表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
142/179

憎しみの果て

 これは根なのか……それともそうではない別の生き物なのか……。

 見た事もないそれの事でわかっているのは、とんでもない悍ましい何かであるというだけだ。


 ……蠢いている。脈打っている。

 見つめてくる。囁いている。


 無数の目と口に囲まれている。

 この世のものとも思えない……忌まわしく不吉な光景だ。


「魔神樹の根っこだよ」


「……マシンジュ?」


 床から1mほどの高さに浮遊している戯神メビウスフェレス。

 彼女の言葉に怪訝そうな表情で見上げるアムリタ。


「……そ。()()()()()()()()()から伸びてきてる根っこ。侵食異界植物……魔神樹。今いる世界で満足に栄養が取れなくなってくると他の世界にまで根っこを伸ばしてくるんだ」


「……………」


 彼女は……一体何を言っているのだろうか。

 その内容をアムリタの脳は上手く咀嚼してくれない。


「その魔神樹の根が何故ラーヴァナの城の地下にあるの?」


 絶句しているアムリタに代わってトリシューラが問い質す。


「呼び合ったんだろうね~。魔神樹は負の感情が渦巻いてたり、非業の死が積み重なったような場所が好きでさ。そういう場所によく根を伸ばしてくるんだよ。だからよく大規模な戦闘があった古戦場なんかに伸ばしてくることが多いんだけど、羅城(ここ)にもそういうのが沢山あったからね」


 渦巻く負の感情と、重なる非業の死。

 それはラーヴァナによるもの。夥しい数の人間の嘆きと死がこの地に魔神樹の根を呼び込んだのだ。


「じぶんちの地下にこれを見つけてからラヴァっちは加速度的に壊れてったよ。元々大分ヤバい事にはなってたけどさ。根っこと同調しちゃったんだよね。自分の中の憎悪をどんどん膨らませていって、より冷酷で残虐に変質してったん」


「ちょっと待ってください! それって……!!」


 羅神ラーヴァナがあそこまで人間を憎んで残忍な行為に走るのはこの魔神樹の根が原因だということなのか。


「どっちもどっちだよ、星神チャン。元々が善良で温厚なヒトならそもそも魔神樹の影響は受けないんだな~。ラヴァっちは元々そうだったの。その傾向がチョイ強くなったってだけよ」


