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「最強」を懸けて

 エウロペアとラシュオーン。

 二人は互いに背を向けて少し遠ざかり、それから再び振り返り相手を向く。


 しん、と静まり返る闘技場。

 アムリタは思わずきゅっと下唇を噛んだ。

 耳の奥に鳴り響いている自分の心音がうるさい。


 次に……次に鐘が鳴り響いたその時が……。

 二人の戦いが始まる時だ。


 バアンと鳴り響く大きな鐘。

 その音を合図にして闘神がまず動く。


 まるで疾風。

 その巨大な体躯からは想像もできないような速度で一瞬にして十数mをゼロにしたラシュオーン。

 いきなり大剣で斬り掛かろうとはせず、闘神は柄を握っていない左拳をエウロペアに叩き付けた。


(カイ)ッッ!!」


 これはラシュオーンが得意とする武技の一つ。

 巨大な闘気(オーラ)の弾丸を放つ不可視の遠距離攻撃。

 だが今日の彼は遠くからそれを放つのではなく、接近して殴打するのと同時に放った。


「……へっ?」


 間抜けな声を出したエウロペアが高速で吹き飛び、観戦席に思い切り突っ込む。


 轟音が鳴り響き闘技場全体が揺れた。


「ああああぁぁ……」


 アムリタが悲痛な声を上げている。

 震災後のように観客席の一部が崩落し瓦礫の山になっている。


「……これはいかんな。闘技場の周辺の者どもを避難させよ」


 ギュリオージュが指示を出すとエルフ兵士たちが散っていく。

 闘技場に人を入れなければいいかと思っていた皇帝であるが、どうやらその判断は甘かったようだ。

 周辺区域もこれではどうなるかわからない。


「ウオオオオッッッッ!!!!!」


 咆哮して跳躍し、エウロペアが埋まっているであろう箇所に轟音を立てて着地する闘神。

 大きな瓦礫に大剣を突き立て、両腕を自由にすると背を丸めて握り拳を作ってそこへ全身の力を籠める。

 筋肉は膨れ上がり、更にシルエットは巨大になる。

 遠く離れているアムリタのところまで空気がびりびりと震えているのが伝わってきて彼女は歯を食いしばった。


「……砕け散れぇッッッッ!!!!!」


 ラシュオーンが瓦礫の山に向かって立て続けに闘気の弾丸を叩き込む。

 大きな瓦礫が細かく砕けて吹き飛び、観戦席を斜めに抉ったクレーター状の窪みが更に広がっていく。

 その中心に……エウロペアがいるのだろうか。

 今彼女は闘神の闘気弾を浴び続けているのだろうか。


 涙を乱暴に手で拭ってアムリタが立ち上がる。


「もうダメ……行くわよッ!!!」


 その声に応じて立ち上がるイクサリアとマコト。

 乱入してエウロペアを助ける気の彼女たち。

 だが……。


「動くなッッ!!!」


 突如として背後から響いた男の声に三人が硬直する。

 振り向けばそこには背に大きな翼を持つ鷲の頭の男がいる。

 空神ガルーダ……彼がいつの間にか真後ろに移動してきていてそこに座っているのだ。


「試合をぶち壊しにするな、執政官。お前は一体仲間の何を見ているのだ」


「え……?」


 ガルーダの言葉に愕然となるアムリタ。

 そして彼女は猛攻を続けるラシュオーンに視線を戻す。


 ……………。


 視界は真っ暗。何も見えない、


(あれ? 何? 真っ暗だし……夜になった?)


 暗闇の中で怪訝そうな表情をするエウロペア。

 ……いや、夜ではない。

 夜はこんなに痛いものではないだろう。

 立て続けの衝撃が容赦なくツインテメイドの全身を激痛と共に揺さぶっている。


(いって!! いでででッッッ!!! ちょっ、何!! ウチこれやられてんの!!!??)


