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オルタンシアのエルフ

 両者が遂に顔を合わせる日がやってきた。

 ロードフェルド王とトリシューラ……現在の王国の支配者と、帝国からやってきた戦神。


 王宮の貴賓室で彼女を出迎えた王が緊張気味でやや萎縮しているように見えるのはアムリタの気のせいではないだろう。

 王国は()()()()()()では有数の大国だが、トリシューラのいたファン・ギーラン帝国からすれば取るに足らぬと言われても仕方が無いような小さな国だ。


「……それではご説明した通り、トリシューラ殿には我が国の十二星の一席をお任せするという事でよろしいかな」


「結構よ。私はその為に帝国からわざわざ出向いてきたの。このファン・ギーランで最も強く美しい天神トリシューラがね」


 鷹揚にうなずいてから褐色の肌のエルフ美女は尊大に胸を反らせた。

 なんという威厳。圧倒的なオーラ。

 これから配下の幹部を迎えようという話をしているのに、うっかりロードフェルドが「ありがとうございます」とか言ってひれ伏してしまったらどうしようかとアムリタは気が気ではない。


「エルフの方々は我々人間に比べて随分と寿命が長いと聞いている。十二星には原則的に任期のようなものは存在しないが、いつまでお手伝い頂けるのかな」


「アムリタが同じ地位にいる限りはいつまででも構わないわ」


 トリシューラがそう言ってアムリタを見て微笑む。

 ロードフェルドも彼女を見る。

 その場の二人の意味深な視線を向けられてアムリタはちょっと居心地が悪くなる。


 そんな自分の手を引いてトリシューラが自分の方へ抱き寄せた。


「私たち恋仲なの。その辺りのところのご理解と配慮があると嬉しいわ」


「ほぉ……」


 若干冷めた視線でロードフェルドがアムリタを見る。


 ……わかる。

 今王は心の中で「またお前はそうやって権力者の美女をたらしこんでよぉ……」と思っているに違いない。

 それについては何一つ言い訳できない。

 だけどそのお陰でこの話が進んだのだから大目に見て頂けませんか! という視線で王を見るアムリタだ。


「しかしだなトリシューラ殿、アムリタは既にうちの妹と深い仲でね」


 ……お兄ちゃん勇敢に立ち向かった!

 家族を想うが故か、それともこのまま一方的に言いなりになっているだけでは主君としてアレだと思ったのか。


「ああ、そういえば貴方はイクサリアの兄だったわね」


 そんな事かと軽く流すトリシューラ。


「その事なら貴方は気にしなくていい。彼女と話は付いているの。私はアムリタを譲る気はないけど、だからといってイクサリアの妨害をしようとも思っていないわ。この子が貴方の妹の事も好きだというのなら、私はそれを許すだけよ」


「……………」


 絶句している。

 王がトリシューラの器の大きさにやられてしまっている。


「……あ、ありがとうございます」


(あーぁ……お礼言っちゃった)


 屈してしまったロードフェルドの姿にトリシューラの腕の中で天を仰ぐアムリタであった。


 ────────────────────────────────────


 トリシューラには予め豪華な屋敷が王国によって準備されていた。

 しかし彼女はそれを内装を自分好みに変更すると言い出しその間は楽園星の屋敷に滞在するとした。

 内装の件は口実で王国に慣れるまではアムリタと一緒に暮らしたいというわけだ。

 それについてはアムリタも想像していた事であるし異存もない。

 大きすぎるアムリタの屋敷はトリシューラと彼女が連れてきた従者たちを丸ごと住まわせても十分な空きスペースがある。


 夜になるとトリシューラがアムリタの部屋に分厚い辞典を持ってやってきた。

 王から渡された星の名の記された辞典である。


「自分の星を選ぶというのは中々情緒があって悪くは無いわ」


 十二星になるにあたって選ばなければならない守護星をアムリタと一緒に決めようと言うのである。

 二人で辞典を捲りながらああでもないこうでもないと言葉を交わしていく。

 雑談も多いがアムリタにとっては楽しい時間だった。


 トリシューラの性格からして、他を圧倒するような巨大で荘厳な名の星を選ぶのではないかとアムリタは思っていたのだが彼女はある星の名を見てあっさりと「これにするわ」と言って指をさす。


 そこには『紫陽花星(オルタンシア)』と名の記された小さな星があった。


「は、はい。大丈夫だと思います」


 アムリタの記憶する限りこの星を守護星としている家は無かったはずである。


「紫陽花がお好きなのですね。私もいいと思います」


「ええ。趣がある花よ。眺めていると心が安らぐわ」


 トリシューラがアムリタを見て微笑む。


 ……こうして、十二星としてのトリシューラの星は『紫陽花星(オルタンシア)』に決まった。


 ────────────────────────────────────


 遠方のエルフの国、ファン・ギーラン帝国との国交の樹立……そして帝国からやってきたエルフ、トリシューラを十二星として迎えることがロードフェルド王から発表されると王都はちょっとした騒ぎになった。

