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流れ星

 阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されている。


 最早……戦争どころではなかった。

 アルハーリア州の兵士たちもジアーグ州の兵士たちも必死に魔神樹の根に抵抗している。

 しかし切っても焼いても新たな根が地中から現れるので切りがない。


 蛇のようなワニのような蠢く不気味な青紫色の根。

 その表面には無数の目や口が不規則に並んでいて時折低い声で何事かを囁きかけてくるのだ。

 既に両軍共にかなりの犠牲者が出ている。


「あっはははははははっ!!! やー、壮観ですねえ」


 そして上空に浮かんでその惨状を見下ろし、一人高笑いしている青い肌の魔族。

 戯神メビウスフェレス。

 彼女は楽しくて仕方がないと言った様子で一人空ではしゃいでいる。


「……ラヴァっちが心の中に溜め込んでたドロドロしたやつはかなりのモンだったから相当な成長は見込めると思ってたけど……。それにしても想像以上だったね~」


 腕組みをして目を閉じて、うんうんと満足げに戯神が肯く。

 魔神樹をこの大陸に呼び込んだのは彼女だ。

 そして、それを成長させる苗床として戯神は羅神を選んだのである。


「まあ随分時間掛けて仕込みましたからねぇ」


 メビウスフェレスの口元に浮かぶ酷薄な笑み。


「どんな顔するかな? 大事な大事な奥さんと娘さん焼いたのが……実は()()()()()()()()()()()って聞いたら」


 ある程度成長した魔神樹はその土地と一体化する。

 間もなくこの魔の植物はサンサーラ大陸そのものと化すのだ。

 そうなればもう大陸ごと消滅させなければ根を退ける方法はない。

 事実上不滅の存在となる。


「つまんない命ばっかの世界だけど、私たちの養分になれるんだからまだ有効的な活用法ってやつよね」


 この世界を魔神樹の根を通して自分たちの世界へエネルギーを送り続ける補給ポイントに変えること……それが自分がこの世界にやってきた理由。

 遠い遠い遥かな昔にその為に彼女は。

 十二神将に選ばれるほどこの国に溶け込みながらずっと機会を待っていた。


 魔神樹は結びついた者が心に抱える闇が深ければ深いほど早く大きく成長する。

 その意味でラーヴァナの抱えていた絶望と憎悪の大きさは彼女の期待以上であった。

 羅神の抱えていた闇を強く刺激する存在……アムリタが現れた時、彼女は待ちわびた時が来た事を悟った。


「星神チャンたちも、もうちょい頑張ってよね~。君らがラヴァっちを刺激してくれればくれるほどラヴァっちの闇が増幅されて根の成長が……ァッ!!!??」


 見開かれた戯神の目。

 虚空に赤い飛沫が舞う。


 突如表情を引き攣らせ、大きく血を吐いたメビウスフェレス。

 そのまま彼女は地上へ落下して転がる。

 突然全身を襲った激痛に顔を歪めつつ戯神はもがいた。


「なッ……何……がッ……!!」


 うつ伏せの魔族の娘が必死に顔を上げる。

 その背が斜めに裂けていて激しく出血していた。


 ……それは、彼女の風が切り裂いていったもの。


「キミがアムリタをどっかに連れ去ったんだって……?」


 冷たく無感情な声。

 青銀の髪が風に靡いている。

 ……イクサリアがそこに立っていた。

 そして、彼女は一人ではない。

 その隣には……。


「やはりいたな。魔神樹が出た以上は近くに魔族がいると思っていたよ」


 双剣の老剣士……ウィリアムが。


 すぐ傍に立ち自分を見下ろしている二人を見るメビウスフェレスが血で汚れた奥歯をギリッと鳴らす。

 ……油断した。この二人は遠く離れている戦場にいたはずだ。

 こんな短時間で羅城付近にいる自分のところに移動してくるとは……。


 魔族の存在を予測したウィリアムがイクサリアに声をかけて二人で飛んできたのだが、その事は彼女は知らない。


(んもー……どうする……ッ!? 無関係だと言い張っちゃうか……?)


 内心で歯噛みするメビウスフェレス。

 老人の方は口ぶりからして魔神樹が何であるのかを知っている。

 魔族の住む世界……闇獄界(オルドゴウル)から伸びている植物である事を知っているのだ。

 とすれば魔族である自分がこの場で身の潔白を証明するのは至難である。

 ……そもそも潔白ではないし。


(あー、もーしゃーないね。殺るか! 殺るしかないよね!! これでもワタシ、十二神将サマですんで!!)


 突然身を起こしたメビウスフェレス。

 同時に右手に暗黒エネルギーの渦を作っている彼女。

 この一連の動作に掛かった時間は0,1秒未満。

 右手の暗黒エネルギーは炸裂した対象を問答無用で崩壊させる。


「『苛むもの(スカージ)』ッッ!!」


「遅い」


 走る銀閃。

 風を纏って交差するイクサリア。


「ほえ……っ?」


 急に視界が大きくズレた。

 メビウスフェレスの頭が胴から離れ、鮮血を散らしながら宙を舞う。


 ちなみに同時に右手も作った黒い渦ごと切断されて宙を舞っている。

 そちらを斬ったのはウィリアムだ。


「容赦なさすぎん……?」


 最後にそう言い残し、戯神メビウスフェレスの意識は闇へと沈んでいった。


 ────────────────────────────────────


 巨大な穴から空へ向かって伸ばされ、のたうっている魔神樹の根。

 さながらそれは届かぬものに伸ばされた腕のようだ。

 ただ何を掴み取ることもなく空しく虚空を搔き続けている。


「ガァァァ……ッッ! 憎イ……人間ドモガ……憎イッッ!!!」


 根の表面から生えている羅神ラーヴァナの胸部。

 憎悪の戦神の目は既に正気を失いつつある。

 エルフ部分にまでピンク色の太い血管のようなものが浮かび上がり、そこにはやはり緑色の目がいくつも周囲をねめ回し、またいくつもの口が開いて意味のない言葉を紡ぎ続ける。


「……全テガッッ!!! アラユルモノガッッ!!! 憎イッッッ!!!!!」


「……………」


 トリシューラに抱かれて上空にいるアムリタがそんなラーヴァナを哀しい目で見下ろしていた。


 あれは……あれでもまだラーヴァナといえる存在なのだろうか?

