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新たな死

 非番を利用し協力者であるシャルウォートの屋敷に赴き、いつもの「健康診断」を受けたアムリタ。

 その最中に彼女は王女イクサリアに自分の殺しを目撃されてしまっていたことを報告した。


「……と、いった次第よ。貴方の話はしていないけど、彼女は目が利くし頭の回転も速いからそう遠くない時期にバレてしまうと思う」


 そこまで語ってアムリタは若干辛そうに視線を伏せた。

 自分が王宮に入り込んだのはシャルウォートの手引きでだ。

 それを手繰られれば関係は必然的に明白になる。


「ごめんなさい。私のミスで……。貴方の身も危険に晒してしまった」


「う~ん、まあ気にしなくていいんじゃない?」


 軽い調子で返されて若干肩がコケるアムリタ。

 自分の破滅は高確率で連座する彼の破滅でもあるはずなのだが……。

 それなのにシャルウォートはまるでそれをなんでもない事のように振舞う。


「ボクはアドバイスはするけど、そこから先の事は君の自由だよ。思うようにやればいいさ。それでボクがどうなったっていう話は君が気にすることはないよ。初めから納得した上で首を突っ込んでるんだし」


「………………」


 改めてこの胡乱な男の顔を見るアムリタ。

 道化は変わらぬ薄笑いで己の本心を晒そうとはしない。

 酔狂でやっているわけではない事はなんとなくわかっている。

 彼には彼の何か目的があるはずなのだ。

 しかし彼の言うようにそれは自分が気にするところではなく、その余裕もない。


「イクサリア様には、ボクの話はしてしまって構わないよ。君の言う通り隠したってすぐ彼女は自分で答えに辿り着いてしまうだろう。聞く限りじゃそれを知ったからってこっちに不利になるような動きをするような御方ではないだろうしね」


「わかったわ。折を見て話をする」


 ……彼は、何を求めているのだろうか。

 この死と隣り合わせの綱渡りの先に。


 ────────────────────────


 十二煌星(トゥエルブ)紅獅子星(クリムゾンレオ)」……エールヴェルツ邸。


 王都でも最も権力があり財力がある者たちの邸宅の連なる住宅街の、一際荘厳な最早宮殿といって差支えの無い大邸宅にその大貴族の一家は暮らしている。


 当主はシーザリッド・エールヴェルツ。

 鋭い眼光の中年の美丈夫。

 息子と同じピンピンと所々に尖ったハネのあるブロンドをオールバックにして、口元には薄い口髭がある。

 現在の十二星の中でも最も力があると言われている「三聖(トリニティ)」の一人である。


 そのシーザリッドは今、自室に息子を呼び出していた。


「……………」


 書斎机に座る父の前で直立の姿勢を取るレオルリッド。

 彼の表情には僅かに緊張が覗いている。


「最近、三等星以下の者たちと積極的に交流しているそうだな」


 落ち着いた……それでいて厳格な声で父が言う。

 レオルリッドの肩がピクリと揺れた。


「はい。おっしゃる通りです、父上」


 父の言葉に一呼吸を置いて返答する。

 いつもの彼の口調よりも若干ゆっくりと、自分自身で発言の意味を確かめながら口にするように。


「何故だ?」


 父の眼光とその冷厳な口調に気圧される息子。


「……わかりません」


 やや俯き気味に言う。

 しかしそこから彼は視線を上げてシーザリッドを真っすぐに見つめた。


「ですが、それが何か……自分を変えてくれる気がするのです」


 自分でも確証があって言うわけではない。

 でもそう願っている……彼らの存在にそう希望を見出しているのは偽りではない。


「そうか」


 やがて静かに父はうなずいた。


「話はわかった。……行くがいい」


「失礼します。父上」


 一礼してレオルリッドが堂々と父の書斎を退出する。

 扉の閉まる音を聞き、シーザリッドが目を閉じて長い息を吐いた。


(……なんか、提灯持ちみたいな連中ばっかりと付き合ってるからパパ心配だったけど、ちゃんとしたお友達も作れてたのか。よかったよかった)


 息子の成長を目の当たりにしてそっと涙を拭うパパであった。


 ────────────────────────


 ……今日も学術院の娘は張り切っている。


「さてさて、今日こそ事件の真相を探り当てるとしますよ。気合入れて付いてきてくださいね」


「ああ……」


 振り上げた拳を指揮棒のようにくるくる回すクレア。

 肯きはしたものの……ジェイドの胸中は複雑だ。


(見つかったのよ……犯人は。殺した方も吊るした方もどっちも……)


 内心でアムリタは乾いた笑いを浮かべている。

 この究極の茶番はどうにかならないものか。

 頑張っているクレアが気の毒だしこっちはこっちで居た堪れない。


「……ところで、毎日こんな事をしているがクレアの本来の仕事は大丈夫なのか?」


「え? ダメに決まってるじゃないですか。今月の査定大ピンチですよ」


 あまりにあっさりと言うので一瞬「大丈夫に決まってるじゃないですか」と聞き違えたのかと思った。

 なんという事だ。この自称名探偵は職場や上司の許可を得て活動しているのではなく、無許可で暴走しているのであった。


「それなら……どこかで切り上げなきゃダメだろう」


 半分は自分の都合で、半分は彼女のことを考えてジェイドは諭す。


「そこは心配いりません。事件解決すれば私の名声は上がるので査定は大目に見てもらいます。金銭面での問題もオーガスタス卿が大金くれると言っているのだしオールOKですよ」


