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探偵の助手は真犯人

 ……生きるという事は理不尽なものだ。


 何となくそんなフレーズがジェイドの脳内を通過していった。微妙にゆっくりと。

 目の前には大きな丸いレンズの向こう側の瞳を期待に輝かせているクレアリース。


「あのな……」


 慎重に言葉を選びつつ対応するとしよう。

 無用に事を荒立てたくはないし、彼女の熱意に水を差すのも本意ではない。


「僕にも自分の持ち場がある。悪いが君の手助けはできない」


「なるほど、おっしゃる通りですね! ならばまずその最初の問題を二人で協力して解決するとしましょう!!」


 ……何だか微妙に話が通じてない気がする!!!


 ジェイドが愕然としているとクレアは遠慮なしに彼の手を取り、スタスタと早足で歩き始めてしまった。

 彼女はどこへ向かおうとしているのか?

 呆気に取られている内に馴染んだ一角が見えてくる。


「王妃様にご許可を頂きましょう! 私が誠意を持って説得します!!」


「なっ!? おい、ちょっと待て!!」


 慌てて勇ましく進む彼女の正面に回り込み、その両肩を手で押さえて止める。

 彼女は先ほどの大聖堂のように馬鹿正直に王妃に直談判する気なのだ。


「何を言っているんだ。そんなもの無理に決まっているだろう」


 自分が王妃に割り振られているのは、割合自由時間を多く取らせてもらっているとはいえどうでもいいような仕事ではない。

 穴を開ければ他の誰かに迷惑が掛かる。


「殺人事件の解決も重要なお仕事ですよ? 軽んじてはいけません。私たちの双肩にこの王宮の平和が掛かっているのです」


「……凄い自信だ!? いや、だから、そういう事を言っているんじゃなくてだな」


 ……参った。

 このまま彼女に王妃の下へ連れて行かれた日には彼女に「お前は何をめんどくさいのを連れて来てるんだよ」みたいに半眼でじっとり見られてしまうかもしれない。

 それを切っ掛けにして王妃の評価が落ちて王宮内で自由が利かなくなれば一大事である。


 大体が彼女は知る由もない事であるが、自分はこの事件の解決をこの世界で最も望んでいない人間だ。

 何しろ……犯人は自分なのだから。

 捜査の過程で何か重要な証拠でも見つかればそれは何とかして握り潰そうとするだろう。

 探偵助手には絶対に指名してはいけない男なのだ。


 ……………。


 門前払いにあってくれ……という自分の願いも虚しく、王妃の普段生活している王宮の離れに突入したクレアはすんなりと王妃の所まで通されてしまった。

 考えてみればジェイドの紹介みたいな感じになってしまっているし、元々が彼女は暇を持て余している。

 そもそもが不快感MAXみたいな相手でもない限りは門前払いはないだろう。


「あっはっはっはっはっは!!」


 ……爆笑である。

 クレアの話を聞き終えた王妃は爆笑している。


「いいじゃないか。感心な事だよ。……ジェイド、当分警邏はいいからその時間を使って手を貸しておやり」


(ああああもう! 危惧していた通りになっちゃった!!)


 内心でアムリタが頭を抱えて崩れ落ちている。

 物怖じせずにしっかりと自分の意思を示す者を王妃は好む傾向にある。

 クレアもどうやらそこにピタリとハマったようだ。


「ですが王妃様、業務に穴が……」


「そこはこっちでどうにかする。私が許可したんだ。……問題ないようにやりくりしておやり」


 王妃が指示をすると側に控えていた老侍従がかしこまりましたと頭を下げる。

 そして侍従は数名の衛士と共にシフト帖をチェックしている。

 自分が抜けても仕事が回る様にやりくりしているのだろう。


(……ああ、ごめんなさい同僚の皆さん)


 内心で天を仰ぐアムリタであった。


 ────────────────────────


 晴れて相棒(バディ)となったジェイドとクレア。

 王妃の許可も得て彼らは王宮で起きた凄惨な殺人事件の捜査を開始する。


 ……とはいっても、別にそれでクライス王子から許可が出るわけでもなく大聖堂に入れないのは相変わらずであった。

 王妃の許可がある! とか言いつつまた大聖堂に突っ込んでいったらその時は力ずくで止めようと思っていたジェイドであったが、幸いにしてクレアはその強硬手段には出ようとはしなかった。


「まあ、大聖堂は後回しでいいでしょう。実の所私、あそこは殺人の現場ではないと思っていますので」


「……っ」


 無言で息を飲んだジェイド。

 彼女の斜め後ろにいるので幸い一瞬硬直した表情は見られてはいないだろう。


「何故そう思う?」


「実はですね……」


 クレアはジェイドに顔を寄せて声を抑えて……。


「あの日の夜、私……大聖堂にいたんですよ」


 衝撃的な事を言い出した。

 今度こそ驚いて彼女をまじまじと見詰めてしまうジェイド。


「修道女に何人かお友達がいまして。夜こっそりあそこでよくお菓子を持ち寄って女子会をやるんです」


 クレアが言うには……。


 大聖堂は夜、燭台の明かりを絶やさないように見回りの係が決められている。

 なので女子会のメンバーがその係の日は邪魔が入る心配なしにお喋りに興じていられるという事だ。

 あの日もそうやって日付が変わってからも彼女らは現場にいたという。


「何時解散かなんてその日の気分なので計画的な犯行には組み込めませんよ。私たちが帰った後で誰かがきて、そこで殺して吊るしてって行き当たりばったりで手際良くやるなんて無理です」