 際限のない絶望と際限のない憎悪の果てに大切にしていたはずのものも全て削ぎ落ちてしまった憎しみの魔物。

 自分が何に怒っていたのかも、どうして憎まなければいけなかったのかも……もうわからなくなってしまっている。

 始まりを忘れた憎しみが終わることなく続いていく。


 これほどまでに憎むのは、その理由にあった部分を彼がどれほど大切にしていたかの裏返しであるはずなのに……。

 その事をもう彼が思い出せそうにないという事をアムリタはとても哀しいと思った。


「……行きます」


 アムリタが聖剣の柄を強く握る。

 終わらせなければならない。

 あの哀しいだけの存在を……この手で。


 アムリタの手に自分の手を重ねるトリシューラ。

 二人で一振りの聖剣を持つ二人。


「私の力の全てをその剣に注ぎ込むわよ!!」


「はい! お願いします!!」


 光に包まれで空へと駆け上っていくアムリタとトリシューラ。

 星の神と天の神。

 (ソラ)に輝くその光は、その時サンサーラ大陸のあらゆる場所から見上げることができた。


 決意を秘めた瞳でアムリタが遥か遠くなってしまった地上を見る。


 そして……。

 流れ星が降る。

 ただ一直線に……地上の憎悪の主へ向かって。

 輝く長い尾を引いて。


 眩い光の矢となった二人の戦神がかつては戦神であったものを刺し貫く。


「ゴアアアアアアアアッッッッッッ……!!!!!!」


 ラーヴァナが咆哮した。

 白く崩れていき無数の破片になりながら吼えた。


「……!!!」


 視界を真っ白に埋めた光の中で彼は亡くした妻と娘の幻影を見る。

 大事だった二人。

 何よりも愛していた二人。

 それなのに……。

 大切だったもののはずなのに……。


 誰かがもうわからない。

 思い出せない。

 名を呼ぶこともできない。

 その事に絶望してラーヴァナは悲痛な叫び声を放つ。


「……………」


 大地に立ち、見上げている星神。

 崩れて消えていくラーヴァナを無言で見送りアムリタは静かに涙を流した。


 ─────────────────────────────────


 あの激しい戦いから一週間が過ぎていた。

 今日の空は綺麗に青く晴れ渡っている。


 羅神城跡地の大穴は今もそのまま。

 底の見えない深い巨大な穴は、まるでこの世ならざる奈落の底へと繋がっているかのようだ。

 その周囲には灰色に崩れ落ちた魔神樹の根の残骸がまだあちこちに残っている。


 ……………。


「……なるほどのう」


 空に浮かぶ大きな宝珠に座っている皇帝ギュリオージュが激しい戦いの跡を見て回っていた。

 護衛として連れてきた皇弟(ラシュオーン)を従えて。


「勝手に大騒ぎしおって。そういう時はまずわらわに相談じゃろうが。そなた自分の地位と皇帝というものをなんと心得ておるのじゃ」


「申し訳ありません。相談したら『奴隷返しなさい』って言われちゃうと思いましたので。……全部終わってからご報告するつもりでした」


 馬鹿正直にぶっちゃけるアムリタ。

 (スジ)の話をするのなら今回アムリタは怒られる側なので上に相談はできなかったのである。


「ならば何故俺を呼ばん。俺なら姉上に黙って加勢してやったぞ」


「……………」


 ラシュオーンの言葉にアムリタは一瞬黙って、それから思わず吹き出してしまった。

 以前も一度したことのあるようなやり取りである。

 王国にいる金髪の青年を……懐かしい友人の一人を思い出す。


 その笑いの意味がわからず顔を見合わせる姉弟。


「まあいいじゃろう。色々と言いたい事もあるが、まずはよくやった。そなたがいなければ帝国はどうなっていたかわからぬ。褒めて遣わそう」


 そう言ってから頭上の皇帝はどこか遠くを見るかのように視線を空に送った。


「……まさか戯神がな。あやつはわらわが帝位に就く前からの十二神将……最古参じゃ。わらわは幼かった頃にあれに面倒を見てもらっていた時期もある。それがまさかこんな恐ろしい企みを秘めておったとは」


 きっと……ラーヴァナとアムリタがいなければメビウスフェレスはこの先百年でも千年でも時間を掛けて好機が訪れるのを待ったのだろう。

 アムリタも未だに自分の知るあの明るい青い肌の少女とこの恐ろしい破壊の跡が脳内で上手く繋がっていない。


「十数年ぶりにようやく十二の神の座が埋まったかと思えば、またも空席ができてしまったな」


「……………」


 ギュリオージュの言葉に何とも言えない表情になる翡翠の髪の少女。

 ……人数の決まったグループに自分が加わると、直後に複数の欠員を出すことに定評のあるアムリタであった。



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