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大帝国の執政官さま

 アムリタ・アトカーシアに帝国に来てからの三度目の春が来た。

 彼女は現在21歳になっていた。


 ……………。


 主神城の廊下にカツカツと軽快な靴音を鳴る。足早に進むアムリタ。

 位の高い文官の装束……美麗な金の刺繡が施されたゆったりとした白い服に身を包んでいる彼女。

 その後ろには同じく文官の装束の数人のエルフたちが付き従っている。


「属州ファールワプルより、先週の大雨での水害の援助要請が来ております」


「もう人と物資を送りました。隣の属州(バーナーハン)からも出してもらえるように話をしてみて」


 背後の文官エルフの言葉に淀みなく返答するアムリタ。

 そのあたりの事は書類を確認するまでもなく彼女の頭に入っている。


「獣人ハンディラ氏族のサムン酋長殿の葬儀には……」


「私は今(ここ)を離れられないから陛下の弔文を持って代理でクマール首席補佐官に行ってもらいます」


 アムリタの現在の地位は執政官。

 これは帝国では皇帝と十二神将に次ぐ三番目の地位である。

 帝国法における「(ヒト)」の最高位だ。

 これより上、皇帝と十二の神将たちは帝国法では人ではなく神となる。


 この三年間でアムリタはドチャクソ働きドチャクソに出世した。

 空前絶後の出世スピードだ。エルフですらこんな短期間で執政官に上り詰めた者はいない。


 無論働きぶりだけでそれが可能なはずはない。

 アムリタはあらゆる手を使ってきた。


 自身の最高の理解者であり後ろ盾である天神トリシューラの援助を受けまくり……。

 諜報員(マコト)をフル稼働して政敵のスキャンダルを暴いて蹴落とし……。

 商才があり、かつ豪運であるイクサリアが交易や投資で作ってくれた巨額の財を惜しげもなく人々にばら撒き出世の階段を三段飛ばしくらいで駆け上がったのである。


 結果、今アムリタはファン・ギーラン帝国の政務の最高官の地位に就き、そして……。


「……あら?」


 気が付けば彼女は何だか周囲が敵だらけになっていた!!


 ……………。


「ちょっと、やりすぎたかしらね……」


 うーん、と難しい顔で腕組みをしているアムリタ。

 ここは大神都のアムリタの屋敷、彼女の私室であり時刻は深夜。


「ここまでカッ飛ばしてきたっスからねえ。ましてご主人は人間ってだけでよく思ってないエルフ(ヒト)沢山いらっしゃいますし」


 軽く肩を竦めるメイドさん。

 そのマコトの足元には三人の黒装束の獣人が倒れ伏している。

 送り込まれてきた暗殺者たちだ。

 マコトはこれを殺さず鎮圧してくれたのだが、全員即座に含んでいた毒を飲み絶命してしまった。


 別に珍しいことでもなんでもない。

 もう暗殺者を送り込まれてくる事など日常茶飯事だ。


 はぁ、と嘆息してからアムリタが椅子に座る。

 すぐにマコトが傍らにきて彼女のグラスに果実酒を注いだ。


 それをグイっと呷ってから大きく息を吐くアムリタ。

 最近ようやくお酒の旨さみたいなものがわかってきた彼女。


「仕方がないわ。皆に好かれながら大急ぎで出世するのなんて無理でしょう。これはもう織り込み済みで進んでいくしかないのよ」


 目の前に持ち上げたグラスをゆらゆらと揺らす。

 妙に間延びしてグラスの表面に映るアムリタの顔の向こう側で赤い液体が静かに波打っている。


「この程度の相手ならあちきだけでどうとでもなるっスよ。送り込んできたどなたかも本気じゃないんでしょう。いい気になってんなよ~、みたいな感じっス、多分」


 警告の意味合いが強いということか。

 そんな事で使い潰される獣人の刺客たちに一瞬だけアムリタが憐憫の情の浮かんだ視線を向けた。


「それにしても、貴女変わらないわね」


 糸目のメイドさんは出会った頃とまったく変わらぬ姿をしている。

 そういえば彼女はいくつなのだろうか? 年齢を聞いたことがないことに気付くアムリタだ。


「いやぁ……それ言っちゃったらご主人の方が……」


「結構気にしてるのよ、それ……」


 ハハハ、と微妙に引き攣った笑顔のアムリタ。


 そう、アムリタはこの三年間で……十八歳から二十一歳までの三年間で一切容姿の変化がない。

 成長が……まったくない。

 身長1mmも伸びていない。期待していたお胸のサイズも哀しいほど現状維持。

 顔立ちに至ってはちょっと幼くなった気までしてくる始末。


(まあ、これである程度ハッキリしたかな……私の身体は歳を取っていない)


