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侍女アムリタさん、がんばる

 短い脚からは想像もできないような速度でどんどん歩いていってしまう片腕の老人。

 流石は体力と頑丈さで知られるドワーフ族である。老いて尚健脚だ。


「我々は貴方の言う通り遠方から来た者だ。私はウィリアム・バーンハルト。お名前をお伺いしてもよろしいかな?」


「……ボルガンだ」


 歩きながら前方の老人に声を掛けるウィリアム。

 それに対して老人は振り返らずにぶっきら棒に答えた。

 気分を害しているような対応ではあるが、本当にそうならそもそも付いて来いとは言わないだろう。

 きっとこれがこの老人の素なのだ。


 それから少し歩くと木の幹に一頭のロバが繋がれていた。

 荷運び用なのだろう、背に大きな革製のカバンを乗せて身体の左右に大きな籠を下げているロバである。


「よしよし、待たせたな。帰るぞ」


 ボルガン老人はごつごつとした大きな手でロバの顔を撫でてやり繋いでいたロープを外す。


「少し歩くぞ。疲れたら言え」


 またもウィリアムたちの方は見ずにぶっきら棒に言ってボルガンは歩き出す。


 ……そこからは長い道のりであった。

 歩きながら何度かウィリアムが話しかけて隻腕の老人から情報を引き出す。

 これから向かうのは小さな村である事、老人はそこの村長のような立場である事。

 その村にはエルフはいない事など。


 エウロペアが何度か疲れたとボヤいたが、その都度マコトが上手く宥めている。

 イクサリアは終始無言であった。いつもの微笑もなく真顔である。

 アムリタがいない不安からであろうか。


 結局休みなしで三時間以上歩き続け、ようやく一行は老人の村へ到着した。

 切り立った崖を背負った村だ。


「……ジジ様! おかえりなさい!!」


「ガキ共、邪魔だぞ。あっちで遊んでろ」


 ボルガンに群がってくる数人の幼い子供たち。

 言葉は乱暴だが老人もそれを振り払おうとはせずに順番に大きな手を子供の頭に置いてぐりぐりと撫でてやっている。


 集落は畑もあり家畜の姿もあり、工房のような建物もあって煙突からは煙が立ち上っている。

 ウィリアムたちが想像していたような貧しい暮らしをしているわけではなさそうだ。


 子供たちが散っていくと今度は大人が集まってくる。

 人間やドワーフや獣人などであり、老人の言うようにエルフはいない。


「爺様、こちらの方々は?」


「新入りだ。異境から来た連中だ。良くしてやりな」


 やや不安げだった大人たちの表情が安堵に変わる。


「そうでしたか。歓迎しますよ、異境の人。ここは()()()()たちの村ジャハ。あなた方のような異境の人や大神都から逃げ出してきた奴隷だった者たちが寄り集まって暮らしている村です」


 笑顔でウィリアムたちを迎えてくれる人間族の男。

 それにやはり笑顔で応じつつも、ウィリアムは内心では訝しんで眉を顰めている。


(逃げ出した奴隷たち……? それがこんな都から目と鼻といってよい場所でこんなに堂々と暮らしていると言うのか?)


