表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
129/165

彼女はモテモテ、それでクソボケ

 トリシューラに呼ばれ彼女と夕食を共にしているアムリタ。

 その表情は浮かない。

 後援者であり恋人でもある彼女に良い進捗が報告できないのは辛い所である。


「行き詰っているようね」


 そんなアムリタに優しく微笑みかけるトリシューラ。

 この広大なサンサーラ大陸において、天神が彼女にのみ見せる表情だ。


「そうなんです。エルフ族以外の神将の方々には全員断られてしまって……。これも私の至らなさのせいです」


「困難な道である事はわかっていたはずよ。貴女の申し出を拒んだ神将たちもその考えは永遠不変ではないはず。焦らず着実に進んでいきなさい。貴女の歩みは確実に多くの者たちに影響を与えているわ」


 優しくも力強いトリシューラの言葉にアムリタが肯く。

 ……彼女の言う通りだ。

 今現在思うように事態が進行していないからといってしょげている暇はない。

 何かが変わってくれる事を信じて歩みを止めず前に進み続けるだけだ。


「ところでー……」


 何故かそこでトリシューラは視線を逸らしながら間延びした声を出す。


「最近、その……彼女とは上手くいっているのかしら? イクサリアと」


「イクサですか? いつもの通りですね。上手くというか何と言うか……彼女とは一緒にいるのがもう当たり前なので」


 アムリタは問われるままに素直に返答する。


 すると、トリシューラは……くしゃっと表情を歪ませた。

 まるで泣きそうな子供のようにだ。


「やっぱり、私といるより……彼女といる時の方が楽しい?」


「は? ……えっ?」


 驚いて表情を引き攣らせるアムリタ。

 こんな表情の天神は初めて見る。


(こ、これは……まさか……ヤキモチ!? 嫉妬しているの? イクサに……トリシューラ様が!?)


 ジェラシー等と言う感情とは無縁の人物であると思っていた。

 天上天下唯我独尊。

 凡そ天地に自身に匹敵する者はない。

 ……それがこの稀代の美貌の女傑の生き方だったはずだ。


 同時に今の状況に酷く既視感を覚える。

 奇しくも少し前にイクサリアがトリシューラに対してまったく似たような状況に陥っていたではないか。

 イクサリアとトリシューラ……両者がお互いを意識してアムリタを挟んで嫉妬し合っている。


「私にとってはどちらも自分の大事な人ですよ。どっちが上だとか、そういう事はありません。比べるようなものでもありません」


「でも……でも、彼女はあんな綺麗な女性(ひと)だから……」


 未だ不安げなトリシューラ。


 そうか……これは。


 アムリタは理解した。

 考えてみればイクサリアとトリシューラには共通点が多い。

 自分の思うがままに生きていて基本他者を省みる事はない。

 その二人が、恐らく生まれて初めてお互いに自分よりも美しいと思う女性に出会ったのだ。

 そして双方が敗北感を覚えて相手に嫉妬している。


 相手は自分よりも美人だからアムリタがそちらに靡くのではないかと……不安に思っているのだ。


(そもそもの誤解として私は交際相手を顔で選んでいるわけではないのよね……)


