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アムリタ、十二神将を撃破

 ジェイドは酷く混乱している。


(何故、何故……ジェイド(こっち)の姿になっているの。私は……)


 内心でアムリタも混乱している。


 今ジェイドがいるのは白い個室である。ベッドに寝かされていて身体を起こしたところだ。

 白を基調としたカラーリングのその部屋は豪奢ではないが上品で清潔で必要最低限の家具が揃っている。

 どう考えても独房の類ではない。


 ビャクエンと名乗った白猿の獣人によって眠らされて拉致されたのであろう自分。

 それで何故目を覚ましたらジェイドになっているのだろうか。

 これまで自分の意志ではなくこの姿になった事は一度もない。

 意思に反してジェイドになれなくなった事なら一度だけあるが……。


「あ……」


 小テーブルの上を見て驚いたジェイド。

 そこには革袋が置かれている。中に金属製の筒が入っているもので、ここまで自分が肌身離さず身に着けていたロードフェルド王子からエルフ族に宛てた親書が入っている。


 どうやら意識を失っている間に自分は身を清められ着替えさせられたようだがその際に見つかってそこに置かれたのだろう。

 取り上げられていない所や自分の扱いを見るに中々の待遇の気がする。


(もしかすると、結構話が穏便に進んでくれるのでは……)


 多分に希望を込めてジェイドがそう考えたその時だ。

 シャッと軽い音を立てて部屋の戸が横にスライドして開いた。

 入ってきたのは……。


「……………」


 褐色の肌の巨大なエルフの男だった。


 思わず何の声も出せずに呆然と相手を見上げているジェイド。

 ……大きすぎる。それに尽きる。

 エルフ族は長身であるとは聞いているが2m30を超える巨体は1m65のジェイドからすると顔を見ようとするだけで首が痛くなるレベルである。


 そしてその鍛え上げられた鋼の肉体。

 ほぼ裸体といってよい上半身は盛り上がった筋肉でごつごつとしたシルエットをしている。


「お前か……」


「え?」


 突然口を開いて低い声で言ったエルフの男に間の抜けた返答をしてしまうジェイド。


「お前が幻神に傷を付けた男かと聞いている」


「………………」


 返答ができない。

 幻神とはあの白猿の老人の事だろうか。

 いずれにせよ自分はあの獣人に傷など付けていない。一方的にやられただけだ。


「答えろ」


 大きな手が伸びてきた。

 顎のあたりを掴まれるジェイド。


「……っ」


 ……わかる。

 彼は大して力を入れていない。

 それなのにその手から圧倒的な彼の「強さ」が自分に伝わってくる。

 この感覚はあの時の……政宗リヴェータと戦った時に感じたものと似ているかもしれない。

 実力差を測る事すら空しくなる。

 本当に……天と地ほどの差だ。

 自分も数多の戦闘を経験して腕を上げてきているというのに……。


「皇弟どの、お探しの相手はその男ではない」


 巨大なエルフの背後から別の男の声がした。

 そしてヌッと姿を見せたのは巨大なエルフよりも更に巨大な何者か。


 またしても絶句する。

 顔を出したのは灰色のゾウの獣人。

 身長はもう3m近くになるだろう。そして縦も大きければ横も桁外れ。

 正面に立てば相手の丸々と太って前方に突き出した腹しか見えないジェイドである。


「彼の連れの女性のいずれかであるとか……。目下捜索中だそうだ。パオッフォッフォッフォッ」


「そうか」


 ゾウの男に短く返答するとエルフの男はジェイドの顔から手を放し、もう興味は失ったとばかりに一切彼を見ることもなく去って行ってしまう。


「あちらが、ギュリオージュ皇帝陛下の弟君、ラシュオーン様だ。十二神将『征闘戦神(セイトウセンシン)』……闘神ラシュオーン」


 もうとっくに姿は見えない大男の去っていった方を見てゾウが言う。


「そしてわたくしが『征財戦神(セイザイセンシン)』……十二神将、財神ガネーシャと申す。この度君の教育係を陛下より申し付かった」


「教育……?」


 怪訝そうなジェイド。


「然様。君はギュリオージュ陛下のお側係に選ばれたのだ。異境より来る君は知らぬ事と思うが、これは大変名誉な事なのだぞ」


「………………」


 巨大な手の太い人差し指を立てて解説するガネーシャ。

 人間が奴隷とされる国で遠方から来た何も知らない人間の自分を側に置きたいというくらいなのだから確かに彼の言う通りで、それはとんでもなく名誉なことなのだろう。

 ……受ける自分がそれを喜ぶかどうかはまた別にして、だ。


「忠告しておくがこれを断ったり、あの御方の機嫌を損ねないほうがよいぞ。そうなれば君は最下級の奴隷身分に落とされるか首を撥ねられるか……いずれにせよ悲惨な行く先が待っておる」


(……そんな事は言われなくたってわかってるの! もう最初から破滅との二択じゃない!!)


