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新領主様の難事

 広大なサンサーラ大陸を治めている巨大国家ファン・ギーラン帝国。

 大陸は皇帝直轄地と十二の属州に分割されている。

 属州を治めているのが十二神将たちだ。

 その領地で得られるものは極一部を帝国に収めればあとはそのまま神将の収入となる。


 そして新たに十二神将となったアムリタにも属州の内の一つが領地として与えられたのだった。

 属州アルハーリア……今この新天地へ向けてアムリタの新たな旅が始まる。


「一瞬……!!」


 転移門を潜ればその先はもうアルハーリアの地であった。

 アムリタの旅は終わった。


 ……………。


「この転移っていうのは本当に便利っスねえ。あっちの世界にもこういうのがあればあちきも楽できるんスけどねえ……」


 はは、と何となく困ったような顔で笑っているマコト。

 この「困り眉の笑顔」は瞑っているように細い目と並ぶ彼女のトレードマークだ。


「この魔道技術は我々が来た世界では完全に失われてしまっているものだな。古代のもので現在も稼働するものがほんの極一部残っているという話を聞いたこともあるが」


 ウィリアムが転移門の浮かび上がっている石造りの台座を眺めたり撫で回したりしている。

 それだけではなく手早くメモを取っている。

 冒険の記録か、新たな創作の材料か……恐らくはそのどちらもだろう。


「何よりも驚きなのは現在もこれを設置できる技術が継承されているらしい」


「え、そうなんですか?」


 これには思わず驚くアムリタ。

 執政官を務めていて今度十二神将になった自分もそれは知らなかった。

 ウィリアムはどこで誰と接触して得た情報なのだろうか。


「では、帝国にそのつもりがあるのなら大神都から私たちの王都へ直通する転移門を開けるという事かな」


「それも確認を取った。……可能だそうだ。王都へこちらの魔道技師たちが出向いていく必要があるがね」


 イクサリアの言葉に老冒険家はうなずく。

 流石に強かな老人だ。

 そんな情報まで引き出しているとは。


 大神都から一瞬で王都へ……。

 考えてみれば王国の森へ飛べるのだからそういう事も可能なのだろう。

 実現すれば夢のような話であるが、その為にはまず人間種族を奴隷から解放し、その上で両国の交流を実現させなければならない。

 まだ先の話だ。

 今は一歩一歩着実に歩みを進めなくては……。


 等と、アムリタたちが転移門のある石の台座の前であれこれやり取りをしていると。


「やあ、おいでなすったぞ」


「お待ちしておりましたわい。星神様」


 ぞろぞろと現れる多数の人々。

 全体の半数がドワーフ種族、残り半分の内七割がエルフ種族、残りが人間という感じか。

 いずれもきちんとした身なりの者たちであり如何わしい雰囲気の者はいない。


「初めまして、アムリタ・アトカーシアです。ええと……あなた方は?」


「わしらはここの州庁舎の職員ですわ。おいでになると連絡を受けてお待ちしとりました」


 ドワーフの一人がそう言うと全員が頭を下げる。

 州庁舎とは属州の統治機関のある建物であり、これからアムリタの職場となる場所だ。

 つまり彼らはこれからアムリタの部下となる者たちということである。


「わしらの大半はボルガン様の代からの職員でしてな。ドワーフが多いのはそういうワケですわ」


 そう言ってガハハと笑っているドワーフ。

 彼らよりは数が少ないエルフや人間も居心地が悪そうには見えない。

 元々博愛主義者のボルガン老人が治めていた土地だ。

 何となく種族間の関係は良好そうなのは雰囲気から伝わってくる。


「さあお疲れでしょう。お住まいへご案内しますでな」


(お疲れではないのよね)