 そこをまず説明しておく必要があるだろう。


「トリシューラ様、よろしいでしょうか? 少し自分の話をしたいのですが……」


「いいわ。聞かせて頂戴」


 顔を上げて真剣な目をするトリシューラ。


 彼女には自分が王国から来た使者である事は話してあるがそれ以前の話はまだした事が無い。

 この機会に全てを話しておいたほうがいいだろう。


 アムリタ・カトラーシャという一人の何も知らない箱入り娘から始まった自分の物語をだ。


 ……………。


「そういったわけですので、私は基本的には相手の好意は誰であれ受け入れています。その相手が余程こちらからすれば拒否感のある人物でなければですが」


「……ちょっと、待って。何を言っているの……?」


 自分のこれまでの人生と、それに伴う恋愛観を話して聞かせた所……何故だかトリシューラはドン引きしてしまっている。


「誰でも? 誰の想いでも貴女は受け入れるというの?」


「はい。こんな私を好きだと言ってくれるのであればお断りするのは失礼ですし。既に私には何人か恋人がいますけど、それでもいいと言ってくれるなら」


 絶句するトリシューラ。

 美貌の天神は今、沈痛な表情で状況を必死に整理しようと脳をフル稼働させている。


「それで……貴女の今の恋人は? 他に誰がいるの?」


「お話しただけで全てですよ。イクサと、彼女の姉のリュアンサの二人だけです。他に特にそういった気持を私に向けてくる人はいませんでしたから」


 あっさりと言うアムリタにこめかみを押さえて眉間に皺を刻むトリシューラだ。


「……そんなはずはないでしょう。貴女のように可愛らしい人がそれだけのはずがないわ!」


 突如キレ気味になったトリシューラにアムリタが椅子の上で飛び上がる。


「もう一度貴女の周囲の者たちの貴女への接し方やどんなやり取りをしてきたのか、一から説明して頂戴」


「は、は、はい。そうですね……ええと」


 自分の身の回りにいた人々とのやり取りを思い出しながら語りだすアムリタ。

 こういう時は自分の記憶力と頭の回転の早さがありがたい。

 結構前のことでもすらすらと出てくる。


 ………………。


「それは好意よ! そいつは貴女の事が好きなの!!」


「……ええっ!!??」


 もう何人目かの好意認定が入った。

 ビシッと指をさされてアムリタが目を白黒させている。


「それも好意!! そいつも貴女の事が好き!!!」


「ぴえッ!!??」


 ……出てくるわ出てくるわ。

 アムリタの周囲は彼女に好意を持っている者だらけであった。


「そういうわけで、私がジェイドの姿になると泣いて有り難がって鼻血を流してお金をくれます」


「……そいつは大丈夫そうね」


 ……アイラには安全認定が出た。


 ………………。


「……それじゃあ私がモテモテだって事になってしまうじゃないですか!!」


「そうよ!! そうだと言っているの、私は!!」


 悲痛な叫びを上げるアムリタにやはり悲痛に叫ぶトリシューラ。


「それだけ好意を受けておきながらまったく応えようとはせずに思わせぶりな態度だけ取ってきたクソボケ野郎じゃないですか!! 私!!!」


「だからそうだと言っているのよ!!!」


 青い顔でうろたえているアムリタ。

 頭を抱えているトリシューラ。


(何てことなの。この子は……変に自己評価が低い部分があるとは思っていたけど、ここまで壊れてしまっていたなんて……)


 トリシューラが思うに、そのアムリタの特異な価値観は彼女の歩んできた壮絶な人生によって形成されたものなのだろう。

 恋愛的な意味で彼女は自分の価値をゼロと見積もってしまっている。

 本来であれば自分はとうの昔に死んでしまっているはずの人間なのだから、そこで自我を出して選り好みする資格は無い。

 そんな自分でもいいと言ってくれる相手ならとりあえず受け入れていこうという。

 達観というか……投げやりというか。


 幸いにして彼女の恋愛的感度の鈍さで現状で済んでいるものの、そこが鋭敏であればかなりカオスで取り返しの付かない人間関係を形成してしまっていたはずだ。


「アムリタ、いい? よく聞きなさい」


 立ち上がったトリシューラがアムリタの所まで歩いていって、座る彼女の頭を胸元に抱き寄せた。


「貴女の生き方に口を挟むつもりはなかったのだけど、それでもその考え方だけは変えなさい。このままそれを貫いたら貴女も周りの者たちもいつか不幸になってしまうわ」


「は、はい……」


 未だ引き攣っている表情で肯くアムリタ。


 確かにトリシューラが自分に対して好意を持っていると指摘した者全員と関係を持っていたらと考えると……それは当人同士よければいい、の範囲を遥かに超えて問題のある状況を生み出してしまっていた事だろう。

 自分はよくても相手の周囲の人々が怒ったり悲しんでいる姿が容易に想像できる。


「順番からすれば私も割り込んだ側だから、貴女にこの先恋人を増やすなとは言わないわ。だけど、そういう状況になったら無条件で受け入れるのではなくイクサリアとも相談してよくよく考えてから決める事にしなさい」


「……トリシューラ様にもご相談します」


 腕の中で呟くように言うアムリタにトリシューラがくすっと笑う。


「いいけど、私は嫉妬深いからとりあえずダメって言うわよ」


 そう言ってトリシューラはアムリタの頬に両手を添えて優しく口付けするのだった。


 ────────────────────────


 ……後日、トリシューラは自分の屋敷にイクサリアを呼び出した。

 当然二人だけで顔を合わせるのは初めての事だ。

 イクサリアは警戒気味だし、トリシューラはトリシューラで緊張でやや調子がおかしくなっている。


 そのままでは埒が明かないので……。


 ……二人で泥酔状態になるまでまず飲んだ。


「……ゴメン。それは私のせいでもあるかな」


 顔を真っ赤にしたイクサリアが頭を下げた。

 下げた勢いが強すぎて頭をグラグラ揺らしている王女。


「アムリタには……幸せになってほしかったから。恋人はいくら増やしてもいいって言ってしまったんだ。それで……彼女はそういうものかと思ってしまったのだろうね」


「それだけじゃないわよ。貴女、姉の愛人になれとか斡旋してるんでしょうが。そんなのおかしくなっちゃうに決まってるでしょ! 自己評価が低い純粋無垢な娘に何してくれちゃってんのよ!!」


 これまた盛大に酒臭い息を吐きつつイクサリアに詰め寄るトリシューラ。


「いや~……アムリタが好きだと思った相手なら誰とでも結ばれていいんだよってぇ……そう言いたかったんだよ……。まさか……誰でもいいと思っていたとか……それはわからなかったなぁ……」


 呂律が怪しいイクサリア。

 視線をゆらゆらと揺らしながら彼女は嘆息する。


「とにかく、誰でもはもう止めろって言っておいたからそこは大丈夫だと思うけど。貴女も恋人ならちゃんとブレーキになってあげなさいよね……」


「わかったよ。これからはちょっと……私も独占欲を出していくさ……」


 手酌でグラスにお酒を注ぎながら悪戯っぽくトリシューラを見るイクサリア。


「だから……キミにも渡さないよ」


「へぇ~? 言うじゃないのよ」


 二人で剣呑な視線を交し合って……それから同時にグラスを一気に空ける。


 そうして朝になった頃には二人はべろんべろんで仲良く床に転がっていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