失われし大陸、エルフたちの世界
上空に浮遊している二人のエルフ兵士。
地上から一定の高さで何かに立っているように安定して浮いている彼らは槍を構えてアムリタたちに鋭い視線を向けている。
その真下に走りこみながらウィリアムは長剣を鞘から抜き放つ。
(……一本)
アムリタは見ていた。
老剣士が抜いた剣は一本……もう一本は鞘に納めたままである。
彼は双剣の剣帝。
これはエルフ兵士がウィリアムにとっては本気で当たるほどの相手ではないと判断されたという事だ。
「興味深いな。どうやって君たちは空を飛んでいるのかね」
「……………」
真下に来たウィリアムを警戒したか。
二人の兵士が飛翔して老剣士から一定の距離を取った。
「その足の車輪が秘密ではないかと見ているが……どうかな?」
「鬱陶しい短命種だ」
チッと舌打ちをしてエルフ兵士が上空からウィリアムに向けて槍を構える。
両者の間にはかなりの距離があるが……。
斜め上のエルフ、斜め下のウィリアム。
両者の距離は直線で20m以上。
エルフ兵士が構える黄金の槍の穂先に無数の光の矢が浮かび上がった。
「……む」
警戒するように目を細める老剣士。
「穴だらけになるがいいッッ!!!」
光の矢が一斉に放たれる。
高速で飛翔する輝くエネルギーを最小の動きで回避しながら走るウィリアム。
彼の背後で地面に矢が炸裂し無数の小爆発が発生した。
……一閃。
『無限星』が剣を振るう。
未だに相手はかなり遠く、手の届かない上空にいる。……それなのに。
バキィィィン!!!!
「……ぬあッッ!!!??」
エルフ兵士の内の一人の片足の車輪が砕け散った。
剣帝の斬撃は遥かに離れた場所の相手に届いていたのだ。
「うおおおッッ!! くそッッ!! 制御が……!!!」
がくんがくんと上空で激しく上下し始めるエルフ兵士。
「やはり車輪が鍵のようだな」
再度の地上からの斬撃。
今度の的は激しくぶれて位置が安定していないが……。
それでも老人の一撃は再びエルフ兵士の残ったもう片方の車輪だけを正確に破壊した。
「がぁ……ッッ!!!」
地上へ落下する兵士。
巧く受け身が取れずに彼は地面に身体を打ち付けて呻いている。
「便利は便利っスけど、そんな風に弱点が露出しちゃってるのも困りものっスねえ」
残った上空のエルフ兵士に向けてマコトが鋭く腕を突き出す。
彼女は武器らしきものを手にしてはいない。
しかし翳した手の先には何かキラキラと微かな輝きが見える。
(……糸だわ)
強化されたアムリタの目が彼女の扱うそれを捉えた。
無数の糸をマコトは放ったのだ。
高速で飛翔し兵士の脚甲の車輪に絡み付く糸。
「捕まえたっスよ。それじゃあ力比べといきましょうか」
「ぐおッ!! おのれェ、短命種の分際でッッ!!!」
車輪に絡み付いた糸をマコトに引かれて体勢を崩しつつも、こちらの兵士も槍を振るって光の矢を撃ち出してくる。
「画一的っスねえ。皆さんそれなんですか?」
無感情にそう言うとマコトが少し目を開けて飛来する矢を見る。
……すると、光る矢が次々に空中で小爆発を起こし消えてしまった。
(今度は……小石)
それもアムリタには見えていた。
マコトは拳の中に握りこんでいたいくつかの小石を親指で弾いて射出し向かってくる光の矢に当てて爆発させたのである。
高速で飛翔するものに命中させるとは……それも一発も外すことなく。
恐ろしい精度の飛礫である。
「……………」
エルフ兵士もこれには絶句している。
そして次の瞬間、力比べに耐えきれなくなった車輪が砕け散り彼も地面に落下する。
ウィリアムが当身で、マコトが首の頸動脈を絞めて……それぞれエルフ兵士を昏倒させた。
「まあこんなものか、特に期待以上のものはなかったね」
「ウチが出るまでもないじゃんね」
……何故か何もしていないのに偉そうな王女とメイドであった。
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昏倒させた兵士たちを拘束するとアムリタたちは一先ず都とは反対の方向へ向かった。
現状何の知識もない状態で人間族が奴隷にされているらしいあの都へ入るのは危険すぎる。
そしてあの開けた場所に留まるのも得策ではない。
一時間少々歩いた場所で街道から少し離れた場所に林を発見し、そこに身を顰める。
「……はぁっ、どっこいせ。ったく、なんでウチがこんな力仕事しなきゃいけないのよッ」
ボヤいたエウロペアが担いでいた二人のエルフ兵士をやや乱暴に地面に投げ出す。
そしてアムリタたちは倒木の幹や岩に思い思いに腰を下ろしてようやく一息つくことができた。
思えば蒼玉の森に入ってからここまでほぼ動き通しだった。
「ここ、どこなんでしょう……」
落ち着いたらまずその疑問が頭に沸いたアムリタである。
あの都はとんでもなく広大であった。
自分たちの暮らしている王都よりも確実に大きい。
世界全土を見渡しても王都と同等かそれ以上の都となると片手の指で足りるほどしか存在していないはずだ。
こういう時に頼りになるのはなんと言っても世界中を旅してきている冒険家ウィリアム。
なのだが……。
「……………」
体格のいい老紳士は腕組みをして何事かを真剣な顔で考え込んでいる。
「私は……あんな都は見た事がない。噂にも聞いたことがない」
