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お仕事をしたいメイドさん

 十二神将にしてサンサーラ大陸最大の商人、玉神パラーシュラーマ。

 トリシューラとはまたタイプの異なるこの強大な女傑と対峙するアムリタ。


「お互いの求めるものを提供し合うのが取引ですわ」


 パラーシュラーマは悠然と微笑んでいる。

 一歩間違えば滑稽にもなりかねないゴージャスなレディの仕草が実に様になっている。


「私は貴女の最も求めているものを提供して差し上げられますわ。貴女は私に何をもたらしてくれるのかしら?」


「……………」


 楽し気な彼女。

 しかしその視線はこちらの価値を見定めんとする冷徹なものだ。


 説明を受けずとも感じ取れる。

 この取引は一度きり。

 この場で彼女の望む返答ができなければ……切り捨てられる。

 以後、彼女の中の自分の評価は対等な取引をするに値しない相手とされる事だろう。


「奴隷の解放で……人間種族が奴隷でなくなる事で利益を得る手段をもうご用意してらっしゃるんですね」


「そうですわね。大きな変化を察知し備えておくのは商売の基本ですわ」


 アムリタの言葉をあっさり認めて肯く玉神。

 正解はこれではない。

 ……これは彼女の言うように基本も基本だ。


(考えるのよ、アムリタ。彼女の求めているものは利益。私に恩を売る事でどう利益を得ようとしているの……?)


「……!」


 視線をやや横にずらし、そこにいる男の顔を見る。

 ギエンドゥアン……パラーシュラーマはこの男と繋がっている。

 つまり自分がどこから来た何者かを彼の口から聞かされていると言う事だ。


 自分は王国の十二星。

 そしてもし十二神将になったとしたら王国と帝国のその両方に大きな権限を持つ唯一の存在となる。

 どちらの国にも口が利く自分に彼女が求めるのは……。


「わかりました。玉神様は帝国と王国の交易の窓口になる事をご所望なのですね」


 パラーシュラーマの口元から笑みが消えた。

 彼女はゆっくりと立ち上がり上からアムリタを見下ろす。


「……素晴らしいわよ、アムリタ執政官。どうやら私の目に狂いはなかったようですわね」


 どうやら……彼女の真の望みを言い当てることができたようだ。

 帝国と王国の二国に交流が生まれれば必然的に物のやり取りも発生する事だろう。

 その間に立って流通を取り仕切れば手数料だけでも莫大な儲けになる。

 パラーシュラーマはアムリタに両国に取りなして自分をその地位に就けろと要求しているのである。


 パチン、と玉神が指を鳴らすと契約書とペンを持ったボーイが入ってくる。


「問題がないようでしたら署名をお願いしますわ」


 契約書を穴が開きそうなほど凝視するアムリタ。

 彼女はやり手の商人。文面のどこかに罠が仕掛けられていないとも限らない。


「そうそう、よぉ~くご確認なさいな。言い回しの問題一つでもとんでもない大損をする事もありますわ」


 眉間に皺を刻んで書類に見入っているアムリタに楽し気に笑っているパラーシュラーマ。


 契約書にはパラーシュラーマはアムリタを十二神将に推挙し、そして帝国内でのアムリタの活動を援助し後援する事。その見返りとして両国の交流が成った暁にはパラーシュラーマを帝国の交易担当官としすべての物流を彼女を通すということを王国側にアムリタが納得させる事、と記されている。


(『双方、この約定を違えし時は生命をもって償うこととする』……か。上等よ。今までだってずっと命がけだったわ)