 必死に頭を働かせて状況を整理する。

 試合開始と同時に……そうだ、自分は吹っ飛ばされて客席に埋まったのだ。

 そして埋まった自分は今上から殴られ続けているというわけか。


(なーるほど、ウチは今日も冴えてるじゃんね……って、そうじゃないし!! 痛いっつーのッッッ!!!!)


「……!!!!」


 瓦礫を突き破って伸びた小さな手が……闘神の拳を掴んで止めた。


『!!!!!』


 ラシュオーン同様に観戦中の者たちも驚愕で一瞬呼吸を忘れる。

 次の瞬間、斜め下からロケットの様に射出されたピンクの頭が思い切りラシュオーンの額に激突する。


 硬質なものが激しくぶつかり合う大きな音が響き、その場のだれもが顔をしかめた。


「チョーシ乗ってんじゃないしッッ!!!!」


「ぐあッッ……!!!」


 仰け反る闘神。

 虚空に彼の割れた額から噴き出た血が飛沫く。

 青い空に赤い斑模様が描かれる。


「おぉ……ッ」


 その有様には空神も思わず声を漏らしていた。


(血を見せたか! あの闘神ラシュオーンが!! ……何百年ぶりのことだ!!)


 フーッと前のめりの姿勢で長い息を吐くエウロペア。

 その額から血が滴り顎から落ちる。

 彼女は不機嫌にそれを手の甲で乱暴にごしごしと拭った。


「ああっ、もう! 血ぃ出てるし……最悪」


「……ククッ」


 その様子を見ている同じく額から流れる血で顔面を汚しているラシュオーンが笑った。

 不敵に、そして満足げに彼は笑った。


「……何を笑ってんだし」


 ジロッと睨むエウロペア。


「笑うさ。……これほど愉しいのも、これほど幸福なのもいつ以来かもう思い出すこともできぬ」


 そう言って褐色のエルフは瓦礫に突き立っていた黄金の大剣を引き抜いた。

 100kをゆうに超える黄金と鋼鉄の巨塊を構えてエウロペアを見るラシュオーン。


「感謝するぞ、宿敵よ。よくぞ俺の前に現れてくれた」


「べっつに……アンタに会いに来たってわけじゃないし」


 大剣を構える闘神。

 その圧倒的な威容を前にして……エウロペアは相変わらずやる気がなさそうにだらんと両手を下げてただ突っ立っている。


「ああぁ……もう、もうもう、お願いだから構えくらい取ってよぉぉ。相手はあんなにやる気なのにぃぃ」


 見ているアムリタはもう号泣だ。

 イクサリアが隣で必死にその涙をハンカチで拭っている。


 フーッと鋭く息を吐いたラシュオーン。


「感謝を込めて……俺の全てを使いお前を破壊してやろう」


「それ無駄な努力って言うんじゃんね。まぁ~、思ってたよりかはアンタも強かったけど、それでもウチから見たらまだまだだし」


 二人は同時にニヤリと笑って……そして、同時に地を蹴った。

 走りながらエウロペアが魔術を発動する。

 指先から伸びた10本の赤い光のリボン。

 全てを焼き切る『竜の爪(ドラゴンクロウ)

 一度上空に舞い上がったそれらはアーチを描いて迫る闘神に向けて赤い雨となって降り注ぐ。


「オオオオッッッ!!!!」


 咆哮し頭上からの赤い光を大剣で切り払いながら突進の速度を緩めないラシュオーン。


「んげッ! ムチャクチャしやがるし!!!」


 これにはエウロペアも顔を顰める。


 闘気では魔術を切る事はできない。

 闘気は物理攻撃と同様の性質を持つからだ。

 触れられないはずなのだ。

 できない。

 不可能。

 それがこの世のルールだ。

 だというのに……闘神は今その無理なはずの事をやっている。

 エウロペアの魔術をズタズタに切り裂きながら彼女に迫る。


 理屈ではなく。

 己の剣は全てを断つのだとそう頑なに信じて鍛え上げた長い時がその不条理を現実のものとした。

 斬れないものはないのだと、その剛剣を振るう彼自身が決めた。


 まぼろしを斬って離れた場所の本体にダメージを与えたイクサリアの風ように……。

 意志の力は時として現実を超えるのだ。


 ……まずい。

 まずい!!!


