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十二の星から、十二の神へ

 緩慢な動作でゆっくりと服を着るアムリタとトリシューラ。

 まだふわふわとした心地で身体に上手く力が入らない。

 事後そのままなので二人とも髪などが乱れたままである。

 お互いのよれよれのヘアスタイルを軽く笑い合ってから改めて二人は椅子に座って向き合った。


「いい? アムリタ、これから貴女がしなければならない事を大雑把にまとめてあげるわね」


 いつもの調子に戻りつつあるトリシューラの言葉に肯くアムリタ。

 彼女の言葉は力があり、その立ち振る舞いは堂々としていて迷いが無い。

 聞き入るアムリタの目は真剣だ。


「奴隷制度をなくすというのは帝国建国以来の大改革になるわ。貴女はこれから帝国の八千年をブチ壊すのよ。覚悟を決めなさいね」


「……………」


 トリシューラの言葉とは裏腹に早くもアムリタの心がボキッと音を立てて折れかかった。

 改めて聞かされると本当にとてつもない事だ。

 一気にテンションが急降下し心は氷河期に突入する。


 だが今のアムリタには茫然としている時間も与えられない。


「そこまでの事を提言できるのは陛下か十二神将だけ。わかる? アムリタ……貴女は十二神将にならなくてはいけないのよ。皇帝陛下の下で帝国を統べる十二の戦神に」


「……ぴゃッ!!??」


 最早悲鳴なのか鳴き声なのかもしれない謎の声が出る。


「じゅ、じゅうにッッ!!?? 私が……私がですか!! なれるのでしょうか!!??」


 座る自分が膝の上に置いていた手にトリシューラの手が重ねられる。


「それはわからないわ。だけどね、過去に例がないわけではないの。最終的に十二神将を選ぶのは皇帝。歴代の皇帝の中には能力さえ確かなら種族には頓着しない方々もおられたのよ。今代のギュリオージュ陛下のようにね。だから、奴隷から十二神将になった人間もこれまでに何人かは存在している」


 しかし、そのギュリオージュもこれまで人間を十二神将に選んだことはないと言う。

 最後に人間の十二神将がいたのは今からもう千年以上も昔の話だ。


 ……何だかもう頭がくらくらする話である。

 というか実際にアムリタは姿勢を安定させる事ができなくなっていてゆらゆらと揺れている。


「十二神将に選ばれる方法はいくつかあるのだけど、今の貴女にとって現実的な方法だけを提案するわね。……それは、在位中の十二神将三人の推薦を受ける事。そうすれば皇帝陛下が貴女を十二神将にするのかどうかを判断して下さるわ」


「三人……」


 単に仲良くしている十二神将がいればいいという話ではない。

 その三人に「コイツは十二神将にしてもいいだろう」と思われなければいけないという事だ。


「勿論私は協力してあげる。だから後の二人……誰かを貴女の働きと能力で味方に付けなさい」


 その二人に自分は統治者に足る存在であると認めさせなければならないという事だ。

 そして、自分の最終目的を考えるとそれだけでは済まない。


「何故貴女が神将の座を得ようとしているのか……そこを明確にしなければならない以上は単に貴女の実力を認めてくれるというだけではなく、貴女の思想に賛同してくれる人じゃないとね」


