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誓約剣士隊

 一頻り泣いてようやくシオンは落ち着きを取り戻した。


「はぁ……もう、みっともない所をお見せして申し訳ないです……ずびっ」


 マコトに渡された鼻紙でシオンが鼻をかんでいる。


「気にすることはないよ。もしも私が同じ立場だったら今頃は失禁して失神していただろうしね」


 最早フォローなのかどうかもわからない壮絶な事をのたまうイクサリア。

 場面を想像すると完全な事案である。


 それから……皆で居間に移って積もる話をしたアムリタたち。

 アムリタにしてみれば数時間前にロードフェルドに聞かせた話をもう一度最初からする事になってしまった。

 シオンの帰りがもうちょっと早まるか王の来訪がもうちょっと遅れるかして二人が来る時間が重なってくれていれば……と、少しだけそう思ってしまったがそれは内緒にしておく。


「私の方は師匠たちがお出かけしてから、アトカーシア家の部隊で治安維持活動を行っておりまして……」


 シオンが語った所によると、アムリタが出発してから宙に浮いた形になってしまっていたシオンと彼女の部隊に『白狼星(フェンリル)』のミハイルがヒマしているなら手を貸せと声を掛けてきたのだという。

 彼のブリッツフォーン家の部隊は王都の治安維持活動に従事している。警察権を国から与えられた正規の治安部隊だ。

 都には騎士団の警邏隊もいるが位置付けとしてはその上位機構となる。

 その活動を手伝えと言われたらしい。


 折しも広大な王都をブリッツフォーン一家ではフォローし切れなくなってきていた矢先であり、この機会に治安部隊を再編しようという話になった。

 王都を東西南北四つのエリアに区分けして、それぞれを別の十二星(トゥエルブ)の家の部隊が担当する。


「私はお屋敷(ここ)から近い北エリア担当がよかったんですけど、北は王宮も含まれるので流石に慣れたブリッツフォーンの部隊がいいだろうという事になりまして」


 なので今は週の半分くらいは王と南側の管轄区域の部隊の屯所で生活をしている、そうシオンは語った。


「あ! そう言えば部隊名って……」


 話をしている内にあれこれと思い出してきたアムリタ。

 部隊名をどうしようかと考えている途中で自分は出発してしまっている。

 まさか不在がこれほど長期に及ぶとは考えてもいなかったので随分色々とやりっぱなしになってしまっていた気がする。

 部隊名の事もそうだが、何かもっと重大な話も放置してしまっているような……。


「はい。師匠がお出になった後でやっぱり仮の名でもないと不便だという話になりまして。僭越ですが私が……」


 恐縮からか多少身を縮めているシオン。

 自分よりすっかり大人の見た目になってしまっている彼女にこういう対応をされるのも少し落ち着かないアムリタ。


「も、勿論師匠がお戻りになったら改めてちゃんと命名して頂くつもりでですね……!」


「なんて名前にしたの?」


 何か大切なことを思い出しきれないモヤモヤを頭に抱えつつアムリタはコーヒーを口にする。


「『誓約剣士隊(カレトヴルッフ)』と名乗っていまして……」


「いいじゃない。五年もその名前で活動しているのでしょう? そのままにしておきましょうよ」


 いいんでしょうか? と少し釈然としない様子のシオンだが……。


「いいのよ。私がそれでいいと言っているのだから」


(他にいい名前が思いついているわけでもないしね……)


