リズム感を大事にして
大地を切り裂いたウィリアムの十字斬り。
その時の裂け目に多くの蟻熊が落ちていった。
これで戦意を喪失してくれるかとアムリタは期待するが、そうはならず……。
僅かな時間相手は呆気に取られて動きを止めたもののすぐさま行軍を再開する。
何しろ兵数なら羅神側が圧倒的に上なのだ。
彼らは以前から傭兵を集めていたし、領地内のリザードマンの虫使いを大量に動員して凶悪な魔虫を駆り出している。
その物量で押し潰さんと殺到する羅神軍。
勇ましい雄叫びを上げて迎え撃つ星神軍。
両軍は入り乱れて瞬く間に乱戦となった。
……………。
「後から後から……まさしく雲霞の如しか!」
巧みな双剣捌きで襲い来る巨大な魔虫やエルフ兵士たちを次々に切り伏せていくウィリアム。
しかし乱戦になってしまうと味方を巻き込むので彼の大技も使えない。
切りなく押し寄せてくる敵軍の圧倒的な数に老将の体力はどこまで持つのだろうか……?
「先生、疲れたら後ろに下がってていいっスよ」
奮戦するウィリアムの耳にその言葉が届いたのと同時に、轟音と共に砂埃が舞い上がり戦場に巨影が立ち上がる。
高さ3m近くはあるかという木製の人形だ。
人型をベースとしているが頭部が三つあって腕が四本ある……異形の人形であった。
そしてその肩にはメイド服の裾を風に靡かせるマコトの姿があった。
「十王寺六傑士……人形使い不知火マコト推参」
マコトが名乗ると呼応するかのように人形が三対の目を輝かせ動き始める。
「殺戮浄瑠璃、『狂の舞』」
人形の前腕部に鎌のような刃物が生える。
それを振るって縦横無尽に暴れまわる巨大木偶人形。
更には三つの頭がそれぞれ口から火炎と毒ガスと電撃を周囲に吐き散らしている。
大軍相手の集団戦であれば彼女の人形の独壇場だ。
兵士も魔虫もお構い無しに瞬く間に屍の山を築き上げていくマコト。
「ちょっとばかり暴れさせてもらうっスよ。たまに動かしてやらないとこの子もあちきの腕も錆び付いてしまうっスからね」
「うおおッ! 凄まじいな! これが名高い皇国の戦闘用傀儡か……!!」
大暴れする人形を前に少年のように目を輝かせているウィリアム。
「メモを……記録を取りたいッ! おいッ! ちょっと君たち離れていたまえ!!」
槍で突き掛かってきたエルフ兵士を蹴り飛ばし慌ててメモ帳を取り出すウィリアムであった。
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アムリタは戦場の中心にいる。
周囲に後ろにいるべきだと言われても乱戦のど真ん中で剣を振り上げて檄を飛ばし続けている。
手にしているのはエスメレーから貰った聖剣だ。
お守りのつもりで持ってきたものだが、またもしっかり出番が来てしまった。
剣術の心得等まったくないので満足に振るう事もできないが、こういう時はそれらしく振り回しているだけで絵になるものだ。
しかし開戦時から声を張り上げ続けているアムリタに今深刻な問題が発生していた。
「頑張れーッ! それいけーッ! 元気よくいけーッッ!!」
ぶんぶん剣を振って絶叫しているアムリタ。
「リズム感を大事にして! テンポ良くいきましょう!!」
(ああああ掛け声のバリエーションが尽きちゃった! どんどん適当でどっかで聞いた事あるようなのばっかりになっていく!!!)
慌ててパニックになっているアムリタ。
その時、何者かが後ろから彼女の耳に何事かを囁いた。
「……!!」
どうやら何を叫べばいいのかを伝えてくれているようだ。
藁にも縋る感じでその囁きに飛びついてみるアムリタ。
「私に付いてくれば勝利は約束されたようなものよ!! 恐れずに進みなさい!!!」
息を吹き返したアムリタの弁舌に周囲の兵士たちがおおっと歓声を上げている。
「この美しい私の下で戦える事を光栄に思って死力を尽くしなさ……いやああああ、これはちょっと私のキャラと違う!!!」
雄々しい叫びが途中で悲鳴に変わった。
慌てて背後を振り返るアムリタ。
すると……そこにいたフードを目深に被った何者かがそのフードを捲り上げた。
「いいのよ、貴女はそれだけの女性なのだから。そのくらい言ってもいいの」
「トリシューラ様ッッ!!? ど、どうしてトリシューラ様がこちらに……」
力強く微笑んでいる素顔を晒したトリシューラ。
「初めからいたわよ。貴女より先に来ていたのだからね。頑張ってお仕事をする貴女をいつも近くで見守っていたわ」
「何かいっつも顔が見えてない人が側にいるなぁって思っていたら!!!!」
まさかの先回りである。
アムリタが十二神将になった時から彼女がこの地に派遣される事はわかっていた。
それでトリシューラは先にこの地にやってきていたというわけか。
「……………」
まさかの展開にアムリタは絶句してしまっている。
「ようやくこうして素顔を晒してお話ができるようになったのだし、積もる話もしたい所だけど……」
向き合っているアムリタの肩越しにその背後を鋭い目で見るアムリタ。
その視線ははっきりと危機を見つけた者のそれだ。
アムリタも弾かれたように背後を振り返る。
「余計な来客ね」
「こっちの台詞ですよ~んだ。なぁ~んでトリちーがいるんですかねぇ」
地上2mほどの高さに浮遊している青い肌の女性。
……戯神メビウスフェレスがそこにいた。
「羅神に与しているようね」
「ん、まぁね~。トモダチだからね。星神チャンもおトモダチだと思ってるけど、あっちのが付き合い長いから今回はあっち側」
