表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/167

推薦人を探せ

 大神都のさる富豪の屋敷に数名のエルフが集合していた。

 いずれもが大きな権力を持つ大政治家たちばかりである。

 威厳があり豪奢な装束に身を包んだエルフたちの集いは重厚でありながらも、その場にはどこか暗い雰囲気と焦燥感のようなものが漂っていた。


「アムリタ・アトカーシア……! いつまであの小娘に好き勝手をさせてくつもりだ!!」


「そうだ!! 短命種(クライン)だぞ、あの娘は!!」


 多くの黄金や宝石で身を飾ったエルフたちが喧々諤々と声を張り上げている。


「……おい、この場ではいいがそんな調子で口に出していると外でも出るぞ」


「ああ、すまん……」


 窘めるエルフ。相手は『短命種(クライン)』という言葉を口にした男だ。

 半年ほどまでにその言葉を侮辱的な意味で用いることは禁止され、破れば罰則が適用されるようになったのである。

 勿論その政策を推し進めたのはアムリタだ。

 彼女は奴隷制度を廃止するには至っていないが、同胞たちの地位向上の為のいくつもの政策を提言し内いくつかを実現させていた。


「排除してやりたいが……彼女はあらゆる意味で強大だ」


「ああ。昨日は法学者のピジャールが法律論で挑んで言い負かされて泣かされていた。あの娘の頭の中には三百冊近い帝国法典が完璧に記憶されているらしい」


 重たい息を吐く一人のエルフ政務官。


「周囲を固めている者たちもとてつもない腕利き揃いだ。何人刺客を送り込んでも全部返り討ちに遭うので大神都の暗殺者ギルドはどこも彼女相手の仕事は引き受けてくれなくなった」


「周囲だけではない。彼女自身かなりの猛者だし、少なくとも二度致死の猛毒を口にしている。血を吐いて苦しみ意識は失ったが次の日は何事もなかったかのように政務を行っていた!! 心臓近くに刃を受けたこともある。だというのにその日の夜の晩餐会に出席していた! どうなっているのだ奴の体は!! 不死身なのか!!??」


 エルフの言葉は段々と声量が上がり最後には悲鳴に近いものになっていた。


「……そして、何よりも厄介なのは彼女の後援者があのトリシューラ様である事だ。信じられるか? 諸君……()()『征天戦神』様だぞ。エルフたちでも指折りの人間嫌いであったはずのあの御方がだ」


「ああ、以前アムリタ執政官に暗殺者を送った者がいたんだが……。その事に激怒されたトリシューラ様の軍勢が屋敷に雪崩れ込んできて本人は元の顔がわからなくなるくらい殴られたらしい」


 寒々しい空気が場を支配しエルフたちが沈黙する。


「そして……今奴は十二神将になろうとして着々と準備を進めているらしいぞ」


「恐ろしい。奴はこの帝国をどうするつもりなんだ……」


 数年前までなら叶わぬ夢を見ているものだと鼻で嗤った事だろう。

 だが今のアムリタを見ていると、もしや……という気が沸き起こってくるのだ。


 結局、この日の彼らの会合は愚痴と雑言を聞かせ合うだけで終了となったのだった。


 ────────────────────────


 どこかオリエンタルな内装の部屋だ。

 このサンサーラ大陸のどこからそういった東方的な文化が流れてくるのだろうか?


 龍が巻き付いたデザインの柱に、水墨画の掛け軸。

 皇国のものと似ているようでどこか違うそれら。

 目を奪われているアムリタに長椅子に寝そべる屋敷の主がニヤリと笑う。

 白猿の老人が。


「あの時ワシがさらってきた小娘が今や執政官とはなァ。何があるかわからんもんじゃ、人生は。……そうじゃろ? ギヒヒヒヒッ!!」


「そうですね……」


『征幻戦神』ビャクエンを前にしているアムリタ。

 卿の彼女はこの老猿に面会を願い出て屋敷までやってきているのだ。


 思えばこの老将に連れ去られて事態は大きく動き始めたのだ。

 あの時拉致されたのが自分でなかったら果たして今頃自分はどうなっていたのだろうか?

 それを想像してみようとして、意味が無いと思い直すアムリタ。


「……話はわかった。とんでもない事を考えるもんじゃァ」


「はい。それで幻神様の御力添えを頂けましたら」


 アムリタが持って来た手土産の酒を盃で飲んでいるビャクエン。

 わざわざ彼の好む銘柄を調べて持参したものである。

 幻神に深く頭を下げるアムリタ。


「ギヒヒヒッ。奴隷のお主が十二神将となって種族の解放を企むか……。ワシにとっては人間の奴隷制度はどうでもよい話じゃ。解放されようが、されまいが。じゃがな……」


 盃を空にしてアムリタを見るビャクエンが目を細めた。


「実現すれば確かに痛快な話ではある。エルフが至上とされるこの世界に風穴を空けられればな……奴隷のお主がな」


「! でしたら……」


 アムリタは希望に目を輝かせる。


「じゃがワシが話を聞くのはワシが対等と認めた者だけじゃ。今のお主はまだその位置まで来ておらん。まずは……ワシと同じ十二神将となってみるがよい! その時は改めてお主の話を聞いてやろう」


 つまり、現時点では幻神はアムリタの味方をする気はないという事である。


「わかりました。私が神将位に就きました暁にはまたお話をさせて下さい」


 柔らかく微笑み優雅に一礼するアムリタであった。


 ……………。


(まずは一敗。……とはいえ、予想していたよりかは好感触ではあったかな)