 初めに遭遇して戦いになったエルフ兵士たちの反応を見るに、彼らの逃げた奴隷に対する処遇はそんなに生易しいものではないだろう。

 こんな所に暮らしていれば直ぐにでも一部隊差し向けてこられそうなものだが……。


 仲間たちと視線を交わすとイクサリアもマコトも何となく物言いたげな目をしている。

 どうやら感想は共有できているようだ。


「……ねー、なんか食べるものないの? ウチ、も~おなかペコペコだし」


 ……エウロペアを除いてはだが。


 ────────────────────────


 冷たい磨き上げられた純白の石の床にアムリタは正座させられている。

 ヒヤリと脚に伝わる冷たさが悲しい。


「できぬ事はできぬ、知らぬものは知らぬとはっきり言わなくては駄目じゃろう」


「…………はい」


 項垂れている暗い表情のアムリタ。

 眼前で胡坐をかいた姿勢で浮遊しているのは皇帝ギュリオージュだ。

 美しいエルフの少女は長く艶やかな金色の長髪を風もないのにふわりと揺らめかせている。


「口にしたら泡を吹いて意識を失うようなものを人に出してはいかんのじゃ」


「………………はい」


 アムリタは……泣いた。

 あまりにも正論で詰められて泣いた。


 自分は王国の十二星に抜擢された。この若さで……女の身でだ。

 だからこそ自分が上等な人間に、存在になったと思いあがっていたのかもしれない。

 今なら人が口に入れても大丈夫なものが作れるようになったと思い込んでしまっていたのかもしれない。

 ……だがそれは幻想だった。

 自分が作った鶏肉を何かいい感じにしたはずのやつを食べた財神ガネーシャは今もまだ意識を取り戻してはおらず、寝台の上で苦しんでいる。


 そしてその事で今自分は皇帝より直々に叱責されている。


「わらわはそなたに何でも一人でこなせなどと命じてはおらぬ。料理ができぬのであれば他に腕の良い料理人はいくらでもおる。できぬのであればできる事をすればよい」


 神妙に肯くアムリタ。


 ……できないのではなく、自分ではできるつもりでやったのである。

 その結果がこの惨劇なのだ。

 これからは作った物はちゃんと毒見……味見をしようとを思うアムリタであった。


 ……………。


 このように出だしに惨事はあったものの、そこを除けば皇帝の従者としてのアムリタの生活は順調であり、働きぶりも好評であった。


「ふむゥ、初めはどうなることかと思ったが料理さえさせなければ君は中々に優秀だ。まあ、そうでなければ陛下もお側に置きたいなどとおっしゃるはずもないが」


 復調した財神ガネーシャも一通りの教育を終えて満足げである。


「ありがとうございます。ガネーシャ様」


「これで教えられることは大体教えたのでわたくしはこれでお役御免とさせていただこう。後は一人でやってみなさい。わからぬ事があれば聞きに来るように」


 そして、とガネーシャが長い鼻の先をアムリタに向ける。


「最後に一つだけ忠告をしておきましょう。君は確かに優れた才を持ち陛下の覚えもめでたい。ですが、それでも君は人間です。帝城(ここ)での振る舞いには十分に気をつけるように」


