誰と行くんですか
その爬虫類は非常に大型である。
全長は10m以上はあるだろう。
長い尾に非常に発達した大きな後ろ足で直立する。
それに比べて前足は非常に小さい。
肉食で獰猛だ。
鋭い牙の並んだ大きな口で狩った獲物を食う。
恐竜と呼ばれる生き物の内の一種である。
……だがその強大な生き物は絶命して地に転がっている。
その亡骸の上で胡坐をかいているのは褐色の肌の巨体の男エルフであった。
皇弟ラシュオーン……『闘神』の異名を持つ帝国最強の戦士。
自らが屠った巨大な爬虫類に腰を下ろし、今は彼は物憂げに空を見ていた。
「……皇帝陛下より集合令が出ておるぞ」
上から声をかけられて緩慢にそちらを向いたラシュオーン。
羽ばたく音と共に背に大きな翼を持つ鷲に似た頭部を持つ鳥人が降下してくる。
軽装の黄金の鎧で武装した鳥人の武将……ファン・ギーラン帝国十二神将の一人『征空戦神』ガルーダである。
「お前も今ここにいるではないか」
ラシュオーンがつまらなそうに言うとガルーダは鳥の顔で器用に笑う。
「ククク、素直に出向いてもまた陛下は用事を忘れておいでであろうからな。……代わりに近所のオッサンを行かせておいた。問題はあるまい」
「俺も近所のオッサンを行かせた」
何の感慨もないといった風にラシュオーンは淡々と自分の代理として近所のオッサンを送り込んだ事を告げる。
「トリシューラとガーンディーヴァも近所のオッサンを行かせると言うておったわ」
「最早近所のオッサンの集いだな」
立ち上がるラシュオーン。
そして彼は恐竜の亡骸から飛び降りる。
「立ち合え……ガルーダ」
地面に突き立ててある愛用の巨大な黄金剣の柄に触れながら静かに言うラシュオーン。
物憂げで穏やかな表情の皇弟。しかし彼は冗談を言っている雰囲気ではない。
ニヤリと嘴を笑みの形に歪めるとガルーダは腰に下げた長剣の柄に手を置いた。
一瞬の静寂。
そして……。
「……!!!!」
鳥人の剣士が愛刀を鞘走らせる。
その挙動は常人が目で追える速度ではない。
両者の距離は20m以上はある。
だがそれは関係ない事だ。
この距離はもうガルーダの間合いである。
振るわれた長剣から放たれた衝撃波。
大地を引き裂きながら高速でラシュオーンに迫る死を呼ぶ斬撃。
闘神はまったく表情を動かさずに翳した大剣の峰で衝撃波を受けた。
弾かれて斜めに方向がずれた衝撃波がラシュオーンの背後の地面を引き裂きながら走り抜けていき……遥か後方の岩山を斜めに両断し崩壊させた。
「こんな程度で勘弁しておけ。命のやり取りは嫌いではないが戯れにやるものでもない」
崩れ落ちる岩山の立てる地響きの音と振動の中でガルーダが納刀する。
「……お前と同僚であるのが本当に惜しい。帝国に反逆せよ、ガルーダ」
平然と言い放つラシュオーンに流石にガルーダが顔をしかめる。
「恐ろしいことを言ってくれるな。人にやれというのではなく自分が……ああ、待てッッ!! 今のは取り消す!!」
珍しく慌てるガルーダ。
自分の言葉の途中で、こちらもまた珍しく口を笑みの形にしたラシュオーンに気が付いたからだ。
まるで極上の獲物を目の前にした肉食獣のような……そんな獰猛な笑みであった。
「お前は本当にやりそうだ。……軽口も叩けん」
フーッと疲れたような息を吐いて軽く首を横に振るガルーダであった。
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すっかり旅装を整えたイクサリアが屋敷に来ている。
「早く出発しようよ。私は見ての通りもう準備は万端だよ」
新しい服をお披露目するかのようにその場でくるりと一回転するイクサリア。
「いきなり行ったってどうしようもないでしょう。……イクサ、貴女私たちの役割を覚えている? 辿り着けばいいというものではないのよ」
「勿論覚えているさ。エルフ種族との交流し彼らから十二星を一人出す。……あ、そうそうアムリタの隣の部屋はちゃんと空けてくれているかな? この旅が終わったら一緒に暮らすのだからね。私は別に一緒の部屋でもまったく構わないのだけど」
幸福な将来像を夢想しているのかうっとりしている王女と、反対に真顔のアムリタ。
「簡単に言ってくれるけどそれがどれだけ困難な事かはわかっているでしょう。恐らく向こうはこちらとの交流はまったく望んでいない。それどころかもっと悪い感情を持っている可能性だってあるのよ? 最悪殺す気で襲ってくる事だって……」
「………………」
アムリタの言葉に優しく微笑むイクサリア。
その美しい微笑に込められた意図をアムリタは正確に察した。
むしろその方が都合がいい……彼女はそう考えている。
「……あっ! 先生、王女皆殺しにする気ですよ!!」
思わずウィリアムに言いつけてしまうアムリタ。
「ふむ。……だがね、アムリタ、イクサリアのその考え方もあながち的外れというわけでもない。これから向かう先のエルフはそのレベルで我々と分かり合うことは不可能である可能性もあるんだ。その場合は残念だがこちらも生きるために戦わなければならない事だろう。その覚悟と準備だけはしておかないとな」
