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追跡の白猿

 草原に二人の男が立っている。

 一人は小太りの中年男だ。よれよれの服を着ていてサンダル履き。

 前髪の生え際が頭頂部あたりまで後退している。


 そしてもう一人は……。


「……ギッヒッヒッヒッヒ。こりゃぁもう殺されとるな」


 周囲を見回して甲高い声で笑うのは白い毛のサルの老獣人である。


 獅子の鬣のように顔の周囲を長い毛で覆い、特に顎から長いヒゲを垂らしている老獣人。

 長い眉毛の先も顔の外にはみ出して先端がお辞儀をするように下に向かって垂れている。

 額には金輪を装着し黄色い目をギョロギョロと動かして周囲の様子を確かめる老猿。

 手足が長く右肩と胸部に金色の装甲を身に着け白い拳法着を着用し金色の長い棒を手にしている。


「誰もいないようだが?」


 怪訝そうな小太りの中年。


「よォく見てみろ。……ホレ、そこじゃい」


 顎でしゃくる白猿。

 その視線の先……草の間に小さな金色の金属片が落ちている。

 それを指先でつまみ上げてまじまじと見る小太りの中年男。


「これは?」


「『空輪(ヴィマナ)』の破片よ。兵士どもはここで誰かに空輪を破壊されて地面に落とされたという事じゃ。それだけの事をしておきながらその小さな破片以外の一切の痕跡を消してどこかへ立ち去っとる。手際がいいのォ~。デキる奴らじゃ……ギヒヒヒッ」


 老猿はニヤリと歯を見せて笑う。


「一大事だ。こ、皇帝陛下にご報告申し上げねば……」


 慌てる中年に片手を上げて留める老猿。


「終わってからでええじゃろ。まずはこやつらを見つけ出して処理してしまうぞ。陛下にご報告するのはそれからじゃ」


 顎のあたりの毛を指先で摘まんで束ねて引き抜くと老猿はそれをフーッと吹いて風に散らした。

 すると空中で飛び散る毛は無数の小さな白い猿に姿を変える。

 猿たちは地面に舞い降りると高速で駆け出し四方へと散っていった。


「……さァ、この『征幻戦神(セイゲンセンシン)』ビャクエンから逃げ切れるか? ギヒヒヒッ!!」


 ファン・ギーラン帝国十二神将の一人、仙術使いの『幻神』ビャクエン。

 アムリタの追跡を開始し幻のように姿を消す老猿。


「……ま、待って。おーい」


 そして一人になってしまって慌てて走り出す近所のオッサンであった。


 ──────────────────────────────


 アムリタ・アトカーシアは現在唸っている。

 渋い……非常に渋い表情で。


「ん~~~~~~~」


「いつまでそれやってんだし。ウーウーって」


 呆れて声を掛けたエウロペア。

 そんなツインテメイドを困り果てた様子で見るアムリタ。


「いやもう、唸るしかないわよ。八方塞がり過ぎるでしょう」


 とりあえずは当たって砕けろでやってきたアムリタたちであったが、そこで待ち受けていたのは……。


 まさかの空前絶後の巨大帝国、しかも人間種族は奴隷!

 更には帰るためにはその帝国の皇帝の住居に行かなければならない!!

 ……と、相当に救いのないことになっている現状である。

 唸り声の一つも出てきてしまうというものだ。泣いてないだけ褒めて欲しいと思うアムリタである。


「当初の予定の通りに皇帝とやらの所へ出向いて行って兄様からの親書を手渡せばいいんじゃないかな?」


「……それやったら、そのまま捕まって奴隷コースじゃない?」


 気楽に提案してくるイクサリアにどんよりとした視線を向けるアムリタだ。

 先程の兵士たちの対応を見るに彼らの支配者たる皇帝が自分たちに慈悲をかける姿はあまり想像できない。


「向こうがそういう対応をしてくるならこちらもそれなりに動くだけだよ」


「簡単に言ってくれちゃって……。この二人って一般兵でしょ? 多分。それが空を飛んできて光る矢を撃ってきたりしているのよ。それを束ねている上の将官はどんな事をしてくるのやら。考えただけでこめかみに鈍痛がしてくるわ」


 アムリタはハァ、と重たい息を吐き出す。


「空を飛ぶのは足鎧に付いている車輪に付与されている魔術。光の矢は槍に付与されている魔術のようだな。アイテムに魔術効果を持たせる事で汎用的に全員が同じ能力を使用できるようにしているのだろう。非常に優れた魔術文明だ。一般兵がこの水準となると、少なくともこの分野では私たちのいた大陸から見れば遥かに先を行っている」