 アムリタが青ざめた顔で声なき叫びを上げる。

 魔術を放ち終えた無防備な状態でエウロペアはラシュオーンに至近に寄られてしまった。


 闘神が大剣を振りかぶる。

 今からではその斬撃を回避する方法はない。……食らう。

 膨大な量の闘気が集まりつつある巨大な刀身の周囲の光景が歪んで見える。


(ゼツ)……ッ!!!」


 闘気を込めたラシュオーン最強の斬撃が来る。

 横薙ぎのそれをまともに食らってしまったエウロペア。


 彼女の小柄なボディが両断され、二つになって別々の方向へ吹き飛ばされる。

 ……誰もがそのシーンを幻視した。


「いったぁ……!! めっちゃ痛いし……」


 だがメイドの上半身と下半身は泣き別れにはなっていなかった。

 彼女の前には淡く水色に輝く無数の六角形の連なる亀甲模様の半透明の障壁が展開され闘神の一撃を受け止めている。

 攻撃はシールドを貫通しているものの、エウロペアは両腕でガードして攻撃を止めていた。

 肉を断たれてはいるが……骨までは届いていない。


「『竜の鱗(ドラゴンスケイル)』……ウチのこれを抜いてダメージ入れてきたヤツ、アンタが初めてじゃんね!! めっちゃムカつくッッッ!!!!」


 ずずん、と重たい音がして砂埃が舞い上がった。

 ラシュオーンが大剣を地に落としたのだ。

 最強の一打は阻まれてしまった。

 闘神にはもうエウロペアの障壁を破って彼女に満足なダメージを与えられる攻撃がない。


「さっすが帝国最強じゃんね。ウチいなかったらずっとそのまま……最強でいられたのに。お気の毒様だし」


「俺は自分が最強だと思った事はない。名乗った事もない」


 ガシン! と胸の前で左右の拳を打ち合わせるラシュオーン。

 そして彼は拳闘の構えを取った。


「だが、どうしても……お前には勝ちたい」


「だからそれ無理だっつってんじゃんね」


 彼が何を言いたいのかをエウロペアは察した。

 ようやく初めて何か構えらしきものを取るメイド。

 それでもその姿勢はなんだかやる気があまり感じられないものだったが……。


 武器を捨てた闘神。

 ここから先はただ身体一つ。

 自分自身だけの勝負。


「まだ見せてないチョーカッコいい魔術が沢山あんのに……」


 口をへの字にして愚痴るエウロペア。

 その言葉の意味は彼女がもうここからは魔術は使わないという事だ。


 お互いに……自分だけ。


 二人の間を砂埃の混じった風が吹き抜けていく。

 ほんの僅かな静寂の時間。

 そして……二人の最後の攻防が始まった。


 純粋なる暴と暴。拳の応酬。

 互いにノーガードでの激しい殴り合い。


 パンチ一発ごとに二人の踏みしめた足を起点に地面に放射状のヒビが入る。

 両者が同条件で同じことをし合って戦ったとしても。

 エウロペアの身体的能力がラシュオーンに勝っていたとしても。

 それでもどうしても覆せないものが二人の間には存在している。


 ……それは体格差だ。


 身長230を超えるラシュオーンと160そこそこのエウロペア。

 大人と子供ほども違う二人の身体。

 それはそのまま間合い(リーチ)の差だ。

 エウロペアの拳よりも遥かに遠くから遥かに早くラシュオーンの拳は彼女に届くのだ。


 殴り合いはすぐに一方的な展開になった。

 拳を届かせることができないエウロペアを圧倒するラシュオーンの猛攻。

 何発目かの拳をまともに頭に食らってエウロペアの視界がぐにゃりと歪む。


(あれ……ちょっと、これ)


 舞い散る赤い雫の中。

 妙に他人事のような思考で……。


(ウチ、やられかかってね……?)


 ……ピンクのツインテールのメイドはそんな事をふと思ったのだった。

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