やがて彼はぽつりとそう言った。
「詳しい事は彼らに聞くことにしようか」
そしてウィリアムは気絶している二人のエルフ兵士を見てニヤリと笑った。
水筒の水を頭からかけてエルフの目を覚まさせる。
二人同時に起こしても面倒くさそうなのでとりあえずは一人だけだ。
「……う、うぅッ」
目を覚ました兵士は拘束されている自分の現状に気付きアムリタたちへ憎悪の篭った視線を向けた。
「短命種どもめ。この行い、必ず後悔することになるぞ……!」
どうやら短命種というのが彼らの人間族の呼び方のようだ。
ニュアンスからして蔑称だろう。
「いくつか聞きたいことがあるの。答えてもらえるかしら?」
「ふん、だれが貴様ら短命種に……。身の程を弁えろ!」
なんとも想像していた通りの反応である。
アムリタが嘆息し、それからマコトを見た。
糸目のメイドは頷くと荷物から大振りのナイフを取り出す。
「それじゃあ、その長いお耳やらお鼻なんかを順番に削いでいくっスから、話す気になったら言って欲しいっス」
ナイフの刃を見せつけるように持って、冷たい目をして薄く笑ったメイド。
「おい、待てッ!! やめろ……!!」
青ざめた顔で喘ぐように言うエルフ兵士。
冷たい汗が彼の頬を伝う。
「くそっ、これだから野蛮な短命種は……!!」
「ご主人、二人いるんでこっちはちょっと派手にやっちゃうっスよ」
マコトの言葉にアムリタは感情のない顔で肯いた。
この辺りは……演技だ。
予め申し合わせていた二人。拷問は本気ではない。
だが二人の迫真の演技は効果抜群だった。
「……わかった。喋る……残酷なことはするな……」
項垂れて掠れた声で言うエルフ兵士であった。
……………。
尋問を重ねてエルフ兵士からいくつかの情報を引き出す。
まずは彼らはどういった集団であるのか……。
彼らはエルフたちの帝国ファン・ギーランの兵士。
先ほど見てきた広大な白亜の都が帝国首都である神都ヴェーダ。
……立て続けに知らない名前ばかりが出てくる。
あれほどの巨大な都が人に知られず存在しているとは俄かには信じ難い話だ。
「ではこの土地の名前は? ここは島なのか? それとも大陸なのかな?」
ウィリアムが質問するとエルフ兵士は怪訝そうな表情になった。
「……どうにも話が嚙み合わんと思えばそういう事か。お前たちは逃げ出した奴隷ではなく異境人だったという事か」
異境人……。
またも知らない言葉。
しかしその意味を察することはできる。
恐らくはあの光る渦を超えてやってきた者を指して言う言葉なのだろう。
「ここはサンサーラ大陸だ。そして我らがファン・ギーラン帝国は大陸全土を支配しているのだ」
「……先生、ついに知らない大陸が出てきちゃったんですけど」
困り果てた顔でウィリアムを見るアムリタだ。
知らない大都があったかと思えばまさかその大陸そのものが知らない場所であったとは……。
しかしそんな事はあり得ない。
この世界の大陸は三つ。
アムリタたちの暮らす王国のある中央大陸と、その東方……皇国のある東方大陸。
そしてその二つの大陸に比べると半分程度の大きさの南部大陸だ。
サンサーラなどという大陸はない。
「さる古文書にサンサーラなる大陸の記述がある。最も学者たちからは妄想か創作、与太話の類とされている話だが……」
腕組みをして語り始めるウィリアム。
「世界地図を思い出してみなさい、アムリタ。我々の暮らす中央大陸の右上には何がある?」
「え? ……海、ですよね?」
怪訝そうなアムリタ。
世界地図における中央大陸の右上部分はどこまでも続く大海原である。
「そうだ。あの海に太古の昔にあったとされているのがサンサーラ大陸だ」
そしてその大陸はある時を境にして忽然とこの世界から消えてしまったのだと老冒険家は語る。
荒唐無稽な話過ぎて学者たちでまともに信じている者はほとんどおらず、真に受けて研究をしている極一部の学者は奇人変人扱いをされている。
大昔にどのような方法でか、サンサーラ大陸はアムリタたちの暮らす世界とはどこか別の場所へ移された……そう考えるべきか。
「頭が痛くなってきたんですけど」
憂鬱そうに嘆息するアムリタ。
どこか、そこそこの都市の市長のような立場の人と話し合いに行くような感覚で彼女は来ているのである。
それが……大陸の覇者? それも自分たちの暮らしている二百数十の国がある中央大陸よりも広いであろう大地をたった一国で支配している超巨大国家……?
ちなみに人類史上そこまで版図を広げた国家は存在しない。
空前の規模である。
「……驚いたか異境の短命種よ。我らファン・ギーラン帝国はこの地を八千年に渡って支配しているのだ」
……あちら側の人類史の誕生前からだ。
「よし! 帰りましょう。これは無理。ちょっとどう考えても無理」
即断するアムリタ。
「フッ、帰るか……」
そんな彼女を見て嘲笑うエルフ兵士。
「気の毒だが、それは無理だな。お前たちが通ってきた越境門は一方通行だ。戻るのに使用することはできん。あちら側へ行くためには皇居にある越境門を……」
「ふんがーッッッ!!!!!」
……ズガン!!!!!
怒りと絶望のあまり思わず拳骨を兵士の頭に落としてしまったアムリタ。
再び昏倒したエルフ兵士が白目を向いてだらりと舌を出してカクンと斜めに首を倒すのだった。