 空前のエルフ・フィーバーである。

 以前リュアンサが東方ブームを仕掛けた時にもアムリタが思ったことだが王都の民はちょっと過熱しやすい性質を持っているのかもしれない。

 街にはエルフに関連した品物が溢れ、トリシューラの事が掲載された雑誌はいくら刷ってもすぐに売り切れる。

 トリシューラだけでは需要に追い付かなくなったのか彼女の従者たちを特集した本まで出る始末だ。


「仕方がないわね。これも私が高貴で美しすぎる事が原因なのだから」


 忙しい毎日を送っているトリシューラだが特に不満を口にするでもなく疲れた様子もない。

 精神的にも肉体的にもタフだ。

 注目されることにも崇められることにも慣れきっている。

 ……流石に戦神と呼ばれる存在なだけの事はある。


 慣れるまでは付きっきりで世話をすると約束していたアムリタもここの所はずっとトリシューラと一緒だ。


「『門』が開いたら顔を出せと陛下がおっしゃっていたわよ」


 トリシューラは帝国への転移門を設置する為の魔道技師たちの集団も連れてきていた。

 都の内部に他国との直通の通路を開通させるのは流石に不用心だろうという事で王や十二星たちの合議で設置場所は王都を出てすぐの場所に決まった。


「開通までにはどのくらいかかるのでしょうか……?」


「一年くらいと聞いているわ。最初の見積もりだと七、八十年という話だったらしいのだけど」


 それが、そんなには待てないとギュリオージュが怒ったら一年になったらしい。

 極端過ぎる。最初の見積もりがエルフ感覚過ぎたのだろうが。

 という事は最短でもあと一年間は王都を離れなくてもいいという事か……。


 ……………。


「うーん、車の運転を覚えようかしら」


 夕食の席でアムリタが唐突にそう言いだした。


「いいじゃない。……私を乗せてどこかへ行きたいという事ね?」


 相変わらず自分本位の解釈をしているトリシューラ。


「確かに自分で運転できれば色々と便利よ。……あなたの場合人をいくらでも手配できるからあんまり恩恵はないかもしれないけどね」


 肯いているのは自分も運転ができるアイラ。


「……大丈夫、なの? 危ないのではなくて?」


 心配そうにしているのはお母さん(エスメレー)

 感想はそれぞれに異なる。


「私は賛成かな。あれは中々気分がいいものだよ。風に乗って空を飛ぶのとはまた違う爽快感がある」


「……え? ってことは?」


 口を開いたイクサリアにそちらを見るアムリタ。

 そんな自分に王女が肯いて微笑を浮かべている。


「い、いつの間に……。相変わらず何でも卒なくこなしてしまうわね」


 つまりイクサリアはもう車の運転を習得してしまっているという事だ。

 彼女は親友であり恋人であるが、こういう部分には対抗心を覚えるアムリタであった。


 ───────────────────────────────────


 大きな通りの人ごみの中を歩いているメイド。

 ピンクのツインテールが彼女が歩くのに合わせて文字通り動物の尾のようにゆらゆらと揺れている。


「あ~ぁ、ヒマだし。なんか帰ってきたって言ってもウチ特にやる事もなくてつまんないじゃんね」


 大あくびするエウロペア。

 手にしたスナック菓子の袋に手を突っ込んで歩きながらバリバリ食べている。

 あまりにもお行儀がよろしくないメイドにすれ違うものが何人も振り返っていた。


「事務所にはなんか知らんヤツが大勢いるしマチルダはいっつも忙しそうだし」


 五年ぶりに戻ってきてみれば四つ葉の事務所は随分と大きくなっていた。

 職員も大幅に増えて扱う仕事も増えて複雑になった。

 正直エウロペアがする事はあまりない。

 何か手伝うと言ってもマチルダには「いいからしばらくはゆっくりしていろよ」と言われてしまった。

 マチルダとしては五年も出向していたエウロペアにはしばらく休暇のつもりで寛いでほしいという意味なのだが、エウロペアはそれに疎外感を感じてしまっている。

 マチルダはアムリタから、エウロペアについては「とても大きな仕事をしてくれた」としか聞いていない。

 まさか五年の大部分をぐーたら過ごしていたとは思っていないのである。


「こんなんならまだ帝国に残ってラシュオーンとカブトムシでも採りに行ってたほうがよかったし」


 帝国にいたらいたで自堕落な毎日を過ごしていたのであまり変化はない生活のはずなのにぶちぶちと文句を言っているエウロぺアなのであった。


 そして……そんなメイドがたった今すれ違ったフード付きのパーカーを着た誰か。


「んおっ」


 その女はヘンな声を出して立ち止まると振り返った。

 フードを脱ぐとバサッと広がる赤紫色の髪、そして青い肌。

 掛けていたサングラスを額の上に押し上げて彼女はニヤリと笑った。


「赤ドラちゃんじゃ~ん。……そりゃそーか、星神チャンと一緒に帰ってきてたんよね~」


 キヒヒヒッと歯を見せて笑うメビウスフェレス。

 かつて帝国で戯神と呼ばれていた魔族。


「声掛けちゃおっかな~一緒に遊びたいな~。でも、今はまだダメか。遊びに誘うんならエスコートしなきゃだもんね~。皆に楽しんでもらえるイベント、考えなきゃね~」


 去り行くメイドの後姿を眺めながらくすくすと笑っているメビウス。

 その首にはまるで茨でできたネックレスのような無残な傷跡があった。

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