 血縁上の親であるキリエを見ていれば予想はできていた。

 二十代の容姿で最低でも六百歳を超えているはずの彼女。

 そしてマコトもまったく変化がないように見えるし、ウィリアムもそうだしエウロペアもそうだし……。

 みんながみんな三年過ぎても見た目が全く変化していな……。


「アムリタ、今日は帰ってこれたんだね……!」


 ……いや、一人だけ成長のある者がやってきた。


 イクサリアだ。

 彼女は現在二十二歳。

 成人して容姿はより美しく洗練された気がする。

 身長も伸びた。160台半ばだったはずだが今は170くらいに。

 涼やかで清廉な美しさに大人の魅力のようなものも加味されてきている。

 セミロングだった髪は今では腰ほどまでに伸びた。


 前述の通り今や彼女はすっかり商人で投資家だ。

 交易をメインに商いを行っている。

 確かな先見の明があり現在もアムリタの資産を着実に増やし続けている。


「おや、また来たの? 誰かは知らないけど懲りないね」


 床に転がったままの暗殺者たちの亡骸を見て眉を顰めるイクサリア。


「今片付けるっスよ。お二人はどうぞごゆっくり」


 そう言うとマコトは暗殺者を重ねて担ぐ。

 武装した獣人の成人男性を三人重ねて軽々とだ……こう見えて恐ろしい怪力のマコトである。

 ウィンク一つ残して彼女が出ていくと早速イクサリアはアムリタに身を寄せてくる。


 何度かキスを交わしてようやく人心地ついたのか、王女は身を離して自分もグラスを出してきてそこに果実酒を注いだ。

 乾杯を交わして二人で酒を口に含むアムリタとイクサリア。


「……宰相殿かぁ。この巨大な国のね。王国の王女ではもう太刀打ちできないね」


「そう? そんな事はないんじゃない? 気にしたこともないわ、そんな事。どっちかが皇帝でどっちかが一文無しの根無し草になったとしたって私と貴女は何も変わらないもの」


 あっけらかんと言うアムリタにイクサリアがくすっと微笑んだ。


「そうだね。皇帝だろうと奴隷だろうと……私にはキミだけだ。この先もずっとそれは変わらない」


 そう言ってからイクサリアは少しだけ俯いた。


「少しだけ不安だったよ……。キミには新しい素敵な恋人ができて、私の方はもう見てもらえなくなるんじゃないかってね」


「あ~……それは……そのですね」


 若干頬を引き攣らせるアムリタ。


 珍しい、というよりは初めてかもしれない王女の弱音。

 トリシューラに対してイクサリアは強いライバル心を持っているようだ。

 今まではそういった方面ではおおらかだったはずのイクサリアだが、流石に相手があそこまで現実離れした美貌を持っていると思うところがあるのだろうか?

 アムリタからすればどちらもぶっ飛んだ美女という感じで差異など感じないのだが。


「そう思わせてしまったならごめんなさい。けど私の中でイクサが大事だってことには少しも変わりはないわ。というか大体が今やっている事だってイクサと私のことを王国に認めてもらうためのお仕事なんですからね」


 話がとんでもなく大きくなってしまっているが、始まりはそこでありゴールもそこだ。


「うん。私のためにこんな大きな国の宰相にまでなってくれたんだね、アムリタ」


「そういう事です。今はそれだけではなくなってしまっているけど、それでも私を動かしているパワーの源はそれなの。それがなきゃここまで頑張れないわ」


 一度、心が折れかけて王国へ帰ることだけを考えた時にそれを思った。

 帰ったら自分とイクサリアの居場所は王国にはなくなる。

 それが自分の足を踏みとどまらせた。


 アムリタの中では自分とイクサリアというのはもう一心同体のようなものだったから油断していたというか……トリシューラとの事は軽く考えてしまっていた。


(元々イクサは姉の愛人になってあげてとかブッ飛んだ話を持ってくる人だったし……。後、マチルダやクレアとも関係を持ってもいいって言ってくれていたわよね。結局そうはなっていないけど。となるとトリシューラ様だけがダメなのかな? そこはよくわからないわね)


 機嫌を直して嬉しそうにしているイクサリアを眺めつつ内心で首を傾げるアムリタであった。


 ─────────────────────────────────


 三年……アムリタは頑張り続けてきた。

 そして大きく出世した。


 しかし、現時点ではトリシューラ以外で二人の自分の推薦人を十二神将から見つけなくてはならないという話は一向に進展がない。

 トリシューラ以外でアムリタが最も親しくしている十二神将と言えばガーンディーヴァなのだが、その彼女にしても……。


「個人としては本当に応援しているんだけど、公人としてアムリタのそれにOK出しちゃっていいのかは判断が付かないのよ~。帝国がメチャクチャ変わっちゃうっていうのだけは間違いないし、その変化がいいものかどうか今のわたしにはわからないから……。いつも原稿手伝ってもらってるのに本当にゴメン!」


 と、手を合わせて頭を下げられてしまった。

 無理もない。

 彼女の言うことはアムリタとしても100%同意できるのでそれ以上はどうとも言えないのだ。


 人間族を奴隷から解放すれば帝国はまったく別の国になるだろう。

 その変化を善しとするのか悪しとするのかはまた個々に判断の分かれるところだ。

 いいことのはずだから手を貸してくれとはいかない。

 だからこそ粘り強くやっていかなければならない。


 ……それはそれとして執政官になってもまだたまに原稿を手伝わされているアムリタだ。


 屋敷まで持ち帰った仕事を深夜までこなしながらアムリタが窓から大神都の夜景を見る。

 しかし彼女の脳裏に過るものは美しい宝石のような明かりの数々ではなく王国の家族や仲間たちの顔であった。


(皆、今頃何をしているのかな……)


 自分が王都を旅立ってから三年が過ぎた。

 きっと多くのものが変わっていることだろう。

 キリエに渡した手紙が無事に王子に届いているといいのだが……。


 そういえばそのキリエもあれから一切自分の前に姿を現さない。

 その内また来るだろうと思っていたアムリタだが、その予想は裏切られた形である。


「まあいいわ。……とにかくやる事をやって結果を出して、王国にエルフの十二星を連れて帰る! 頑張りましょう! アムリタ!」


 窓に映る自分の顔の……その瞳に宿した炎に向かってむん!と力こぶを作るアムリタであった。



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