 大体が自分は人を集めてくれと頼んだ所までで、後はシオンが隊士を集めて鍛えて指揮を執っている部隊の事。もはやアムリタの、というかほぼシオンの部隊である。


 今更自分が名前を付け替えるのも烏滸がましい……そう思うアムリタであった。


 ──────────────────────────────────


 アムリタが王都に戻ってから数日後、彼女は市内のある建物を訪れていた。

 灰色の武骨な石壁の四階建てのその建物の外壁には『四つ葉探偵事務所』の看板が懸かっている。


「お、来た来た。ははっ、ほんとにまったく変わってないじゃないかよ」


 明るく笑って出迎えてくれたのは所長であるマチルダだ。

 五年ぶりの自分を、まるで昨日別れたばかりの気安さで。

 それがアムリタにとっては心地よくてありがたい。


 二十代の半ばに差し掛かりすっかり大人の女性になっていたマチルダ。

 トレードマークだった長い髪はバッサリ切ってショートヘアになっている。

 五年前のラフな格好から今は仕事ができる女傑といった雰囲気のスーツ姿に。


「久しぶり、マチルダ。随分お仕事は調子いいみたいね」


「ああ、お陰さんでな。ミハイルが結構案件(しごと)を回してくれるんだ。職員(ひと)も増えたし順調だな」


 この五年で四つ葉の探偵事務所は複数の職員を抱えて二つの支社を出すまでに事業を拡張していた。

 一足先にここへはエウロペアを帰しているので自分の訪問は予測済みであった事だろう。


「お互い、色々と話したいことはあるけどまずはお仕事の話を済ませてしまいましょう」


 今日はアムリタはここへ報酬を支払いにきたのだ。

 大事なスタッフを五年間も借りっぱなしにしてしまった。相応の金額を払わなければならない。


 二人は所長室に移動して報酬の話を詰めてアムリタが小切手を切った。

 ちょうどそこにコーヒーを淹れたマグカップを乗せたトレイを手にもう一人がやってくる。


「……おやまあ、これはまた随分と懐かしい顔がいるのですよ」


 ……クレアだ。

 ちんちくりんのままだ。

 すっかり大人の女性になったマチルダに対してあんまり変わっていない同い年。


 ソファから立ち上がったアムリタがクレアを抱擁する。

 自分が旅立った後しばらくしてクレアは学術院を辞め正式に四つ葉のスタッフになっていた。

 今では副所長である。


「まぁ、唯一のスタッフが出払っちゃってヒーコラ言ってましたからね。毎度毎度泣き付かれても鬱陶しいから移籍してやったのですよ」


「何言ってやがんだ。院への借金立て替えてやるつったら目の色変えて飛びついてきたくせに!」


 お互い毒を吐きあってマチルダとクレアが笑っている。

 この空気は五年前のままだ。


「……んで、何だって? どっかのデカい国の神様になったんだって? エウロペアからざっくり聞いてはいるんだけどさ。アイツの話は大雑把すぎるのと擬音が多すぎてどーにもわからないんだよな」


 肩をすくめるマチルダに苦笑するアムリタ。

 そもそもがエウロペアは真面目な話になると寝ているかフラッといなくなってしまう事が多いので帝国での出来事をどのくらいちゃんと理解できているのか疑問である。


 途中食事を挟みながら帝国での出来事をかいつまんで語るアムリタ。

 話し始めのころは興味深そうに聞き入っていた二人だがその内に難しい顔になっていって口数も減っていった。


「……そういう感じで何とか戻ってこれたというわけ。あれ、どうしたの?」


「……………」


 何とも言えない表情でお互い顔を見合わせているマチルダとクレア。


「……ちゃんと聞いてもやっぱりどーにも理解しきれなかったよ。読んでる空想小説のストーリー聞かされたような気分だっつの」


「まったくなのですよ。なんです? 八千年以上続いてるこの大陸より大きいエルフの帝国? 風呂敷広げすぎなのですよ」


 二人の呆れ顔に苦笑するアムリタ。

 自分も他人の口からファン・ギーラン帝国を説明されれば同じような反応になった事だろう……それを表情に出さないように苦労はしただろうが。


 実際、今でもあの帝国で過ごした五年間は夢だったのではないかと思うことがある。

 大神都のあの光景は……あれは完全に『異世界』だった。

 今いる王国と同じ世界の光景だとはとても思えない。


「近く、そのエルフの帝国から十二星が一人派遣されてくる事になっているから。帝国の都とここが直通になる転移門ができる事も決まったし。行き来のルールがどうなるかはまだわからないけどね」


「行ってみたいような、怖いような……」


 難しい顔で悩んでいるマチルダである。


 ────────────────────────────────────


 ……拗ねていた。

 不機嫌MAXだ。

 革張りの椅子の向こう側に見えている後ろ頭から湯気が噴き出ているように錯覚するほどの。


「……帰れッ! オメーなんか知らねえ!!」


 学術院の院長室を訪れたアムリタ。

 彼女を待っていたのは感激の抱擁ではなく怒声であった。


「五年もほったらかしにしやがって……ッ!! どうすんだよ、アタシは四捨五入したら三十路んなっちまったんだぞ」


「………………」


 アムリタは何も言わない。

 ただ穏やかに微笑んでいるだけ。

 彼女のこの怒りが嬉しさを素直に表現できない照れ隠しと、そして若さのピークを越えた自分を見られることに対する不安からくるものだという事をわかっているから。


「リュアンサ」


 ゆっくりと執務机の彼女に向ってアムリタが歩いていく。

 後姿の王女の肩がピクッと揺れる。


「リュアンサ、私……例え貴女がお婆さんなったとしても、変わらずに貴女が好きよ」


「……………」


 側面から覗き込むようにリュアンサに顔を近づけるアムリタ。

 ……すると、リュアンサはプイッと反対側を向いてしまう。

 なのでその反対側にアムリタは顔を寄せて……またもリュアンサが逆を向く。

 そんなやり取りを何度か繰り返して……。


 急にガバッとリュアンサがアムリタの頭を抱え込んでヘッドロックの体勢になった。

 間近で覗き込んだアムリタに向けて王女はニヤリとギザ歯を見せて笑った。

 ……なんにも変わっていない王女。

 自分同様にそういう魔術か体質なのかと思うほど彼女は以前のままだ。

 今日が旅立ったあの日の翌日だと言われても何もおかしな部分はない。


「オメー、今のセリフ……いつかアタシの臨終の床で確認取るからな。覚えとけよな」


「ええ。それまで仲良くしてね、リュアンサ」


 そして二人は唇を重ね、しばらくそのまま動かなかった。


「……ただいま、リュアンサ」


「おかえりよ。……ったく、こっちはこの五年間オメーの事を考えない日は一日もなかったぞ」


 目を開けてほほ笑むアムリタ。

 ぶっきらぼうにそう言ってフンと鼻を鳴らすリュアンサであった。


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