「大金って言ってたかな……」


 何とも言えない微妙な表情になるジェイド。

 まだ捕まえてもいない狸の皮を売ったお金で豪邸を建てるビジョンを見ているようだが……。


「とにかくなんとかして大聖堂に入りたいんですよね。というか遺留品をチェックしたいのです。私の記憶だと大聖堂に人をぶら下げられるような頑丈なロープはありませんでした。犯人が死体と一緒に持ち込んだはずなんですよ」


 中々に鋭い指摘をするクレア。

 彼女の言う通り、大聖堂でイクサリアがアルバートの死体を吊るすのに使ったロープは修練場から持ち出したものである。

 そこを辿れば本当の殺害現場が修練場であるという事がバレるかもしれない。


 ……とはいえ、そこはもうジェイドにとってはあまり重要な話ではなくなっていた。

 あの日以来修練場は普通に使われている。

 仮にそこが本当の現場であるとバレたところでそこから自分まで辿られることはそうそうあるまい。


(後はなんとかクレアが捜査を諦めて、事件が迷宮入りしてくれればよいのだけど……)


 この時のアムリタはそう考えていたのだが……。


 ───────────────────────────


 ……ドタドタドタドタ!!


 官舎にけたたましく響き渡る足音。

 時刻はまだ日が頭の先を地平線から覗かせたばかりの頃である。


「……まったく、こんな時間から一体なにごとだい?」


 下着姿のイクサリアがベッドから気だるげに身を起こす。


「うわーッ!! 僕のセリフだそれは!! 何でいるんだよ!!!」


 そしてそんな彼女に隣で跳ね起きたジェイドがたまげている。

 夜の内に入り込まれていたらしい。

 彼女がいるので相変わらず窓に施錠ができないジェイド。

 今更鍵をかけ始めると拒絶の意にとられてイクサリアがむくれそうだから。


「ジェイドさん、開けてください!! 事件は新たな局面を迎えたのですよ!!!」


 バンバンと部屋のドアをブッ叩きながら騒いでいるのはクレアだ。


「おい待て!! 何時だと思ってるんだ!! それにここは男性官舎だぞ!!!」


 ドアノブを握りしめて開けられないように踏ん張りつつ、目線でイクサリアに「早く出ていってくれ」と訴えるジェイド。

 周囲では何事かと思って部屋を出てきたらしい男衛士たちの「きゃぁっ!」とか「いやぁん!!」という野太い悲鳴が聞こえてきている。


 やれやれ、と欠伸を噛み殺しつつ上着を羽織ったイクサリアが窓からふわりと飛び出していくのとドアを蹴破るようにクレアが部屋で突入してきたのはほぼ同時であった。


「事件です!! 大事件なのですよ!!」


「それならたった今目の前で起きてるよ。……聞け、この阿鼻叫喚を」


 周囲から聞こえてくる野太い嘆きの声にジェイドが目線を隣に送った。


「貧弱で軟弱な男性陣なのですよ。……そんなヘナチョコ坊主どもはどうでもいいのです。急いで着替えて付いてきてください」


 ぐいぐいと手を引っ張って急かすクレアにジェイドが嘆息しつつ首を縦に振った。


 ───────────────────────────────


 早朝だというのに現場は既に野次馬の人垣ができており、それ以上近付けまいとする近衛兵たちがそれを阻むように壁を作っていた。

 ざわつきつつも不吉な寒気に人々が襟首を縮めているような……そんな異様な雰囲気の周囲。


 ジェイドが連れてこられたのは王宮の裏手の堀である。


 ここで一体何が起こったのか。

 ジェイドも決して背が高いほうではない。

 目の前の野次馬たちで視界は阻まれその肝心な部分が見えない。


(強化すれば高く跳べるけどこんな所で目立つわけにはいかないし……)


 何度か跳躍しているとようやくチラリと堀にうつぶせに浮いている人間らしきものが見えた。

 堀の水は奇麗なのでその人物の衣類と髪の毛の色が黒である事がわかる。


「まったくなんにも見えません。肩車を所望するのですよ」


 裾を引っ張って要求するクレアを仕方がないので言われるままに肩車する。


「快適なのです。よく見えます」


 ちょっとはしゃいでいるクレア。

 だから二十歳に見えないんだ、とは空気を読んで口にはしない。


「あぁ……」


 その彼女が頭上で露骨にしょげるのがわかった。

 落胆が頭に添えられた彼女の手を通じて伝わってくるかのようだ。


「どうした?」


「貴重な金ヅ……いや、パトロンを失ってしまったのですよ」


 今金ヅルって言いかけた? と思いつつ……。


「あの紋章は天車星だろ……?」


「弟君に続いて兄君までか? しかも、とうとう十二星の家の当主がな」


 ひそひそと囁き合う周囲からの声に息を飲む。

 脳裏に蘇るのはあの異様なまでの迫力と執念で弟の死の真相を探っていた黒い長髪の男……。


 天車星のハーディング家当主オーガスタス。

 この日の早朝、彼の亡骸は王宮の堀に浮かんでいるところを発見されたのだった。

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