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夜を往くもの

 アルバート・ハーディング殺害事件の捜査を公式に請け負っているのはクライス王子の配下たち。

 しかしその他にも独自に動き始めている者がいるようだ。

 被害者の兄オーガスタス卿もその一人であった。


「うーん、ライバルが増えてきましたね」


 難しい顔をしながらクレアが頬張っているのはジェイドからすれば見ているだけで胸やけになってきそうな大きなパフェである。

 王宮内のカフェ風テラスで二人で昼食を食べ終えた後のデザートだ。


(そういえば……この人いくつなのよ? 15,6くらい? まさか私より年上って事はないと思うけど……)


 等と思いながらなんとなくパフェを食べるクレアを眺めていると……。


「そういえばジェイドさんはおいくつでしたっけ?」


「えっ? ……18だ」


 同じ事を考えていたのか、唐突にクレアはそう尋ねてきた。

 一瞬焦って若干の鯖を読んでしまうジェイド。


(まあいいか……どうせあと2ヶ月足らずで本当になるんだから)


「そうですか! では私がお姉さんですね。二十歳なので」


 え”? と思わずヘンな声が出てしまったジェイド。

 幸いにも聞きとめられなかったらしく相変わらずクレアは笑顔でパフェを食べている。


(に、にじゅっさい……じゅうにさいって言われたほうがまだいくらか納得できるんだけどな……)


「センパイとして色々教えてあげますからね。わからない事は何でも聞いてくださいね」


 年上とわかるととたんに先輩風を吹かせ始めた。

 そこへスッと二人の座っているテーブルに影が差す。


「何だよ、最近はこっちで食ってんのか? 言っておけよな~。こっちはお前の分まで作ってきちまったってのにさ」


 そこに立っていたのは赤い髪の女騎士……マチルダだ。

 抱えているのはバッグに入った弁当箱? であろうか。

 ていうかデカい。お弁当箱デカい。

 二つで結構な荷物になってしまっている。


「あん? 何だよこのちんちくりんは」


 声のトーンが若干下がる。

 クレアを見て警戒するかのように眉をひそめるマチルダ。


「はじめまして、私は王立学術院のクレアリース研究員です」


 名乗ったクレアはメガネの奥の瞳をキラーンと光らせる。


「彼とは現在お仕事上のパートナー、バディというわけです。今もお食事をしつつ親睦を深めていた最中だったのですよ」


 得意げなクレア。

 ジェイドはマチルダのこめかみの辺りから実際はしていない「ピキッ」という音が聞こえたような気がした。


(何で貴女たちいきなり険悪になるのよ。仲良くしなさいよ。主に私の胃の為に)


 渋い顔でティーカップを口に運び、余りの甘さに噴出しそうになったジェイド。

 自分は砂糖など入れていない。

 目を離した隙にクレアに入れられていたようだ。


「へ、へぇ~~~? 煽る。煽るじゃねえか……。ま、まあこっちはアレだけどな? オレの手料理を『あ~ん』で食べさせてやった事もある仲なんだけどな?」


(……言い方! ウソではないにしても)


 そして言われた側のクレアは何やら座ったままでメトロノームのように上体を激しく揺らし始めた。


(効いてる!! 何か凄い効いてる……!!)


「ぐ、グェッ……!! い、いやしかし? しかしですよ……? 初手でそれを切ってきたっていう事はそこ止まりでそれ以上の手札(カード)はお持ちではないようですね!?」


 両者ギリギリ歯を鳴らしながら至近距離で睨みあう。


(あーもー、どうにでもして……)


 投げやりな気持ちでヤバいほど甘い紅茶を再度口にした時……。


「こんな所にいたのか。俺に告げずに勝手にたまり場を変えるな。探すのが手間だからな」


 威風堂々と現れたエールヴェルツ家の若獅子。


「お前は来るな!!!」


 ……を、いきなり罵倒する。


(話が余計にややこしくなるでしょうが!!)


「な、何故だッ!? 俺の……俺の事が嫌いになったのか!!?」


 何やら気持ち悪い事を言いながら激しくショックを受けた様子のレオルリッドであった。


 ────────────────────────


 結局初日の捜査は進展らしきものもなく解散となった。


 何だかんだ言いながらも態度に出している程にはその時間を悪くは思っていないジェイド。

 認めたくはないがマチルダらと過ごす時間が自分にとってのある種の安らぎとなっているのも事実であった。

 それを求めてはいけない。そこに逃げ込んではいけないのだとは思っているのだが……。


 湯浴みを終えて乱暴に濡れた髪を拭いながら自室の扉を開く。


 そして……硬直する。


「やあ」


 明かりも付けずに月明かりだけが照らす室内の、そのベッドにイクサリアが腰掛けている。

 彼女は入ってきたジェイドを見ると優しく微笑んでそして軽く手を振った。


「イクサ? どうやって……?」


「失礼ながら()()から入らせてもらったよ」


 そう言って王女が視線を向けたのは窓だ。

 確かにそこは普段施錠はしていない。が……。


「キミがいけないんだよ? あれほど言ったのに今日もキミは日中皆とあんなに楽しそうに……」


「いや、それは……」


 言いたいことはそこではなく、この部屋は三階だ。

 普段施錠をしていないのは窓から入ってこようとするのは通常ほぼ不可能であり、逆にそれが可能でそこまでして侵入しようとするような輩には窓の貧弱な鍵などあってないようなものだから。

