。


『……あ』


 綺麗にハモった二人の声。

 人通りの多い昼下がりのメインストリートで唐突に顔を合わせた両者。


 星神アムリタ。

 戯神メビウスフェレス。


 驚いて思わず声を出してから、アムリタはスッと目を細める。


「これはこれは……意外な所でお会いしますね? 戯神様」


「ひ、人違いじゃござんせんかねぇ……。あたしゃ角のタバコ屋の娘でブルックリン民子(たみこ)っていうケチな女でございましてね……」


 冷や汗をダラダラ流しつつ被っていた野球帽を目深に下げるメビウスフェレス。

 その帽子のひさしをヒョイと摘まんでバッと奪い取るアムリタ。


 赤紫色の髪の毛がばっと広がる。


「あっ!!? もう、ちょっと!! やめてよ、エッチ!!」


 ごまかそうがどうしようが鮮やかな青い肌が目立ちすぎる。

 ちなみにメビウスフェレスは人間の姿に擬態している。

 頭の角も腰から生えている小さな蝙蝠のような翼も、細くて長い尾も今はない。

 ただ、極一部の非常に強い魔力を持つ者に対してだけは肌の色だけは誤魔化せないのだ。


「イクサと先生に首を撥ねられて死んだとお聞きしてましたけど……?」


「や、それがですね……。色々と、こー、ありまして……。天使のような心を持ったニューメビウスちゃんとして生まれ変わったとでもいいましょうか……」


 相変わらず冷や汗を流しつつ必死に説明するメビウスフェレスだがアムリタの視線の温度は下がる一方だ。


「……そんなはずないですよね? 今度は王都でどんな悪巧みをしてらっしゃるのかしら?」


「や、やだなー星神チャン。私こっち出てきたばっかでオトモダチもだ~れもいないんだからそんなんできるはずがないでしょぉ~? サイトシーイングっすよ! ほんとに! マジで!!」


 アムリタが黙る。


 アムリタは正直魔族というものについてはよくわかっていない。

 エルフ以上に御伽噺の世界の住人である。

 多くの創作物では彼らは悪意を持ったトラブルメーカーとして描かれ大体の場合は最後に退治されたり追い払われたりする役割である。


 実際にこのメビウスフェレスは異界から引き込んだ魔神樹の根を使ってサンサーラ大陸を……引いてはこの世界全部を枯死させようとしていた。


 ……拷問で口を割るとも思えない。

 というか本気で自分が捕えようとすれば彼女は逃げおおせるだろう。


 なんとかこちらの土俵に上げなければ、彼女の望むエサをチラ付かせつつだ。


「うーん、それじゃあ、こういうのはどうですか? メビウス、私とゲームをしましょう。私が勝ったら色々喋ってください。私が負けたらもう詮索はしません」


「ほぇ? ゲーム?」


 呆気に取られているメビウスフェレスにアムリタが肯いた。


 ……………。


 そうして二人はラーメン緑の店舗にやってきた。

 ガラガラと引き戸を開けて店内に入ると食事時ではないせいか適度に席は空いている。


「いらっしゃい」


 表情なく短く挨拶するクリストファー。

 この五年間で彼は随分と落ち着きが出たが、少々行き過ぎてしまって感情表現もほとんどなくなってしまったようだ。


「こんにちは。ラーメン二つね」


 笑顔でカウンターに声を掛けてメビウスフェレスと伴って席に座るアムリタ。


「……なんでラーメン?」


「簡単な勝負ですよ。食べてメビウスが『美味しい』って言ったら私の勝ち。言わなかったらメビウスの勝ちです」


 自慢げに胸を反らしているいるアムリタ。

 ここのラーメンに自信があるらしいのはまあいいとして、それでなぜこの娘が偉そうにしているのか。


(なんだかなぁ。……けっこー抜けてるよね星神チャンってさ。そのルールじゃ美味かったとしたって私がそう言うはずねーじゃんよ~)


 内心でメビウスフェレスは呆れていた。

 そんな彼女たちの前に湯気の立つ丼が置かれる。


「ごゆっくり」


 その淡々と短く言い残してクリストファーは厨房へ引っ込んでいった。


「ハイ、じゃー頂きますよっと」


 割り箸を割って手を合わせ、ずずーっとラーメンを啜る女魔族。


「……えっ、なにこれ、美味っ」


 思わずそう口にしてしまってから……。


「あ」


 自分を見て勝ち誇ったように笑うアムリタを見て短い声を出すメビウスフェレスであった。

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