 そうクレアは断言する。

 細かく突っ込めば色々粗の出そうな推理ではあるが実際に自分は殺害現場が大聖堂でない事を知っている。


 しかしだ……。


 彼女の話を加味するのであればアルバートを吊るした犯人があの夜にやった事は行き当たりばったり所の騒ぎではない。

 偶然に? 修練場で死体を発見し……更に偶然に秘密の女子会が行われていた大聖堂にそれを運び、メンバーが帰った後に運び込んで吊るした。

 と、そういう事になる。


(新しい事実が出てきて考えれば考えるほど意味がわからなくなるわね)


 一晩のうちに何回綱渡りをしているのか。

 恐ろしく運がいい考えなしすぎる者の犯行なのか、人物像がもう滅茶苦茶だ。


「王宮内の噂話ではロードフェルド様かリュアンサ様の配下の者が見せしめとしてやったという事になっているようですが……私はそれは違うと思います。何故なら!」


 ビシッとこちらの鼻先を指差してくるクレア。


「リスクが見合ってなさすぎです。あの夜犯人はいくつものギリギリのラインを幸運で何とか切り抜けています。どこかで誰かに見つかってしまえば逆に主人の立場をうーんと悪くしてしまうでしょう」


 ……その通りだ。

 クライスの敵対候補の陣営の者なら、そもそも別にあのまま死体を修練場に転がしておけばいいだろう。

 ジェイド自身、朝に修練場で死体が発見されていれば王位継承に絡んだ殺しだと思われるだろうと予測していた。


 突然割り込んできた何者かはとんでもなくリスキーなチャレンジを行い、それを成功させて今事態を混迷の坩堝に叩き込んでしまったのだ。


「だからですね。この事件には皆さんが予想しているようなものではない、まったく別の背景が……ひゃっ」


 歩きながら得意げに説明をしていたクレアが急に可愛い悲鳴を上げて小さく飛び上がった。

 何事かと見てみれば自分たちの行く手に一人の男が這いつくばっている。

 まるでカエルか虫のようだ。


 思わず言葉を失った二人が床に張り付いている男を見ていると、その彼がおもむろにゆっくりと立ち上がった。ぬるん、と音がするような気がする所作である。


「お前たち……」


 男が低い声で言う。


 背の高い男だ。背の中ほどまであるストレートの黒髪にやや青白い細面の顔。

 横長の目は少々タレ目気味で顔立ちは整っている。

 銀色の刺繍が施された黒いロングコート姿。

 身分の高い者である事は一目でわかる。しかも……。


(車輪の紋章! 一等星……天車星の、ハーディング家!!)


 そう、車輪の紋章は十二星(トゥエルブ)ハーディング家の証である。

 死んだアルバートの家の者だ。


「ご、ご機嫌麗しゅうございます。オーガスタス様」


「うむ」


 我に返ったクレアが恭しく頭を下げる。

 慌ててジェイドもそれに倣った。

 権力者などものともしないような度胸のあるクレアだが、流石に目の前の男の持つ異様な雰囲気に飲まれたか。


 ……オーガスタス・ハーディング。

 ハーディング家の現当主でアルバートの実の兄だ。

 その男は今どんよりとして不気味な光を放つ眼光を二人に向ける。


「お前たち……探せ。我が弟を……アルバートを殺した者を探し出すのだ」


 凍えるような寒気を伴った声だった。

 見ればオーガスタスの手には虫眼鏡が握られている。

 這いつくばってそれで地面を見ていたようだ。


 そしてオーガスタスはコートのポケットから鼻紙を取り出すと鼻をかむ。


「……探し出せ。うぅ……アルバート」


 ……泣いている。


 恐らくはこちらが誰であるとか、そういう事は一切気にせず探せと言ったらしい。

 もしかしたら出会う者全てに手当たり次第に同じことを言っているのかもしれない。


 ずしん、と……。

 胃の辺りに重たい金属を抱えた心地がした。

 顧みるなと何度も自分には言い聞かせてきたが、自分の手で命を奪った相手の縁者を目の当たりにするとやはり内心で平静ではいられない。


(復讐とは……こういう事だ)


 これは自分がずっと抱えていかなければならないものだ。

 背負っていかなければならないものだ。


 何とも言えない気分で押し黙っていると、隣のクレアは敬礼している。


「了解であります、閣下。お任せください」


 はきはきと返事をするクレアにオーガスタスは大仰にうなずいた。


「どのような些細な事でも構わん。見つけたら私に報告しろ……」


 そう言うとオーガスタスはコートのポケットに手を入れて紙片を取り出した。

 また鼻紙か? と思ったがそうではない。

 それは二つ折りにされた数枚の紙幣だ。

 ポイッと無造作に紙幣を足元に放ってオーガスタスは二人に背を向ける。

 そして、ふらふらと幽鬼のような足取りで去って行ってしまった。


 いくらでも無料でこき使える身分のこちらにわざわざ金を置いていったのは言う通りにすれば見返りがあるという掲示であり、この要件がプライベートなものだという意味もあるのだろう。


「おおー。見て下さいジェイドさん。今日のお昼ご飯は豪華なメニューにできそうですよ!」


 紙幣を拾い上げて目を輝かせているクレアを見て、この娘も大概強いなと改めて思うジェイドであった。





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