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アムリタ、祖国へ帰る

 大神都の細い路地裏をはしゃぎながら子供たちが駆けていく。

 エルフもいる。ドワーフも……そして、人間もだ。

 楽しそうな子供たちの表情には種族の違いによるわだかまりのようなものは微塵も感じられない。


 アムリタたちが帝国に来てから四度目の春が訪れていた。

 今のファン・ギーラン帝国には奴隷という階級はもう存在しない。

 一年近く前に帝国法が改正され奴隷階級はなくなったのだ。


 勿論、それで全てが丸く収まるわけではない。

 突然平民となった人間たち……大半は奴隷だった時に仕えていた主人の下で正規の労働者として働くことになったが一部は浮浪者化してしまったり犯罪に走るものも出てきている。

 人間種族も就学が義務となったが学校の建設も教師の手配も全然追い付いていない状況だ。

 混乱はまだまだ続くだろう。


 それでも……帝国は新しい時代へ、その第一歩を踏み出したのだ。

 数千年もの間踏み出すことのできなかった一歩を。


 ……………。


『星神学園』


 アムリタが私財を投じて創立した学校だ。

 学費の大部分が免除になり、主に元奴隷階級だった人間たちや貧困層から生徒を集めている。


「学園長先生、さよなら!!」

「先生さようならー!!」


 放課後、校門前。

 元気に手を振って走っていく子供たちを同じように手を振って見送るアムリタ。


「さようなら。気を付けて帰りなさいね」


 するとそんな彼女に大股で近付いてくるドワーフの老人がいる。

 中身のない右の袖がひらひらと風に揺れている。


「……よう、お嬢ちゃん」


「こんにちは、ボルガン様。今日は大神都(こちら)ですか?」


 アムリタが微笑みかけるとボルガンは大きな頭を縦に振る。


「ああ、細工用具(どうぐ)を新しくしたくってな。様付けはやめてくれ。今じゃアンタの方がずーっと上だ」


 そういうわけにはいきません、とアムリタが苦笑する。

 この老人の暮らすジャハの村も今では住人が増えてもう街と呼んだ方がよい規模になっている。

 今では大神都との住人の行き来も自由だ。


「お陰で俺もこうしてまた都を堂々と歩けるようになった。俺にしてみりゃお嬢ちゃんは本物の女神サマだよ。頭が上がらん」


 走って下校していく子供たちの後姿を見て老人は目を細めた。


 ──────────────────────────────────


 森羅万象の間に皇帝と大賢者マハトマ……そして十二神将が集っている。


 全員が揃うのは約一年ぶりの事だ。

 すでに議論は終えている。

 静まり返っている広間。


 皇帝の決裁を待つのみだ。


「王国の申し出を受け、開国するものとする」


 裁可を下すギュリオージュ。

 大賢者が、そして戦神たちが全員片膝を突いてギュリオージュに深く頭を下げる。

 この瞬間、帝国と王国との間に国交が結ばれることが決まった。


 ……遂にアムリタは成し遂げたのだ。


「親書を認める故、それをそなたが届けよ」


「……御意にございます」


 頭を下げた姿勢のままで答えるアムリタの声は若干震えている。

 感無量。気持ちの昂ぶりを抑えるのが難しい。

 ようやく……ようやく、ここまで辿り着いた。


 奴隷制度の撤廃が決まった時と同様に今回も神将たちから慎重論は出たものの反対者はいなかった。


「私は王国に帰還する事になりますので……それで、その」


 ちょっとアムリタが言葉に詰まる。

 この先は口にし辛い。


「……神将位は退くべきではないでしょうか」


 流石に自分から辞めるとは言えない。

 しかし帝国を去る自分が神の地位に居続けるのは問題があるだろう。


「ならぬ。……そなた、神の位を何だと思っておるのじゃ。簡単に辞められると思うでない」


 そう言うとギュリオージュは目を閉じて黙考する。


「王国の都に転移門を設置する故、帝国(こちら)王国(あちら)にいる時間が均等になるようにせよ」


「陛下のご温情に深く感謝いたします」


 ギュリオージュの下した命はアムリタにとっては理想的とも言えるものだ。

 門があれば移動は一瞬。

 アムリタとしてもまだまだ不安定な立場の帝国の人間種族たちに対して援助を続けていきたいと思っていた所だ。


「そして……十二星か。あちらの国の十二神将のようなものかのう。エルフから迎えたいとの申し出、これも受けようと思うが……誰かわらわの名代として星神の国へ行きたいという者はおるか?」