 兵士が装備していた金色の車輪の破片をまじまじと眺めているウィリアム。


 帝国は同じ効果を持つアイテムを支給する事で均一の能力を持つ兵士を揃えている。

 アムリタたちの世界ではまだそんなアイテムが一つあるだけでも大騒ぎだというのにだ。

 ここでは数世紀分も進んだ高度な魔術文明が栄えている証であった。


「……けど、そうなると少人数で来たのだけはやっぱり正解だったかな」


 例え騎士団丸ごと連れてきていたとしても状況を悪化させるだけだっただろう。

 人数でも装備でも圧倒される。

 身軽な少数精鋭の方が色々と行動しやすい。


「……おやおや?」


 不意に怪訝そうな声を出すマコト。

 周囲の木の上に白い子ザルがいる。


「しまったな。少しばかり一か所に留まり過ぎたようだ」


 ウィリアムが舌打ちをして立ち上がった。


 ……子ザルは一匹ではなかった。

 いつの間にか周囲を囲まれている。

 木々の上から……そして茂みの影から……。

 丸い大きな瞳でアムリタたちを見つめている。


「ギヒヒヒヒヒヒッ」


 周囲に響いた大きな甲高い笑い声。

 一同の視線がそこへ集中する。


「おったおったわ。案外に近くにいたもんじゃな」


 武装した金の棍を持つ白い毛の老いた猿の獣人が太い木の枝の上に立っている。


「名乗ってもええかぁ? ……まあ、勝手に名乗るわい。わしは『征幻戦神(セイゲンセンシン)』のビャクエン……帝国十二神将の内の一匹じゃ」


 ニヤリと笑ったビャクエンがアムリタたちを見回す。


「サンサーラは楽しんでおるか? 異境よりの者たちよ」


「……………」


 無言のアムリタ。

 緊張の度合いが強まる。

 ジュウニシンショウ……その称号を自分が知るはずもないが上位の将官である事は佇まいからも明白。

 そして一目で外から来た者であることを看破された。


 そして今も尚老猿はジロジロと大きな黄色い目を高速で動かして自分たちを凝視している。


「なァるほど……」


 そしてその視線が……。


「お主が長のようじゃなぁ、娘」


 ……アムリタの上で止まった。


「!!!」


 武器を構えたイクサリアとウィリアムとマコトの三人がアムリタを庇うように前に立つ。

 一挙動ごとにこちらの何かを見抜いてくる。

 ……油断ならない老獣人だ。


「ギヒヒヒッ……健気な事じゃ。じゃがのぉ」


 老猿は冷たく目を細めた。


「その守りは……あまり役には立っとらんぞ?」


 そう言うとビャクエンの姿がぶれて無数に分身した。

 枝の上に二人、下りてきた三人。

 まったく同じビャクエンが五人。

 こちらが五人だから向こうも人数を揃えたとでもいうのか、見た目にはまったく同じでどれが本体でどれが偽物なのか見分けがつかない。


「……待って! 待ってください」


 イクサリアとウィリアムの隙間に身体をねじ込む様にしてアムリタが強引に前に出てくる。


「私たちは争う為に来たんじゃありません! 皇帝陛下にお取次ぎください!!」


「……人間であるお主が皇帝陛下に謁見した所でロクな目には遭わんぞぉ?」


 五体の老猿がニヤニヤと面白がるように笑っている。

 手を叩いたり肩をすくめたり口笛を吹くような仕草をしたりと五体の挙動はそれぞれ異なっているのだが、こちらをからかっているという意図は共通だ。


「それでも構いません。お願いします」


「……………」


 頭を下げるアムリタに老猿たちは動きを止め、そして表情を消した。

 この娘は脅しには屈しないと理解したようだ。


「イヤじゃ」


「……!」


 表情を歪めて拒否の言葉を口にするビャクエン。

 アムリタの表情に影が差す。


「ただお主らを陛下の御前へ連れて行った所でわしの手柄にはならん。……それにじゃ」


 ニヤリと笑って五体のビャクエンが一斉に金棍を構えた。


「面白くないじゃろ!! それではッッ!!!」


「……交渉決裂だよ。アムリタ、下がって」


 再びアムリタを庇って前に出るイクサリアだ。


「ギヒヒヒヒッ!! 言うておくがこれはお主らの為でもあるんじゃぞ!! このままただ行くよりもわしを倒してその首でも手土産にした方がまだ話を聞いてもらえる可能性もあるというものじゃ!! あの御方はそういう御方よ!!!!」


「何なのよそれッ!!!!」


 アムリタの上げた悲鳴を合図にして戦闘が開始される。

 襲ってくる五人の老白猿。

 それをアムリタたち一人が一体を迎え撃つ。


 林の中に響き渡る打ち合わされる武器の音。

 舞い散る火花と交差する殺気。


「……………」


 ビャクエンと戦闘しながらウィリアムは怪訝な表情を浮かべている。

 この老獪な戦闘巧者は自らも油断なく立ち回りながら周囲の様子にも目を配っていた。


 ……本体はどれだ?

 ウィリアムの意識は今そこに向いている。

 恐らく四体は術で作り出された幻影か何かなのだろう。

 となればそれを相手にするのは時間と労力の無駄である。


 だが、おかしい。

 自分が戦っている一体も他で戦っている四体も……。

 そのいずれもが実態らしき挙動。差異が感じられない。


「無駄よ! 無駄無駄ッッ!! ()()()()()なぞ探したって見つからんわッッ!! 何故なら今お主が感じておる通りにわしは()()()()()じゃからなあッッッ!!!」


(馬鹿な事を……。そんな事はあり得ん。この言葉も相手を惑わせるこの男なりの幻術の一端のはず)


 二本の剣を振るい激しくビャクエンと撃ち合いながら目を細めるウィリアムであった。


 ……………。


 そして五体の獣人たちは全員が相手を翻弄しつつ圧倒しているというわけではない。


(……かぁッ! こやつ……!!)


 内一体が今、冷や汗を流して攻めあぐねている。

 その老猿の目の前に立つのは……。


「なんなの? さっさとかかってくるし」


 手招きをしているピンクのツインテールのメイド。


(冗談じゃないわッ!! 全員人間と思うておったら……赤竜が混ざっておったとはッ! 流石にこれとまともにぶつかるほど命知らずではないぞ!!!)


 エウロペアを前にしてギリッと奥歯を鳴らしたビャクエン。


(さぁて……こやつを上手くやり過ごしつつこの場をわしの勝利として納めるにはどうすればよいか? 頭の使いどころじゃわい)


 百戦錬磨の老将はもう動揺を収めて冷静に計略を練っている。

 まともに戦えないのなら動きを封じてしまえばいい。

 その為には……やはり。


(まずは将を押さえてしまうとするかのぉ)


 エウロペアの肩越しに別の自分と戦っているアムリタを視界に収め冷たく笑うビャクエンであった。




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