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ヤンキー星神、買い食いをする

 ……そして、()()()はやってきた。

 異境から来た一人の人間族の娘が帝国の神になる日。


 その娘の名はアムリタ・アトカーシア。


 陽も昇りきらない内から祭事の準備は始まっている。

 アムリタももう装束に着替えて慌ただしく周囲を動き回っているエルフの神官たちを静かに眺めている。

 ここまで来れば後はもう彼女は実際に祭典をこなす事以外にする事はない。

 その佇まいは堂々としていて静かで……そして美しかった。


「何だか……本当に女神様みたいっスね」


 アムリタを離れた場所から見守る仲間たち。

 その中のメイドが元々細い目でまぶし気に彼女を見ている。


「そうだろう? アムリタは美しくて……そして神々しいんだよ。こうして大きな何かが目前に迫って、自分のやるべき事を決めて落ち着いた状態になると更にそこが際立つんだ」


 夢を見るようにうっとりしているイクサリア。

 まるで自分のことのように誇らしげにアムリタを語る王女の目は気持ち潤んでいるようだ。

 そんな彼女たちの少し後ろでは早起きして付いては来たものの、眠気に負けたエウロペアが椅子に座ってすーすーと寝息を立てていた。


 ……………。


 夜明けと共にアムリタたち……祭事の行列はしめやかに主神城を出発する。


 アムリタは今日の主役。

 彼女は一際大きな白い巨象の背の輿に立ち凛々しく前方を見据えている。

 その巨象の少し前には六頭の白色の走竜に引かせた黄金の車の上に皇帝ギュリオージュがいる。


 パレードとはいっても神事でもある為、行進はアムリタが想像していたよりもずっと静かなものであった。

 時折鈴や鐘が鳴らされるがそれらも大きく鳴り響かせるような事もない。

 沿道には大神都の民が押しかけているものの彼らも歓声を上げるようなこともなく静かに行進を見て祈りを捧げている。


(さあ、始まったわね。進行は完全に頭に叩き込んであるからもう何も怖くはないわ)


 物静かに佇みながら内心で鼻息を荒くするアムリタ。


 まずは東の『白の塔』に昇る太陽が掛かったタイミングで皇帝に倣いそちらを見て祈りを捧げる。


 その白い塔が見えてきた。

 間もなく太陽が塔に掛かる。

 このタイミングでまずは皇帝が塔に向かって祈りを……。


(捧げない!!! ちょっと、陛下!!!)


 しかしギュリオージュは動かなかった。

 彼女は露骨に眠そうにしており何度も大口を開けて欠伸を繰り返している。


「……陛下、皇帝陛下!!」


 小声でアムリタが呼び掛ける。

 するとギュリオージュは億劫そうに彼女を見てきた。


「あ? なんじゃもう……」


「白の塔ですよ、陛下!! お祈りしないと……!!」


 なるべく目立たないように気を付けながらアムリタは必死にギュリオージュを促す。


「いや、そんな細かいこと覚えておらぬわ。テキトーでいいじゃろ。見てる連中だってそんなんわかっとらんぞ、どうせ。わらわたちだけが真面目にやったってしょうがないわ」


「ぇぇぇぇぇぇ……」


 露出している細い腰の辺りをバリバリ搔きながら欠伸しているギュリオージュにアムリタは泣きそうな顔になっている。

 折角、めちゃくちゃ頑張って手順を全部覚えてきたのに……。


「塔に祈るのではないのか……?」


 ボソッと沿道の観衆から声が聞こえた。


(ああああ、やっぱりちゃんと覚えてる人いる!! いますよ陛下!! 手順頭に入っている人が見物人の中にいますよ!! テキトーやってるのバレちゃってますよ!! 私はちゃんと覚えてきたのに陛下の巻き添えですよ!!!)