 自分も同じ位置にあるアルバートの部屋の窓に手紙を差し込んだが、その時は魔術で身体強化して跳躍して成し遂げた。


「ふふ……」


 微笑みながら軽く右足を持ち上げるイクサリア。

 そのブーツのつま先にヒュルルとつむじ風が巻いている。


「私はね、風の魔術を使うんだ。風を纏い、風に乗る。そのくらいの高さは何でもないよ」


「………………」


 無言のジェイド。

 思えば初めて出会った日から何度もその可能性は示唆されていた。

 二階のバルコニーに大した助走も無しに軽く跳躍する彼女。

 一瞬で音もなく現れる彼女。


「バラしてしまうが、何度かキミの寝顔を見にきていたんだ。できたらキミが目を覚まして招き入れてくれて、二人でお話ができればと思っていたんだけど、残念ながらそうなる事はなかったね」


 どくん、と心臓が大きく一度脈打った。

 まさか……まさか安全圏だと油断していたこの自室がそんな危険な状態だったとは。


「あの日も……会いに来たんだ」


 窓の外の月を見たまま、どこか夢見るように王女は言う。


(……あの日……?)


 酷く嫌な予感が胸を駆け抜ける。

 冷たい緊張感が指先まで満ちていく。


「残念ながらキミはいなかった。……ただ」


 イクサリアは窓のほうを向いたまま、視線だけをこちらへ向けてくる。


「代わりに、キミに良く似たステキなお嬢さんが眠ってた」


 絶望感で目の前が闇に閉ざされる。

 よろめいて右手で頭を押さえるジェイド。


 あの日とは……自分がアルバートを殺した日だ。

 見られていた……アムリタの姿の自分を……。


 同時に頭の中で、完成を望んだわけでもないパズルが高速で出来上がっていくのを感じる。

 見たくもない絵柄が完成していく。


「その日……その夜、イクサは何をしていた……?」


 祈るような気持ちで、掠れた声で尋ねる。

 ただ遊びに来ただけだと、そう答えてくれと。


「あの夜は大変だったよ」


 若干ほろ苦く笑いながら……。


「……彼を大聖堂まで運んで吊るした帰りだったから」


 王女イクサリアはそう言った。


「………………………………」


 心や思考が痺れてしまったかのように立ち尽くすジェイド。

 そんな彼を前にしてイクサリアは歌うように話し続ける。


「夜の散歩はね……私の日課なんだ。音もなく屋根から屋根に跳んで月の光を浴びている時が生きていて一番自由だと感じられる」


 あの夜も、イクサリアはそうしてこっそり官舎を抜け出すジェイドを見つけたのだ。

 ジェイドは周囲を警戒していたが、彼が想定しているよりもずっと高い位置から見下ろしていたイクサリアには気付けなかった。

 そうして……王女は修練場に入っていくジェイドを見ていて、そして彼が出てきて立ち去ってから中に入ってみた。


「いや、驚いたね……。何しろ誰かの亡骸を目にしたのは生まれて初めてだ」


 軽く頭を横に振るイクサリア。


「同時に強く思ったんだ。キミの力にならなければ、と」


 何故だ……。

 そこからが正気じゃない。

 すぐに誰かに連絡をするか、見てみぬふりをするか。

 そうするべきだったのに。


「ああしておけばあの殺人は王位争いに関係したものだと皆考えるだろうと思ってね」


 ゆっくりと……座っているイクサリアに向かって進む。

 彼女はそれを黙って見つめている。

 相変わらず朧げに微笑んだままで。


「人殺しの……共犯になってしまったんだぞ」


「……あぁ、言われてみればそういう事になるかな? ただそれは私にとってはさしたる問題じゃない」


 血の滲むような苦しいジェイドの言葉にイクサリアは平然としている。


 初めて会った時から彼からは強い絶望と哀しみの気配がした。

 理屈ではないが自分にはわかった。

 心に大きな傷を持っていて、その傷からは今も血が流れ続けている。

 それをなんとかしてあげたいと、そう思った。


(それはきっと私が、生まれて初めて誰かを好きになったからだ)


 イクサリア・ファム・フォルディノスは自分の心をそう分析した。

 そしてあの夜、自分は彼の抱えた闇の一端に触れたのだ。


 そこからは迷いはなかった。

 風に乗せてアルバートの遺体を大聖堂に運んだ。

 天窓から「女子会」の様子を窺い、解散を待って死体を運び入れて吊るした。


 恐怖も緊張もあったが、それ以上に高揚していた。

 彼の為に手を汚している……その事が幸福だった。


(……見られていた。知られてしまっている。……殺さなきゃ!!)


 遂にジェイドは王女のまん前までやってきた。ほんの十数cmの僅かな距離で二人は見つめあう。

 両手を王女の細い首に掛ける。

 ……彼女は抵抗しようとしない。


「私を殺すのかな……?」


 顎をわずかに上げてイクサリアは尋ねた。

 自分に殺意を持っている相手を見る目と表情ではない。

 静かで、そして澄んだ瞳。


「ここではやめたほうがいいよ。死体の処理が難しい。バレてしまうよ」


 実際にその通りなのだがそれを襲われかかっている者が言うのか。


「優しく囁いて私を連れ出すんだ。二人だけになれる静かな場所へ。私はきっと夢を見るような心地でキミに付いていく」


 彼女の姿がぼやけた。涙で滲んだ。

 やめてくれと、首を横に振る。


「キミが望むならなんでもしてあげたい。この命を差し出すことも厭わない」


 それから……。

 どれくらいの時間が過ぎただろう。


 それは永遠のように長かった気もするし、ほんの一瞬だった気もする。


(ダメだ……できない……)


 どうしても、手に力が入らない。

 イクサリアの首に掛けた両手に……力が。


 ……ついに震える両手は王女の首から離れジェイドは項垂れるのだった。

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