 ラーヴァナの憎悪も残忍性もそもそもが彼の内にあったものだとメビウスフェレスは言う。


「さ、こんなトコでいつまでも立ち話もなんだし。ご対面といきましょ~」


 そう言い残すと戯神は奥へ向かってふわりと飛んでいってしまう。

 飛び去る青い肌の少女を見送って少しの間立ち尽くすアムリタ。

 その肩にトリシューラが手を置いた。

 行こう……そう天神の視線が告げていた。


 ……………。


 目の前を斜めに貫いている巨大な根。

 正面に立てばほぼ壁である。

 アムリタから見ればその根は右上の空間から左下へと伸びているのだが大きすぎてそれを視認する事はできなかった。


 そして、その根に……羅神ラーヴァナが埋まっている。

 一体化している。

 肌の色も根と同じく赤紫色に変えたそのエルフは元々その一部であったかのように……根の表面の突起物であるかのように融合していた。


 魔神樹の根から上体を生やしているラーヴァナ。

 胸から下は根に埋まってしまっているのか、それとももう根そのものになってしまっているのか……。

 鎧を着ていない彼を見るのはアムリタは初めてだ。

 エルフ種族らしく容姿は整っているものの、目付きが鋭く暗く表情は荒み切ってしまっている。


「来たな小娘……」


 ラーヴァナがアムリタを見下ろしている。

 狂気と憎悪の果てについにエルフですらなくなった異形の神が黄色い眼球に殺意を煌めかせている。


「我がいる限りお前の好きにはさせぬ。人間が奴隷でなくなる日など……決して来させはしない」


「どうしてそこまで人間を憎むのですか……羅神様」


 やるせない思いのままアムリタが口にする。


「奥様とお嬢様が亡くなられた原因が人間だったとしても、人間という種族全体にその咎を背負わせる謂れはないはずじゃないですか……」


「黙れ人間が」


 必死の訴えを冷たく一蹴するラーヴァナ。


「お前たちは劣等種族だ。愚かで無能であるからこそ周囲に不幸を振りまくのだ。我が妻の過ちはその事を理解せずにエルフと同等に人間を扱ったことだ。だから彼女は……妻は娘と共に人間の愚かさの犠牲となって命を落とした」


「無駄よアムリタ。そいつにはもう貴女の言葉は届かない」


 後ろから声を掛けてくるトリシューラ。

 彼女の言葉には呆れと……そしてほんの僅かな諦観と憐みの響きがあった。


「そいつ自身わかっているのよ。自分のしていることが幼稚な八つ当たりでしかないという事をね。だけどもう止まれないの」


「天神か……」


 ラーヴァナがトリシューラに視線を移した。


「優秀な十二神将だったが……道を誤ったな。人間どもは我らと平等に扱うだけの価値などない。その選択はエルフ種族を不幸にするだけだ」


「種族が不幸になるのではなく……自分が嫌な気分になる、でしょう? いつまでも女々しい。今のお前の姿を見たら奥様やお嬢様はなんて言うでしょうね」


 舌鋒鋭く羅神を追い詰める天神。

 その容赦のない言いっぷりは思わずアムリタが止めに入ろうかと迷うほどであった。


「ならば、お前ならどうした。この怒りと憎しみをお前ならどうする……?」


 ズズズズ、と大空洞全体が鳴動を始める。

 魔神樹の根が蠢き始めたのだ。


「その小娘をお前の前でズタズタに引き裂いてやればお前にも少しは我の気分もわかるかもしれんな」


 かつての激しい炎のような感情の高ぶりは見せずにラーヴァナは静かにその場を殺意で満たした。


「八つ当たり? 妻が望んでいない? そんな事は他の誰より我が一番よくわかっている」


 足元を突き破って岩と土を巻き上げながら無数の根の先端が持ち上がった。

 その先にはいずれもワニのような鋭い牙の並んだ口が開いている。


「だがもう、それしかないのだ。我には……憎悪(それ)しか残っておらんのだ」


「……………」


 そのラーヴァナの姿にアムリタはかつての自分自身を重ねた。

 復讐者だった頃の自分を。

 過ちであることなど誰に指摘されるまでもない。

 自分はそれでも生きているのだから忘れて平穏に生きればいい……言葉にするのは容易い。

 だが……それでも。

 何一つ得るものがない事がわかっていても。

 その先には悲しみしかないことがわかっていたとしても。


「違うわよ……!」


 トリシューラの言葉にハッとなる。

 振り向けば彼女は少し怒っているような表情だ。


「貴女とそいつは違う。貴女には正当な怒りと憎しみを向ける相手がいたでしょう? そいつはただ自分が辛いのを周りにぶつけて憂さ晴らしをしているだけよ。……例え貴女自身でも、私の大切なアムリタをそんなやつと一緒にするのは許さないんだから!」