 内心のアムリタが猛っている。

 いいも悪いもないのだ。やるしかない。


「それで……ガネーシャ様とお呼びすればいいのか?」


「パオフォフォフォッ、この状況でそう切り返せるとは中々の胆力であるな。陛下が気に入られるだけのことはある」


 大きな腹をゆっさゆっさと揺すりながらガネーシャが笑っている。


「君の好きなように呼びたまえ。さて、これから君が覚えなければならない事は多いぞ」


 ゾウの男の言葉に頭を下げるジェイド。


(とりあえずこっちはこっちでどうにかやっていくから、無事でいてよね……皆)


 内心で嘆息しつつ、離れ離れになってしまったイクサリアたちを想うアムリタであった。


 ────────────────────────────────


 ……丸一日ほど時を遡る。


 幻神ビャクエンによってアムリタを連れ去られてしまったイクサリアたち。

 王女の風で一矢は報いたものの一人の老獣人によって圧倒されリーダーを連れ去られてしまった一同は失意の只中にいた。


「アムリタを……取り戻さないと」


「落ち着きなさい、イクサリア。我々だって気持ちは同じだ。だが残された我々が慎重に動かなければ彼女は今よりももっと危険な状況に追い込まれてしまうかもしれないんだぞ」


 ウィリアムがたしなめるとイクサリアは辛そうに下を向いた。


「……それはそれとして、後から来たこのオジさんは何なんスかね」


 不気味そうに足元を見るマコト。

 そこには前髪の生え際が大分後退したおじさんが白目を剥いて倒れていた。

 ビャクエンと一緒に出撃してきた近所のオッサンだ。


 彼はビャクエンが去って少しして突然現れて一行に襲い掛かってきたのだ。

 マコトが牽制のつもりで軽く出した拳を食らって一撃で昏倒してしまい、現在に至る。


 あまりにも弱すぎて、そんな彼が単身で現れて襲い掛かってきたという事実がなんとも不気味であり落ち着かない。


「まずは移動するとしよう。……彼らに近隣に村や町がないか尋ねたいところだが」


 老冒険家は気絶している二人のエルフ兵士と近所のオッサンを見てから目を閉じて軽く首を横に振る。

 それをすると後で彼らが救出された時にこちらが向かった先を推測されてしまう。

 そうなると口封じをしていくか連れていくかしかないが、これ以上連れまわすわけにもいかないし口封じはリーダーの方針に反する。


「ちょっとあちきが周囲を探ってくるっスよ。皆さんはこっちの方向へなんとなく進んでてください。後から勝手に合流するっス」


 そう言ってマコトが指をさしたのは都に背を向けて正反対に進んでいく方角である。


「……まあ待て。分散するんじゃない」


「!!!!」


 突然聞こえた自分たちのものではないしわがれた低い声。

 驚いたイクサリアたちが弾かれたように声のした方を見た。


「素材集めに出てみりゃあ、えらく剣呑な気をバラ撒いてる連中がいやがる」


 ゆっくりと歩いてくるのは赤銅色の髪と濃く長い髭の蓄えた背が低くずんぐりとした体形の日焼けした老人……ドワーフだ。

 皺だらけの厳つい顔にも、そして身体の肌を露出している箇所にも、そのいずれにも無数の古傷があった。

 それが老人の経歴を物語っているかのようだ。

 そして……ドワーフの老人は右腕がない。上腕部の真ん中あたりから断たれて失われてしまっている。

 粗野な革製の作業着のようなものを着用しているそのドワーフはお世辞にもあまり上級の生活を送っている者には見えなかった。

 大きな籠を背負っている。


「何事かと思って見に来てみりゃぁ異境人とはな。久しぶりに見るぜ」


「その通りだ。貴方は?」


 警戒を解かずに尋ねるウィリアム。

 抜剣はしていないが何かあれば即座にそうできるように柄に手が添えられている。


「通りすがりのケチなジジイだ。見ての通りの片腕でよ……お前さんみてえなスゴ腕とやり合おうなんて思っちゃいねえ。そう警戒しなくてもいいぜ」


 老人の顔の皺が深くなり髭の片側が少しだけ持ち上がった。

 どうやら笑ったつもりのようだ。

 ウィリアムが無言で剣の柄から手を離す。

 するとドワーフの老人はゆっくりと一同に背を向けた。


「付いてきな。身を隠すのにちょうどいい場所を知ってる。案内してやるぜ」


「……………」


 そう言うと老ドワーフは返事を待たずに歩き始めてしまった。

 ウィリアムたちは顔を見合わせる。


 ……どういう事だ? 信用していいのか?

 とお互いに視線で語る。

 突然現れ、エルフ兵士たちと……つまり帝国と敵対している者だと知りながら付いてこいと言う老人。

 とりあえず彼が進んでいる方角は都の方ではないが……。


 ウィリアムが肯いた。

 一先ずは彼に付いて行ってみよう、とそういう意味だ。

 そうして彼らは歩いていくドワーフの老人を追って歩き始めるのだった。


 ────────────────────────


 主神城トリーナ・ヴェーダに今怒号と悲鳴が飛び交っている。


「……貴様ぁ!! 財神様に何をしたッッ!!!??」


 叫んで金の槍を構えるエルフ兵士たち。

 その鋭い穂先の向けられた先には……。


「何をしたって……とりあえずお料理してみろっていうからそうしただけです!!!」


 必死に叫ぶアムリタがいる。


 そして床の上には……巨体が、財神ガネーシャが横たわりビクビクと痙攣して泡を吹いていた。

 完全に意識を失っている。


 テーブルの上には皿があり、そこにはアムリタの「料理」が盛られているが……。


「うぅッ!! 直視に耐えんッッ!!! な、なんという悪魔的外見ッ!! こんなものが料理であるはずがないだろう!!! 何を作った!! どんな料理だというのだ、これがッッ!!!」


「……そんなの、私にだってわからないです!! 何か鶏肉をいい感じにしたやつです!!!」


 ……作った本人ですらこれが何だかわからないという。


「いい感じになってないから財神様はこんな感じになっちゃってるんだろうが!!!」


 ごもっともな事を叫ぶエルフ兵士であった。


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