アムリタを庇うように前に立つトリシューラ。
あっけらかんと言ってメビウスフェレスは笑っている。
「それで、戯神様は私にどのようなご用件なのでしょうか?」
問いかけるアムリタの表情は硬く声は低い。
まさか目の前に現れておいて偶然はあるまい。
彼女は自分に何か用があって現れたのだ。
殺気は……今のところ感じないが。
「私は今日はメッセンジャーね。……星神チャン、ラヴァっちが呼んでるよ。来る? 二人で話がしたいって」
「……!」
羅神ラーヴァナの激しい気性からして自ら戦場に出向いて暴れるのだろうと思っていたアムリタ。
初対面の時に出会い頭にこっちに掴みかかりそのまま殺そうとしてくるような男だ。
それが……間にこの戯神を立てて会おうと言ってきた。
「バカげた事を……。それが罠でなくてなんだというの?」
はぁ、と大袈裟に嘆息して眉を顰めているトリシューラだ。
確かに交戦中の相手軍の指揮官に呼び出されて独りで出向いていく者はいるまい。
「言いたいことはわかるけどさ、不安だったらトリちーも一緒に来ていいよ。それなら安心でしょ?」
「貴女が私を押さえている間に羅神が彼女を殺そうとするのではないの?」
警戒を解かないトリシューラに敵意はないとでもいうかのように両掌を向けるメビウスフェレス。
「私は戦んないよぉ。今回はラヴァっちの味方はしてるけどさ。口は出すし知恵も出すけど、手は出す気ないんだ~。大体がさ、本気になったトリちーは私じゃ止めらんないよ……そうでしょ?」
「……………………」
青い肌の女を見るトリシューラが目を細める。
少しの間沈黙し、彼女は再度嘆息した。
「どうする? 貴女が決めて……行くなら勿論私が一緒に行くわ」
「行きます。お願いします、トリシューラ様」
アムリタは迷わなかった。
本当に単身なら誘いには乗らなかっただろう。
だけど、彼女が一緒なら……。
「最強の十二神将のトリシューラ様が一緒に来てくれたら安心ですから」
彼女は自分を最強だと言う。
戦えばあの闘神ラシュオーンにも遅れは取らないと。
アムリタはそれを信じている。
「ふふ、そうね。貴女にはこの最強の十二神将が付いている。何も心配はいらないわ」
自慢げに胸を反らして褐色の肌の天神は長い髪を後ろへ掻き流す。
「……で、そういう事に決まったけど、私たちは貴女に付いていけばいいわけ?」
トリシューラの言葉にメビウスフェレスは薄く笑った。
これまでの彼女の愛嬌があってどこかおどけているような笑みとは違う……妖しく優しい笑み。
その彼女の表情を見た途端にアムリタは内心に不安と言う名の黒雲が一気に広がっていくのを感じた。
「何もしなくていいよ。この魔術は相手が同意すればもう発動するんだ」
そして戯神の台詞を合図にしたかのようにアムリタの周囲の風景がぐにゃっと歪んだ。
………………。
一瞬の浮遊感と、そして軽い眩暈。
それが過ぎれば辺りの景色は一変している。
……地下だ。
どこかの地底。洞窟のような場所。
ほぼ自然のままの状態だが若干人の手が入った痕跡がある。
一定の間隔で上から吊るされて周囲を照らしているランプなどがそれだ。
(……しまった。いきなり連れ去られちゃった)
眉間に皺を刻んだアムリタ。
唐突に転移させられてしまったので仲間に言伝もできなかった。
戦場では自分たちがいきなり消えてしまったので仲間たちが心配しているだろう。
「何よここは……どこへ連れてきたの?」
周囲を見回してトリシューラも眉を顰めている。
「ここはさ、羅神城の地下だよ。ちょーっと事情があってさ、今ラヴァっちここを動けないんだよね。だから私が星神チャンを迎えにいったってワケ」
「あいつの城の地下がなんでこんな穴倉なのよ」
疑問は晴れない。
天神は渋い顔のままだ。
それに対してメビウスフェレスは「すぐにわかるよ」と言って微笑むと二人を先導して奥へと歩き出す。
もうここまで来たら付いていくしかない。
魔族の少女に続いて歩き始めるアムリタたち。
奥から風が吹いてくる。
水気を含んだ湿った風だ。
それを肌で感じてアムリタは不快な気分になる。
……何が、この奥に待っているのだ。
「そろそろだよ~」
振り返らずにメビウスフェレスが能天気な声でそう言った。
「……………」
突然、目の前が開けた。
何が発光しているのか、ここには照明はないのに周囲は明るい。
大空洞。
恐ろしくだだっ広い空間が広がっている。
横も奥も目で見えている範囲に壁面は見えていない。
所々に水が溜まってぬかるんでいるその地下の広大な空間。
何よりも二人を絶句させたのは、その空洞の足元に張り巡らされているあるものだ。
「根っこ……?」
実際にそれは植物の根の様であった。
形だけは……だが。
奥から続いていて地面で波打つように。
地上に露出している大樹の根のように。
青紫色の根のような、触手のようなものが足元を埋め尽くしている。
「うッ……!!」
思わずアムリタが口元を押さえた。
青紫色の根の表面には血管のようにピンク色の模様が走っており、所々に目がある。
緑色の爬虫類のような目が時折瞬きしながら自分たちを見ているのだ。
目だけではない。口もだ。
歯の並んだ口があちこちで不気味に赤い煙のようなものを吐いている。
『来たか……小娘。……そのまま進め』
「な……!!??」
根にできた口の一つが言葉を発した。
……羅神ラーヴァナの声でだった。