 奴隷制度の廃止に……人間種族の解放に同意してくれる神将でなければ。

 これは相当に困難なはずだ。

 自分たちの治める国の根幹を成す制度をなくしてしまえと言って味方をしてくれるとなると……。


「……………」


 深刻な顔で項垂れているアムリタの手を取り、それをそっと引いて立ち上がらせるトリシューラ。

 そのまま彼女はアムリタを抱き寄せて腕の中に納める。


「私は貴女を愛しているけど、だから味方をするというわけではないわ」


「トリシューラ様……」


 微笑む天神の眼差しは優しい。


「貴女は人間を蔑んでいた私の心を変えた。貴女のその光を……可能性を信じる。そして同じように貴女の種族である人間たちの可能性と未来を信じるわ」


「……っ」


 またも滂沱のように流れ落ちるアムリタの涙。

 自分の腕の中で肩を震わせるアムリタをいつまでも優しく抱きしめるトリシューラであった。


 ──────────────────────────────


 皇帝ギュリオージュがアムリタを見下ろしている。

 高みに胡坐の姿勢で浮遊している帝国の絶対者。

 その眼差しに感情はない。

 皇帝はただ冷めた目を眼下の一人の少女に向けている。


「……なるほどのう」


 ぽつりと呟くように言うギュリオージュ。

 それを見上げるアムリタは一人。

 ここには自分の味方は誰もいない。

 ただ独りだ。


 アムリタは自分の目的を……王国からの使者である事を皇帝に告げた。

 その上で人間種族を奴隷から解放する事を目指して十二神将になろうと思うと告げたのである。


「このギュリオージュに……皇帝に向かって十二神将になると抜かしよるか。奴隷のそなたが……この広大なサンサーラの大陸を統べる十二の神の座に昇るのだと」


「はい……!」


 真っ直ぐに視線を逸らさずに頭上のギュリオージュを見ているアムリタ。

 ここで臆するようであればこの先に進む資格などない。


 普段は地位を考えれば比較的温和に接してくれているギュリオージュだが、今この場では冷厳な統治者そのものとしてアムリタと対峙している。

 目を逸らすどころか気を抜けば意識を失いそうなほどの圧だ。


 ……そして、両者無言のままどれほどの時間が流れただろう。

 アムリタにはそれが数時間にも感じたが、実際はほんの数分だったのかもしれない。


「……ククッ」


 ギュリオージュが……皇帝が笑った。


「本当にそなたは愉快なやつじゃ。わらわはそなたを応援もせぬし邪魔もせぬ。やりたくばやってみるがよい」


「はい、ありがとうございます……!!」


 ひれ伏して深く頭を下げるアムリタだ。


「付きましては偉大な陛下にお願いがございまして……!!」


「いきなりか。そなたは本当に肝が太いな……」


 眉間に少し皺を刻んで呆れたように言うギュリオージュであった。


 ────────────────────────────────


 ジャハの集落。


 アムリタはギュリオージュの許可を得てこの村を初めて訪問した。

 仲間たちと一か月半ぶりの再会であった。


 無言で抱き着いてきたイクサリアはそのまま静かに涙を流している。

 彼女が落ち着いたら話を始めようかと思ったアムリタであったが、一時間以上過ぎてもそのままなのでしょうがないからそのまま話を始める。


 ……………。


「そういう訳だから、私は当分の間この国にいるつもりなの。仲間たちだけはどうにか帰してあげてくれないかって皇帝陛下にお願いをしたら御許し頂けたから皆を迎えに来たのよ」


 説明をしながらアムリタはギュリオージュの言葉を思い出している。


『今回限りじゃ、このような温情はな。自分は残るというそなたの覚悟への褒美じゃ。……だが、二度とはない。それを心するがよい』


 つまり今のこのタイミングを逃せば仲間たちを王国へ帰してあげられる手段はない。

 それを説明するアムリタ。


「私たちの事はどうか気にしないで欲しい。二人でも大丈夫だ」


 ……何も話す前からもう残る側で喋っているイクサリア。


「気持ちだけ受け取っておこう。長年の夢が叶ってようやくこれたこの世界だ。今帰るという選択肢は私の中にはないな。冒険記はまだ序章も序章だよ」


 軽く笑ってあっさり自分は残ると言うウィリアム。


「いや~、ここで帰るなら始めから付いてきてないっス。ご主人がしようとしている事には人手がいくらでも必要でしょ? 引き続きあちきが御力になるっスよ」


 マコトも残ってくれると言う。


 そして……エウロペアは。


「はぁ!? ここで帰ったらウチ何しに来たのか意味わかんないじゃんね!! 引き受けた仕事を途中で投げ出すのはプロフェッショナルじゃないってキリエも言ってたし……。大体がアンタたち弱っちくて雑魚雑魚なんだからウチ抜けたらどーにもなんないし」


 意外な事にこのツインテメイドも帰らないと言う。


 今帰らなければずっと帰れなくなるかもしれないのにだ。

 全員が残ると言う。


「……なるほどな。これがお前らの自慢のお嬢ちゃんか。確かに大したタマだな」


「そうだろう? 若いのに中々の娘さんだよ」


 少し離れた場所でやり取りを聞いていたボルガンの言葉にウィリアムが肯いた。


 ────────────────────────


 そしてその夜。

 戻って来たアムリタは大急ぎで手紙を一通認めた。

 王国のロードフェルド王子に宛てた手紙である。


 戻る仲間に託すつもりだったが一人も戻らないのと言うので考えていたのとは別の手段でこれを届けてもらわなければならない。


「……キリエ、いる?」


「いるわよ。どうしたのかしら?」


 誰もいないはずの部屋で呼んだら本当に自分の背後でキリエの声がするではないか……。


「本当にいるし……」


「何よ、呼び出しておいてその反応は」


 心底イヤそうな顔をしているアムリタに口を尖らせるキリエ。


「いえ、呼んでおいて何ですけど『これで本当に反応があって出てきたらドン引きだわ』と思っていたから……」


 ドン引きしているアムリタである。


「……まあいいわ。お願いしたい事があるのよ。これをロードフェルド王子に届けて欲しいの」


 手紙には自分が今置かれている状況の説明と、もしも自分が五年間戻らなければ全ての資産はシオンとアイラとエスメレーの三人に、権限のようなものは許されるのであればシオンへ委譲してほしいという頼みごとが記されている。


「どうして私に?」


 手紙を見て怪訝そうな顔をするキリエを見る半眼のアムリタ。


「だってあんた、帰れるんでしょ? なんとなくそんな気がする」


 それを否定はせずにただニヤッと笑ったキリエ。


「このキリエさんを使いっ走りにしようとはね~。……まあいいわ、他ならぬ可愛いあなたの為ですからね」


「はいはい。ありがとうね」


 おざなりな礼を言うアムリタにキリエが微笑む。


「頑張ってね。もしもあなたが本当に神将になれば私も誇らしいわ」


「そんな事まで知ってんの……? 後、あんたは私の何でもないから誇らしくなられても困るわね」


 肩をすくめて苦笑するアムリタであった。


 …………………。


 ……………。


 ………。


 こうして新たな目的を得たアムリタの帝国での新しい生活が始まった。

 慌ただしく毎日は過ぎ去り、何かが変わったような何も変わらないような時は流れ……。


 初めてアムリタがこの地に降り立ってから三年が経っていた。

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