 同じ二枚の書類に署名をして血判を押す。

 そうしてから書類を玉神に返す。

 パラーシュラーマも手慣れた仕草で書類に署名し血判を押した。


 そうして、書類は一枚ずつアムリタとパラーシュラーマがそれぞれに手にする。


「良い関係が築けそうで非常に喜ばしいですわ。これからよろしくお願いいたしますわね、アムリタ」


「こちらこそ。パラーシュラーマ様」


 握手を交わす二人。

 その最中、チラリとアムリタが彼女の肩越しにギエンドゥアンを見る。

 鷲鼻に跳ね髭の男は「自分の言った通りだっただろう」とでも言うかのように得意げにニヤリと笑みを見せるのだった。


 ────────────────────────────────


 ある日の午後、アムリタの屋敷。


「あ~ぁ、もう……散らかしてくれちゃってるっスねぇ」


 はぁ、と大きくため息をついているのは箒を手にした糸目のメイド……マコトである。

 居間のソファの周りには空き箱や袋、包み紙やらおかしの細かい破片などで中々凄惨な有様だ。

 そうして、それをやらかした張本人はソファで気持ちよく寝息を立てている。


 この屋敷のもう一人のメイド、エウロペアだ。

 といってもこっちは衣装だけだが。


 寝ているエウロペアには目もくれず、てきぱきと周囲をかたずけるマコト。

 そして彼女は掃除を完了すると最後にエウロペアに毛布を掛けてから部屋を出て行った。


 ……………。


「……ふぁ。んんっ……なんか寝ちゃってたし」


 それからしばらくして目を覚ましたエウロペアが身を起こして大きく伸びをした。

 そして彼女は見覚えのない毛布が自分に掛けられていることに気付く。

 周囲を見回してみれば食べ散らかしていたゴミの数々も綺麗さっぱりない。

 当然それは誰かが自分が寝ている内にやってくれたという事だ。


 エウロペアにとって今の生活は天国であった。

 何もしなくても皆が自分の世話をしてくれる。

 アムリタが出世するにしたがって食べるものの質は上がりいくらお代わりをしてもよくなった。

 皆の何倍も食べるエウロペアだが、いつもアムリタは「もういいの? お代わりまだあるわよ」と言ってくれる。


 そうして……ふと彼女は我に返った。


「ひょっとして、ウチ何の役にも立ってなくね?」


 ……思い返してみればこの三年間、特に何か仕事らしきことをした記憶がない。

 事務所にいた時はマチルダがお小言を言っていたが、そういう事もないのでゆるみきって怠惰な日々を送ってきた。

 そうしてあっという間に三年だ。


「ちょっとこれ……ヤバいじゃんね!!!」


 彼女は初めて焦った。

 今更焦った。

 これはチョー優秀な自分の立ち振る舞いではない。

 皆の自分への接し方を思い出すとそれは優秀な仲間に対するそれではない。

 完全に手のかかる妹か娘に対する……さもなければペットに対する接し方だ。


「ねえ、アムリタ!! ウチに何かお仕事……」


「ああ、ちょうどよかったわ。貴女を探していたの」


 ノックも無しにドバーンと扉を開け放って入ってきたエウロペアに、その振る舞いを気にする様子もなく笑い掛けるアムリタ。


「へっ……?」


「これね。頂いたのだけど私は時間が取れそうにないから、折角だから貴女が観てらっしゃいよ」


 そう言って手渡されたのは闘技場の観戦チケットである。

 しかも最上級の席だ。


「いあ、ウチはお仕事を……。まあ、折角だから行ってくるし」


 屋敷のメンバーでは一番闘技場が好きなエウロペアだ。

 頻繁に観戦に行っている。

 というか他の面子はあまり行く時間が取れないので今回の様な機会があれば大体エウロペアにチケットが回ってくるからなのだが。


 お出かけ用の革ポシェットを提げてエウロペアが廊下に出ると……。


「闘技場に行くんだって? ほら……お腹が空いても隣の席の人に食べ物をねだったりしたらダメだよ」


 イクサリアに呼び止められ、折り畳んだ数枚の紙幣を貰った。


「ウチはお仕事するつもりだったのに、遊びに行くチケットとお小遣いが勝手に転がり込んでくるじゃんね……」


 手の中の観戦チケットと紙幣を見て複雑な表情のエウロペアであった。


 ─────────────────────────────────


 青い空に歓声が轟く。

 今日も闘技場は盛況だ。


「ほらーッ!! そこッッ!! ボーッとしてんじゃないし!! 引っ掻け!! 噛み付けッッ!!」


「何でこのお嬢さんは毎回魔獣の方を応援してんだ……」


 拳を振り上げて熱狂しているエウロペアを見て隣のエルフ紳士が顔を引き攣らせている。


 見た目人間のエウロペアが何故ここで一人でこんなに自由にしていられるのか……。

 それは彼女が特別待遇奴隷の証を身に着けているからだ。

 これは位の高い者が自分の奴隷が面倒に巻き込まれるのを避けるために与えるもので、持っていれば一般帝国民と同等の権利が与えられる。

 一応彼女は世間的にはアムリタ所有の奴隷ということになっており、イクサリアたちも同じ証を身に着けている。


「タレが美味しいよ~。ジャワリゥ鶏の串焼きは如何ですかぁ」


 売り子が通りかかると振り返ってエウロペアが手を振る。


「はい、それ。ウチが全部貰うし。足りないからもう1ケース分焼いて持ってきて」


「滅茶苦茶食うなこのお嬢さん……」


 隣のエルフ紳士が慄いている。

 そんなエルフ紳士が闘技場に視線を戻して顔を輝かせた。


「おおッ! 皇弟様だ! 今日はお出になるのか……これは幸運だ」


「ああ、アイツ……」


 目を細めるエウロペア。

 ラシュオーンの戦いならここで何度か観たことがある。


「アイツの試合って楽しくないじゃんね。すぐ終わるし……アイツもつまんなそーに戦うし」


「おいおい畏れ多いぞ。それは仕方がないさ。闘神様の強さに見合った相手などもう見つからないだろうしな。我々臣民はあの御方の戦いぶりが観られるだけでも眼福というものだ」


 不敬すぎる物言いのエウロペアにまたも仰け反り気味にびびるエルフ紳士。


 そしてやはりその日のラシュオーンも一撃で巨大な魔獣を屠り、試合はあっけなく数秒で幕を下ろしたのだった。


「あんなん戦いですらないし……」


「ははは、あれが帝国最強の戦士の実力だよ。頼もしく誇らしい事じゃないか」


 それでもエルフ紳士は満足したらしく上機嫌に笑っている。

 そんな彼の隣でエウロペアはつまらなそうにしていたが……。


「……!」


 ふと、何かを思いついた様子で眉を揺らしたツインテメイド。


(帝国最強……! つまり、ウチがアイツをボロボロにすればウチが帝国最強ってことになるじゃんね! そうしたら、一応今のウチはご主人様がアムリタって事になってるんだから……アムリタは最強のウチのご主人様だから偉くて嬉しい! ウチは最強で嬉しい! 二人とも嬉しいから幸せ!!)


 ガタッと観戦席を立ちあがって目を輝かせるエウロペア。


(帝国最強なのはウチだけだからウチが一番偉くて強くて役に立ってるって事だし!! 冴えてるじゃんね!!!)


「あれ? ……お嬢さん?」


 気が付けば姿を消してしまっていたエウロペアに不思議そうに周囲を見回すエルフ紳士であった。



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