無論、平和的に進んでくれることを祈るが……とウィリアムはそう結んでコーヒーを飲んだ。
「戦いかぁ……」
なんともぐったりした顔をするアムリタ。
確かに何もかもが一切わからない種族に会いにいくのだ。一から百までこっちに殺意しか持っていない場合もあり得る。
そうなれば彼の言うようにもういいも悪いもない。生きるために戦うだけだ。
「そうなると、誰と行くかよねぇ……」
現時点でエルフの森に向かうことが決まっているのは当事者である自分とイクサリア、そして同行を申し出ているウィリアムの三人だ。
「あまり大人数でいって相手を刺激したくないし……五人くらいかなぁ。とするのなら後二人ね」
「師匠、私がご一緒しますよ」
勇ましく名乗り出るシオン。
「気持ちはありがたいのだけど今回は少数で行くつもりだから。部隊員を集めたばかりだしそこでいきなり主人と指揮官が長期間不在になるのはまずいでしょう。どのくらいで戻れるのかわからないからね」
「そうですかぁ……」
ぐったりと萎れてその場にへなへなと崩れ落ちるシオンであった。
「それでしたらあちきがご一緒するっス」
次にそう言って名乗り出てくれたのはキツネ目のメイドさん……マコトである。
「貴女は貴女の目的があるじゃない。王都を長期に空けてしまっていいの?」
「それはそうなんスけど、だからといってご主人を遠くで危ない目に遭わせるのは従者失格っスよ。それに、あちきでしたら野営でも諜報でも何でもこなせるっスから。勿論戦闘も」
確かに……その点を考慮するなら最適の人員ではあるだろう。
どう転ぶのかわからない旅では彼女の経験とスキルが大きくものをいうはずだ。
「それならお願いするわ。頼りにしているからね、マコト」
「お任せください。お役に立つっスよ」
優雅に一礼するメイド。
こうして四人目も決まった。
残るは……一人。
(道中の諸々については先生とマコトがいてくれれば大丈夫かな。とするならもう最後の一人は純粋な戦闘要員から選んでしまってもいいかも)
頭の中で計算しているアムリタ。
未知の困難に立ち向かうための人選なのだからできうる限りの実力者がいい。
「最後の一人は声を掛けられる範囲で最強の人にしましょう」
「……ああ、それなら一人心当たりがあるよ」
アムリタの言葉にそう反応したのは意外なことにイクサリアであった。
…………。
やってきた二人目のメイドは随分と鼻息が荒く、かつ尊大でがさつであった。
「そこでウチに目をつけるなんてわかってるじゃんね! ウチは最強だもんね!」
胸を張りすぎて仰け反り気味になっているピンクのツインテール。
マチルダの事務所のエウロペアだ。
最強と言われて声が掛ったことが随分とお気に召したらしい彼女。
イクサリアが紹介したのが以前彼女と戦ったこともあるこのメイドだったのだ。
「そういうわけなのだけど、手伝ってもらえる?」
「ウチはプロフェッショナルだからお仕事ならしょうがないし。マチルダの所に来た依頼だから引き受けるだけだし」
ふふん、と鼻を鳴らしてやはり仰け反る尊大メイド。
「彼女なら実力的には問題ないんじゃないかな。……まあ、私はその彼女に勝利したことがあるのだけどね」
王女の言葉に一転ムッとなって彼女を睨んだエウロペア。
「あれはウチがチョー油断してただけじゃんね! ウチが本気出したらアンタなんかチョーめちょめちょのボロボロなんだから!!!」
詰め寄ってくるピンク頭に対してイクサリアは微笑むだけで否定はしない。
実力的にはエウロペアと自分に大きな隔たりがある事は自覚している。
だからこそ推薦したわけだが。
そんな感情の起伏の激しいメイドをウィリアムがじっと見詰めている。
(これはまた珍しい。極まれに人の姿にもなるとは聞いたことがあったが……)
知り合いで最強の人選を。
アムリタはそう言っていたが……。
(まさか本当に最強の生命体を連れてくるとは。興味深い少女だな)
感嘆の吐息を漏らしながらアムリタを見るウィリアムである。
……ともあれ、こうして同行者のメイドは二人になった。
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王宮内、大廊下。
共に多くの従者を従えた大王と王子が偶然に行きあった。
脇へと退き父に深々と頭を下げるロードフェルド。
「……ロードフェルドよ」
その息子に足を止めた大王が声を掛けた。
「はい、大王陛下」
「イクサリアたちの事を聞いたぞ。エルフの森に向かわせることにしたか」
その話が来たか、と王子は一瞬身を固くする。
さすがに温いから不適切だとは言われないだろうが……。
「フッフッフ……そうか、エルフにな。実の妹にそこまで苛烈な任を与えるか。このわしすらも及ばぬ冷徹にして峻厳な男よ」
何故か妙に嬉しそうにそう言うと大王は従者たちと共に歩み去ってしまう。
そして後には呆然としている王子が残された。
(……し、しまったッ!! やはり厳しすぎたか!!! だってわからんもんそんなん!!! どこがセーフのラインだとか!!!)
必要以上の過酷な任務を妹たちに与えてしまったことになった王子がこの世の終わりのような表情をしつつ立ち尽くすのであった。