「……私が行くわ」


 即座に名乗りを上げる天神トリシューラ。


「最も美しく聡明で、そして強い私こそ帝国を代表して出向くエルフに相応しいはずよ」


「待ちたまえ、トリシューラ」


 言葉を発した髭の美丈夫……ヴァジュラ。

 雷神は優雅な所作で割って入る。


「ここは確かな審美眼を持つ者こそが出向くべきではないかな。……即ちこのヴァジュラだ」


「人間を蔑視していたお前が人間の国に出向するつもり?」


 半眼のトリシューラだがヴァジュラは涼しい顔だ。


「私は法の解釈に従っていたに過ぎんよ。法が変わった今は彼らは対等な隣人だ」


 肩をすくめて言うヴァジュラ。

 白々しい物言いではあるが、これはこれで彼の本音でもある。


「下がれお前たち。……行くのは俺だ」


 そして驚いたことに闘神ラシュオーンも王国行きに名乗りを上げた。


 やいのやいのと言い争い始めた三人。

 話はこじれるばかりでまとまりそうにない。


 アムリタとしては親しいトリシューラが来てくれれば嬉しいが流石にこの重大な人事にえこひいきで口をはさむことはできない。


「この件は引き続き審議じゃな」


 総括してギュリオージュが嘆息した。


 ─────────────────────────────────


 飛ぶように軽い足取りで屋敷に戻り、王国への帰還が許されたことを仲間たちに報告したアムリタ。


「……ふぅん、結構あっさりOKが出たね」


 特別感慨もないように見えるイクサリア。

 彼女にしてみればアムリタと一緒にいる事が全てで大事なことはそれだけなのだ。

 従って帰還にもさして思うところがない。


「お疲れ様でしたっス、ご主人」


 この五年近く、甲斐甲斐しく自分に仕えてくれたマコト。

 彼女にしたら異国から異国への移動である。

 やはり帰還に大きな感情はないようだ。


「……ふあっ、帰んの?」


 居眠りをしていた長椅子の上で起き上がったエウロペア。


「まー、チョー優秀なウチがいつまでも留守してたらマチルダの事務所潰れちゃうだろうし、確かにそろそろ戻るべきかもしんないし」


 その理屈だと五年留守しているんだからとっくに事務所は潰れてそうだが、そこは言葉にはしないアムリタたちである。


「ふーむ……帰還か。うむむむ……」


 ソファに腰かけてゆったりとパイプを燻らせているウィリアム。

 表情が晴れない老冒険家。

 彼は使い古しボロボロになった手帳取り出して走り書きのメモに目を通す。


「まだこの大陸で行かなければならない場所が沢山あるんだがね。とはいえ、確かに一度戻って家人に無事は知らせておくべきか……。幸い転移門は置いてもらえるそうだしね。来ようと思えばまたすぐ来れる。……来れるはずだ」


 最後のほうは何だか自分自身に言い聞かせるみたいになっている。

 戻るのにはかなりの踏ん切りが必要なようだ。


「……おおい! 待て!! 待ってくれい!!」


 そこへ慌てた様子で駆け込んできたのはギエンドゥアンだ。


「わしも帰るぞ!! 連れてってくれ……!!」


「おじさまは黄金郷(エルドラド)商会に就職してバリバリ働いてるんじゃなかったの?」


 十二神将、玉神パラーシュラーマの黄金郷商会でギエンドゥアンはそれなりの地位を与えられているらしい。

 黄金郷商会はサンサーラ大陸最大の商会だ。

 そこの重鎮ともなれば大出世のはずだが……。


「バリバリ過ぎるんじゃ! 寿命までバリバリ削れるわい!! 厳しすぎて小銭一枚チョロまかす隙すらない!! やっとれんわ……わしは帰るぞ!!!」


 ……つまりはルールが厳しく監視が厳重で悪事を働く余裕がないという事か。

 そんな事だろうと思ってアムリタたちは全員が半眼である。


「申し訳ないのですけど、玉神様からはおじさまが逃げてきたら捕まえて引き渡して欲しいと言われているの。あの方とは私は業務提携中ですから言う通りにしないと……。悪く思わないで下さいね、おじさま」


「……な、な、何じゃと!!? 大親友のわしを売る気なのか!!!??」


 手早くマコトに縛り上げられたギエンドゥアン。

 アムリタがベルを鳴らして合図をすると屈強な召使が現れて彼を担ぎ上げる。


「大親友だからこそ、おじさまにはしっかり更生してほしいんです。ご活躍をお祈りしていますね」


「鬼ィィィィッッ!! 悪魔ッッ!!! お前のカーチャン八百歳超えの大魔女!!!」


 何故か柳生キリエの正体を微妙に暴露しつつ連れ去られていくギエンドゥアンであった。


 ──────────────────────────────────


 そして数日後……。


 主神城の地下にある転移門の間。

 そこに荷物を手にしたアムリタたちが集合している。

 このサンサーラ大陸でこの主神城地下の門だけが転移先を自由に変更できるのだ。

 ここ以外の全ての転移門は行き先が固定されており変更はできない。


「御大層な別れの言葉はいるまい。どうせすぐに戻ってくるのじゃからのう」


 今日も皇帝ギュリオージュは宙に浮く巨大な宝珠の上にいる。


 そんな彼女に尊敬と感謝を込めてアムリタは深く頭を下げた。

 巨大軍事帝国の独裁者としては温厚で大きな器を持った人物だったギュリオージュ。

 彼女の了見が狭ければ自分たちが帝国にいる時間はもっともっと長くなっていた事だろう。

 帰還も叶わなかったかもしれない。

 そう思うと自然に彼女に頭が下がる。


「どこへ行こうがそなたは我が臣下、帝国の十二神将じゃ。その事を忘れるでないぞ」


「はい、心します」


 笑いあうアムリタとギュリオージュ。


 その二人の前で石造りの台座の上に光を放つ渦が発生した。

 転移門が起動したのだ。


「ではしばしの別れじゃ。……達者でな、そなたら」


 一人一人が丁寧にギュリオージュに礼をして順番に光の向こうへ消えていく。

 最後にエウロペアがまるで友達にそうするかのように皇帝に向かって手を振った。


「さらばじゃ赤い竜よ。我が弟を救ってくれた事をわらわは深甚に思うぞ」


 そんなピンクのツインテメイドに微笑んでギュリオージュが手を振った。


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