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結婚しないんですか

 レオルリッドに誘われた外食から帰って来たアムリタ。

 色々と衝撃的な事はあったものの、めげずに食べまくって来たのでお腹はパンパンである。


「ただいま、はぁ、苦しい……」


「お帰りなさい。楽しい夕食だったみたいね」


 居間のテーブルで雑誌を広げてお茶を飲んでいたアイラが顔を上げた。

 そんな彼女を見てアムリタはふと思った。


「アイラは結婚はしないの?」


「……んブふッッ!!」


 突然の一言に盛大にお茶を噴くアイラ。


「何故いきなり刺してくるの……?」


 ハンカチを口に当ててアイラがアムリタをジロッと睨む。


「だって、帰ってきたら結婚している知り合いが結構いるんだもの。考えてみれば私たちは皆そういう年代なのだし、五年もあればそうなっている人が多くても何の不思議もないのよね。……今日は改めてそれを思い知ってきたわ。だからアイラにもそういう御相手はいないのかなって」


「……そうね、残念ですけど今のところまったくそういう事はないわ。お話は色々と頂いているけど……皆が私がどうのというよりも鳴江の家の跡取りと結婚したいという人ばかりだし」


冥月(ヘルムーン)』鳴江家の養子であり跡取り娘であるアイラ。

 立場的に簡単に恋愛結婚とはいかないのは想像がつく。


「動機がそれでも、よく探せば人柄の良い人もいるんじゃない?」


「そうかもしれないわね。だけどね、アムリタ……私は……」


 そこでキッと凛々しい眼光になるアイラ。


「私はね、美少年が好きなの!」


「……うん、知っているけど」


 ……それはもう、ここに至るまでイヤと言うほど散々に見せつけられてきたアイラの性癖である。


「そんな私にジェイドと言う劇薬を投与したのが貴女よ。私の男性観はもう木っ端微塵になっているから恐らく結婚は無理でしょうね」


「それじゃ私のせいみたいじゃない……!」


 困り顔で抗議の声を上げるアムリタである。


「そうは言っていないわ。私は貴女には感謝しているのだから。辛い事があった日でも自室に戻って大量のジェイドグッズに囲まれてウヒョーとか言っていれば大体リセットできるしね」


「お部屋まだそのままなのね……」


 五年前はアイラの私室は大量のジェイドの写真が飾られオーダーメイドの様々なサイズのジェイドのぬいぐるみがあったが……あれはそのままのようだ。


「ただいま」


 そこへ扉が開いて居間に入ってくるイクサリア。

 彼女は今日はアムリタに言われて王宮に行っていたのだ。

 ……父親である大王の見舞いに。


「お帰りなさい。お食事は?」


「兄上様たちと取って来たよ」


 アイラが尋ねるとイクサリアが微笑んで答える。

 大王を見舞った後でロードフェルド王の屋敷に行っていたらしい彼女。


「どうだった……?」


 イクサリアを行かせたのはアムリタだ。

 思っていた以上に大王の具合はよくなさそうなので早い内に見舞っておけと。


「……うーん、まあ彼は幸せだったんじゃないかな。思うように生きてきた人だし、大体の望みは叶えてきた事だろうしね」


 彼女の口調はどこか他人事のようであるが、それでも瞳に一瞬寂しそうな色が過ったのをアムリタは見逃さなかった。


 ……………。


「ご苦労だった。これでお前は自由の身だ。好きなように生きていくがいい。……そうは言ってもお前は元々好きに生きておるか」


 病床の大王はそう言って微かに笑う。


「これでも一時は父上や兄上の顔を立てて他国へ嫁ぐつもりでしたよ。……()()()、先方からお断りされてしまいましたけどね」


 平然と微笑むイクサリア。


「お前に……強い野心があればと想像した事もあったが、今はそういう時代でもない。これでよかったのかもしれぬ」


「……………」


 兄妹の中でもっとも父の性質を強く継承し覇王の素質を持っていたイクサリア。

 しかし彼女には権力欲も支配欲もない。

 その事をよかったと大王は言う。


「……アムリタの支えになってやれ。あれもわしのせいで随分と人生を狂わせてしまった娘だ。そのアムリタをわしの子のお前が支えてやれれば、わしも少しは心穏やかに逝けるというものよ」