 ……何せここまで一瞬である。


 ともあれ、こうしてアムリタと仲間たちは属州アルハーリアへとやってきた。

 数日をかけて現地の状況やこれまでどのように統治を行ってきたのかを色々と聞いたり、実際に自分の目で見てみたりしつつ……。

 アムリタの出した結論は。


「……私がやる事が何もない!!!!」


 ……であった。


 ……………。


「参ったわね。前任者が優秀すぎて私が手を加えられそうな所が全然ないんだけど……」


 庁舎の執務室で渋い顔でコーヒーを飲んでいるアムリタ。

 アルハーリアの属州法はそれまでのもので問題があった部分はほぼ全てボルガンの代に改修されている。

 結果としてこの州の統治はすべての属州の中でもかなり良好なのだ。

 突発的な天災でもない限りは全てが上手く回っている。

 治安もよく裕福だ。


 統治に問題があればそこを華麗に修正してその功績をステップに中央で奴隷解放を進めるつもりだったアムリタとしては出だしから思い切り躓いてしまった形だ。


「まあ、私の領地で住人が幸せっていうのは喜ばしい事なのだけどね」


「……アムリタ、いるかい?」


 ノックがありイクサリアが執務室に入ってくる。


属州ジアーグ(おとなり)の事を色々聞いてきたよ」


 アムリタの眉が揺れる。


 属州ジアーグ……羅神ラーヴァナの領地。

 不倶戴天の相手が隣の領地とは、なんとも皮肉である。


「想像通り関係は最悪だね。人間にとってはこっちは天国あっちは地獄だ」


「……………」


 アルハーリアはかつての首長の意向で奴隷である人間種族には非常に寛容な土地だ。

 その他の土地に比べ人間を傷付けることによる罰則が非常に重く、人間種族における様々な制限が緩い。

 何より他と一線を画しているのは奴隷種族でも就学が義務とされ人間種族専用の学校がある事である。

 これは全属州でもここだけの措置だ。

 他のエリアでは人間族の識字率はとても低い。


 就学の問題は奴隷解放を目指しているアムリタにとっても非常に厄介な課題である。

 学校で学んだこともなく自分の名を書けもしない者たちをいきなり自由の身だといって社会へ放り出すわけにはいかない。


「こっちじゃ州境に人間は近付かないように強く言われているそうだよ。もし向こうに連れ去られればまず見つからないし、戻ってくるのも不可能なんだそうだ」


 想像してはいたものの気持ちが重くなるアムリタ。

 こちらとあちらでは人間の命の重みはまるで違うのだ。

 むむむ、とアムリタが渋い顔で腕組みをしている。


「キミにとって喜ばしくない話はまだあるんだ」


 イクサリアの表情に若干の憂いが滲む。


「ラーヴァナは謹慎が解けた後でこっちに戻ってきているらしい。それで……軍備を拡張しているという話がある。ドバドバと湯水のように資金をつぎ込んで兵隊や武器を集めているそうだよ」


「は? え? ちょっと、まさか……」


 思わず声を出して立ち上がりかけるアムリタ。

 顔色が変わった星神(アムリタ)

 ラーヴァナは自身への敵対心を隠そうともしていないが、流石に露骨な軍事行動に移るとまでは考えていなかった。


「攻めて……くるつもりなのかしら。アルハーリアへ」


「それはわからないけど、戦争をするのでもなければ説明できないような準備はしているね」


 アムリタが難しい顔をして黙り込んだ。

 もしも羅神の軍勢がこちらの州に攻め込んできたとしたら……。

 内乱である。仮にそんな事になればもう謹慎では済まされない。


 ……ラーヴァナは捨て身でそこまでするか?

 仮に勝利できても自分の身も破滅するが。


 ……………。


 属州ジアーグ、羅神城。

 天を突く無数の尖塔が特徴的な黒い武骨な城だ。


「……なぁ~んて考えてるんでしょ~ね~!! ところが!! そうでもないんだな~」


 城主の部屋でふんぞり返っている青い肌の魔族。戯神メビウスフェレス。

 そして彼女は座っているラーヴァナの顔に耳を寄せて何事かをぼそぼそと囁きかける。


「悪辣な事を考えるものだ」


 それを聞き終えた全身を黒鎧で覆ったエルフは感心しているようにも呆れているようにも受け取れる声音でそう言った。


「賢いねって褒めるとこでしょーがよー」


 それに対してメビウスフェレスが口を尖らせて抗議をしている。


「星神チャンはさぁ~、早くから自分の目的をハッキリさせてたから弱点も丸わかりなんだよん。まあ、そーしないと味方を増やしておけないからしょうがなかったんだろうけどねぇ」


 大袈裟に肩を竦めつつ邪悪に笑っている戯神。


「お前の案でいい。そのまま進めろ。我は戦いの準備をする」


「ハイハーイ。張り切っていきましょ~」


 ヒラヒラと手を振って見送るメビウスフェレスを振り返りもせずに出ていくラーヴァナ。

 それから彼女はフッと短く、そしてどこかほろ苦く笑った。


「どっちが勝とうがどーでもいいけど、せめて派手に殺し合ってよねぇ」


 嘲るように言う戯神の灰色の目には冷たい光が揺れていた。


 ───────────────────────────────


 アムリタが属州アルハーリアにやってきて十日程が過ぎたある日の事。

 慌てた様子のドワーフの州庁舎職員が彼女の執務室に駆け込んできた。


「大変ですわ、星神さま!」


「どうしたの? 落ち着いて話してください」


 狼狽しているドワーフに怪訝そうな表情のアムリタ。


「羅神州側から複数の奴隷がこっちの州に逃げ込んできまして……! 全員かなり傷付いて衰弱しとりますでな。一先ず保護して治療を受けさせております」


「わかりました。ありがとう」


 すぐに立ち上がるアムリタ。

 この州の者たちはボルガンの信条であった困っている者には種族身分に関係なく親切にするという思想が行き渡っている。

 だから彼らは逃げ込んできた奴隷を保護した。

 その事自体はアムリタも賛成でありなんの異存もない。


 ……だが、このタイミングは。


 内心でアムリタは眉を顰めている。

 作為的なものを感じずにはいられない。


 そして彼女の懸念は直ぐに現実のものとなった。

 ジアーグ州から間もなく複数の武装したエルフたちがアムリタの庁舎を訪れたのである。


 ……………。


「お初にお目にかかります、星神様」


 恭しく片膝を突いて頭を下げているのはラーヴァナのものとよく似た黒い装甲に身を包んだエルフだ。

 この装甲も彼の物と同様に甲虫を生きたまま魔術で加工して装着しているものなのだろうか?

 黒い戦士は複数名のエルフ兵士たちを伴っている。


「私は羅神ラーヴァナの副官ゼダと申す者にございます。今日は主の代理として当地へまかりこした次第」


 慇懃に挨拶をしてからゼダは立ち上がる。


「さて、早速ですがこちらの要件を申し上げます。当州より奴隷がそちらへ逃げ込んだという報を受けまして……事実であれば速やかに回収するべくやって参りました。よろしくご対応願いたい」


 ……来た。これだ。


 アムリタは確信する。

 奴隷はこの為にあえてこちらの州に逃げ込ませたのだ。


 どうする。

 速やかに引き渡せば……彼らは不幸な目に遭う事はわかっている。

 奴隷の逃亡は重罪。特に奴隷に厳しい隣の州であればまず死罪は免れないだろう。

 だが隣の州の所有である奴隷の引き渡しを拒否すれば……。


 極めて難しい選択を突き付けられ、内心で奥歯を噛み締めるアムリタであった。

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