「トリシューラ様……」


 アムリタは驚いて呆気にとられている。

 そして、彼女はこんな時であるが少しだけ笑ってしまった。


 目の前に立ち塞がる哀しい男にもこんな風に怒ってくれる人がいればまた違う未来もあったのだろうか……。


「わかりました。トリシューラ様。哀しいあの人をもう終わりにしてあげましょう」


「ええ。思い切りやりなさい! 貴女は私が支えるわ!」


 そしてアムリタとトリシューラがそれぞれ武器を構えてラーヴァナに対峙する。

 アムリタは純白の刀身の聖剣。

 トリシューラは黄金の三叉槍を手にして。


「お前たちごと……この地の全ての人間どもの未来を粉々に噛み砕いてやろうッッ!!! 愚か者どもが……来るがいいッッッ!!!」


 ラーヴァナが吼える。

 憎悪が爆ぜる。

 鞭のようにしなって暴れまわる無数の根。


 それだけではない。

 どこからともなく無数の蟻熊(クシャキータ)が姿を現し太い腕を振り上げて二人に襲い掛かってくる。


「あの虫が……こんな所にまで!!」


 アムリタが切り払い、トリシューラが術で焼き払う。

 だが次から次へと際限なく増援が現れる。

 魔蟲と魔神樹の根による波状攻撃。


 一体倒せば三体湧いてくるようなペースである。

 このままでは物量で押し潰されてしまう。


「ああ、もう……鬱陶しいわね!!」


 忌々し気に舌打ちをしたトリシューラがアムリタの手を引き自分の方へと抱き寄せた。


「一気に掃除するわ。私から離れないでね」


 その言葉にアムリタが肯いた瞬間……周囲を眩い光が満たした。


 ……………。


 灰色の雲が重く立ち込める下で激しい戦闘を続けている星神軍と羅神軍。

 その両軍の兵士たちの手が止まる。


「……………」


 分厚い雲に空が覆われているせいで夜のように暗かった周囲が……急に明るくなった。

 光だ。大きな光が突然現れた。


 遠方……羅神城の方向に巨大な光の柱が出現したのである。

 天を突くその眩い光。

 天より降るのではなく逆に天へと立ち昇る光の奔流。

 幻覚なのか、それとも天変地異か。


「城が……」


 誰かが呆然と呟く声が聞こえる。


 羅神城が……ない。

 なくなってしまった。

 ここからでもその威容が確認できたはずの巨大な黒い城が影も形もなくなってしまったのだ。


 ……………。


 光が収まった後にはアムリタを抱きながら空に浮くトリシューラがいる。


「久しぶりだったから、ちょっと力加減が上手くいかなかったわね」


「ひぇぇぇ……」


 何やら不満げなトリシューラ。

 そんな彼女に抱き着いている青ざめた顔のアムリタ。

 彼女が眼下を見下ろすとそこにはただ大きな黒い穴があった。


 トリシューラの術はあの広大な地下空洞を焼き払って、更にはその上にあった巨大な城を消し去ってしまったのだ。


「倒した……のでしょうか……?」


「まさか。こんなもので倒せるのなら苦労はしないわ」


 トリシューラが苦笑すると、その彼女の言葉に応えるかのように大地が揺れて黒い穴から無数の魔神樹の根が這い出して来る。


「だけど、結構な部分を焼いたからそれなりにダメージは入ったはず……」


「小賢しい。大味な攻撃だな……まるで貴様の性格そのものだ」


 嘲るラーヴァナの声が聞こえる。

 そして大穴から鎌首をもたげる一際巨大な根……その表面に羅神の上体が生えている。


「こんなものが傷を負った内に入るか。再生のためのエネルギーならばいくらでも吸い上げられる。我が憎悪は尽きぬ。この地上から全ての人間どもとそれに味方する愚か者どもを消し去るまではな……!!!」


 大地が震える。

 次々に生やした根を地面に突き刺すラーヴァナ。

 根は地中を高速で掘り進み大穴から放射状に広がる。

 地上に生き物の気配を感じると地表に現れ先端の口で食い荒らす。


 瞬く間に広範囲に広がった悪魔の樹木。

 その根は戦場にも届き両軍どちらの兵士にも無差別に襲い掛かる。


「おおッッ……! 魔神樹の根か!! しかも随分成長してしまっているな。これはマズいぞ……!!」


 襲い掛かってくる青紫色の根を切り払いながら叫ぶウィリアム。


「……先生は本当に物知りっスねえ」


 そして自身も応戦しながら感心しているマコトであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