 内心で頭を抱えて嘆くアムリタ。

 とりあえず適当をごまかすように声のした方を見て微笑んでおく。


「綺麗な御方だなぁ……。まあ塔に頭下げるのとかどうでもいいよな!」


 ……どうやらごまかせたらしい。


 こうして、一行はあちこちをアドリブかつ適当にこなしながら大神都を練り歩く。


「お、ケバブ売っておるぞ、ケバブ。ちょっと待っておるがよい」


「ああああ陛下ぁ!!」


 行進を止めたギュリオージュが露店のケバブを買いにいってしまったり。


「心配するなそなたの分も買ってやろう。わらわは部下思いであるからな」


「そうじゃなくて……!!」


 ケバブが食べたいなら料理人を呼び出して目の前でいくらでも作らせることもできる身分であるはずなのに、何故このタイミングで売っているものを欲してしまうのであろうか。

 そこから少しの間ギュリオージュと二人でケバブを食べながら行進する羽目になったアムリタであった。


 ───────────────────────────────────


 ……そして数日後。


「『破天荒、星神アムリタ様行進を止めてケバブを食する』か……」


 アムリタの屋敷でパイプを燻らせながら新聞を広げているウィリアム。


「私じゃないのに……。私も食べはしましたけど。でもあれいりませんとか言える空気じゃなかったし」


 食卓でぐったりとうつ伏せになっているアムリタ。

 あの行進の日から数日間は城であれこれやる事があった彼女は今日やっと屋敷に帰ってこれたのだ。

 巷の自分の評判などを気にしている余裕は全然なかった彼女だが……。


「『これまでの十二神将とは自分は違うというのを行動で示した形であろうか』と、されているね」


「……それで決まり事破って途中で買い食いしに行くって完全にヤンキーの思考じゃないですか」


 自分はギュリオージュに振り回されただけだというのに何だか新聞記者の勝手な解釈でキャラ付けがされてしまっている。


「困るんだけどなぁ。これから大きな仕事をしなきゃいけないのに、これじゃ奇行の延長線上で捉えられてしまいそう」


 アムリタが十二神将になったのは人間種族を奴隷から解放するためだ。

 かなりの反発が予想されるこの難事の前にヘンな反骨キャラで知れ渡ってしまっているというのはどう考えてもプラスにはならないだろう。


「けど、皆さんの反応はそう悪いもんでもないみたいっスよ」


 ちょうどそこへ買い物を終えたマコトが戻ってきた。

 彼女はパンパンの紙袋をいくつも台に置いてから何かをエプロンのポケットから取り出す。


 彼女が差し出したそれはアムリタの姿が描かれ聖印の押されたお札であった。

 感覚的にはブロマイドのようなものか。


「就任直後のご祝儀的な相場もあるんでしょうけど、今のとこご主人のお札が売れ行きナンバー1だそうっスよ」


「やったじゃないか……! 私も5万枚買って方々に配りまくったかいがあったよ」


 自分のことのように喜んでいるイクサリアだが……。


「……イクサの買い占めが原因なんじゃないの?」


 そんな彼女を半眼で見るアムリタだ。

 そして気を取り直すように星神は大きく深呼吸をする。


「まあいいわ。私の人気がどうであろうとやらなきゃいけない事に変わりはないのだし」


「いよいよっスねえ。すぐに法案出すんスか?」


 マコトの問いに苦笑して首を横に振るアムリタ。


「……いいえ。まずはちゃんと神将の職務をこなせるって所を示してからじゃないとね。そればっかりでそれだけの奴だと思われたら改革の進みにも影響するでしょうから」


 言いながらアムリタは地図を広げた。

 サンサーラ大陸の地図だ。その中のあるエリアが赤く囲ってある。


「属州アルハーリア……私の領地よ。ここへ向かうわ。まずは与えられた領地をしっかり治める。その上でこの大神都に戻って人間族を奴隷から解放する法案を出す」


 属州アルハーリアはかつて巧神ボルガンの領地であった。

 彼が退位した後皇帝の直轄地となっていたのだが、それが今回改めてアムリタの領地として下賜される事になったのだ。


 ふむ、とウィリアムが顎髭を撫でる。


「属州アルハーリアか……。隣の属州ジアーグは()の領地だな」


 彼の言葉にアムリタが表情を陰らせた。


「はい。ジアーグは羅神ラーヴァナの治める属州です。彼が何かしてくるかもしれません」


 ラーヴァナが自分に向けている……というよりも人間種族に向けている強烈な憎悪から彼がこのまま大人しくしているとは思えないアムリタである。


「……ちょっかいかけてくるっスかねえ。こっちにはあの闘神サマもやっつけちゃったメイドがいるんスけどね」


 くすっと笑って長椅子で寝こけているエウロペアを見るマコト。

 あの一戦、闘神ラシュオーンをエウロペアが倒した時の戦いをラーヴァナは見物しに来てはいなかった。

 だが当然それを知らないということはあるまい。

 観戦に来なかったのはエウロペアが自分の従者だからではないかとアムリタは思っている。


「来たら来たでむしろ好都合じゃないか」


 ふわりと背後から覆いかぶさるようにアムリタの首に抱き着くイクサリア。


「殺してしまおうよ。前にアムリタに酷いことをしたっていう黒い鎧の神将でしょ?」


 その話……以前主神城の廊下でラーヴァナに自分が首の骨を折られかかった事はイクサリアには話はしていない。

 だというのに彼女が知っているのは他の誰かが話したからで……。


「トリシューラ様から聞いたの……? 最近仲がいいわね、貴女たち」


「うん。たまにお酒を飲みにこいって呼ばれるんだ。どっちの方がキミを愛しているかでよく言い争いになるよ」


 初めはお互いに警戒しあって険悪だったイクサリアとトリシューラの二人だが色々あって今ではライバルというか喧嘩友達のような形に落ち着いたようだ。

 そこは喜ぶべきところかなとは思うが……。


「ラーヴァナは私にとって間違いなく最大の障壁となる相手でしょうけど、それでも殺して解決したいとは思っていないわ」


「アムリタ……」


 婚約者を殺すために地獄の底から蘇ってきた自分が言うのは滑稽であるともわかっているのだが、それでも今のアムリタはできるならばなるべく敵対者を殺したくない。

 殺害は究極の手っ取り早い解決法であるとも思うが、同時に究極の放棄でもあると思うのだ。


「意見の違う相手を殺して終わりにしたら、私だって同じことをされても文句は言えないわ」


 自分に言い聞かせるようにアムリタは言う。


「……だけど私は殺したいな!!!」


「殺意が高い!!!」


 それでもやっぱりアムリタを酷い目に遭わせた相手は殺っちゃいたいお年頃のイクサリアさんなのであった。

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