 やや低くなった財神の声のトーンに真剣さを感じ取り、アムリタも真面目な顔で首を縦に振る。


「特に他の神将メンバーには気を付けることです。皆が皆、人間種族に対して中庸なわけでも種と個を分けて考えられるわけでもありませんからな」


 再度肯くアムリタ。

 先程よりも尚強張った表情で。


 ……確かに、ここまでの自分の扱いはこの世界での人間の境遇を考えれば奇跡的といっていい破格のものだ。

 これを当然と思ってしまえば足を掬われる事になると忠告されるのも理解できる。


 十二神将には人を蔑視する者がいるという。

 幻神ビャクエンや闘神ラシュオーンの強さを思いだすアムリタ。

 あんな力を持つ者に憎悪で攻撃を受ければ果たして自分はどうなるか……。


 想像しただけでもアムリタの頬を冷たい汗が伝っていく。


 ……………。


 湯気の満ちる広い浴室には美しい美術品が並べられている。

 まるで天上のような光景である。

 その中心に据えられた大きな黄金の浴槽に一人の褐色の肌の女性が寝そべっている。


 神々の創造物であるかのような完璧なプロポーションに美しい顔のエルフ種族の女性。

 長い睫毛の切れ長の瞳はやや先が垂れていて唇は天然で美しい艶を帯びている。

 湯船に垂らされた長い黒髪がゆらゆらと海藻のように揺れていた。


「……陛下の御側係に人間が選ばれたというの?」


 隠そうともしない不快な様子が滲んだその言葉。

 湯船の周囲に傅いている多くの侍女たちが肯定の意味を込めて頭を深く下げる。


「ありえないわね、汚らわしい。……陛下はどうされてしまったというの? あれほどの優れた御方であっても長く玉座に居過ぎると思考も思想も澱んでしまうのかしらね」


 何らかの罪に問われてもおかしくはない不敬な言葉に身を縮める侍女たち。

 しかしそれを言い放ったエルフ女性は堂々と平然としている。


 周囲を囲む侍女の一人が捧げ持つ黄金のトレイの上の黄金の杯……それを褐色の肌のエルフは手に取り一口喉に落とす。

 桃の果実より作られた酒である。


「はぁっ……。折角の美酒が不味くなるわ」


 憂鬱そうにそう言って女性は立ち上がった。

 タオルを持つ数人の侍女たちが何も言わずに湯から上がった主人の身体を拭い始める。


「誰も何も言わないというのであれば私が行くしかないわね。……本当に憂鬱よ。そんな雑事に囚われなくてはならないとはね。……この()()()十二神将『征天戦神(セイテンセンシン)』トリシューラが」


 最強の、のフレーズを殊更に強調して言うトリシューラ。


 そんな彼女に侍女たちが装束を着せていく。

 白い布と金色の金物。

 露出が多く身を隠す部分は少ない。

 自らの美しい肢体を覆い隠すのは罪深い事であるとトリシューラは考えている。

 衆目に晒してこその美である。しまいこんでも意味がない。


 最後に羽衣をふわりと羽織って彼女の装いが完成する。


「陛下にたかっている薄汚い羽虫を追い払いにいくわ」


 宣言するかのようにそう口にして歩き始めるトリシューラ。

 その後ろを慌てて追いかける侍女たちであった。


 ………………。


 アムリタは他のエルフの侍女たちと共に洗濯を終えた皇帝の装束を取り込んでいる。


「え~? 本当に外の世界から来たのぉ? もうすっかり馴染んでるじゃない」


「そうそう。色々教えてあげようと思ったのに口出す所がなんにもないわ」


 エルフ侍女たちがアムリタと談笑している。

 数日ですっかり馴染んでいるアムリタだ。


 そこに近付いてくる数名の足音。

 エルフ侍女たちは慌てて跪いて頭を下げる。


「……天神トリシューラ様よ! 頭を下げて!!」


 小声で言われてアムリタも慌ててそれに倣った。


 トリシューラと侍女たちはアムリタたちのすぐ前まで来て足を止める。


「……陛下の御側に呼ばれた人間というのはお前の事?」


 硬質な声だ。よくは思われていない事がそれだけでもうわかる。

 早速来たかとアムリタが身を硬くする。


「はい。アムリタと申します」


 緊張でやや強張った声を出してアムリタは顔を上げる。


(……うわっ、な、なんてお胸……それなのに腰ほっそ……どんな生活してたらこんなパーフェクトボディになれるのかしらね……)


 同性の自分ですら魅了されるほどの完璧なトリシューラの肢体に思わず見惚れてしまうアムリタである。


「………………」


 そして、トリシューラもまたアムリタの顔を見つめたまま動きを止めていた。


「……かっ」


「か?」


 短く何かを言いかけた主人に背後の侍女たちが怪訝そうな顔をしている。


(か……可愛いじゃないのよ。お人形さんみたい。なんて綺麗な目をしているの。髪の毛の色も翡翠みたいでキラキラしていて……素敵だわ……)


 顔を赤らめながら何やら口をもごもごさせているトリシューラ。


「な、な、な、中々頑張っているようじゃない。何か欲しい物はないの? この私が買ってあげてもいいのよ? この()()()十二神将トリシューラがね!」


「……えぇ」


 呆気に取られるアムリタ。

 思わずヘンな声を出してしまったのは信じられない物を見たというように表情を歪めているトリシューラの後ろの侍女たちであった。

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