「おや、随分と気弱な事をおっしゃいますね。思うがままに生きてきた大王様が」


 くすっと少しだけほろ苦く微笑むイクサリア。


「わしの身体はこの通り、もう音を上げておる。もはや自分の事を考える必要はない。なればこそ残していく者たちの事を少しは考えておるのだ」


「ご心配なく。父上がどう思おうが私は勝手にアムリタと幸せに生きていきますので」


 肩をすくめるイクサリア。

 そんな娘を見てヴォードランは口の端を微かに上げる。


「小生意気なやつめ」


 そして、大王はゆっくりと息を吐いて目を閉じる。


「……だが、お前はそれでよい」


 少し眠るという合図の様だ。

 イクサリアは父に黙って一礼すると静かに彼の部屋を出た。


 ……………。


 見舞いの時の話を聞かされたアムリタは何と言っていいものかわからずに頭を悩ませている。

 なんともこの父娘らしいやり取りではあるが……。


「あまり私たちの事を気に掛けなくても大丈夫だよ、アムリタ」


 そんな自分の内心を読み取ったかのようにイクサリアは微笑している。


「世に言う理想的な父と娘ではないかもしれないが、それでも私も父上様もこれはこれでいいと思っているんだ」


 それは……彼女の言う通りかもしれない。

 イクサリアは彼女なりに父親を大事に思っているように感じる。

 それでも自身の生き方の障害になると思えばすぐに「殺すか」と思えてしまうところが彼女らしさでもあるのだが……。


 ───────────────────────────────


 ある日の事だ。

 王立学術院のリュアンサの呼び出しを受けてアムリタは院に赴いていた。


「……血をくれって?」


「あァ、そんな大量じゃねえ。試験管一本分くらいでいい」


 院長室で自分を出迎えたリュアンサ。

 彼女はアムリタの血を研究してみたいのだと言う。


 アムリタの血は特別だ。

 大魔女である親のキリエから受け継いだ魔術を帯びた血液。

 それによってアムリタは不老であり、またその血に継承されたいくつかの魔術的な特殊能力を使いこなすことができる。


 人に輸血すればアムリタと同じ能力の内、いくつかを継承する事ができるが……。

 常人にはアムリタの血は劇薬であり輸血を試みれば高確率で死に至る。


「そのくらいなら別に構わないけど、普通の人には私の血って毒みたいよ?」


「毒っつーか、帯びてる魔力が強すぎんだよ。ほとんどの人間はそこまでの魔力に対する耐性がねェから、そんなモンを体内に入れちまうとどっかしらが不具合を起こすってワケだ」


 カルテを見ながらリュアンサはペンをクルクルと回している。


「けどアタシも研究者だ。危ねェから触んなって言われりゃ逆に血が騒ぐってモンだぜ。……別にオメーの血を利用してなんかしてェってワケじゃねえよ。でも詳しく調べりゃ何かアムリタにとっても有用な情報が得られるかもしれねェからな」


「そこは信用してるわ」


 リュアンサは口は悪いが危険な思想や野心はない女だ。

 というか稀代の天才であり王族であり、最近は商売に成功して莫大な富も築いてしまったこの女傑に今更他人を陥れてまで手に入れたいものもないだろう。


 腕を捲って差し出すとリュアンサは慣れた手付きで採血する。


 試験管に移した赤い血をまじまじと眺めている白衣の王女。


「……コイツに人類の夢である不老不死の秘密があるのか」


「どうかしらね。私の不老は夢と言うよりはどちらかといえば呪いだけど」


 アムリタが苦笑する。

 自分は不老の身体などまったく望んでいない。

 友人たちと同じように歳を取って死んでいきたかった。


 自分の血を受けたシオンは人と同じように老いていっているようだ。

 その血を取り入れたからと言って必ず不老が得られるというものでもないらしい。


「まァな……終わりがない、ってのはキツいもんがあるよな」


 その辺の心情を汲んでくれたらしいリュアンサが珍しく口元から笑みを消して肯いた。


 ────────────────────────


 しばらくの間、アムリタの屋敷に滞在していたウィリアムが再び旅立つ日がやってきた。

 領地への連絡など諸々の事務手続きが済んだので再びサンサーラ大陸へ向かうのだそうだ。


「すんなりOKが貰えたんですか?」


「ああ。私が何年も家を空ける事は別に珍しくもなんともないからな。もう皆諦めているよ」


 そう言って老冒険家は快活に笑っている。

 五年音信不通でもそれほど心配はされていなかったらしい。

 関係者はもう慣れてしまっているのだ。


「というか、先生って……」


 アムリタがウィリアムをまじまじと見る。


 この老人は今いくつなのだろう?

 顔立ちこそ老人ではあるものの、鍛え上げられた肉体は若者同然だ。

 出会って五年が経っているが衰えるどころか益々元気になっていないか?


「御歳を取ってらっしゃいませんよね?」


「はっはっは、バレてしまったようだな。……君と同じだ、アムリタ。私にも常人と同じ時は流れていない」


 やはり彼も不老なのだ。実際はもう百歳を超えているらしい。

 聞けば若い頃に「色々と無茶をした結果」そのような身体になってしまったそうだ。

 書類の上では今の彼は初代ウィリアムの息子という事になっている。


「お陰様でまだまだこの世の神秘を求めて旅ができるよ」


 開き直って冒険三昧のウィリアムである。


「預かったものは確かに皇帝陛下にお渡ししよう」


 アムリタはウィリアムに皇帝ギュリオージュに宛てた手紙とこちらの世界の通貨を手渡してある。

 そこには、帝国が十二星を派遣してくれる時用に『蒼玉の森(サファイアフォレスト)』から出て王都へ向かう手順なども記してある。

 聡明な彼らであれば誰が派遣されてこようが自分の説明で事足りるはずだ。


 さて……数名が名乗りを上げていたが誰が派遣されてくるものやら。

 ラシュオーンが来ていきなり強者の対戦相手を要求されたらどうしようと思わぬでもない。

 帝国と王国では文化があまりにも異なる。

 向こうは魔術文明が発展した世界で、こちらは魔術はあまり発展せずに工業技術などか代わりに発展した世界だ。

 慣れるまでは色々とサポートが必要になるだろう。


 自分が不在の間にまた二つの新たな家が十二星に選ばれ、十一の席が埋まった。

 帝国から来る誰かが最後の十二番目の星になる。


 五年ぶりに全ての星が揃う日が近付いてきていた。

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