 ビャクエンの屋敷からの帰路。

 ゴーレムが担ぐ輿の上でアムリタが大神都の街並みを眺めながら嘆息している。

 以前はこうしてアムリタが輿で街中を移動しているとエルフたちから罵声が浴びせられたり物を投げられたりしたものだ。

 しかし彼女が昇進するに従ってそう言った者たちは減り、今では自分を見ても遠巻きに小声で囁き合うのみ。

 いい話はされていないのだろう。小さく苦笑するアムリタだ。


 ……幻神ビャクエンはアムリタが十二神将になれば話を聞いてやると言っていた。

 完全に拒否されたという訳ではない。

 その十二神将への推薦人にはなってもらえないという事ではあるが。


 自分が十二神将になる為には三人の神将の推薦人が必要だ。

 その為の一人はトリシューラがなってくれるという。だから残り二人を見つけなければならない。

 考えを変えたトリシューラの存在が特異なのであって、元々選民思想が強いエルフたちの神将からは推薦人を見つけ出すのは難しいだろう。

 現に仲良くしている部類のガーンディーヴァでも協力は断られてしまっている。


 ならばエルフ以外の神将と話をしなければ……。

 そう思って面会を申し出たビャクエンであったが、推薦人にはなってもらえなかった。


 ……………。


 また別のある日。


「申し訳ありませんが、君の力になってあげる事はできませんな」


『征財戦神』ガネーシャは低い声で言うとゆっくり頭を横に振った。

 長い鼻がゆらゆらと揺れる。


「わたくしは財神ガネーシャ。帝国の国庫を預かる者。それ故に金の出入りで物事の是非を判断しなければなりません。君の提案がもし実現すれば帝国の国庫からは未曽有の大出費をしなければならないでしょう。奴隷から解放された人間たちが新たに暮らしていく為の諸々の整備や、奴隷という労働力を失う上位民たちへの補償などです。おわかりですかな?」


「はい……」


 沈んだ表情で肯くアムリタ。

 ガネーシャの言い分には全く異論を差し挟む余地はない。

 実際に自分が人間たちを奴隷から解放すれば帝国はかなりの金銭的損害を被る事だろう。

 その後解放した人間種族が帝国経済の発展に寄与する事があったとしても一時的な経済的損失はかなりのものとなるはずだ。


 だから彼はアムリタに協力できないと言う。

 ガネーシャの立場からすればあまりにも当然すぎる返答である。


「君の最近の活躍は目を見張るものです。そこは賞賛されるべき事でわたくしも嬉しくは思っておりますがね。それはそれ、これはこれです」


 神将中でも殊更感情表現が希薄であるこの象の獣人であるが、出会った頃から一貫してアムリタには紳士的で親切であった。

 この返答も彼なりに誠意を込めたものであろう事は伝わる。

 しかし、やはり財神もアムリタの推薦人にはなってくれなかった。


 ……………。


 大神都からほど近い切り立った岩場で修練を積む戦士がいる。

 鷲頭の鳥人だ。

 彼が飛翔し崖を蹴ると巨大な岩山が鳴動し、無数の岩が降り注いでくる。

 そして彼は剣を抜くとその落下する巨岩を悉く両断するのである。


 彼の名は『征空戦神』……空神ガルーダ。

 一説によれば最強を謳われる闘神ラシュオーンと比肩し得る戦士であるという。


「何用だ、執政官。……修行の邪魔だ」


「す、すぐに帰ります。少しだけお話を聞いては頂けないでしょうか?」


 慌てるアムリタ。

 彼女は早口で短く要件を話す。

 説明が雑にならないように細心の注意を払いながら。


「……断る」


 ……そして空神は一刀両断にアムリタの申し出を切り捨てた。


「その様な施策が通れば我が統治する属州も大わらわとなろう。我にその様な事にかまける時間はない」


 それにだ、と空神が鋭く目を細める。


「自由が欲しいのであれば戦って勝ち取ればいい。剣を持ち革命を起こせばよいのだ。雛鳥の如く何もせずにただ口を開けてエサを待っているだけの者どもの為に何かをしてやる必要などない」


「……………」


 言葉もないアムリタ。

 これがこの鳥人の信条であり生き様なのだろう。

 己を鍛えてひたすらに武の高みへ。

 そして望むものは自分の手で勝ち取るべし、という。


「わかりました。……お時間を頂きありがとうございました」


 やるせなさを内心に感じつつも、表には失望感を出さぬように微笑んでアムリタが丁寧に一礼する。


「己を鍛えて高みへ至らんとするお前の生き方には共感するがな。……だが、その話には乗れぬ」


 それだけ言い放つと彼は飛んで行ってしまった。

 また崖に向かって修練を続けるのだろう。


 ……………。


 エルフ以外の十二神将では最後の一人。

 魔族、戯神メビウスフェレス。


 普段何をしているのか、どこにいるのかがまったくわからない彼女を主神城の廊下でようやく見つけたアムリタ。


「……戯神様ッ! 少しお話を」


 小走りに近寄るアムリタ。

 何故かその彼女を見て露骨に顔を引き攣らせるメビウス。


「うわッ! 来たッッ!! 私にお堅い話は勘弁だよー!!!」


 ……そう叫ぶと彼女は窓から飛び出していってしまった。

 ここは地上六階なのに……。


 あの反応からするに彼女は自分が何の話をするのか察していたらしい。

 他の神将の誰かから聞いていたのだろうか。


 ともかく、メビウスには逃げられてしまった……。


「……………」


 廊下の大窓から外を見るアムリタ。

 勿論、そこからどこをどう見渡そうがもう戯神の姿はどこにも確認できない。


 絶望的な気分で引き攣り笑いを浮かべたアムリタ。

 

 結局誰の推薦も受けることができなかった。

 ……これで、エルフ以外の十二神将は全滅である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